呪薬
「ロクなことしないわね人間……」
「……そもそも呪薬とは通称で、その名の通り『薬』だった。そう呼ばれる前の名は『エボルポーション』。脆弱な人間を強化するためのものだったのだ」
呪薬……元エボルポーション。人間の身体に存在する魔力の根源を強化し、体内を循環する流れをも強化し加速する。それにより肉体の強化をも行い、他種族に負けない身体能力と魔法能力を持つ人間を作り出す……という薬になる予定だったらしい。
「いわゆる人造英雄プロジェクトとも言えるな。成功すれば、人間は魔人に相当する力を手に入れていたかもしれない」
「ふーん。でも失敗したんでしょ?」
「ああ。エボルポーションを投薬された人間は理性を失った化け物……やがて『呪薬人間』と呼称されるモノへとなり果てた。勇者戦争当時、この呪薬人間は使い捨て兵器として魔国に送り込まれていたが……俺が研究所を潰して以来、それもなくなった。それで終わりだと思っていたのだがな」
「潰したって」
「文字通りの意味だ。闇魔法で丁寧に……欠片すら残らんように潰してやった。それでも復活したということは呪薬の実物があったか、研究者に生き残りが居たか……どちらにせよしぶとい事だ」
うーん、過激。でもそのくらいやっても呪薬が復活してるんだから、必要な対応だったってことよね。
……って、あれ? でも今回呪薬を利用してるのって魔族じゃなかったかしら。
「でもさー。今回呪薬を利用してるのは反魔王派でしょ? 何処からそんなモノ拾ってきたのかしらね」
「さてな。だが、そこは特に問題ではない」
「そうなの?」
「ああ。過去の遺産をどうにかして復活させる連中は一定数いるものだ……それ自体は『また出たか』レベルの話でしかない」
「ふーん……ヤな話ね」
「そう思えるのはマトモな証拠だ」
そんなものかしら。でもまあ……考えてみれば鉤鼻のやってた事も種類は違えど同じ事よね。
うーん、まさにアルヴァの言う通りじゃないの。
「で、さー。アルヴァはあのメガネの作戦はどう思う?」
「どう、とは?」
「上手くいくと思うかどうかって話」
私がそう聞けば、アルヴァは少し難しい……考えるような表情になる。
なによ、上手くいくと思えないってこと?
「……まあ、引っかかりはするだろうな」
「うん? なんか含む言い方ね」
「貴様からの話を聞く限り、高い確率で引っかかりはするだろう。だが、それは別の問題を孕んでもいる」
「どういう意味?」
「呪薬の存在は連中にとって、すでに隠しておきたい切り札ではないかもしれない……ということだ」
呪薬が隠しておきたい切り札じゃない?
どういうことかしら。って、あー……そうか。そういうことね。
確かあのメガネ……シーヴァの予想だと「呪薬で魔王を超える者を作り出す」ってことだったわよね。
つまり、それの目途が立っているなら……。
「もう呪薬に適応してる奴が見つかった……ってこと?」
「あるいは、呪薬を適応させる方法を見つけたかだ。どの道ロクな事にはならん」
「……? 適応したなら望み通りの結果なんじゃないの?」
私がそう言えば、アルヴァはくだらなそうに鼻を鳴らす。
「現状を変える為に他人をどれだけ犠牲にしてでも安易な力に縋ろうという連中だ。その思想自体が狂っている……力を手に入れてマトモになるとも思えんな」
「あー、そういうことね」
確かにそれはその通りね。他人を踏みつけていいと思ってる奴が他人の為に何かを出来るとも思えないし。
過程を間違えて正しい結果に辿り着いたとしても、それは絶対に何処かが歪んでる。
その根底すら正しくないなら尚更だ。この反魔王派とかいう連中は……どうやっても、正しい道には辿り着かない。
「まあ、気をつけろ。もし『そう』であるなら呪薬人間を惜しみなく投入してくるだろう。連中にとっては捨て駒でしかないだろうからな」
「分かってるわよ。でもそうなると哀れなのは呪薬人間にされた人たちよね……」
「……」
あら、アルヴァが黙っちゃった。どうしたのかしら?
「……まあ、それについては思うところもある。貴様は余計な事に思考力を割くのはやめておけ」
「人をポンコツか何かみたいに……」
「ポンコツそのものだろう貴様は」
こ、このやろう……でもあんまり否定できないのが辛いわ。
「それより、いいのか?」
「何がよ」
「先程から門の前で待っている奴がいるようだが」
「は?」
窓から外を見てみると……うわ、ほんとだ。門の外でメガネがキラリと光ってる。
どう見てもシーヴァじゃないの、あれ。何やってんのかしら。
「アイツ、どうやって私の住所特定したのかしら……」
「貴様がペラペラ喋ったんだろう。それより、アレは貴様を迎えに来てるんじゃないのか?」
私を迎えに?
「なんで?」
「……貴様は本当にポンコツだな。いいから行ってこい」
「ええー……」
めんどくさっ!




