境界線上のアリス
「どうだ? これが最後の誘いだ……俺と共に来るか、死ぬか……選べ」
「お断りよ」
即断即決。たとえ演技だろうと、こいつと仲間になるなんてあり得ない。
私の返答に、ナジムは無表情になり……やがて、手を振り上げる。
「そうか。なら……お前はもう、要らないな」
ナジムの疑似ボムが炸裂し、私はガードオブダイヤで防ぎながら跳ぶ。
ああ、もう! 私の使える遠距離攻撃の手札は闇魔法だけど……!
「ダークアロー!」
「効かんな」
ナジムの周囲で、ダークアローが溶けるように消滅していくのが見える。
防いだっていうか、単純に効いてないっていうか。これは後者ね。
私が使える程度の闇魔法じゃ、あいつには効果ないってことね!
「魔法というのは、こういうものだぞ……ブラストボム!」
「おあー!?」
降り注ぐ爆撃が私を吹き飛ばす。怪我はないけど、ああもう! ひたすらウザい!
……って、ん? 怪我がない?
「しぶといな……その身体、興味がわいてきたぞ」
「うっさいわね、ちょっと黙れ変態」
「なあっ!? こ、この! フレアストライク!」
おお、地面が溶けた。煽り耐性ひっくいなー。
一応避けてみたけど、「ブラックアリス」の服には焦げ跡1つない。
んー……これってもしかして……アイツの魔法より、ブラックアリスの魔法的な防御力の方が高かったりする?
「……となると」
ナジムを睨んで、私は剣を構える。
私の魔法は効かない。アイツの魔法も私に効かない。
なら……やるべきことは1つしかない。
「ハハハ! そんな剣を構えてどうするつもりだ!」
「さあてね……どうするつもりかしら、ね!」
走る。瓦礫を足場に跳んで、まだ無事な柱や屋根を足場に跳ぶ。
跳んで、跳んで。そのくらいじゃ、アイツには届かない。
「愚か、実に愚かだ! お前がその程度の女だったとはな!」
ナジムの手が、こちらへと向けられる。
「消えろ……メガフレア」
分かる。アレは極大炎魔法。人間1人くらい、簡単に消し飛ばす程度の……巨大な火球。
それが、ジャンプする私に向けられる。
人は、空中では避けられないから。アイツは、勝利を確信しただろう。
でも、私には出来る。
空中で……2度目のジャンプをすることが。
天を足場に、私は2段ジャンプをして……巨大な火球の、その上を跳ぶ。
「……は?」
アイツの、更にその上を私は跳ぶ。
「……ブラックジョーカースラッシュ」
ブラックアリスがやったように、私はスペードソードを天へと掲げる。
そして、ナジムを黒い20の斬撃が襲う。
何もないというのに、突如そこに出現した斬撃の群れはナジムをズタズタに切り裂いて。
天から降る私が、巨大な黒い刃を掲げる。
「……お前は、一体」
それが、最後の言葉。
真っ二つに切り裂かれたナジムをそのままに、私は地上へと着地する。
「……さあね。私は私。それで十分だから」
地面に落ちたナジムの死体を回収する気はない。
というか、アレは。
「お見事です、アリスさん」
響いた拍手。出てきたのは……あのいけ好かない眼鏡男だ。
「……シーヴァ」
「まさか、アレを倒してしまうとは。貴方は一体どれだけの力を隠し持っているやら」
「ずっと見てたの?」
「ええ、勿論。まずはおつかれさまでした、と言うべきでしょうか」
「そんなのどうでもいいわよ」
出てきたなら、あとは任せればいいだけだ。でも……。
「しかし、呪薬人間があれほどの完成度に達しているとは……驚きですね」
「何が完成度よ。ナメてんの?」
「おや、事実は事実では?」
何が事実よ。こいつは何も見えてない。
だって、アレは。
「あいつ、魔人なんてとっくにやめてたじゃないの」
「ほう?」
「アレはモンスターよ。とっくにね」
そう、ナジムは……理解しようとすると頭にノイズが走った。
それはモンスターの持つ共通の特徴だ。
つまり……ナジムは呪薬人間どころか、モンスターになっていたのだ。
「見た目を維持し、能力が上がり、理性がある。ならばその程度は多少の問題でしかないと言えますが」
多少の問題? モンスターになることが?
「……それ、本気で言ってる?」
私が聞けば、シーヴァは軽く肩をすくめてみせる。
「少なくとも、兵器という点だけで見るならば」
「もし、こんなのを量産する気なら……私、敵に回るけど?」
「それはご勘弁頂きたいですね」
「あっそう。なら、さっさと後処理しときなさいよ」
「ええ、勿論です。幸いにも……」
言いかけて、シーヴァは口を閉じる。
……どうせ呪薬の製造場所を見つけたとか、そういう話なんでしょうね。
「ちゃんと潰しときなさいよ、製造施設」
「ええ、そうですね」
フン、信じていいんだかどうだか。
気配の消えたシーヴァを、追うつもりはない。
人間の国、魔族の国。それぞれに問題点があって、たぶん……危うい境界線上を歩き続けている。
一歩間違えれば連鎖爆発するような、そんな地雷原。
それでも、私はその境界線を歩き続ける。
人間の味方でも、魔族の味方でもない。
そう、私は私。そんな私の決めたラインを、今日も明日も歩いていく。
第2部、これにて終了です。
第3部は、しばらくお待ちくださいませ!




