黒の階梯
まあ、そんなこんなで朝食は畑で採ってきた食パンだ。
……改めて考えると色々おかしいけど、今更よね。
「どういう理屈で地中にパンが出来るのかしら……パンって地下茎だったんですの……?」
「なんだ貴様、まだ適応してなかったのか。考えるのをやめるのが一番だぞ」
「貴方、魔法使いなのにそれでいいんですの⁉」
「仲いいね、アンタ等」
魔法使いの高尚な会話は私には難しくて分からんので、パンにバターを塗ってもしゃもしゃと食べる。うん、やっぱりパンにはバターよね。
「ていうか、そのパン食べるのも初めてじゃないでしょうに」
「初めてじゃないから悩むんですのよ……何度見ても理解できませんわ」
「そういうものなのよ。私だって分かんないし」
「むー……」
不満そうなリーゼロッテだったが、パンを一口齧るとほわっと表情が緩む。
「最高に美味しいのが悔しいですわね……」
「ならいいじゃない。それに私は……」
言いながら私が指すのは、優雅に紅茶を飲んでるアルヴァだ。
「幽霊じみた生態のコイツが食事出来てるのが一番理解できないんだけど」
「ゴーストと高度精神体の俺を一緒にするな馬鹿め。何もかもが違うぞ」
「そんなこと言われても、説明されたことないし。ブラックなんとかってやつも」
「ブラックメイガスだ」
「そう、それ」
そもそも私の転職先にもアルヴァのせいで変なの出てたし。
……あっ、思い出した。
「そういや転職できるんだった。色々あって忘れてたわ」
言いながらステータスを弄っていると、リーゼロッテが食事の手を止めて私をポカンとした顔で見ていた。
「どしたの?」
「今、転職って……」
「うん」
「貴女、自力で出来るんですの⁉」
「え、普通出来ないの?」
「一部の例外を除けば不可能だな」
「えー……」
じゃあ普通はどうすんのさ、転職の神殿とかあるの?
「普通は転職師に頼むんですわよ。それを自力だなんて……」
「そんな職業あるんだ」
「生まれ持っての職業だと聞いてますわ」
「ふーん」
あんまし興味ないや。私の人生に関わりなさそうだし。
「そんな事より次は……っと……ん?」
・ブラックブレイド
……おやあ? 1つしかないぞ?
・ブラックブレイド
ジョブフラグメント:アルヴァによって解放。黒の階梯に足を踏み入れし剣士。属性:闇への適性が僅かに上昇する。【ブラックアリスにより、次の転職先が固定されています!】
ブラックアリス……? 誰だそれ。何処かで会った?
まさか私の偽物的な何か? うーん、モテすぎて困る……いや違う。マジで何これ?
「……」
「どうしましたの? そんな何かを考えるような顔をして」
「ああ、珍しいな。どうした、やはりジャムも欲しかったのか」
ぶん殴ってやろうかしら、こいつら。
そうじゃない、そうじゃない。思い出せ私。このブラックアリスとかいう輩と、何処かで会ってるはず。それもたぶん、アルヴァ関連の何かだ。
ブラック、黒の階梯、転職先の固定。これはつまり……。
考えて、考えて。私は何もかもを放棄する。
「うん、分からん」
「うわ、アホの顔ですわ……」
「ああ、少ない脳を使い切った顔だ。こうなると哀れだな」
「言っとくけど私、暴れっぷりには自信あるわよ?」
そう言うとアルヴァとリーゼロッテはサッと目を逸らす。
まったく、こいつらは……。
「あのさー、アルヴァ」
「なんだ?」
「前にさー、ブラックブレイドはブラックメイガスの剣士版みたいな事言ってたじゃない」
「ああ」
「そもそもさー。【黒の階梯】って……何なの?」
そう、其処が分からない。
でもたぶん、そこが原因である気がする。というか、それしかない。
その何かが、私の転職先を固定しているのだ。
「……黒の階梯か。それを話すにはまず、魔法というものが何であるのか……そして【黒】の存在について語らねばならない。だが……ああ。話す時が来たようだな」
「うん、やっぱいいや」
「おい。貴様から話を振ってきたんだろう。いいから聞け」
「やだー」
「やだとは何だ! おい、ソファに転がるんじゃないシャンとしろ!」
「やだ! 私に難しい話する気なんでしょ、校長みたいに!」
「ええい、訳の分からんことを言うな! 聞け!」
「簡単に話してくれなきゃやだ!」
「貴様、日がたつごとに馬鹿さ加減が増してないか……⁉」
仕方ないじゃない。難しい話聞くと疲れるし眠くなるんだぞ。
私はちゃんと自分が馬鹿だって分かってるし。
「……ええい、ならば必要な部分だけ話そう」
「やったー」
「ちょっと可愛いのがイラッときますわね……」
ちょっと可愛いんじゃない。凄く可愛いんだぞ。そこを間違えてもらっちゃ困る。
「……【黒の階梯】とは、魔導の真実へと向かう道だ」
「魔導? 魔法じゃなくて?」
「魔法とは現代における安定化された技法だ。それより以前……古代魔法と呼ばれるものよりも更に太古。より原始的でより危険で……それ故に、より高みへ辿り着く技法。それが魔導であり、【黒の階梯】とは……人である事を捨て、神の領域へ踏み込まんとする道筋のことだ」
よぉし、もう半分くらいしか分かんないぞ。




