ちょっと安心
「しかし、だとするとナジム。この少女は一体?」
「装備がやけに良い。何処かの高位の魔人の庇護を受けてるってところだろう」
「確かに……あの装備、相当なものよ。見た目だけじゃないのは確実」
何やら私をほっといて盛り上がり始めた3人だけど……突然、何か強烈に不快な何かを感じて身構える。誰だ、アイツだ。あのナジムとか言われてた魔人。アイツが何かやった。
「……アンタ、今何かやったでしょ」
「気付いたのか?」
「めっちゃ不快だったわよ。場合によっちゃあ、ただじゃおかないけど」
抜き放ったままのスペードソードを構えて見せると、2人が身構え……ナジムがそれを手で制する。
「悪かった。まさか俺の『鑑定』に気付かれるとは思わなくてな」
「鑑定ィ? それって人のステータスを覗き見る技とかじゃないでしょうね」
「残念だが、見えたのは名前だけだアリス。というか、なんだろうな……赤いハートの中に『アリス』とだけ書かれてる。鑑定でこんなものを見せられたのは初めてだ」
名前を言い当ててくるあたり、嘘じゃなさそうだけど……赤いハートってのは『ライフオブハート』の効果かしら。アレって、そんな効果もあるのね。
「ナジムの鑑定を弾くなんて……」
「本気で見ればまた違うんだろうけどな。それをやるのは流石にな」
「ナジムは優しいな」
うーん、ゾワゾワする……鳥肌立ちそう。
獣魔人も魚人も性別微妙に分かりにくいけど、たぶんどっちも女よねアレ。
つまりアレはあのナジムのハーレム的な……?
私のそんな微妙に引いた表情に気付いたんだろう、ナジムが私をじっと見てくる。
やめてよね、なんか気分悪いんだけど。
「面白い女だな、お前。何処の魔人の庇護を受けてるんだ?」
「なんでそんなこと聞くのよ」
嫌な予感しかしないので一応聞いてみると、ナジムは気取ったように髪をかき上げる。
そんなに前髪邪魔なら刈り上げてやろうかしら。
「言っただろ? お前に少しばかり興味がある」
「言われてないけど」
まさかさっきの「面白い女」とかいうのに、そんな意味が含まれてたの?
そういうのは事前に説明しといてくれないかしら。理解できないから。
「やれやれ。困った女だなお前も」
「何がよ」
「言わせたいのか?」
「言ってみなさいよ」
一応聞いてやろうと促してみれば、ナジムは私に決め顔っぽい何かを向けてくる。
「俺に惚れたからって、ツンケンした態度をとるのはどうかと思うぜ?」
頭の上に、でっかい疑問符が浮かんだような気がする。そのくらい理解できない。
何言ってんだろコイツ。「ホレタ」って「殴りたい」の同義語だっけ?
「よく分かんないけど殴っていいってこと?」
「ハハッ、気が強いんだな。照れ隠しか?」
どっからそんな自信が湧いてくるのかしら。意味不明だわ。ていうか視線がほんっと不快。
まさかまだ鑑定とかいうの使ってるんじゃないでしょうね?
「で、何処の魔人の庇護下なんだ? そろそろ教えてくれよ」
「……」
あー、なんか面倒になってきた。やっぱりアルヴァ連れてくればよかった。
そしたら「こいつ」って言えたのに。でもアイツ「違う」とか言いそうよねえ。
んー……よし、もう1人の知り合いにしとこう。
「ハーヴェイだけど?」
「ハーヴェイ、ハーヴェイか。ハーヴェ……ん?」
「ね、ねえ。ハーヴェイって……」
「まさかハーヴェイ様⁉ 魔王の!」
「そんな、嘘よ! ちょっとあんた、ナジムが優しいからってそんな嘘を!」
めんどっくさああ……ハーヴェイに今度頼んだら、こういう時用の印籠的なものくれないかな。
全員がひれ伏すようなやつ。くれないか。その辺厳しそうだし。
「信じなくていいわよ。じゃあね」
これ以上相手すると本当にブッ飛ばしたくなるから、私はそう言って身を翻して。
その背中に、また不快な視線が突き刺さる。
「なあ、アリス」
「……何よ」
「お前まさか……本当に俺の事を好きじゃないのか?」
「言っていいの?」
「ああ」
ナジムから許可が出たので、私は心の底からの言葉をぶつけてあげることにする。
「初対面だけど、すっっっっげええええ嫌い。めっちゃ嫌い。大嫌い。なんか視線がいちいち不快だからこっち見ないでくれると助かる。あと鳥肌立ちそうだから寸劇は他所でやって?」
「ん、な……」
ふらりとよろめくナジムを、2人の女が支える。
「ナ、ナジム! しっかりしろ!」
「なんてこと言うのよ!」
「言っていいって言われたしなあ……じゃあね」
今度こそこの場から立ち去ろうと、足を速めて。
「……ふ、ふふふ。アリス、アリス……か」
そんなナジムの声が聞こえてきてゾワッとする。
うーわ、なんなのよアレ。そもそもこんなとこで何してたのかしら。
ていうか、アレってまさか私に惚れてああいう事言い出したのかしら。
美少女って辛い……もう今日帰ろうかなあ……。
走って、走って。もうナジム達が追いかけてこないだろうというところまで辿り着くと、私はリターンホームで帰還する。
すると、丁度暇そうに歩いているアルヴァの姿が見えたので、声をかけてみる。
「ただいまー」
「ああ、帰ったか。検証は済んだか?」
「うん、それは置いといてさー」
そう言って私は自分が思う「かわいいポーズ」を決めてみる。
「どう? 可愛い? 一撃で惚れたりしそう?」
聞いてみると、アルヴァは……口の端に、めっちゃ馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「……ハッ。出直してこい」
あー、めっちゃムカつくけど、ちょっと安心するわね。




