3 出仕初日の朝
のんびりとですが更新は続けます。
明日も2話?
なれない官服への着替えは、ルーデルさんに手伝ってもらった。
いくら部屋付きの女官がいるといっても、さすがに二〇歳を過ぎた私が毎朝手伝ってもらうわけにもいかない。ルーデルさんは、それも部屋付きの仕事の一つだと言ってくれたが、自分でできることは自分でするのが一人前の人間として当たり前のことだ。明日からは、私一人で着られるように、納得できないところは何回も聞いた。
そう、こういうことを聞くことができるのは、やはり私にとってはルーデルさんだけなのだ。
できあがった姿見でみる私の姿は、まるで書に描かれた魔女だ。
白い絹でできた細身のドレスに黒い打ち掛け。胸には大きな黒いバラの花のようなタイ。そして頭には、8つの小さな黒曜石の玉を散りばめたティアラ・・・。
うーん・・・、お父様がみたらきっとひっくり返るだろうなぁ。
昨日のドレスでさえ眼をまん丸にしていたのよね。王女様のお祝いの席だからということで納得していたみたいだけど・・・。
どうみても、これは木工士の娘の姿じゃないもんなぁ。
私が妙な感想を頭に巡らしていると、ルーデルさんは「さぁ」というようにとびらに向けて私を促した。
これからこの姿で毎日を過ごすかと思うと頭が痛くなったが、さっきの誓いもあるし、些細なこととして無理矢理頭痛の種を頭から放り出した。
司補の房には、主寝室と私の泊まった次の間、部屋付き女官の控えの間、そして主房と呼ばれるおよそ6メートル四方の広間がある。
次の間から出たルーデルさんと私は,主房のテーブルに向き合って座った。
すると,控えていたアルコイドとキリアが,それぞれの主人の前に暖かいカップを置いた。そこからは,すがすがしい香草の香りが漂っている。「朝の薫風」と呼ばれる眠気覚ましの薬湯だ。
それを一口飲んだ私は,やっと心が落ち着いた。
そして,先ほどのルーデルさんの言葉を思い出した。
「そう言えば,先ほど『ついでがあった』とおっしゃっていましたが?」
「ええ。昨日は私も慌てていて,クリス様の今朝のご予定を確認するのを忘れておりました。さすがに今の立場では,ご朝食の用意をすることは許されませんが,逆に一日のご予定を把握していなければなりません。そして,朝のご挨拶に伺うために,そのご予定を確認しに行ったのです。」
ルーデルさんは,カップを口に運びながら答えた。
たしかに,春宮女官長の立場ならいざ知らず,もっともそれでも前例からは大きく外れているとは思われるけれども・・・,今は女官ナンバー3となったルーデルさんが,陛下そっちのけで王女の世話をするということは許されないんだろうなぁ・・・。
私はそんな感想を覚えながらも,あまりにも早い朝が気になった。
「朝のご挨拶って・・・。いったい,王宮の朝は何時に始まるのですか?」
朝の早い木工士の家でも,今頃は明けの5刻が起床時間だ。
いくら何でも,まだ用意するには早すぎる時間ではないのだろうか。
私の当然の疑問に,ルーデルさんは笑って答えた。
「王宮の朝食は,明けの6刻30分(午前7時50分頃)という決まりですわ。ですから,普通に朝のご挨拶と言えばそれが終わった明けの7刻(午前8時半頃)頃でしょうね。でもクリス様の場合,朝食は明けの5刻(午前6時頃)にご自分のお部屋でとられ,遅くとも5刻50分(午前7時)には王宮をお出になられますから・・・。」
そう言って,片目をつぶった。
・・・,確かに。この5年間というもの,遅くとも6刻には私の家にいらっしゃっていたわ・・・。
「それでは,本日はいつご挨拶にあがればよろしいのでしょうか?」
今から,という答えを予想していた私に,ルーデルさんは首を横に振った。
「今日は挨拶に及ばずだそうです。」
「えっ?」
「『本日は,体調もすぐれないため朝食は不要。ただし,国司として一言だけは言うつもりだから,7刻30分に五官は正殿大広間に集まるように。』だそうです。そして,誰とも会うつもりはないから,何人たりとも取り次がないように,とハイリアに命じたそうです。」
「・・・。どういうことでしょうか?」
思わず私は,ルーデルさんに顔を寄せると声を潜めて聞いた。
昨日のご機嫌な様子を考えれば,体調がすぐれないということはちょっと信じられない。
何しろ,思う存分戦って勝たれたのだ。
「きっと,また何かたくらんでいらっしゃるに違いないわ。まったく,我が主人ながら,あのお方ときたら・・・。」
ルーデルさんも,声を潜めてあきれた声で答えた。
そして,二人で見つめ合うと,いずれからともなく自然に笑いがこみ上げてきた。
そう。
あのお方は,そういうお方なのだ。
どんなに重い宿命を抱えていらっしゃっても,そういうお方なのだ。