赤毛エンカウント
ほぼ反射的に、私はシーヴァに剣を突き付けていた。
「殺す必要はなかったはずよ」
「いいえ、あります」
こいつ……怯みもしない。私が斬る気がないって分かってる。
あの胡散臭い笑顔も貼りついたまま。
「呪薬人間を元に戻せた事例は存在しません。それこそ貴方の持つ『健康に良い薬』とやらでも不可能でしょう」
「どうかしら。出来るんじゃない? グレイは治せたじゃない」
「いいえ。グレイの場合は変異に至る前だったからでしょう。エリクサーであろうと、肉体の時間を元に巻き戻す効果などありません」
エリクサーじゃないし。万能薬だし。言うつもりはないけど。
それに、どちらにせよ変異した呪薬人間に効くかどうかは分からない。
効いたとして……こいつにそれを見せるのは、どうにもマズい気もする。
「呪薬人間は、殺すのが一番の解決法です。放っておいても害しかもたらさないのですから」
「……それはアンタとハーヴェイ、どっちの考え?」
「私の考えです。ですが、魔王様を名前で呼ぶ貴方ならば……あの方がどう判断するか、分かるのでは?」
分かる。ハーヴェイは、命令に従わなかった自分の部下を簡単に処刑した。
呪薬人間にどう対処するかなんて、分かり切ってる。
こいつのやってることは……ハーヴェイの意思を汲んでいるように思える。
「分かって頂けましたか? では、そろそろこの剣を……」
「だから何なの?」
「え?」
別に私はハーヴェイの意思を汲むつもりなんてない。
ハーヴェイが平和主義な魔王だろうってことは分かってる。
その為には呪薬人間は殺すのが正解なんだろうって事も分かってる。
でも、だから何だっていうの?
「もう協力関係は終わりよ」
「ほう。それで終わりにして、どうします?」
「呪薬を作ってる奴は私がブッ飛ばす。呪薬人間は治す方法を探す。それで全部終わりよ」
「……協力関係が終わりなら、貴方の事をごまかす話も終わりですが?」
「出来ないでしょ?」
そう言えば、初めてシーヴァの笑顔が消える。
「私の事が表沙汰になれば、E級の冒険者……しかも人間に国を揺るがす大事件を解決されたってことになるもの。それは国への不信を高め、人間と魔族の不和を加速する……違う?」
そう、考えてみれば全部おかしいのよ。ハーヴェイの方針に関わらず、人間の姿のない魔王城。
私が希望したとはいえ、アッサリ通った前回の鉤鼻事件の……私の関与の隠蔽処置。
何処に行っても……特に高級店の類で存在する、人間への蔑視。
国民全体にいきわたらないのはともかく、上澄みくらいには表面上でも方針が徹底されていてよいはず。
それがないのは「理想はあくまで理想」であるってことだ。
現実を見据えれば、無理に人間の立場を引き上げるのは反魔王派の勢力増を招きかねない。
だからこそ、私という存在が「人間」であることは魔族の上層部にとって非常に都合が悪い。
角なし魔族とかいう戯言は、その辺の事情が透けて見える言葉だってことよね。
「アンタは、私の存在の隠蔽を積極的に行いたい。そうでしょ?」
「……だとしたら、どうすると?」
ほおら、正解だ。なら、私の言う事は決まってる。
「黙って私をサポートしてろってことよ。私は暴れる。アンタは片づける。簡単でしょ?」
シーヴァは眼鏡に触れると、小さく溜息を吐く。僅かな苛立ちが透けて見えるけど、それ以上コイツに出来る事なんてない。
「いいでしょう。貴方がどれだけ出来るのか楽しみにしていますよ」
「そう。じゃあ、私は帰るから……ちゃんとこの場の処理、しときなさいよ」
そう言い残して私は鎧と剣を仕舞い、その場を後にする。これからどう動くべきか……それを考えようとして、私は風に揺れる自分の髪の黒色に気付く。
「そういや、変異したままだったわね」
ブラックアリスへの変異。なんか今日はやけに冴えてるなー、と思ったけど……まさか変異が原因ってわけじゃないわよね?
だってどっちも私なんだし、そういうのに差はないはず。そのはず……よね?
「おーい、そこのお嬢ちゃん!」
なんか聞き覚えある声。振り返ってみると……あ、前回潰し損ねた赤毛。
人好きのする笑顔を浮かべて走ってくるけど、こんなとこで何やってんのかしら?
「……何か?」
「って、うおっ。なんか昨日会った子の色違いみてえな……」
「は?」
「いや、何でもねえ。こんな場所に場違いな子がいるから、迷子なんじゃねえかって思ってさ」
色違いも何も本人だけど、まあ……相変わらず善人ムーブしてるわね。
「残念だけど、人違いよ。そういう貴方はどうしてこんな所に?」
「んー、調査だな。だがまあ……外れだって気もするな」
「ふーん?」
違法奴隷の調査だっけ。鉤鼻関連で大きな動きはなくなったみたいだし……そうでしょうね。
でも、目の付け所が良い。本当に有能ってわけ?
「君みたいな良いところのお嬢様っぽい子がこんな場所ウロついても平気なら……うーむ」
待って、おかしくない?
そりゃもう鎧も剣も仕舞ってるけど。
私と黒い私で抱く印象が違うのってどういうこと?




