久々に会ったウサギ
「うおっ⁉」
チッ! こいつ、足を内股にして防ぎやがったわね⁉
「な、ななな……何すんだ! 俺のデリケートなやつに異常があったらどうすんだ!」
「人の依頼書奪って何か語り始めるアホには当然の処置よ」
「あ、やめ……おい、無理矢理蹴りぬこうとすんな!」
「いいから大人しく潰されなさい」
「ぐうああ、力強っ……! やめろ、やめろおお!」
内股のままジャンプで後ろに逃げやがったわ。中々やるわね……。
「ぜえ、ぜええ……何なんだよ、俺の秘宝に何の恨みがあるんだ!」
「恨みはないわね……私はただ、蹴りぬくのみよ」
「怖ぇよ!」
ま、冗談はさておいて。
「で、何なのアンタ。ナンパにしては最悪だけど」
「何って……いや、特に深い用事は……おい、寄るな。なんかキュッてなるだろ」
「くだらない理由で私の邪魔しといて……」
「だから違うんだって。人間は此処じゃ差別されてるって聞くから、クソ仕事を押し付けられてるんじゃないかって思ってだな」
あー……そういうアレか。しかもこれ、「外」から来た人間ね?
うわっ、めんどくさ……厄介ごとじゃないの。
「あ、そう。じゃあね」
「おい、なんでいきなりめんどくさい風になってんだ」
「触んないでよ。衛兵呼ぶわよ」
いきなり人の肩掴んでんじゃないわよ、いちいち馴れ馴れしいわね、こいつ。
「いや、だってさお前……色々苦労してんじゃないのか? こんな国で」
振り返ってみれば、そこには本当に……心の底から心配そうな顔。
うーん……善人……なのかな? でもなあ。
「私はそういうの無いから、他をあたってあげれば?」
「いや、でも……お前は知らないかもだけどさ。魔族の国からと思われる人間奴隷が、人間の国で大量に出回ってるんだ。正直やべえ事件だ……お前だって狙われてるかもしれないぞ?」
「あー。それなら偉い人が色々調べてるみたいよ? じゃあね」
どう考えても人間の国から調査に来たって感じよね。ハーヴェイに報告かなあ……。
あー、やだやだ。ハーヴェイが危惧した通りになってるじゃないの。
「あ、おい。ちょっと待ってくれ!」
「……何?」
「俺はアレックスだ。お前は?」
「乙女の秘密よ。じゃあね」
名前教える気なんかないわよ。面倒ごとの化身に名前なんか呼ばれたくないし。
さっさと早歩きでアレックスを置いていくと、私は路地裏に入る。
さてと……ヒュージマウスを探さないとね。えーと、何々。白くて可愛くて赤い首輪……ふーん。
「アレ……は違うわね。黄色いし」
目の前を駆けていくヒュージマウスを見ながら、そう呟いて周囲に再び視線を向ける。
王都の路地裏は、流石に治安がしっかりしているせいか怪しいチンピラがいる確率は低い。
夜に寝ていてもそれなりには安心を目指しているってのはハーヴェイの言葉だったかしらね。
この辺りは逃げたペットとか、酔っ払いとか……そういうのが落ちてるくらいだから私としても結構安心してお仕事できるんだけど。
「おっと、酔っ払い」
如何にも酔っ払いって感じのが落ちてるわね。酒瓶っぽい何かを手元に抱えて、蹲ってるダメっぽいウサギ男……ん? どっかで見たような。
この毛色と、この顔……あれ、もしかして。
「ねえ、ちょっと。アンタ……まさか、グレイ?」
「うう……ああ、アリス……ですか。お久しぶりですね……」
「いや、お久しぶりじゃないでしょ。どしたの、なんでいきなり捨てウサギになってんのよ」
そう、間違いなくコレは私がこの世界に来て初めて会った獣魔人……グレイだった。
あー、もう。何があったってのよ?
「ほら、しっかりして。お水は持ってる? ないならほら、持ってきてるから飲んで?」
「うう……」
半ば無理矢理水を飲ませると、グレイはぼーっとした目で私を見上げてくる。
うーん、まだ目の焦点があってないような。
「私は……もうダメです……」
「よく分からないけど、そんな捨てたもんじゃないわよ」
「いえ、そうでは……ないんです……」
私を見てない目で、グレイは私に何かを伝えようとしてくる。
「……呪薬を……あの恐ろしい薬を、飲まされました……私は、もう……」
「呪薬?」
「私はもう、此処までです……貴女はこの事を、国に……」
「んー……えいっ」
万能薬を取り出して、グレイの口に突っ込む。
ゴクリ、と音を立ててグレイの身体の中に入っていった万能薬の影響か、グレイの身体が輝いて。
「え、これは……?」
グレイの目の焦点がしっかりと合ったのを見て、私はうんうんと頷く。
「何の毒か知らないけど、万能薬でしっかり治ったみたいね」
「な、万能薬!? それはもしや伝説のエリクサーのことでは⁉」
「違う違う。アンノウ薬。私の地元の健康に良い薬なんだよね」
「雑な誤魔化ししないでいただけませんか……?」
だって伝説のエリクサーとかじゃないもん。そんなの知らないもん。
「とにかく、こんな事をしている場合ではありません! 私は今すぐに報告に行かなければ……!」
「あ、うん。頑張って?」
「貴女も来てください。先ほどのエリクサーのことを」
「バンコウ薬は地元の秘伝だからちょっと……」
「さっきと名前違うじゃないですか! もうアンノウでもバンコウでもいいですから!」
「ええー……やだー……」
とはいえ、グレイは一応恩人だからなあ……逃げるわけにもなあ……。
そんな事を考えながら、私はグレイに手を引かれて街の中を走っていく。
白ピンクさんよりレビュー頂きました。
ありがとうございます!




