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おっさんは結局どこまでいってもただのおっさん



 カウンターに色とりどりの薬草、植物の根や葉、樹木の表皮、木の実、透明な液体の入った瓶などが並んでいる。並べたのは、恐ろしい人相の男。それらを大きな籠の中から一通り出し終えると、男が口を開いた。


「頼まれてたティアラ草、クラの実だ。……それから、ガナリ草、泣き樹の皮に、レッドグラスにブルーグラスと、いくつか使えそうな薬草の根と葉も集めておいた。あとは森霊湖の水。今回採れたのはこんなもんだ。申し訳ねえ、もうちっと採取を続けたかったんだが、遠目に森狼(フォレウルフ)の群れが見えて切り上げちまった」

「十分だよ、ゴンズさん。いつもありがとうございます」

「いや、わりいな、ほんと」


 ばつが悪そうな表情のおっさんに向かって、メルちゃんはにっこりと笑った。おっさんは眼を細めて苦笑いしながら、ちょびっと生えた顎ひげをボリボリと掻いた。


 本当に悪いと思ってるのかしら?


 この無精ひげを生やした人相の悪いおっさんはゴンズといって、よくメルちゃんが素材集めを頼んでいる冒険者のおっさんだ。


 直接依頼しているわけじゃなく、冒険者ギルド? なる組織が仲介に入ってるらしいけど、メルちゃんへの納品は毎回おっさん自身でしている。律儀だな。


 素材集めって言っても、メルちゃんがお願いしているほとんどの素材は近くの森で採れるそうだから、正直なところこのおっさんじゃなくても誰だって出来ると思う。


 メルちゃんはゴンズのおっさんが持ってきた素材を選り分けて、計量し始めた。これ、報酬の査定とかに必要な作業なのよね、たしか。報酬はギルド経由でおっさんの手元に届くらしいから、きっちり計らないといけない。このおっさんはメルちゃんが依頼を出すと、いつも優先的に引き受けてくれてるから、メルちゃんも至って真面目な様子だ。


 メルちゃんの作業をしばらくぼけーっと眺めていたゴンズのおっさんが、不意に感慨深げに言った。


「それにしても、嬢ちゃんもしっかり薬師が板についちまったなぁ」

「どうしたんですか、急に?」

「いやぁ、あんな小っこかった嬢ちゃんが立派になったもんだって感動してよ。大人っぽくなったよなぁ」

「褒めてもなにも出ませんよー? 計量はきっちりしますからねー」


 このおっさん、どうやらメルちゃんの母親がこのお店を経営してる時から素材を卸しているらしい。私が造られるよりずっと前からだから、それがどれくらいの期間なのかは分からないが。


 メルちゃんはおっさんの言葉ににこにこと慣れた感じで対応してる。いやほんと、大人になったわね。


 母親の代のことは分からないけど、メルちゃんのことならずっと見てきたから分かる。昔だったら顔を真っ赤にしてたに違いないもの。


「あれからもう7年……時間が経つのは早えなって思ってなぁ。……あ、わりい、余計なこと言った」


 おっさんのその言葉に、メルちゃんが一瞬真顔になって、すぐ笑顔に戻った。


 7年。お母さんが亡くなってから、正確にはそれくらいなんだね。ゴンズのおっさんってばデリケートな話題をさらっと出すから、メルちゃんも驚いちゃったみたい。


 私じゃなかったら見逃してるね。私、視界は広いんだ。なんたってガラス瓶を通して360°見渡せるからね。この戸棚の位置じゃ半分くらい壁だけど!


「そ、それはそうと、クロードはまだ帰らねえのか?」

「あ………………はい」


 おいおっさん。それも地雷ですよ。メルちゃん、今度は誰の目にも明らかなくらいに表情が暗くなったじゃないか。

 あ、ちなみにクロードは青年の名前ね?


「あー、まあ、元気出せ、な? 騎士団もかなりの数で行ってんだろ? レッドドラゴンなんかすぐに倒して帰ってくらぁ」

「だといいんですけど……」

「まあ、相手がレッドドラゴンてな厄介だよなあ。あいつら、鱗は固ぇわ力は強ぇわ、終いにゃ魔息吹(ブレス)で辺り一面焼き払っちまうような危険なやつらだからよ。俺も昔一回だけ見たことあんだけど、どでかい咆哮に恐ろしくなってすぐに逃げちまったよ。そのあと、そいつが近くの村ひとつ丸焼きにしちまったって聞いた時は震え上がったぜ」

「そう、なんですね……」

「騎士団もいくら数が多くたってなあ、刃が通らなきゃどうにもなんねえし、魔法もどれだけ効くことやら。山合いの木々に炎でも吐かれたらみんなして煙に巻かれちまうんじゃねぇか……ってあ! わりぃ、違うんだって! 泣くなよ!」


 ゴンズのおっさんが話している最中に、メルちゃんの瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れだした。


 あーあ、なんてひどいおっさんなのかしら。そんな不安を掻き立てるようなこと言うんじゃないわよ。


「悪かった! 悪かったって! 大丈夫、大丈夫だから! あのバカ強えクロードがやられるわけねえって!」

「ひっく、えぐ……」

「ああ、もう、どうすりゃいんだよ!」


 自業自得だわ。もっときりきりと必死に慰めなさいな。

 それにしてもメルちゃん、こんなことで決壊しちゃうくらいに不安を溜め込んでたのね。気付かなかったわ。


 青年、早く帰ってきなさいよ。



* * * * *



「――あの……すいませんでした、取り乱して」


 しばらくして、落ち着いたメルちゃんがゴンズのおっさんに謝った。


「あー、おう。いや、謝んのは俺の方だろ? 悪かったな嬢ちゃん。まさかそこまでクロード(あいつ)を心配してるとは思わなくて……つっても、仕方ないか。あの日、リリアナも急にぽっくり逝っちまったからなあ」


 ゴンズのおっさんはまたばつが悪そうにひげを掻いた。ちょっと、お店に来てからずっとばつが悪そうじゃないの。このおっさん、他の表情出来ないの?

 あ、リリアナってのはお母さんのこと……って、わざわざ言わなくても分かるか。


「まあ、俺が言うのもお門違いだが……クロードのこと、もっと信じてやれよ。あいつは嬢ちゃんを一人残して逝くような無責任なやつじゃねえだろ?」

「はい。そうですよね」

「あ、べつにリリアナが無責任だったってわけじゃねえからな!? あいつは責任感のある優秀な薬師だったぞ! 『素材選びを他人に任せるわけにはいかない』っつって、わざわざ冒険者と一緒に自分で採取に出かけるくらいのな!」

「そうなんですか? たしかにお母さん、お店を空けることが多かったかも」

「っと、わりぃ。さっきから余計なことばっか言ってんな、俺」

「いえ、気にしないでください。それより私、お母さんのお話、もっと聞きたいです!」

「お、おお? そうか! じゃあ、いくつか話してやる。まず、嬢ちゃんが産まれる前、俺とリリアナ、それからあと二人でパーティを組んで大陸北部の大森林に行ったことがあってな――」


 それから始まったのは、メルちゃんのお母さんがした冒険のお話。

 メルちゃんは、目を輝かせながらおっさんの話を聞いていた。

 メルちゃんのお母さん、優秀な薬師であるうえに、凄腕の魔術師でもあったみたい。剣の心得はなかったけど、強力な魔術が使えるから、自衛どころか一人で冒険だって出来ちゃう人だったそう。さすが、神級霊薬わたしを造っただけあるね。


 じゃあ、メルちゃんのお母さんのその冒険に同行したこのゴンズのおっさんも、初級冒険者パーティでも討伐できる森狼(フォレウルフ)を見かけたくらいで採取を切り上げちゃうクセして、実はなにか凄い力を秘めてるのか? と思うかもしれないけど、実際そんなことは全然まったくこれっぽっちもない。


 昔は高い能力を有していたけど年齢を重ねて衰えたから今は王都で気ままに底辺冒険者をやってるとかじゃない。天賦の才に恵まれず生計を立てるために仕方なくやってた薬草拾いの仕事によるこつこつ努力がいつの間にかチート能力を目覚めさせているわけない。落ちこぼれと笑われる日々の中ある日の仕事中にトラブルに見舞われた結果なんだかんだあって女神さまにとんでもスキルを与えられたりもしてない。かつては魔王討伐の任を遂行する勇者パーティに参加するほどの力を持っていたけど足手まといだと切り捨てられた直後に新たな超技能が目覚めていずれ復讐をと誓いながら反骨心を育てる日々を送っているなんて話には絶対ならない。


 ゴンズのおっさんは、悪人面した普通のおっさんだ。冒険者であるものの、薬草摘みばかりしている普通のおっさんなのだ。彼は戦いに関してはからきしだと自分で言っていた。薬草に詳しいだけで、戦う力も持っていない。ここ王都の冒険者の間では、『草刈りゴンズ』なんて不名誉な肩書きで通っているらしい。


「――いやぁ、あん時ゃ死ぬかと思ったね、実際。リリアナが咄嗟に風魔術で弾いてくれなかったら絶対直撃してたわ」

「わぁ、お母さんすごい!」

「おお、すげぇだろ? 俺ぁ戦闘じゃ足手纏いだからよ、リリアナには何度助けられたか分かんねぇや」


 でも、ゴンズのおっさんは薬草摘みが天職だって言ってた。戦う力もないし、ろくな魔法も使えないけど、おっさんには草花の種類、四方が同じ景色の森の中の道程なんかを覚える記憶力と、草木の茂る中を一日歩き通せるくらいの体力ならあるのだそうだ。


 薬草摘みはそれを最大限に活かせるんだって。それで、それを活かしてメルちゃんみたいな人たちの役に立てるのなら、これほど嬉しいことはないんだって。


 ゴンズのおっさんは、だから冒険者、やってるんだってさ。


 しばらく話し込んだ後、ゴンズのおっさんは悪人面に明るい表情を浮かべて帰っていった。今日の採取の成果をお店に残して。それを見送るメルちゃんも、知らなかったお母さんの話を聞けて、ちょっとだけ元気を取り戻したみたい。


 あのゴンズというおっさんは、どこまでいっても平々凡々で、人畜無害で、たまに悪気なく相手を傷付けるようなことを言うだけの、ただのおっさんである。でも、私はちょびっとだけ、それが羨ましかったりする。


「お兄ちゃん、大丈夫かな…………」


 店内に、独りぼっちになったメルちゃんの静かな呟きがこだまする。


 こんな時、何も出来ない私は、とりわけ彼を羨ましく思うのです。ただのおっさんにだって出来る、彼女を慰める事も、元気づける事も、私にはきっと、出来やしないのだから。


 私もなにか、メルちゃんや青年の役に立ちたいな。でも、こんな私に出来る事なんて限られているわけで。


 やはり……! やはり飲んでもらうしかないか……! 私に出来る事といえば、それしかない……!


 でも、ああ、私が飲まれる日は、一体いつ来るのだろう。


 この日はメルちゃんと一緒になって、私も瓶の中に溜息を吐いた。……息を吐ける口なんて、ないけれど。


◎登場人物紹介


【ゴンズ】

 メルティナの採取依頼を受けてくれている冒険者のおっさん。

 悪人面にいつも無精ひげを蓄えているだらしない風貌だが、心根は真っ当な普通のおっさん。

 口が悪く空気も読めないが、どこか憎めないただのおっさん。



【リリアナ・フィラル】 

 メルティナとその兄の母親。

 稀代の天才薬師であり、高い魔力を有する魔術師でもあった。

 故人。


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