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存在意義を確立するのは大変難しい



「ありがとうございました! またいらしてくださいね!」


 今日もメルちゃんの元気な声が店内に響く。今はお薬を買ってくれたお客さんを見送ったところだ。青年が遠征に赴いてから時折物憂げな表情を見せるようになったけれど、お客さんの前ではずっとにこにこしている。メルちゃんはがんばりやさんなのだ。この戸棚からいつも見守っている私ですら、弱音を吐く彼女をほとんど見たことがない。


 今見送ったお客さんは、近所に住む女性らしい。お子さんが熱を出したからと薬を求めにきていた。彼女は柔和な笑みを浮かべる穏やかそうな人で、メルちゃんは朗らかに応対していた。


 今日はその近所の女性の他にも、冒険者の一団が訪れていった。なんでも、北の村の外れに出た魔物の討伐依頼を受け、所持数が心もとない魔法薬ポーションなどを念のために補充しに来たのだと。


 メルちゃんは彼らにも笑顔で接客していた。メルちゃんの、「おすすめは中級魔法薬ミドルポーションですよ!」という言葉に従って、彼らは中級魔法薬を数本買っていった。


 まいどあり。いい買い物をしたね、冒険者諸君。メルちゃんの調合した中級魔法薬は、お手頃価格で効果も高いのだから。(私調べ)


 まあ、自分で使ったことはないので効果が高い云々はあくまで憶測である。

 でもメルちゃんの作ったものだからね。高い効果を持ってるに決まってる。身内贔屓と馬鹿にするなかれ。神級霊薬(エリクサー)がそう言うんだから間違いないのだ。何の根拠にもなってないけど。


 神級霊薬わたしほどじゃないにせよ、メルちゃんの中級魔法薬も軽い怪我くらいならすぐに治せることだろう。

 一瞬で死なない限り。

 この点、私含め全ての薬品が持つジレンマよね。せっかくお薬を持ってても、飲めなかったら意味ないの。


 飲まれぬ薬はただの液体である。それ以上の価値はない。ただの液体なのである。


 そういえば、結構長いこと薬師(メルちゃん)のそばにいるけど、いまだに死者蘇生ができる薬にはお目にかかったことないなあ。


「ふう……」


 お客さんを見送ったメルちゃんは、小さく溜息を漏らした。お客さんが去って一段落といった様子だ。


 さて、それはそれとして、私はこの『フィラル魔法薬店』には大きな問題があると思っている。甚だ大きな問題だ。これに比べたら青年が遠征にいったことなんて些細なこと。メルちゃん、凹んでる場合じゃないのよ。


 その問題というのは、これ。


 今日のお客さんは、その2組だけでした。


 なぜゆえ……!? もう夕方なのよ? 2組て!


 なぜこんなにお客さんが少ないのかしら? たしかに常連さん(リピーター)にはいつも一度でたくさんお薬を処方してるから、来店に間隔が空くのは仕方ない。でも、メルちゃんの調合する薬の質は申し分ないはずで、だったらもっとご新規さんが来てもおかしくない。


 一日2組の来客しかないのは納得いかないわ。もっと来なさいよ!


 それにメルちゃん、とっても可愛いのに。長くてさらさらな淡いこがね色の髪を頭の後ろでまとめて、いつも柔らかそうな頬に笑顔を浮かべて、身に着けるピンクの前掛け(エプロン)はとってもチャーミング。ほんわか和める雰囲気を醸すグッドな看板娘なのよ。なんだったらメルちゃん目当てに客が来てもおかしくないと思うの。


 そうなると、このお店にあまりお客さんが来ない理由がさっぱり見当たらないぞ? どんな理由であれ、この神級霊薬わたしがいるお店に閑古鳥が鳴いているなんて許せない!


 立地か? 立地条件が悪いのか? それとも悪い評判でもあるのか? んー、でもメルちゃんは明るくていい子だし、お客さんが悪い(そういう)風に言ってるのも聞いたことないし……。一体全体、何が理由なんだ!


「あ、そうだ。魔法薬ポーション調合しなきゃ」


 このお店が抱える問題に対し悶々とする私とは対照的に、メルちゃんは呑気にそう独りごちた。


 うん、そうね。調合しなきゃね。在庫減ったからね。


 って違う! メルちゃんもうちょっと危機感持とう! 経営難で潰れるなんてことがあったら、私はどうなるんだ! 売り払ったりしないよね? それだけはやめてね!? あ、でも巡り巡って売られた先で飲んでもらえるならそれもいいのか……? いや、駄目だ! 欲を言うなら、私は青年かメルちゃんに飲んでもらいたいんだよ! だから手放さないで! 見捨てないでえ!


 私の叫びは虚しく瓶の中に響く。実際は声なんて出てないけどね!

 いくら懇願したって、私の声がメルちゃんに届くことはないのである。ああ、無情。


 ――カランカラン。


 と、メルちゃんが調剤室に入ろうとしたその時、来客の鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 その音に反応し、メルちゃんはさっと踵を返す。口から出たのはやはり、とても明るい声だった。

 うん、元気が良くて大変よろしい。もうちょっとお店が繁盛したら言う事ないね!


「あれ?」


 入口にいるお客さんを見て、メルちゃんが首を傾げる。


 お店に入ってきたのが小さな子供だったからだ。男の子と、その背におぶられた女の子。保護者らしき人の姿はない。私の見てきた中で最も小さなお客さんだ。最年少お客さん記録更新である。幼い子供がたった二人で訪ねてきたから、メルちゃんも疑問を感じたのだろう。


 男の子はお店に入ってきたものの、不安そうな顔をしている。女の子の方は、男の子の背に顔を埋めて、表情が窺えない。


「きみたち二人だけ? どうしたの?」


 メルちゃんは柔らかな声色で二人に問い掛けた。

 それに反応して、男の子がおずおずと口を開いた。


「あの、えと、お、おくすり……ください。妹が、ころんで、足がいたいって」

「あ、それは大変だね。妹さんの足、少し見せてもらっていいかな?」


 メルちゃんはカウンターから出て、二人に近づく。


 あの二人、兄妹なのか。青年とメルちゃんを子供の頃に巻き戻したら、ちょうどあんな感じかも。男の子のほうがちょっと大きくて、女の子のほうが一回りか二回りくらい小さい。それなりに年齢が離れているのだろう。それが態度にも表れていて、男の子はおっかなびっくりでもきちんとメルちゃんと話せているけど、女の子は男の子の背中で言葉も発さずじっと縮こまっている。


 しかし、メルちゃんが二人の目の前まで行って身を屈めた瞬間、それまで押し黙っていた女の子が「やだ、やだ!」と男の子の背に乗ったまま暴れ始めた。


「わ、いたっ。な、なんだよ急に」

「あらら。ごめんね、落ち着いて?」

「いや! やだぁ! やだあぁ!」


 男の子の言葉にも、メルちゃんの声にも耳を貸さず、女の子は金切り声で叫びながら足をじたばたと動かしている。


「お、おい! いたっ! 泣くなよ!」

「やあぁ! やぁだぁぁぁぁぁ!」


 なにこれ? 大丈夫? 足痛いんじゃなかったの?

 こんなんじゃ、メルちゃんも困ってしまうだろうに……って、あれ?


 私の予想と裏腹に、メルちゃんは暴れる女の子を微笑みながら見守っていた。そして小さく「ふふっ」と笑う。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんの背中にいていいから」


 メルちゃんが女の子の耳元でそう言うと、ギャーギャー喚いていた女の子はぴたりと泣き止んだ。ぐずりながら、メルちゃんを見上げる。


「ほんとう……?」


 ん? なに? どういうことなの?


「うん、そのままで大丈夫だよ。お兄ちゃんはもうちょっと頑張ろうね? 今、妹ちゃんのお膝にお薬塗るからねー」


 メルちゃんはカウンターから薬瓶を取って、二人のところに戻った。


 んん? メルちゃんの持ってるあれ、傷薬じゃなくって、ただの保湿剤じゃないかしら……?


 メルちゃんは保湿剤をおぶられたままの女の子の両膝に塗って、「うん、これで大丈夫!」と大きく頷いた。


 んんん……?


「このお薬はね、とってもよく効くんだけど、ちょっとだけ治るまで時間がかかるんだー。だからね、そのまま妹ちゃんをおぶっておうちまで帰るんだよ? その頃にはきっと、足の痛みもなくなってるから。それまでは離したらめっ、だよ?」

「えー……」

「お兄ちゃんだもん。出来るよね?」

「……うん。わかった。それで、あの……お、おかね」

「お金? ふふっ、使ったお薬はちょっとだけだし、今日はサービスにしちゃおっかな」

「いいの?」

「うん。そのかわり、妹ちゃんのこと、絶対離しちゃダメだよ?」

「わかった! ありがとう、おねえさん!」

「あ……ありあと、ござましゅ」

「ふふっ、どういたしまして。また来てね」


 メルちゃんに二人でお礼を言って、男の子は女の子をおぶったままお店を後にした。


 んんんん?

 なぜ二人はお礼を? それ、薬は薬だけど、傷には効かないわよ?


「んー! よーし! 調合するぞー!」


 二人を見送ったメルちゃんは、ひとつ伸びをしてから、調剤室へと入っていった。

 なんだろう、このもやっとする感じ。

 人間って、やっぱ分かんない。



* * * * *



「――お母さん」


 夜。

 ぽそりとそう呟いて、メルちゃんは私をじっと見つめた。どうやら今日の営業はここまでらしい。結局、あの子供たちを含めると、今日の来客は3組だけだった。

 今ほど、メルちゃんがお店の入口に鍵をかけたところだ。

 お店を閉め、眠る前……メルちゃんは毎日、こうして私に話しかける。


「私、今日もがんばったよ」


 うん、そうだね。見てたよ。私、お母さんじゃないけどね。


「今日はね、かわいいお客さんが来たんだ。しっかり者のお兄さんに、甘えん坊の妹。私もああやって、なにかと適当に理由をつけてお兄ちゃんにくっついてたもん。昔のお兄ちゃんと私を見てるみたいで、ちょっとだけ懐かしかったな」


 メルちゃんは「ふふっ」とくすぐったそうな笑みをこぼした。


 取り留めもない一日の出来事を、メルちゃんはこうして夜、お母さんに報告する。

 毎日毎日、来る日も来る日も。飽きもせず、忘れもせず。

 いつもこうして、お母さん(わたし)に話しかけている。お母さんの命と引き換えに造られた、私に。薬として生み出され、一度も、誰にも飲んでもらえない神級霊薬(ただの液体)に。


 メルちゃんは毎日、話しかけるのだ。


「じゃあ、おやすみなさい」


 今日の報告は、それで終わり。

 お母さんとの対話を終えたメルちゃんは、2階の寝室に向かっていった。


 私はそれを見送ってから、誰も居なくなったお店の隅で物思いに耽った。


 薬品なのに飲んで貰えない私は、生まれてこの方、ずっと自分の価値に疑問を感じている。たとえ“奇跡”の効用があったとしても、飲まれない薬品は……ただの液体、なのだ。それ以上の価値はない。


 でも、それでも。

 私がここにいるだけで、なにかメルちゃんの役に立てているのなら。


 私にも、ここにいる価値が、少しくらいはあるのかもしれない。


 今日はなぜだか、そんな風に思えた。

 あの小さな兄妹のせいだろうか。

 でも、何度思い返してみてもやっぱり、あの一連のやりとりの意味が、私にはさっぱり分からないのでした。


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