今の状況
そうして話し終えると、アルヴァは……ものすごく難しい顔をしていた。
「……召喚、か」
「うん」
「それに作り物の仮想世界で遊ぶ遊戯? 理解できん。理解できんが……まあ、いい。それを前提に理解しよう」
頭をトントンと叩きながら、アルヴァは小さく息を吐き……そのままソファに座ってティーセットから勝手にカップを取って紅茶を飲む。
「む、良い紅茶だ。それに……何だコレは、量が減らない? コレ自体がマジックアイテムなのは分かっていたが、これは……」
「その辺もゲームの仕様を受け継いでるのよ」
「ふむ……」
ティーカップを机に置くと、アルヴァは腕を組み私をじっと見つめる。
「まず、結論から言おう」
「ええ」
「貴様が、元の世界に戻れる事はない。これは確実だ」
「……でしょうね」
なんとなく、それは感じてた。
でも、今のアルヴァの言葉で確信に至ったといっていい。
「自覚はあったようだな」
「なんとなく、ね」
「恐らくだが、貴様の巻き込まれた勇者召喚には神の意志が関わっている」
「神様って……この世界の?」
「そうだ。架空の出来事とはいえ、1つの世界を救うほどの英雄を『その取り巻く環境』ごとこの世界へと呼び寄せる魔力……人では有り得ん」
神様……ねえ?
まあ、勇者がいるなら神様だっているわよね。会った事ないけど、こんなことがあって無神論を唱える気もない。
「でも、そもそもの話……神様はなんで私を巻き込んだの? わざわざゲームの世界を経由させる必要なんてなかったでしょうに」
「知らん。だが恐らくは偶然、仮想世界とやらに繋がってしまったのだろうな。世界移動なんていうものをやらかそうというのだ。そういう可能性があっても不思議ではない」
……うーん、全然分かんないけどイメージ的には分かった気がする。
それってつまり……。
「全部神様のせいってこと?」
「俺の予想ではあるがな。証拠は何処にもない」
「そりゃそうかもしれないけど……神様以外には無理なんでしょ?」
「可能か不可能かでいえば、究極的には不可能ではない」
「そうなの?」
「たとえば世界から生命が消えるような数の生贄を捧げれば、あるいは可能になるかもしれん。それに意味があるかはさておきな」
……実質無理ってことじゃないの。
クッキーをサクサクと食べ始めているアルヴァを睨むと、アルヴァは「どうせコレも無限だろう、けちけちするな」と文句を言ってくる。
別にクッキーの事は言ってないわよ。
「……そもそも、なんで神様は勇者を召喚したの?」
「召喚したのは神じゃない、人間だ」
「え? でも」
「神は人間の召喚に力を貸したのだろうな、理由はまあ……モンスターへの対処といったところか。最近、デモンゲートの開く回数が多い」
「ちょっと待った」
今何か、聞き捨てならない単語があったんだけど。
「デモンゲート?」
「ああ、知らんか。デモンゲートだ。モンスター共は、俺がそう名付けた場所を通ってくる。前の魔王にも教えた話だがな」
「……グレイ達は知らなかったみたいだけど」
「一般に共有されていないのかもな。どうでもいい話だ」
デモンゲート。その言葉を反芻する私に、アルヴァは「そもそもデモンゲートとはな」と説明してくれる。
「正体不明の魔力の歪みだ。だが恐らくは有史以来、何処かで開き続けている。頻度は様々だがな」
「不明って……分からないの?」
「ああ。だがそこから生み出されるモンスターはしっかりと魔力と肉体を持つ生命体だ。俺が増やして復活の生贄にしようと考える程度にはな」
お前に邪魔されたがな、と言うアルヴァに私はあっかんべー、をする。
そんな邪悪そうな儀式、邪魔して正解じゃない。
「じゃあ、モンスターをどうにかする方法は分からないのね」
「まあな。どうにかする必要があるとも思えんが」
「なんで?」
「駆除すればいいだけの話だ。それに、魔力的に考えれば吸い取り尽くしても何処からも文句の出ない資源だ。貴重だろう」
うわあ……なんで一々言う事が邪悪なのかしら。
「まあ、いいわ。それを踏まえた上で、私はこれからどうするのがいいのかしら?」
「ふむ? どうも何も。好きに生きればいいだろう?」
「それは当然よ。でも立ち位置とかあるでしょ?」
「……貴様は何を言っているんだ?」
ものすごく理解できないものを見る目でアルヴァが見てきて、私は思わず後ずさってしまう。
「俺を撃退する程に強くて、こんな空間から切り離された隠れ家を持っていて。しかも水も食糧も尽きないときた。立ち位置など……むしろ、貴様に誰がつくのかという問題でしかないだろう」
「ええ……?」
「だがどうしても何か指針を持ちたいというなら、そうだな。人間につくのはやめておけ。連中は果てしなく愚かだ」
「……私も人間なんだけど?」
そう言うと、アルヴァは私を見て肩をすくめながら「ハッ」と笑う。
「仮想世界とやらから生まれたくせに笑わせる。貴様の成り立ちはどう考えても人間以外の何かだ」
「むう……」
あんまり否定は出来ないのが、なんだか悔しい。