お食事の時間(疲れる)
辺境伯に留まることになったその日の夜。私たちはやけに豪華な感じの食堂に呼ばれていた。
並ぶ見た目重視って感じの料理の数々は……なんかこう、いつも家で食事してるだけに物凄く慣れない。
何よりも……アレよね。ずらりと並んだ人たちから感じる視線。
「皆、今日はとても良い日だ。ミーファ姫様の無事の御帰還を祝えるのだからな。事件の全容解明が成ったわけではないが……まずはこのことを喜ぼうではないか」
「ええ。幸いにも何事もなく救出され、私は此処に居ます。私を攫った人間が何を考えていたかは不明ですが、それでも私は城にいるだけでは分からない学びを得ました。人類と魔族……2つの種族の友好の」
「恐れながら!」
辺境伯の言葉に続くミーファの演説の最中に、なんか神経質そうな男が立ち上がる。誰かしら、アレ。辺境伯の息子とか?
「控えよデリック!」
「ですが父上! この場に魔族がいるというだけでも我慢ならぬのに、姫様がそれを擁護し……あまつさえ友好⁉ あり得ません!」
「私の言葉が聞こえんようだな……!?」
「相手がどのような方であろうと諫言することこそが真の忠誠です! たとえ父であり辺境伯閣下であろうと、此度の事件をただの美談にしようとするのであればこのデリック、黙っているわけには参りません!」
「貴様……!」
うーわ、つまり方向性の違いによる親子喧嘩ってわけ? めんどくさ……。そういうのは私たちのいないところで決着つけときなさいよ。
「そこの魔族!」
「なんだ。俺のことか?」
「そうだ貴様だ……何をニヤニヤしている!」
うーわ、めっちゃ楽しそう。いつも仏頂面だからあんな顔、あんまり見ないのよね……。つーか何が楽しいのよ。ただの面倒ごとじゃないの。
「純粋な姫様は騙せたかとしれんが、私の目は誤魔化せんぞ……! 一体何を企んでいる!」
「ただの言いがかりではないか。ガラス玉より酷いな、その目は。少なくとも何かを映しているのであれば、そんな愚かな言いがかりはつけられんだろう」
「き、貴様……!」
「どうした。激昂するだけが特技なら、いっそ風呂釜にでも転職したらどうだ。すぐに湯が沸くと人気になるかもしれん」
おお、すごい煽りね。これだけ冷静かつ遠回しに「バーカ。無能」って言えるのは尊敬するわ。だって私だったらそのまま言うもの。やっぱ口が回るわよね、あいつ。
そんなことを考えてると、アルヴァが裂けるような……ものすっごい邪悪な笑みを浮かべる。
「ああ、訂正しよう。貴様のような風呂釜など、何処からも引き取り手がないだろうよ。あまりにも欠陥が多すぎる……金を払うからと懇願しても無理かもしれん」
わあ。すっごい楽しそう。性格の悪さ選手権とかあったらアルヴァ、結構いいとこまでいくんじゃないの? あのデリックとかいう奴の顔も真っ赤だし。
「どうした風呂釜未満。赤熱しているようだが、融解点でも超えそうなのか? ならば何処か人の居ない場所で邪魔にならないように溶け消えてくれると嬉しいが」
「け、けけけけけ……決闘だ! こんな侮辱……許すわけにはいかん!」
「何を……! おい、デリックを部屋に」
「構わん」
辺境伯が騎士に指示しようとしたのを、アルヴァが本当に楽しそうな……性格の悪そうな顔で留める。
あーあー、キラキラ輝きそうなくらいに嬉しそう。あんな顔は私も初めて見るわね。
「どのみち俺も国も侮辱されたわけだし、このままでは収まらん。丁度いいだろう」
「し、しかし……」
「おまけに姫を『人を見る目が無い』という侮辱までしている。これはもはや簡単に収まる話でもあるまい」
あー、まあ、それはそうよね。ミーファってお姫様だもの。王族が無能とか、そういうのって簡単に言ったらいけない話よね。まあ、私はハーヴェイのこと、いつも結構言ってる気もするけど……その辺はさておいて。
「口だけは達者なようだな魔族……! 姫様の次は父を惑わそうというか!」
「なんだ。力でしか語れんのか? モンスターとそう変わらんな」
「あー、もう。いい加減にしなさいよ」
アルヴァの席の近くにいって頭をスパーン、とはたいてやると辺境伯も……デリックも、他の連中もあっけにとられたような顔になる。特にデリックは、頭に血がのぼっていたのが全部抜けた感じ。
「火に油注いでんじゃないわよ。決闘してどう決着ついても遺恨残るでしょうが」
「どうせ遺恨しか残らん。ならば後は責任の取り方の問題だけだ。あのデリックとかいう粗大ごみが責任を負えば、それで綺麗に済むのが貴族というものだ」
「うっさい。責任負ってそれで綺麗に話が終わるなら戦争なんてこの世にはないのよ」
もう1度スパン、と頭を叩いてやるとアルヴァがチッと舌打ちをする。
なんかなー、どうにもアレなのよね。魔族の知識階級って考えが合理的なのが多いのよね。
感情で動く奴をイマイチ理解できてないっていうか……世の中損得だけじゃないってのを知識で知ってても心では理解してないっていうか。
まあ、アルヴァは絶対理解してるからわざとだろうけど。ほんと邪悪よね、こいつ。