小さな亀と男の子
これはここから少し遠いある街で起きた、みんなの知らない話
その町には一人の男の子が住んでいました。
男の子の家はお父さんのお仕事の都合で、何度も引っ越してばかり
もともと引っ込み思案だった男の子は、なかなか友達が出来ません。
その為、学校の休みの日は、ほとんど外には出かけませんでした。
お月様の奇麗な夜、お母さんやお父さんが眠ってからこっそりと抜け出してはある場所に行きます。
そこは家から少し離れた池のほとり、辺りには誰もいません。
男の子はゆっくりと池を覗き込みます。
しばらくして池からひょっこりと顔を出したのは一匹の小さな亀でした。
「亀さんこんばんわ!今夜はお月様が綺麗だね」
男の子は嬉しそうに話しかけます。
すると亀は答えました。
「ああ、ここから見る月は特別だ」
「ふ〜ん、じゃあまた来ないとね!!僕、お月様って大好きだから」
男の子がそう言うと、小さな亀は目を丸くして声を上げました。
「・・・!?君、私の言葉がわかるのか」
「うん!!みんなには内緒なんだけどね。僕、お月様が出ている夜だけは動物とお話が出来るんだ」
そう、男の子には不思議な力がありました。
お月様の出る夜に、動物と会話の出来る不思議な力が
それからしばらく小さな亀と男の子は話をしました。
最初はあまり話す気のなかった小さな亀も、男の子と話しているうちに
次第に楽しくなってきました。
お月様が少し傾き始めた頃、男の子が言いました。
「そろそろ帰らないと!!もうすぐお母さんが起きちゃう」
「そうか、また楽しい話を聞かせてくれよ」
「うん!!また来るね」
男の子はそう言うと走って行ってしまいました。
それから月の出る夜になると決まって男の子が来るようになりました。
毎回、話すのはどこにでもあるような話ばかり
夕飯を残してお母さんに怒られた事とか、兄弟喧嘩はいつも長男だからと怒られる事とか・・・
そんなある日、小さな亀はある事に気付きました。
男の子の話す内容に学校や友達の話が全く出てこないのです。
気になった小さな亀は男の子に言いました。
「次は学校や友達の話も聞かせてくれよ」
すると、男の子は黙ってうつむいてしまいました。
男の子には何を話せばいいか分からなかったのです。
そんな男の子を見て亀が言いました。
「・・・あ、そうだ!!今日は他にも話したいことがあったんだった」
慌てた様子でそう言った小さな亀に、男の子はうつむきながら言いました。
今にも泣きだしそうな、小さな声で・・・
「僕の家はね、お父さんのお仕事とかで何度も変わっているんだ。学校も何度も変わって、そのうち友達も出来なくなっちゃって。僕、人と話すの苦手だから・・・。でも動物は違う。動物となら話が出来るんだ。ど、動物以外の・・友達なんて・・・僕、いらない・・・」
そして男の子は泣き出してしまいました。
本当はとても寂しかったのです。
泣き止まない男の子に小さな亀は
ばっしゃ〜ん
勢いよく水をかけました。
「冷たいっ!!」
男の子はびっくりして、両手で涙を拭きながら亀を見ます。
小さな亀は水面から顔だけ出して言いました。
出来るだけ優しく、ゆっくりと・・・
「君は私と話すとき、何を考えて話しているんだ」
「・・・」
「君はただ自分の話したい事を、楽しかった事は楽しく、嫌だった事は時に怒ったりして、でも最後には笑って話しているじゃないか。私は正直、君と出会うまでは人間なんて信じてなかった。むしろ身勝手な人間が大嫌いで、でも君は違った。君と話しているといつの間にかこっちまで楽しくなってきたんだ。・・だから、今度学校に行った時は自信を持って話しかけてごらんよ」
当たり前のようにそう言う小さな亀を、男の子は目を大きくして見つめていました。
それからしばらくして、ゆっくりと男の子は口を開きました。
はっきりとした、元気な声で・・・
「うん!!ありがとう!!・・僕、亀さんとお話できて本当に良かった。ちょっと自信はないけど、今度は自分から話しかけてみたいよ。出来るかどうか分からないけど、お友達もたくさん作ってみたいよ。でも・・・」
男の子は また うつむいてしまいました。
そして、ゆっくりとこう続けました。
今にも泣きだしそうな、それでいてとても優しい声で・・・
「僕、もうここへは来れないんだ。明日また引っ越さなくちゃいけないんだって。それもずっと遠くに・・・僕、亀さんがいないと自信ないよ。あんな事言われたの初めてだよ。どうすれば・・良いの・・・こんなに引っ越しが寂しいなんて思ったの、初めてだよ・・・」
男の子の目には涙が浮かんでいました。
でも、男の子はその涙を流しません。
両手で涙をそっと拭き取ると、男の子はこう続けました。
今までにないくらい、優しい笑顔で・・・
「亀さん。僕、今度はたくさん友達を作るよ。だから・・またいつか僕が大人になったら会いに来てもいい?今度はお友達との事をいっぱいお話しするから」
「・・・ああ、もちろんだ。楽しみにしているよ」
小さな亀は何度も水面に顔を沈めながら言いました。
泣きそうになっているのを、男の子に見られたくはなかったのです。
男の子はそれを知ってか知らずか、クスクスと笑い出しました。
それを確認して、今度は小さな亀が言いました。
男の子とは目を合わさず、夜空に浮かぶ満月を見上げて・・・
「君に問題だ。遠くても近くて、いがみ合っても嫌いにはなれなくて、何よりも忘れ難く大切なものってなんだと思う?」
「な、なんだよ急に」
男の子ははキョトンとして言いました。
そんな男の子に小さな亀は答えるように促します。
「いいから答えてよ」
「・・・・変わった性格の超能力者?」
「ハハッ 違うな〜」
小さな亀は月を見上げながら言いました。
そして、こう続けました。
「正解はな〜友達だよ。これからどんなに遠くに行ったって、どんなに友達をたくさん作ったって、君とはずっとずっと友達だ。大人になっても、歳をとっても、ずっとずっと友達だ。・・・だから、私のことはいつまでも忘れないでいてくれるか」
「・・・忘れるわけないよ・・だから、亀さんも僕のこと忘れないでね。絶対にまた会いに来るから」
男の子はお月様を見上げながら言いました。
「・・・当たり前だろ?お前みたいな泣き虫、忘れるわけないだろ」
小さな亀もお月様を見上げながら言いました。
「か、亀さんだって・・声が震えてるよ?」
「な、そんな事はないぞ」
ふてくされたように言い返す男の子に
小さな亀は慌てて言いました。
・・・それからしばらくして、夜空がほんのり、明るくなってきました。
お月様も少しずつ、見えなくなってきました。
もうそこに、男の子の姿はありません。
少し遠くから朝早くに出るトラックの音が聞こえてきました。
そう、男の子は行ってしまったのです。
でも、小さな亀は少しも寂しくありませんでした。
男の子がもう独りになる事は無いと
そう思えたから・・・
それから・・・何年かたったある日、小さな亀の住む池に渡り鳥の群れがやってきました。
噂好きの渡り鳥の話は、小さな亀にとって年に一度の楽しみになっていました。
遠くに行く事の出来ない小さな亀には、外の世界の話が面白くってしかたなかったのです。
小さな亀が聞き耳を立てていると、ある二羽の渡り鳥がこんな話をしました。
「この前に行った町で、動物の言葉が分かる変わった人間の子供と会ってさ。何人かの他の人間の子供たちと一緒に、大きな紙に絵を描いたものを拡げて、こんな話をしてたんだよね。小さな亀と男の子の話・・・。月が綺麗な温かい夜に、その子に偶然会って、その時に聞いた話なんだけど。その話、実はその子が本当に会った亀の話なんだって。しかもその亀のこと、その子なんて言ってたと思う?・・・親友だってさ。そりゃあ、人間としてはまともな方だったけどさ、人間と動物の親友なんて笑っちまうよな・・・・」
「ハハハッ 違がいねぇ」
小さな亀と出会った男の子の話