2度目のジョブチェンジ
「んーと、つまり……あれよね。『人間やめてやるー!』ってやつ」
「別に人をやめるのが主目的ではないぞ。結果としてやめることになる場合が多いというだけだ」
「ふーん」
「興味なさそうだな」
「うん、ない」
だって、現状で満足してるもの。此処から先なんてものに興味は一切ない。
私が無限に力を求めたがる最強大好き野郎なら話は違ったんだろうけど、この家の機能もレベル80でほぼ解放されてるっぽいし。こうなると、レベル上げる意味すらないのよねー。
「それってアレでしょ? 何と引き換えにしてでも欲しいモノがあるってやつ」
「……ああ」
「そういうのを否定しやしないけど。私はそういうの無いのよ。その辺はアルヴァも知ってるでしょ?」
「貴様の怠惰さを見れば自然とな」
「勤勉っていうのは目標あってこそよ。私はないもの」
むしろ現状こそが私の目標とでもいうべきだろうか?
「別に権力も要らないし、神様を超える力が欲しいわけでもないし、世界の真実にも興味ない。ついでに言うと正義だのなんだのにも興味ないのよね」
「えー? なら貴女は何が欲しいんですの?」
「あえて言うなら平穏。日々適当に過ごしてれば幸せよ」
向かってくる奴をぶっ倒せるだけの力があれば、それ以上の力も要らないし。
「そう上手くはいかんと思うがな」
「なんでよ」
「貴様の現状が物語っているだろう」
「うぐっ」
そりゃまあ、現状が面倒そのものだけどさ⁉
「貴様の存在はどうにもあらゆるものを引き付ける。俺然り、鉤鼻然り、そこの駄魔女然り……だ」
「駄魔女じゃありませんわ!」
「駄魔女でしょ」
私を揺さぶるリーゼロッテをそのままに、私は「うーん」と声をあげて悩んでしまう。
実際、面倒ごとが向こうからやってくるのは確かなのよねえ。
このブラックアリスとかいう何者かは、私がこうして引きこもってても、ちょっかいかけてきたわけだし。
「それで?」
「ん?」
「貴様が突然質問などしてきたのだ。何か面倒ごとか?」
そんな事を言うアルヴァに、私は目をパチパチと瞬かせる。
いや、その通りなんだけど……さ?
「よく分かったわね?」
「面倒くさがりの貴様が動こうというのだ。相応の何かが降りかかっているに決まっているだろう」
「私をなんだと思ってんのよ……」
別に怠惰なわけじゃないんだぞ。目立つことやりたくないだけなんだってば。
でもまあ……うん。好意には甘えておこう。
アルヴァ、私よりはずっと頭いいんだし。
「んー……なんかさ、転職先が【ブラックブレイド】に固定されてんのよ。どうにもブラックアリスとかいう奴のせいっぽいわ」
「ふむ……」
「ブラック? 変な名前ですわね」
私もそう思う。そんな名前でいいんだろうか?
そんなどうでもいい事を気にしている私やリーゼロッテとは違って、アルヴァはちゃんと真面目に考えてくれたらしく、しばらくの無言の後にテーブルを指でコツンと叩いてみせる。
「まず前提としてだが、この家の内部に対する魔法的干渉は不可能だ」
「まあ、ハーヴェイのお墨つきでもあるしね」
「そんなものはどうでもいい。必要なのは、この家は外界からは完全に遮断された空間であるという事実だ」
「魔法ってのはそういうの超えるんじゃないの?」
「それが出来るなら今代魔王はこの家に自力で来ているだろうな」
なるほど、それは凄い納得できる説明ね。流石アルヴァ。
「話を戻すぞ。つまり外界からは干渉できないはずの場所に引きこもっている貴様に、何らかの干渉を行った【ブラックアリス】なる存在を考察するなら、可能性は簡単に絞られる」
「ふむふむ」
犯人はこの中にいる! ってやつよね。たぶん。そう、密室事件ってわけだ。
「つまりアリス。原因は貴様自身にある」
「はあ、私⁉ アンタじゃなくて⁉」
「違う。【黒の階梯】は道だと言っただろう。俺が呼び水になったのは確かだろうが、貴様の中に素養があったのだ。故に種が蒔かれ育った。そういう力なのだ」
「伝染病じゃん、この悪霊」
「そこの駄魔女を見ていれば分かるだろう。【黒の階梯】に至る素養は希少なものだ。加えて意思もなければ導かれない……はずだった。【黒の階梯】から干渉してくることなど有り得ん」
話がどんどん難しくなってくるなあ。簡単に説明してって言ったのに。
えーと、つまり? 有り得ない事が起こってるってのは分かった。
で、ブラックアリスとかいうのは【黒の階梯】とかいうやつの手先だと。
「つまりブラックアリスとかいう奴を倒せば解決?」
「貴様何を聞いていた。それは貴様の内から生じたモノだ。過程は違うが、俺と似たようなモノの可能性もある」
「もっと分かりやすく」
「もう1人の貴様だ。倒せば何が起こるか分かったものではないぞ」
「ええ、めんどくさ……」
その手の制限かかった戦闘、嫌いなんだけどなあ。
だって「もう1人の私」なんて奴に手加減する余裕、どう考えてもないわよ?
「それで結局アリス。どうするんですの?」
「どうするって?」
「転職。するんですの?」
「そりゃするでしょ」
もう1人の私とやらがどんなつもりかは知らないけど、私は私だ。職業なんかで変わるものじゃないんだから。
だから、私は【ブラックブレイド】に転職して。出てきたメッセージに、軽く目を見開いた。




