別に聖女とかじゃないんですけど
だから、私はおじさんに話しかけてみる。犯人が誰かってのが分かれば事件解決だけど、少なくとも顔か声でも分かれば儲けものよね。
「ハロー、おじさん。ご機嫌いかが?」
「……あー……」
あー、かあ。そっかあ……ううん、嫌な予感。
「アーさん? でいいのかしら?」
「あー……」
「そっかあ……」
おじさんの顔はぼーっとしたまま。私を見ているのは分かる。試しに指を動かしてみると視線が動くし、さっきから私をガン見してる。うーん、お医者さんじゃないし、どういう状態なのかさっぱり分からん。
とにかく、このおじさんから何か事情を聞くことは出来なさそうってのは分かったけど。
「何事だ! 一体何を騒いでいる⁉」
あ、辺境伯だ。ピシッとした格好してるけど、今まで寝てないのか着替えてきたのか、どっちなのかしらね? まあ、どっちでもいいけどね。
騎士を引き連れてきた辺境伯はその辺の兵士から事情を聞くと、私に向かって歩いてくる。なんか難しい顔してるけど、どういう感情なのかしら?
「……オウガを人間に変えたと聞いたが」
「オウガじゃないわよ、ほら」
その辺に落ちてた仮面を渡してあげると辺境伯は「ふむ」と頷く。
「なるほど。確かにオウガであればこんなものはつけないだろうな」
「呪薬人間よ。昔人間の国で開発された薬の被害者ってやつね。その辺はこっちの国の人のほうが詳しいでしょ?」
「そうか。この男はその辺りを暴く証人になるというわけだ」
「そういうことね」
「では、厳重に保護するとしよう。とにかく、話を聞かねばならんが……」
「あー……」
「……話を出来る状況ではなさそうだ。医者に診せねばな」
……預けていいものかしらね? でもウチに入れるのもどうかと思うし、そもそも説明できないし……うーん。
「任せるわ」
「ああ……おい」
辺境伯が合図をすると、兵士たちがおじさんを両脇から支えて何処かに連れていく。
「さて、アリス殿。私もこれにて失礼する。まさかこの城に襲撃があるなど……色々と見直すことがあるのでね」
「ええ、おやすみなさい」
「貴様等も持ち場に戻れ! 次なる襲撃があればどうするつもりだ!」
辺境伯の一喝で兵士たちもバタバタと走り去っていくけど……うーん。なんかこう……反応薄くない?
もっと何かこう「まさか人を怪物に変えるなど⁉」みたいな反応とかあったと思うんだけど。
いやでも、元々呪薬って人間の国で作ったやつなんだっけ。なら知ってて当然……なのかな?
考えながら二段ジャンプで部屋に戻ると、アルヴァが呆れたような顔をしてる。
「ちょっと、いきなり何よ。なんなの、その顔」
「急ぎではないというのに……帰りは入り口から戻ってこようとは思わなかったのか?」
「面倒じゃないの」
「そうか……」
「空間移動できる奴が何言ってんのよ。扉使ったこともないくせに」
「俺は魔族だからいいんだ。貴様はせめて人間っぽくしろ」
「ああ、淑女がどうとかじゃないんだ」
「そんな古臭いことは言わんし、貴様にそういうのを求めようと思ったこともない」
「こいつう……その一言多いのをどうにかしろってのよ」
まあ、別にいいんだけど。辺境伯とかと話すよりもアルヴァと話してるほうが気楽だし。
辺境伯は、なんか、こう……言葉を額面通りに受け取っていいか分かんないのよね。
「そういえば先程赤くなっていたが。アレがレッドアリスとやらの力だな?」
「まあ、そういうことね」
「アレはあまり使わない方がいいだろうな」
「……珍しいこと言うじゃない。どうしたの?」
「貴様の中の魔力が明らかな変質を見せていた。別人といっていいくらいだ……ブラックアリスとやらも含めてだが、貴様の力は俺にも分からんことが多すぎる」
「そんなこと言われたって、私も知らないわよ」
そもそも「破滅世界のファンタジア」のアリスはブラックだのレッドだのは……あ、いや待って。協力プレイの際はカラー変わるとかって設定あったような。やったことないけど、協力プレイ。
まあ、でも「アリス」の設定って……公式にもほとんど記載なかったわよね。性能の記載とかがあったくらいで、人物設定とかはもうビックリするくらいに存在しなかった。
だから、その方面からブラックやレッドが何なのかを探ることは出来ない。
というか、ブラック自体はアルヴァの黒のなんちゃらの影響で生まれたもののはずだけど。
とすると……もしかしてブラックアリスのせいでレッドアリスが生まれた?
赤と黒が保つ均衡とやらのせいで、そうなった可能性は……まあ、あるのかしらね。
「……うーん……」
「なんだ。何か思い当たることでもあるのか?」
「あるといえばあるし、ないといえばないし……」
「訳が分からん。一言で言ってみろ」
「黒の何とかのせい」
「なるほどな」
え、今ので分かったの? 凄いわね。
「つまり貴様の中にあった『赤の力』だったか? それが黒の階梯に対抗する何かとなっているのだろう。言ってみれば、貴様の元々の力が別種のものに進化している……仮に『赤の階梯』とでも名付けようか」
「え、そういうの要らない……」
「俺に言われてもな」
それはそうなんだけど。私のことなのに私が理解できないのって、正直どうなの?