ワンダーランド(魔王城)
「あのさー、グレイ」
「なんですか、アリスさん!」
「まず何処行くか説明しようよ」
「あっ……これは申し訳ありません」
私の手をパッと離すと、ようやくグレイは我に返ったようになる。
「というか、断りもなく手まで……本当に申し訳ありません」
「いや、それはいいのよ。グレイは私の知ってる中では紳士的な方よ?」
「それは……交友関係を見直されたほうがいいのでは」
うん、私もそう思うけど。とりあえずそれはさておこう。
いいとこある奴もいるにはいるし。
「えーと、ですね。城に行こうと思っています」
「城に? どうして?」
城ってハーヴェイのとこよね、たぶん。
でもグレイって冒険者であって騎士ではなかったような。
「グレイって、いつの間にか騎士にでもなったの?」
「……」
「え、何。マジなの?」
「申し訳ありません。実は貴女にお会いした時から、私は騎士だったんです」
「へえー」
「か、軽いですね」
いや、そんなこと言われても「そうなんだ」としか思わないっていうか。
「じゃあ、ひょっとしてビグスも?」
「いえ、彼は冒険者ですね。まあ、ミニミの件の後パーティは解散してしまったんですが……」
うーん、これってあまり突っ込んだらいけないやつかしら。
深く聞いても気の利いたことなんか言えないけど。
「ま、そういうこともあるわよね。ひとまずこうして再会できて何よりよ」
「ふふ、ありがとうございます……アリスは優しいですね」
「そうかしら。なんかそういうの、初めて言われた気もするわ」
「おや、それはなんとも……」
これはひょっとすると、私の周囲にいる男どもがダメなんだって説もあるわね。
「ともかく、そういう事なら城に行くっていうのも理解できたけど」
言いながら、私はハーヴェイの事を思い出す。なんなら、アレに直接報告した方が早いんじゃないかしらね?
「ハーヴェイに直接報告しちゃえば?」
「ハーヴェ……ま、魔王様のことですか⁉ できませんよ!」
「そう?」
「そうですよ! あとなんで呼び捨てにしてるんですか!」
「なんでって、良く会うしさっきも会ったし……」
そう言うと、グレイはなんだかよく分からないものを見るような目で私を見てくる。
「アリスさん……貴女、魔王様の何なんですか……?」
「私もよく分かんない」
いまいちハーヴェイの立ち位置が分かんないのよね。
私に好意を持ってくれてるような態度はしてるけど、ぶっちゃけ好意を持たれるようなことなんかしてないし。私が美少女なせいって考えれば納得できないこともないけど、そうじゃない気がする。
うーん……あ、ていうかそもそもの問題があるわよね。
「ねえねえ、ハーヴェイって奥さんとか恋人とかいるの?」
「え、そっち狙いなんですか?」
「狙ってないし。で、いるの?」
「……聞いたことは、ありませんね……」
「ふーん」
いないのか。仕事人間なのかしらね。ま、どっちにせよ「私のハーヴェイ様に云々」みたいな騒ぎに巻き込まれそうにないのは確かね。
「それで、他に聞いておきたいことはありますか?」
「んー……ないわね」
「では行きましょう」
言われて私はグレイと一緒に道を歩いて王都の中央の城の近くに着く。
高い壁に囲まれた城は見上げる程に大きくて、私はふと「ここまで近づいたことはなかったなあ」なんて事を思い出す。
いやだって、迷子のペット探しで王城に近づくことなんてないし。
「ほへー……」
「見るのは初めてですか?」
「遠くからは見てたけど、廃棄街で暮らしてるとあんまり縁のあるものでもないし」
「廃棄街……? あまり女性が住むには良い場所とはいえませんが……」
ウサギ顔でも分かるくらいに微妙な表情をしてるグレイを見て「やべ、余計な事言ったかな」なんて思う。でもまあ、隠す事でもないし……。
「結構平穏よ? なんか今、衛兵の詰め所みたいなの作ってるし」
「廃棄街にですか⁉ いったい何が起こっているんですか……」
それはハーヴェイに聞いてほしいなあ。
ともかく、私を連れてグレイは城門に近づき、何かの飾りのようなものを取り出す。
「魔導騎士団所属、グレイです。こちらは協力者のアリスさんです。通していただけますね?」
「は、はい! 任務おつかれさまです!」
「おお……なんかカッコよさげな響きだったけど。ひょっとしてグレイってば、偉いの?」
「そんなに偉くはありませんよ。何にでも駆り出される程度です」
苦笑するグレイだけど……「そんなに」ってことは、ちょっとは偉いのよね。
魔道騎士団、ねえ……そういえばグレイはマジシャン……魔法使いだっけ?
なんかその辺の分類がまだ曖昧なのよね。
「こちらです。うっかり何処かに行ったりしないでくださいね」
「はーい」
そうしてグレイの後についていくと、色んな人が忙しく動き回ってるのを見る。
おー、メイドさんだ。メイドさんがいっぱいいる。
モフモフの猫獣魔人がメイド服着てるのは、なんていうかこう……抱き着きたくなるわね。
でも流石にやったらダメってことくらい分かる。
……あ、猫執事。くそう、ワンダーランドだわ此処!




