魔眼石
……そう、思ってたんだけど。
「うえ、見ちゃった」
迷子のキメラ探しで登った廃棄街の建物の屋根の上。そこから見えた、倉庫の中っぽい場所から逃げようとして捕まってる女の子の姿。桃色のふわふわしたロングヘアと同じ色の瞳。この辺りじゃ見ない色だ。
随分ボロボロだけど、仕立てのよさそうな服。たぶん人間。魔族じゃないっぽい。
……しかもアレ、相手も人間では?
「あー……関わりたくないなあー!」
叫びながら、私は地面へと着地する。ほんっと関わりたくないなー、もう!
でも見ちゃったしなあ! 酔っ払い同士の喧嘩とかならギリ無視できたかもしれないのになあ!
「な、なんだお前!」
「うるさいバーカ」
まずは蹴りで正面にいたのをぶっ飛ばす。振り返って、あとえーと2、3、5、8……あ、倉庫からも出てきた。
「お前等、そいつも捕えろ」
「ハッ!」
「フォームチェンジ:ブラックアリス」
すっかり抵抗のなくなった「黒い私」への変化。いや、嘘だ。やっぱり抵抗はある。
でも、殺さず捕まえようとするなら「黒い私」は最適だ。
「コールシャドウ」
怪しい連中の影から闇色の男達が伸びあがって、抱きしめるように拘束する。
「う、うわあ!」
「なんだこれは!?」
「はい、おしまい」
さっきの指示役っぽいのも全部捕まえた。視界にいることが前提ではあるけど、便利なのよねコレ。
「あ、ああ……」
「大丈夫? あんまり大丈夫そうにも見えないけど」
たぶん、良い所の子なんだろうに……随分とボロくなっちゃって。疲労とかストレスとか、そういうのが顔に出ちゃってる。可哀想に。
……ん? ていうかこの子の顔、どっかで……というかつい最近見たような……。
「あいつらを殺してください! あのとんでもない極悪人共……!」
「はい、どーどー。落ち着いて? よく分かんないけど極悪人ならたぶん死刑だし」
「どうやっても死刑です! あいつら孤児院の……!」
「あっ」
「えっ?」
思い出した。お姫様じゃない、この子。ミーファ……だっけ?
なんで此処にいるの? おかしくない? 人間の国のお姫様でしょ?
「えーと……人間の国のお姫様……で合ってる?」
「はい、そうです! カルレイ王国第3王女ミーファ・ラヴィ・カルレイです! もしや貴方、王国の民ですか⁉」
「違うねー」
やっぱり本物かあ……。え、これヤバいわよね? 黒い私になってるせいで無駄に頭が回る。
この王女様が此処にいて酷い扱いを受けてたってことは、たぶん人質っていうよりは何か「別」の使われ方を想定されてた可能性が高い。その答えは、たぶん。
「……お姫様、あの倉庫の中って?」
「無数の檻と、恐ろしい道具がありました。人を生きたまま骨まで溶かす、そういうものです」
うーん、関わりたくない。特級の厄ネタ確定って気がする。でもなあ。知っちゃったしなあ……。
「私、中を確認するけど。どうする?」
「畜生、やめろ! どうなるか分かってんのか!」
「シャドウ、口も塞いどいて」
「むがー!」
よし、まだ煩いけどこれで良し。
「で、どうする?」
「ご案内します。その方が、あいつらの所業を分かってもらいやすいと思いますので」
「……ふーん」
まるで見たら私がアイツ等を殺すと確信しているかのようなお姫様の言葉。
やだなあ、見たくないなあ。引き返すなら此処だって気がする。
まあ、見るけど。此処まで来て全部なかったことに出来る程私の神経はおおらかじゃない。
そうして、倉庫の中へと入って。私は「はあー……」と、大きく溜息をついた。
「工場、か」
そう、此処は倉庫じゃなくて工場だった。
無数の「空」の檻と、機械のような何かに繋がれている水槽……のようなもの。
被害者を突き落とす為だろうか、階段も設置されている。
溶けかけた骨が、その中に浮かんでいて。ジュワッと、音を立てて溶けた。
その影響なのだろう、水槽の中の液体が僅かに光って、水槽から繋がる機械の先。
箱のようなモノから半透明の石ころを吐き出しセットされた容器に落ちる。
ガチャリ、と。響く音が、それが最初ではないことを私に教えてくれる。
「あの妙な石ころを作る為……ってことね」
「魔眼石、と。そう言っていました。子供からしか作れないのだと」
「ふーん」
考える。これをシーヴァに引き渡したら、どうするだろうか。
壊す? かもしれない。でも、そうしないかもしれない。
これを元に、何かを作るかもしれない。その程度の信用関係しか、私とあいつの間にはない。
「うん、分かった。一端外に出ようか」
「え? あの魔道具は……」
「いいから」
死の匂いの染み付いたその場所から、私はお姫様を連れて出て。ムームーと騒いでいる男たちをそのままに、ボムマテリアルを取りだす。
感情のままに、クローバーボムを発動しようとして。1度、深呼吸する。
落ち着け、私。こいつ等を装置ごと無に帰す前に、試してみる事がある。
「誰かいるなら出てきなさい! 3秒待って出て来なかったら諸共吹っ飛ばす! 3、2、1、ゼ」
「お待ちを!」
慌てたように出てきたのは、この辺に居そうな恰好をした獣魔人の男たちが数人。
「魔導騎士団隠密部隊、ベノンです。アリス殿、此処を吹き飛ばすのはどうかご容赦を」




