始まりの合図
夢を、見た。
此処が何処かは分からなくて。けれど夢だということだけは分かる。
何故かと言われても説明なんか出来ない。夢ってのは、きっとそういうものだから。
だから私は、自己確認のようにこう呟く。
「夢、か……」
「そう思うのなら、思えばいい」
私の目の前にいる私。黒い服を纏った私……のような誰かが、そう答える。
私と同じ容姿に同じ格好。違うのは色だけ。
私の金の髪、そいつの銀の髪。
私の青の目、そいつの赤の目。
私の青い服、そいつの黒い服。
「いや、だってさ……いきなり2Pカラーみたいな奴に出てこられても。何アンタ? 私は貴女で貴女は私ってやつ?」
なんかそんなの聞いたことある。鏡の中にいたり深淵の中から出てきたりもう1人の自分だったり。自分との共存とか戦いとか、そういうアレだ。間に合ってます。帰れ。
「帰らない」
「心の中に突っ込むんじゃねーわよ」
夢の中で心の中が云々ってのも哲学的ね。ハハッ、ウケる。
「貴女はもう、黒の階梯に足を踏み入れた。もう戻れ……何その顔」
「帰れって顔」
黒がどうとか、絶対アルヴァ関連の何かだ。
あいつめ、私にこういう祟りをもたらすとか……悪霊じゃん。絶対許さん。
ていうか、マジ受け取り拒否。いらない。黒に染まって喜ぶ時期など過ぎたのだ。
「その黒がどうこうって、アルヴァでしょ? 私に関係ないから。あっち行ってくれる?」
「ブラックメイガスを継ぐのは貴女。運命からは逃げられない」
「受け取り拒否。何が運命だっての。私は滅びの運命だって跳ねのけた女だぞ」
「……そう」
諦めたかな、と思った矢先。黒い私の手の中に色違いのスペードソードが現れる。
感じるのは、殺気。
私のスペードソードは……ある。いつの間にか、手の中に重みを感じている。
「抗うなら、従わせる。貴方はただ、身体だけ提供すればいい」
「……鉤鼻といいアンタといい、私の身体狙われ過ぎじゃない?」
しかも両方女で身体だけが目当てだぞ。言葉面だけでいうと凄く酷い。
美少女に課せられる宿命としてはねじ曲がりすぎじゃない?
「私は貴女の中に蒔かれ、芽吹きしモノ。そして今……貴女を喰らい尽くす」
「難しい事言っても分かんないっての!」
「低脳」
「うっさい中二病!」
二振りのスペードソードが、ぶつかり合う。
同じ速度、同じ剣閃。鏡写しのような剣戟の音が、響き渡る。
あー、もう! 完全に同キャラ対戦だこれ!
でもだからこそ!
「どりゃあ!」
「うっ⁉」
素早くしゃがんでの足払いに、黒い私が完全にバランスを崩して。
「でりゃああ!」
「く、おおおお⁉」
げっ、マジ⁉
完全に斬ったと思ったのに、バク転みたいな動きで飛んだわよ⁉
くそっ、でも同じ状況だったら私もやるなあ、アレ。
「……やはり、強い」
「貴女もね。ま、その姿で雑魚ムーブ決められても困るんだけど」
「なら、こちらも本気で貴女を殺すまで」
げっ……アイツの手の中にあるのって、もしかして!
「ボムマテリアル⁉」
黒い私が、ニヤリと笑う。くそっ、悪役面でも美少女だな私!
違う、そうじゃない! これは……ただシンプルにヤバい!
ボムは、ガードじゃ対応できない! 単純な力押しで負けるのは絶対ヤダ!
「クローバー……ボム」
でも、でもね。私相手にそれは単純な選択ミスってものよ!
「クローバー、ボムッ!」
黒い私に一瞬遅れて、私のクローバーボムが起動する。
2つのボムの起動。それが意味するものは……ただ、無。
「は? 何、これ……ボムが、消滅した?」
「私のくせに知らないの?」
「あ、え……くあっ!」
狼狽している隙をついて、一撃を入れる。
上から下への斬り下ろし。傷口から黒い霧のようなものを漏れ出させながら、黒い私は後ろへとたたらを踏みながら下がっていく。
「ボムは相手の攻撃も消滅させる。なら、ボム自身もボムで消えるのは常識でしょ」
「……そう。理屈は分からないけど、それもまた理不尽の理不尽たる所以」
「つーかアンタ、もう一人の私っぽい事言う割にはモノ考えすぎじゃない?」
「私は貴女で貴女は私。されど、だからといって全て同じである必要はない」
うーん、そういうものかな。そういうものかも。
でもまあ、どちらにせよ決着はもうついた。私は無傷でアイツは重傷。
そして……ゲージはもう、溜まっている。
「そう。なら黒い私? もう夢から覚めて朝の優雅な紅茶といきたいのよ」
「理解した、古い私。貴女をこの場に打ち棄てて、私がその紅茶を飲むとする」
面白いじゃない。その言い回し、すっごい好みよ。
私も黒い私も、つまり……言いたいことはただ1つ。
「アンタをぶっ殺すわ」
「貴女をぶち殺す」
二振りのスペードソードが、光り輝く。
輝きの色も違う。私の白い輝きとは違い、アイツのは黒い輝き。
でもまあ、どうでもいいこと。
「ジョーカアアアアアアアアアアア!」
「ブラックジョーカー……」
「「スラッシュ!」」
そうして、放たれる必殺の技。けれど……それは、同じではなかった。
アイツは何故か、私へ向かう事もせずに剣を上へと突き上げて。
何をしたいのか理解できないまま、私は黒い私を深々と斬り裂く。
「か、はっ……」
「何なの? アンタ……」
倒れる黒い私を理解できない私だったが……一瞬後に、ゾッとする感覚を覚える。
まるで、無数の剣に囲まれているような感覚を、一瞬感じたのだ。
それはもう、感じなくなったけれど。間違いない必殺の意思を、私はそこに感じていた。
まさか、これって……。
「ブラックジョーカースラッシュ……だっけ。凄い技だったみたいね」
「……もう意味はない。技の相性とはいえ、私は貴女に負けたのだから」
黒い私からは、黒い霧のようなものが大量に抜けていっている。
たぶん死ぬんだろうな……と、そんな事を思う。
「勝者の権利だ。この技は、貴女が持っていくといい」
「そんなこと言われてもなあ……」
「どの道、貴女の中には黒が芽吹いている。貴女の中に元々あった土台を苗床として、強く……広く……私を実らせるほどに」
「だから難しい事を言うなって言ってんでしょ……」
「私は貴女の中に消える。私を喰らって、いずれ貴女は大きな花を咲かせるだろう」
黒い私は、静かに目を瞑る。これ以上話はないと言わんばかりだ。
「さようなら、新しくなる私。私はいずれ現れる黒の花園を、微睡の中で楽しみに待とう」
「さようなら、黒い私。そのポエマー趣味はどうにかしときなさいよ」
私が全く理解できないから困る。マジで困る。
そうして消える黒い私を見送って……私自身が、何処かに引っ張られていく感覚を感じていた。
ああ、この夢が覚めるのだと。そんな事を思う。
それにしても……それにしても、だけど。
「結局なんだったの、この夢?」
全く分からん。起きても覚えてたらアルヴァに聞いてみようっと。
第二章「境界線上のアリス」、開始です。
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