善意とは
王都廃棄街は、王都の正規街に住みたくない者も居るが……多くは正規街には住めない者が住む場所だ。
具体的には家賃が払えないとか、まあ……そういうお金の問題よね。
私は「住みたくない」と「住めない」の中間みたいなもので、されど魔王の庇護下にあるらしいという、正直意味不明な状況だ。
……さて、では「住めない」人達の一部が苦労していることが、食事の調達。
王都というものは基本的に物価が高く、食材なんかもその例に漏れない。
つまり、王都廃棄街に住んでて日雇いの仕事、あるいは雇われ仕事をしているような人達の中には、その日の食事に困る人……あるいは食事を最低限にして、なんとか現状から抜け出すお金を貯めてる人達がいるってこと。
そして、そういう人達に対する篤志家……まあ、慈善行為のような事をする人も、どうもいるらしい。
「あ、また炊き出しやってる」
『フン、そうだな』
私に答えるのは、頭の中に直接響くアルヴァの声。
念話とかいう魔法らしい。うん、よく分かんない。
分かんないけど使えるようになった。なんでだ。
分かんないけど、これが実に便利。というか、念話のアルヴァに私が声出して返すと、見えない誰かと話してるヤベー人になってしまう。これは非常にマズいことだ。
『前々から思ってたんだけどさ。ああいう炊き出しって、なんでやるんだろ?』
『意味の分からん事を言う。なんで、とは何だ?』
『だってさー。炊き出し、ってことはお金とらないでしょ?』
『そうだな』
『損じゃない』
『……極めて問題のある思考だが、言わんとするところは理解する』
『でしょ?』
ていうか極めて問題ある思考って何よ。お金は大切でしょーが。
『炊き出しとは善意だ。それが答えの全てなのではないか?』
『善意ねえ……』
『なんだ、不満そうだな』
『いや、別に善意を否定はしないけどさ』
混じりっけなしの善意なんて存在するのかな、とは思う。
特に自分に出血を伴うものであるのならば猶更だ。
お金は血液。なくなれば自分が死ぬ。私みたいなお金が無くても全部どうにかなってる人は特殊例だ。
つまり、それでも継続的に善意を垂れ流している人は……その裏に何かがあると考えるのが妥当だと思う。
『どのみち、貴様には関係ないだろう?』
『ま、そうだけど』
『ならば世界は美しい、まだ捨てたものではない……と思っておけばよいのではないか?』
『中々良い事言うじゃない』
そりゃそうよね。裏を疑うのは簡単だが、私に関係ない場所に突っ込んでいく理由はない。
世界はきっと美しい。それでいいんだろう。
チラリと、先程通り過ぎた炊き出しの場所を振り返る。
結構な人が並んでいるけど……。
『全員、人間ね』
『そうだな。魔族であれば互助機関のようなものがある。人間同士では、それがああいう形になることもあるだろう』
『魚じゃなくて魚の捕り方を教えよ、みたいな話もあったと思うけどな』
『漁師が増えれば取り分も減るということだろうさ』
世知辛いわねえ。ま、その辺はうまく回ってるならそれでいいと思う。
『で、居た?』
『いや、居ないな』
今日の私がギルドで受けたお仕事は、ペットのニワトリ探し。
なんか散歩中に逃げたらしいけど、もう焼き鳥か鍋になってるんじゃないかって言ったら怒られた。解せぬ。
『……あのギルド職員さんて、ローストチキン派だったのかしら』
『貴様の言動は、時々本気か冗談か分からん時があるな』
『私は常に本気よ』
『そうか。精神に重大な問題があるな』
なんだとこの野郎。どう見ても完璧美少女でしょうが。
『でも実際、こんな場所じゃ、さっきの炊き出しの具材になってても分かんないでしょ』
『貴様は何を聞いていたんだ。魔力の籠った首輪をしているという話だっただろう』
『あー、発信機的なやつでしょ? でも反応ないんでしょ』
『無いな。近くに行って初めてわかる程度のものなのだろう』
『それ、意味あるの?』
『強力な魔力反応がペットの数だけ存在してみろ。大騒ぎだぞ』
それもそうか。まあ、遠くから探せるようなら仕事として回ってこないでしょうしね。
こうやって私みたいにあちこちを探す下っ端が必要になってくるってわけだ。
『む、魔力反応だ。高確率で登録情報のものだ』
『よし、どっち?』
『北だ』
『北ってどっちよ』
『……そのまま左斜めに進め』
アルヴァの言う通りに進んで、進んで……路地裏に、地面を突いているニワトリ……のような何かを発見する。
……なによアレ。なんか尻尾が蛇っぽいんですけど?
『アルヴァ』
『なんだ?』
『あれって、コカトリスとかってやつじゃないの?』
『いや、コカトリス特有の魔力は感じ無いな。蛇とのキメラだろう』
わざわざコカトリス風のニワトリを作ったってこと?
お金持ちの趣味……全然分かんない。
『ま、いいか』
瞬時に移動して、コケッと声を上げるニワトリもどきを捕まえる。
ふう、これでよし……と。
『いや、全然よくないじゃない。これ、普通に持ったら尻尾の蛇に噛まれるんじゃないの?』
『フン……【エアープリズン】』
アルヴァが何か魔法のようなものを唱えると同時に、ニワトリもどきが半透明のシャボンのようなものに包まれてふわりと浮かぶ。
『これで大丈夫だろう』
『おおー……なんかカプセル玩具のアレみたい』
とにかく、これで仕事完了かな?
ギルドにこれ持って行こうっと。




