ポエムするなって思うけども
「ガアアアアアア!」
一瞬呆けた隙を狙って、オウガ仮面が突っ込んでくる。凄まじいタックルが私を吹き飛ばして、城の壁を崩すようなとんでもない威力にまた私のハートが削れていく。
「な、なんだ!?」
「怪物がいるぞ!」
「兵士は何をしている!」
あー、もう。まあ、こうなるわよねえ。ていうか兵士がきてもなあ……危険よね。私がこうなんだから、人死にが出かねない。ならどうする?
クローバーボム? ダメ。此処は「敵」で溢れてる。誰が消えるか分かったものじゃない。
ジョーカースラッシュ? 確実に殺せる。でも、殺しちゃう。その後「どうなる」か読めない。
それなら……これしかないかな?
「黒の波動!」
「グ、オ⁉ オオオオオオ!」
あ、やっぱ全然効いてない! ちょっと、このスキル全然使えないんだけど!? ええい、ならこれよ!
「赤の光!」
放たれるのは、黒の波動とは違う、全方面へと放たれる赤い輝き。けれど……うん、分かる。一瞬戸惑った様子を見せただけ。何にも効いてないわねこれ。
「あっちだ!」
「急げ!」
あー、もう! ならこれしかないかしらね……! たぶんどうにかなる……はず!
「アルヴァ、なんかあったらほんと頼んだわよ!」
そうして、私はその言葉を叫ぶ。
「開放:レッドアリス!」
瞬間、私の姿が変わっていく。
金の髪は青の髪に。
青の目は金の目に。
青い服は赤い服に。
私の姿が、レッドアリスへと変わっていって。瞬間、私が「私」に切り替わる。
とても純粋な、子どものような笑みがその唇に浮かんで。
「今宵のダンスパートナーは貴方? いいわ、踊りましょう!」
「グオオオオ!」
「獣のようなステップね、荒々しくて素敵だわ。 でも……愛が足りないのだわ!」
オウガ仮面の手を優雅にとって、そのまま手の動きだけでオウガ仮面を空へと放り投げる。技じゃない。分かる。これ、パワーだけでオウガ仮面をぶん投げてるんだ。
そして、この感覚。明らかに私なのに、俯瞰しているような感覚がある。まるで自動で私が動いているみたいな……ブラックアリスに「変異」したときとは、また違う感覚。
あんまり長く使っているとマズい。そんな予感がひしひしとする。でも、今はこれに頼るしかない。ほんとに? ううん、今はそう思う。その、はずよね。
「グ、グオオオアアアアア!」
「理性が吹き飛んでるのね? 急激な肉体の変化の影響かしら? 可哀想だけど、もう戻れないのだわ」
そう、呪薬で変化した身体が戻ったっていう話は聞いたことがない。なら、確かにもう戻れないんだろうと思う。だからこそ、呪薬はエボルポーションじゃなくて「呪薬」でしかなかった。それなのに、こんなものを作るだなんて。
「ただし、私がこの場にいなかったのであれば」
「私」は、確かにそう言った。来たのはいいけれど、どうしていいか戸惑う兵士たちを背に、そんなとんでもないことを宣言する。
治せるっていうの? でも、どうやって? そんなスキルを「私」が持っているっていうの?
いや、分かる。「私」も私だから。使おうとしているのは、そのスキルは。
「グウウウアガアアアアアアアアアア!」
「赤の光」
オウガ仮面に触れて、私は赤の光を発動させる。そうすると……さっき発動させたときとは違って、何かのエネルギーがオウガ仮面の中に流し込まれて……やがて、真っ赤な輝きがオウガ仮面の中から溢れ出す。
「ガ、ギャアアアアアア⁉」
響く悲鳴。けれど……赤い光が消えていく中で、誰かが最初に「それ」に気付いた。
「えっ……」
「アレは……あ、あの怪物が……人間に……?」
そう、オウガ仮面……もう戻れないはずの呪薬人間が、普通の人間に戻っていたのだ。
顔につけていたオウガの仮面も外れて、何が何だか分からないっていう顔で放心した普通のおじさんの顔が見えている。
解毒。解呪。どうやら、それが「赤の光」の本当の力。私がさっき上手くいかなかったのは……使い方を間違えてたから?
考えがまとまらない中で……誰かが呟く。
「聖なる力……なのか?」
「聖者だ……」
「聖者……そうか、聖者様か」
「聖者様!」
「聖者様バンザイ!」
一気に広がっていく称賛の声に「私」は手を振って。
「王子様はガラスの靴の持ち主を見つけたからハッピーエンドになったのだわ。だから、失くさないでほしいのだわ」
そんなことを言い残して、「私」から私に戻っていく。髪の色も、目の色も、服の色も元に戻って。
「ポエミーに言うのはやめろってのよ。まあ、言おうとしてることは分かるけども」
ガラスの靴ってのは、あのおじさん。持ち主は……呪薬を飲ませた犯人……てことでいいのよね、たぶん。
まあ、そこまでは分かるんだけど。
「聖者様ああああああああああ!」
どうしよう、この状況。聖者様とか呼ばれても正直困るんだけども。レッドアリスのことだって、何1つ解決してないってのに、こんなにも有能だって分かったのも問題だし。
うーん……ほんとどうしよう。まあ、ひとまず……おじさんの保護から、かしらね? とにかく、折角の手掛かりを無くすわけにはいかないもの。