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不穏な動きがあるらしい



「そういや、アウグストのやつが世話になったな」


 翌日の昼下がり。

 採取依頼を受けたわけでもないのに、ゴンズのおっさんがメルちゃんのお店にやってきていた。で、メルちゃんと雑談している最中に出てきたのがアウグストって名前。


 私はもちろん知らないけど、メルちゃんもピンと来てないみたい。誰なのよそれ。


「アウグストさん……ですか?」

「あん? 昨日訪ねてきたろ? 瘴気を祓う薬を買いに来たおっさんだよ」

「あー、あの方、アウグストさんと仰るんですね」

「おいおい嬢ちゃん。店主がそんなんでいいのかよ……ってまぁ、いちいち客の個人情報まで聞かねぇか」


 あの失礼な男はアウグストっていうのか。まぁ失礼だったのは最初だけで、二度目の訪問の時にはメルちゃんにこれでもかってほど謝ってたけど。第一印象が悪すぎるからしょうがないよね。


「あいつに嬢ちゃんのことを教えたのは俺なんだよ。いくつか薬屋を回って当てが外れたみたいでな、ギルドで途方に暮れてたのを見かねたのよ。迷惑かけなかったか? あいつはちょっとばかし融通の効かんやつだからよ」


 かけた。めっちゃかけたよ。私が憤慨するくらいには。


「いえ、迷惑なんて何も」

「そうかい。なら良かったぜ」


 メルちゃんはにこやかに言った。あれくらいじゃ迷惑のうちに入らないようだ。なんて優しい子なのかしら。いい子に育ってくれて私嬉しい。


「しかし、やっぱりあったんだな。瘴気を祓える薬」

「あ、はい。お母さんの遺してくれたレシピに書いてあったんです」

「そうか。リリアナがな……。けど薬は嬢ちゃんが作ったんだろ?」

「はい。あの薬は難しくて、お母さんみたいに上手くは調合できないんですけどね。私だと魔力の調節が甘くて、2回に1回は失敗しちゃいます」


 メルちゃんはしょんぼりと項垂れる。まぁ、お母さんは凄腕だったらしいもの。仕方ないわ。けど、作れるだけすごいと思うの。それってつまり、2回に1回はその凄腕のお母さんと張り合えてるってことでしょ? それはもう胸を張っていいよ!


「いやいや、王都でも瘴気を祓える薬なんて作れる奴は少数なんだろ? 作れるだけですげえ事じゃねぇか」


 おおう。おっさんと意見が合うとは。

 でも、メルちゃんは納得いかなそうに渋面を作った。


「……やっぱりお母さんのレシピ、広めたほうがいいんでしょうか? そうすればきっと調合できる薬師も増えると思うんです」

「いや、やめとけ。リリアナの薬は生半可な魔力の薬師じゃ作れねぇ。強すぎんだよ、効果も、調合の反動もな。作ってる最中におっんじまう」


 そう言って、ゴンズのおっさんはちらりと私に視線を向ける。


 メルちゃんのお母さんは、凄腕の薬師だった。そして、彼女の編み出したレシピもまた、規格外なのである。


 メルちゃんがよく作ってる中級(ミドル)魔法薬(ポーション)とか、その多くは一般的な薬と同等かちょっと質が良い程度なのだけれど、中には採取に命がいくつあっても足りないくらい希少な素材を使用する薬や、膨大な魔力を注ぎ込まなければ精製できない薬のレシピも遺したのだという。


 それらを安易に作ろうとすると命を摩耗する。瘴気を祓う薬もそこに含まれるみたいだ。最終的に、彼女自身が神級霊薬(わたし)を作って死んでしまった。


「アウグストにも口止めしといた。この薬屋のことは他言無用ってな。嬢ちゃんもあんまし無理すんな」


 このお店にお客さんが少ないのは、そんな理由もある。

 メルちゃんが()()()()()を必要以上に作らなくてもいいように、周囲が配慮している結果だ。上手く情報を統制して、一見いちげんさんは極力他の薬屋に流れるようなネットワークを構築しているらしい。


 それでも私は納得いかないけどね。普通のお薬を作るだけならメルちゃんの負担にはならないんだから、もうちょっとご新規さんが来るように評判を高めてほしいんだけど。だって、ほら。そのせいでお店が傾いたら私の責任になっちゃうじゃん?


 私に全責任があるわけじゃないけど。『そういう薬』の筆頭である私の責任が大きくなるわけで。


「……はい」


 メルちゃんは頷いたけど、もう無理、してるのよねぇ。青年が遠征に行ってからは特に。あの瘴気を祓う薬もきっとここ数日で作ったものだろう。

 

 メルちゃんの様子を見て、おっさんは「お、おう、そういやアウグストな」と唐突に話題を変えた。話の逸らし方が雑だわ。もっとうまくやりなさい。


「何度も言ってたぜ、ありがとう、いくら感謝してもし足りないってな」

「はい。お礼のお言葉なら、直接頂きましたよ」

「そうかそうか。昔から融通効かん奴だが、律儀なとこも相変わらずか。ま、良かったやな。嬢ちゃんの薬のおかげで嫁さんが一命を取り留めて」

「え、お嫁さん? 瘴気で倒れたの、冒険者のお仲間さんじゃなかったんですか?」

「ん? ああ、そこまでは聞いてなかったんだな。夫婦でやってんだ、あいつら」

「へぇー! ご夫婦で冒険者を?」

「そうだ。結婚前からずっとコンビだぞ。つっても、討伐や採取じゃなくて、主に調査や探索、斥候の依頼をこなしてるみたいだが」

「アウグストさん、奥さんが倒れたから必死だったんですね……。本当に助かって良かった」


 冒険者ねぇ。


 ゴンズのおっさんもそうだが、人間たちの中には冒険者と呼ばれる人たちがいる。その活動は様々だ。メルちゃんが活用しているような素材の採取をはじめ、危険なモンスターの討伐から、あまり人の立ち入らぬ郊外の調査、やんごとなき要人の護衛、物品の納品とかもある。中には隣国の偵察なんて不穏な仕事もあれば、迷い猫を探してほしいなんて平和な依頼すらある。要するになんでも屋さんだ。


 冒険者にも等級があるらしくって、上から順番に白金等級・金等級・銀等級・銅等級・鉄等級と続くのだとか。功績や経験、実績など実力で格付けされるそうで、ゴンズのおっさんは銅だって言ってたっけ。


 でも、どういう仕事を生業にするかは各人による。ゴンズのおっさんなら採取だし、アウグスト夫妻なら調査や探索だ。冒険者の中でもある程度の棲み分けがあるらしい。でもやっぱり、高ランクの冒険者になる一番の査定ポイントはモンスター討伐系の実績なんだってさ。


「で、ここからが本題なんだが」


 ゴンズのおっさんは、真面目くさった表情で前置いた。真剣な顔してるけど、悪人面が無駄に強調されてるだけよね。小っちゃい子が見たら泣くわよ。


「アウグストたちが調査に行ってたのは、ニルアの森なんだよ」

「え、ニルアの森ですか? それって結構近くですよね?」

「ああ。王都から南の方角。うっすら地平線に見える位置だ」


 ゴンズのおっさんは顎ひげをぽりぽりと掻きながら続けた。


「嬢ちゃんも不思議に思うだろ? 王都からそれほど離れてないんだぜ。そんな近場で瘴気にやられるなんてこと、あるか?」

「ないですね、普通は。うーん……あまり考えたくないですが、森の中に瘴気が噴き出したんでしょうか?」


 瘴気は魔素の濃い場所に滞留することが多いと聞く。

 でも、その森は王都――つまり人里に近い森だし、魔素は薄いはず。なんたって彼ら人間は、濃い魔素がある環境下では生きられない種族だから。


 魔素は瘴気とはまた別の毒なのだ。魔素に汚染されると、体内の魔力が狂う。体内の魔力が狂うと、日常生活に支障をきたす程に体調を崩し、ひどい時には内側で魔力が暴走して、体が破裂してしまうこともあるのだそうだ。


 うわぉ。強烈ぅ。


 王都から見える距離に魔素濃度の高い場所なんてあったら、そんなの常に災害と隣り合わせで生きているようなものだ。人間かれらもそこまで馬鹿じゃない。だから、森に瘴気が噴き出した線は薄いと思う。


 それにしても人間って脆いわよね。瘴気にやられるわ、魔素にもやられるわ。耐性くらいつければいいのに。あるいは対抗手段を持つとか。きっと私ならどんな毒が蔓延する空気も綺麗に洗浄できちゃうよ!


「いや、アウグストたちの報告によると、どうもな、魔物が纏ってるらしいんだわ」

「魔物が?」

「おう」

 

 ゴンズのおっさんによると、やはり森の中に瘴気が噴き出したなんてことはないらしい。でも、森の中に複数、瘴気を纏った状態の魔物が確認されたようだ。


「どこかから持ってきちゃったんでしょうか?」

「どうだろうな。そこんとこはまだ分かんねえ。ギルドも調査に本腰入れるみてえだぜ。ただな……」


 ゴンズのおっさんはそこで一度言葉を切り、「ココだけの話だがよ」と前置く。


「ギルドの中には、今回の事を『作為的なもの』と見ている者もいる」

「え、わざと瘴気を纏った魔物を森に放ったってことですか? そんなの、その人もただじゃ済まないんじゃ」

ならな」


 メルちゃんがはっと息を呑んだ。


「まさか、魔族、ですか?」


 魔族。

 私は見たことないけど、彼らは人間と体の構造が違う。魔素の汚染に関しては同じく影響を受けるらしいけど、瘴気には強いそうだ。身体的な能力自体も上回っているそうだが、どれくらい強靭なのかは分からない。だが、瘴気に耐性があるという点については、メルちゃんの推測も有り得る話ではあるかな。


 ちなみに魔族には、魔族を率いる王、魔王という存在が現れることがある。いつの代も、魔王は強大な力を持ち、人間に牙を剥くそうだ。魔王がいなくても両者はいがみ合っているみたいだが、魔王が現れるとその対立が顕著になるんだってさ。力を持つ者に率いられたら、下に付いてる者たちも張り切っちゃうってことだろう、きっと。


 けれど、魔族に魔王が現れると、人間族には勇者が現れる。女神の祝福を授けられ、ヒトに非ざる大きな力を持って生まれてくるのだという。しかも、備わる勇者の能力は魔王に対して致命的(クリティカル)な効果を持つんだって。


 そして、数多の戦の末、二人が対峙すると、決まって魔王が斃れる。過去の例を見ると、いつも人間族が勝利を収めてきたそう。勇者の能力が具体的にどんなものなのかは知らないけれど、多分、『魔王特効』スキルとか、『魔族からの攻撃無効』とか、そういうのよ。なんというスポット的チート能力。そりゃ魔王負けるわ。


 だが、勇者も使命を果たしたと言わんばかりにその力を失う。そして、強大過ぎる力は暫しの時、世界から離れる。次の魔王と勇者が現れるまで。


 というので、1サイクル。このシステムは昔から変わらないそうだ。魔王が現れると、勇者が生まれる。誰が何の目的で作り出したシステムなのかは分からない。邪神と女神の盤面遊戯(ウォーゲーム)であると論じる人間もいるのだとか。


 案外、女神の暇つぶしだったりして。もしそうなら人間も魔族もカンカンになるだろうなぁ……。姿も見えない相手に駒みたいに使われてたなんて分かったら、そりゃ怒る。あくまで私の憶測だけども。


 おっと、話が逸れたね。えっと、そう。魔族のことよね。


 私はあまりその名に馴染みがないが、まぁ、敵対している人間さん達にとっては過敏に反応してしまうのだろう。メルちゃんも魔族に対してあまり良いイメージは持ってなさそうだ。


「さあてな。その可能性もないわけじゃねぇってこった」


 不安そうな顔で前掛けの胸の部分をぎゅっと掴むメルちゃんに、ゴンズのおっさんはおどけるように両手を広げた。


「ま、嬢ちゃんはあんまり気にすんな。しばらくは冒険者おれらや騎士サマ方の領分だ」

「分かりました……」

「しかし、騎士の半数が出張ってるこのタイミングで、ってのがまた気掛かりの種ではあるんだがよ」

「…………」


 あっ。またメルちゃんの不安を煽るようなこと言って! このおっさん、少しも反省してないぞ!


「だが、もし瘴気が蔓延するような事態になったら、そん時ゃ嬢ちゃんの出番だ。聖水で対応できる分にはなんとかなるだろうが、纏わりついた瘴気を祓うとなったら、どうしても嬢ちゃんの薬も必要になる」

「……はい。私がお役に立てるのなら、いくらでも」

「いやいや、そこまで肩肘張る必要はねえからな? あくまでもしもの時だ。そうならないように俺らもやるこたやるからよ」


 戦闘はからっきしって自分で言ってたじゃん。なのに何言ってんのかしらこのおっさん。あんたにやれることなんて、精々メルちゃんのお薬の素材集めくらいでしょ。


「ま、杞憂だったならそれが一番良いんだがな」

「今日はわざわざそのことを伝えに来てくださったんですね。ありがとうございます、ゴンズさん」


 メルちゃんに頭を下げられ、ゴンズのおっさんはまたひげをポリポリと掻いた。


「やめろやめろ。礼なんて言われるようなこたぁなんもしてねぇよ。カッコつけたところで、万が一の時は頼らなきゃならん。むしろ頭を下げなきゃいかんのは俺らのほうさ。ギルドマスターからも『よしなに』と言伝を頼まれたしな。自分で言いに来いっての」


 ギルドマスターね。

 何回か訪ねてきたことあるな。名前は確か、ミラナさん? だっけ。


「ミラナさんはお忙しいでしょうし、仕方ないですよ」

「へいへい。どうせ俺ぁ年中暇そうにしてますよ」

「もー、そういう意味じゃないですってー」


 メルちゃんはふふっと笑う。それからゴンズのおっさんと談笑を始めた。うん。のんびりした空気感。


 まぁ、ここしばらくずうっと平和だったもの。

 万が一、なんて滅多に起こらないわよね。

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