複雑でいて単純なにんげんもよう
それから数日が経っても、青年が向かった遠征の音沙汰は無いままだった。
メルちゃんはその間もずうっと、休むことなくお店を開いている。ちょっと根詰めすぎじゃないかしら?
数少ない来客の時に窺うメルちゃんの表情は、取り繕うような笑顔で、ここ数日覇気がない。お客さんが居ないと、調合をしているか、カウンターでぼーっとしている。今は調剤室に籠っているが、カウンターにいる時はそわそわと体を揺らすことが増えた。
ゴンズのおっさんと話して泣いちゃったあの日を境に、日を追うごとに元気が無くなっていっているように見える。よほど青年のことが心配なのだろう。
でもまあ、お店を開いていたところで一日の来客なんて数えるほどだし、働いていてもそれほど負担にはならないのかもしれない。それに、青年が帰ってくるまで何かに没頭していたほうが、メルちゃんの心にとってもいいと思う。
心の病はさすがに私も治せないからね。身体の疲れくらいなら一発で吹き飛ばしてあげられるけど、躁鬱のコントロールは私には出来ないことだ。魔術由来の精神異常ならなんとか出来そうな気もするけど、当人の精神に由来する疾患は無理ぽ。
くそう。神級霊薬、思ったより万能じゃないじゃん。不老長寿を与えられないどころか、精神状態の改善すらできないなんて。“奇跡”とか自分で言っちゃってて恥ずかしいわ。
と、そこでお店の入口が勢いよく開いた。
おっと、来客だ。
「メル!」
扉の鈴より大きな声を出して、少年が入ってきた。
「ダミアン、駄目だよ。そんな乱暴に扉を開けたら」
「ほんと、どうしようもない馬鹿ね」
「う、うるせえな!」
続いてもう2人、少年と少女が入ってくる。
あ、反射的に来客って言っちゃったけど、これ、来客じゃないな。だってこいつら客じゃないもの。
「あ、ダミアンにウィルにサリッサ、いらっしゃい」
調剤室から出てきたメルちゃんが、3人組に疲れた様子で挨拶した。かれこれ数時間調合にかかりっきりだったからか、いつもの元気が無い。やっぱり無理してるのかしら。
この3人の少年少女――髪が短く粗野な印象のダミアンと、前髪が長く中性的な面立ちのウィルと、吊り目に巻き毛できつい性格のサリッサ――は、メルちゃんのお友達である。それぞれ、ダミアンは鍛冶屋の息子、ウィルは花屋の息子、サリッサは宿屋の娘で、3人ともメルちゃんと同じ王都の商業区の少年少女だ。どうやら、お店をお休みにする日のメルちゃんは、彼らと一緒に遊ぶことが多いらしい。
普段お休みの日に遊んでいるのに、月に一度はこうして連れ立ってお店にやってくるのだが、とくにお薬を買うでもなく、しばらくメルちゃんと他愛ない雑談をして帰っていく冷やかしどもである。その度に私は思うのだ。なんか買ってけよと。
「今日はどうしたの? おつかい?」
優れぬ顔色のままいつもより低い声でメルちゃんが尋ねると、ダミアンはこめかみをポリポリと掻いた。
「あーまあ、そんなとこ」
嘘つけ! ダミアンお前、一度もお薬買ったことないじゃないか!
「違う違う。ほら、メルちゃんのお兄さんが遠征行っちゃったでしょ? ダミアンがね、メルちゃんが寂しがってるかもって心配して」
「メルが居ないとこいつ、うるさいったらないわ」
「お前ら余計なこと言うなよ!」
「言うわよ! ウジウジしてるあんたと一緒に居ると気が滅入るのよ! あたしもウィルももううんざりなの! ねえウィル!?」
「うーん、僕はそれほどでもないけど。でも、ダミアンが『メルは今頃何してるんだろ』って溜め息ばっかり吐いててね。だからこうしてメルちゃんに会いに来たんだ」
「お前らな!」
そのやりとりをぽかんと見ていたメルちゃんだったが、突然「ふふっ」と噴き出し、とびきりの笑顔になった。
「ありがと、ダミアン」
もうね、花が咲いたような笑顔ってこういう顔のことを言うんだなあ、ってしみじみ思っちゃうくらいの笑顔よ。思わず私もきゅんと来ちゃった。どこが? とか無粋なことは言いっこなしよ?
「お、おう……まあその、元気出せよ。メルはやっぱ、笑ってないとメルっぽくないから」
「うん。そうするよ」
ふむ……。察するに、このダミアン、今日はメルちゃんに今の言葉を届けるために来たということか。
中々やるじゃないか。塞ぎこみがちだったメルちゃんから、あんなに良い笑顔を引き出すとは。私には出来ないことだ。それに免じて今日のところは冷やかしでも許してやろう。
しかし、ダミアンがなぜわざわざそこまでメルちゃんの事を気に掛けるのか、不思議でならない。お薬を買いに来たわけでもなく、たかが言葉一つ伝えるためにお店にまで乗り込んでくるなんて、相当じゃなかろうか。
私なんて、この戸棚から一歩も動けないんだぞ。これは私の経験則だが、移動するってことにはとても大変な労力が必要だと推測される。動くのってとっても大変そう。私がいくら動こうとしても、この瓶全然動かないんだけど。誰かなんとかして。
そう思うと、あのゴンズのおっさんも中々大したものだ。森の中を一日中歩き回って薬草集めが出来るなんてすごい。燃料はなんなのかしら? 私にも分けてほしい。
そして、その大変な労力を厭わないダミアンたちにも、素直に敬意を表したいところだが……いかんせん、薬品の身としてはその原動力にさっぱり見当がつかない。ゴンズといいダミアンといい後ろの二人といい、どうしてメルちゃんに対してそこまで出来るのだろうか。
人間同士を結び付ける何かがきっとあるんだろうな。こう、薬効成分的な何かが。その何かはきっと、ただの薬品でしかない私には分からない何かだ。長い間こうしてメルちゃんとその周りの人間を見てきたけど、人間というのはとっても複雑な生き物で、私の理解が及ばない出来事なんてたくさんあった。これもその内のひとつということ。
まあ、分からんことを考えても仕方ないね。きっとこの3人はめっちゃ良いやつらなのだ。けど、私のメルちゃんの友達としては及第点ってところかな。これからも励むがいい。
「それで、兄貴から近況の報告とかはあったのか?」
「ううん。ないよ。たぶん、それどころじゃないんじゃないかな」
「行軍中に手紙なんて出せるわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」
「おまっ……! 何回も馬鹿って言うなよ!」
「ダミアンのお馬鹿は今に始まったことじゃないよ」
「ウィルまで!」
うーん、こいつらほんと仲良しだなあ。
月イチでお店に来るといつもこんな調子。あ、メルちゃんもくすくす笑ってる。いやあ、さっきまでの落ち込みようが嘘みたい。友達って素敵ね。
「お兄さんの事、心配だよね……」
「相手はレッドドラゴンだものね……。でも、メルのお兄さんって強いんでしょ? 副団長さんだって言ってたけど」
「うん。第3騎士団の副団長だよ」
「俺、一回メルの兄貴に魔法見せてもらったことあるぜ。すげーかっこよかった! あの人がドラゴンなんかに負けるかよ!」
「僕も一緒に見せてもらったよ。あんなに綺麗な氷魔法、初めて見た」
「へえ、私も見てみたいわ」
「お兄ちゃんが帰ってきたら私からお願いしてみようか?」
「いいの?」
「うん!」
やいのやいのと騒がしいこと。
けどまあ、メルちゃんも楽しそうだからいっか。
私も直接メルちゃんと会話できたらいいのになあ……。
「一応ね、お薬はたくさん持って行ってもらったの。何があるか分からないから」
「へえ、そうなのね。メルが調合した魔法薬とか?」
「うん。中級魔法薬、魔力回復薬、魔物除けのお薬をたくさん。上級魔法薬も数本渡したの。あとは、火を吹くドラゴンに備えて、耐火魔法薬と、それから、火傷治しのお薬。遠くまでたくさん歩くって言ってたから、疲労回復に効く活性薬と、足に直接塗る軟膏も。戦いになる時には、筋力増幅薬と鋼体化薬と魔力増幅薬を飲んでねって渡してあるし、それに、シスターさんに分けてもらった聖水と、落涙茨用の解毒薬と、途中でお腹を壊したら大変だから胃薬も。あと――」
「ちょっとストップ」
青年に持たせた薬の名をつらつらと並べるメルちゃんを、サリッサが遮る。
メルちゃんは「どうしたの?」ときょとんとした表情で言った。
「どうしたもこうしたもないわ! メル、あなた過保護すぎ!」
「ええ……そんなことないと思うけど」
「僕もそれはちょっとやりすぎだと思うなあ。お兄さん、薬漬けになっちゃわない?」
「そんだけ薬持って行ってるなら心配する必要ねえじゃん!」
「うう……だけど」
「メルの心配性は治らないわね」
「怪我を治す薬なら作れるのにね」
「も、もう! 茶化さないでよ! 私は真面目なんだよ!」
「おう。知ってるよ。そこがメルの良いとこだよなー」
「む、むー……」
3人の揶揄うような言葉に、メルちゃんは恥ずかしそうに俯いた。
確かに、ちょっと持たせすぎかもね。
でもここだけの話、青年は出発前に半分くらいお店の棚に戻してたわよ? メルちゃんならすぐ気付くだろうと思ってたけど、この様子じゃ気付いてないわね。
ちなみに、名前の出た薬は全部神級霊薬一本でほぼ代用可能だ。体力回復はもちろん、魔力の回復、解毒、疲労回復、体調回復。筋力や魔力の底上げと対死霊効果はちょっと専門外だけど、こと回復に関して私の右に出る者はいないわ!
ぜひ次回には再検討してほしい。私なら一本だけだし嵩張らないよ!
そのあと、メルちゃんと3人組はいつも通りの他愛無い話――近所の人の話とか、ダミアンの騎士への憧れの話とか、それぞれのおうちのお店に来た変な客の話とか――で盛り上がって、日が傾いた頃に帰ることとなった。その間お客さんが一人も現れなかったことは、この際言及しないでおこう。
「あのさ、メルちゃん」
去り際に、ウィルがそう切り出した。
「僕たちで良ければ今日みたいに話聞くからさ。不安なことがあるならいつでも相談してよ。友達でしょ? まあ……僕たちじゃ力になれることなんてほとんどないけどね」
ウィルは自嘲気味に言ったけども、十分だと思う。
少なくとも、私じゃ凹んでるメルちゃんを見てるだけしか出来ないもの。
言われたメルちゃんはほんのり顔を赤らめて笑ってる。可愛いなあ。
「やっぱお前、そうやって笑ってる方がいいぜ」
「う、うん」
しかし、ダミアンといいウィルといい、えらいメルちゃんに優しいな。一体なぜなの? サリッサもきっと、口には出さないけど似たようなことを思ってるんだろうな。だっていつもきつい吊り目が今はちょっと和らいでるし。
ん? あ、これはつまり、そういうことか?
3人とも、私と同じでメルちゃんのことが大好きなのか?
そうだ、そうに違いない!
なーんだ、そっかー。そこに気付いたら単純だね。複雑なことなんてないわ。
わざわざ移動してきたのも、優しい言葉をかけるのも、大好きなメルちゃんのためだというのなら理解できる。私だって、大好きなメルちゃんにはぜひとも私を飲んでほしいもの!
え? それはなんか違う? あら、そう……。
「3人のおかげで元気出たよ。本当に、ありがとう」
最後にメルちゃんはそう言ってまた笑った。
目端に光るものが見えたけど、たぶん気のせいかな。
私。視野が広いだけで視力はあまり良くないんだ。眼なんてないけどね!
◎登場人物紹介
【ダミアン】
王都商業区の鍛冶屋『グレイスミス』の一人息子。
ぶっきらぼうで粗野な性格。おバカ。
鍛冶屋を継ぐべく修行中だが、メルティナ、ウィル、サリッサと遊んでいる時が一番楽しい。
メルティナに対して仄かな恋心を育てている。
【ウィリアム(ウィル)】
王都商業区の花屋『ミルシード花卉店』の息子。2人の姉がおり、姉弟全員で実家の花屋を手伝っている。
髪が長く中性的な面立ちをしているため、よく女の子に間違われる。
しばしば口論をするダミアンとサリッサの仲介に入るという損な役回りを押し付けられることが多いが、本人はあまり気にしていない。
最近、姉たちから女性ものの服を着せられたり、化粧を施されたりと人形にされているのが悩み。
【サリッサ】
王都商業区の宿屋『渡り鳥の寝床』の一人娘兼看板娘。
吊り目&巻き毛。髪のセットに時間がかかる人。
メルティナのことを親友だと思っており、彼女が早くに両親を亡くしている境遇を不憫に思いつつ、その真面目さや真摯さを尊敬している。
……が、決してそれを態度に表すつもりも伝えるつもりもないツンデレちゃん。