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プロローグ



 カランカランと、来客を告げる鈴の音が店内に鳴り響く。


「ただいま」

「あ、お兄ちゃん、おかえりなさい!」


 だが、店の入口の扉から姿を見せたのは客ではなく、騎士の仕事を終え帰宅を告げる青年だった。

 瓶詰の薬液や塗布薬、粉末薬が居並ぶカウンターから、彼の妹がひょこっと顔を出す。


「今日ね、たくさんお薬が売れたのよ! お兄ちゃんの言った通りだった!」

「そうか」

「えへへ~」


 本日の成果に胸を張る妹の髪を、青年は微笑みながらくしゃくしゃとカウンター越しに撫でた。


 王都の軍部による大規模な遠征の発表がされた、というのは、先日青年が妹に伝えたことだった。国境付近の山腹にレッドドラゴンが棲みついたらしい。かなり大きな個体で、山肌の大きな洞窟に巣を作ってしまっているとのこと。レッドドラゴンは気性が荒く、狂暴である。すでに山に入り込んだ幾人かの村人や冒険者がその爪にかかり、麓の村では何軒か民家が焼かれたうえ、家畜に少なくない被害も出ている。これ以上近隣の村々に被害が出る前に狩ってしまおうというのが王都の出した方針であるそうだ。


 そのため青年は、中級魔法薬(ミドルポーション)魔力回復薬(マジックポーション)、目的地の山合いに自生する毒棘を持つ植物に対する解毒薬、炎を纏う討伐対象に対抗するための耐火魔法薬(ポーション)、道中の魔物除けの香薬など、遠征に参加する者たちが携行する薬品が売れるだろうと妹に伝え、できるだけ多く調合しておくといいと言い含めた。


 もちろん、多くの医薬品が国の備蓄から融通されるし、遠征には治癒魔術が使える人間も同行するから、精々が個人単位での需要増くらいしか見込めないとは青年も言っていたが、どうやら売れ行きは想定以上だったようで、妹は上機嫌だ。


 しかし、ふと表情に翳りを見せ、次に発せられた彼女の声は一段トーンが低かった。


「でも、お兄ちゃんも行くんだよね、遠征……」

「ああ」

「大丈夫? 危なくない?」

「そりゃ、ドラゴンと言えば災害級の怪物だから危険なのは当たり前だ。けど、俺は前線に出るわけじゃないから安心しろ」

「本当? 危ないことしない?」

「まったく、お前は心配性だな」


 青年はそう言って笑った。


「今回はドラゴン討伐に実績のある金等級冒険者パーティが協力してくれるらしい。彼らを主軸に第1騎士団が主戦力となるそうだ。後陣の第3騎士団にお鉢は回ってこないさ」

「でも、ドラゴンでしょ? 飛んで向かって来たら、後ろにいたって危ないよ」

「第3騎士団は魔術で前線を援護する魔術師団の護衛だ。彼らはいざって時に結界魔術も張れる。言ってみたら一番安全な位置かもしれないな。だから大丈夫」

「本当かなあ……」


 説明を聞いても、妹はあまり納得できないようだ。

 けれど、()も妹の心配はもっともだと思う。

 ドラゴンなんて、飛び回る災害だ。どこに居たって、その魔息吹(ブレス)の届く範囲に確実な安全なんてない。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」

「せめて、あれ持って行ってよ」

「あれ?」

「うん、あれ」


 そう言って妹は振り返り、カウンターの奥にある戸棚のほうを指差した。

 正確には、戸棚の一番上の段にある、私をだ。


神級霊薬(エリクサー)……」

「うん。あれがあったら、どんな大怪我でもすぐに治せるし……」

「大げさじゃないか?」


 青年は妹の言葉に苦笑した。


 いやいや。そうは仰いますがね、妹さんの言い分は決して大げさじゃないと思います。

 だってドラゴンよ? 狂暴なのよ? いくら軍を組織しているといえ、本来なら小さな人の身で立ち向かう相手じゃないの。強大な相手なのだから、備えを多くしてもばちは当たらないと思います。


 ぜひとも神級霊薬(わたし)を持って行ってくれ。そしてもしもその身が焼かれるようなことがあった時にはすぐさま飲んでくれ。


 聞くところによると私ってば多分、それなりにすごい薬品らしいぞ。裂傷や骨折、致命傷となり得る傷だってたちどころに癒して差し上げられる。おっきなトカゲが吐く炎で負う火傷なんて余裕だ。自分で言うのもアレだけど、私はそれこそ、息があるならどんな傷だって一瞬にして回復させられる“奇跡”なのだ。


 一度も飲んで貰ったことないけどな!

 だから効能については私自身よく分からん。


 けど、私だって、薬として造られたからには飲用(本懐)され(遂げ)たいのだ!


「そんなことないよ! お母さんだって、きっと持ってけって言うよ!」


 おお! そうだ妹ちゃん! 頑張れ! そして私に飲まれる機会を与えてくれ!


「要らないって。それに、あれは母さんの形見なんだ。おいそれと使うわけにはいかないだろ?」

「でも」

「でもじゃない。薬ならお前が作った魔法薬(ポーション)だけで十分だ」

「むー……」


 しかし、青年の方は頑なに首を振った。諦めてしまったのか、妹は拗ねたように唸るだけ。


 ――ああ、どうやら今回も駄目らしい。


 私はガラス瓶の中でそう見切りをつけ、嘆息を漏らした。

 きつい蓋で密閉されてるからなにも漏れだしやしないけどね!

 RPGで『味方単体を完全回復』系統のアイテムをいざって時まで温存しとこうと大事にとっておいたままラスボス倒してエンディングを迎えたことがある人挙手。


(;´・ω・)ノ←


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