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Outsiders  作者: 狭衣
3/3

3.GIFT東京第一研究所

週一回の投稿を目標にしていましたが、一日遅れてしまいました<m(__)m>

次回も一週間以上かかるかもしれませんが、できる限り早く投稿できるよう頑張ります。


 優花が捜査一課によって編成されたGIFT東京第一研究所の研究者殺人事件の捜査チームに引き抜かれた翌日、優花はCOSに行かずに警察庁の隣に位置する警視庁に直接訪れた。捜査一課の部署へ行くと、既に一課の警察官が慌ただしく動いていた。優花は入口の側で中を見渡し、左側の奥の机のところにいる大倉を見つけ、早歩きで彼に近づいて行った。

「大倉警部。おはようございます。COSの中野優花です。本日はよろしく…」

 優花が挨拶しているその途中で、大倉は彼女の方を見ずに、

「これで揃ったな。いいか、今から俺たちはGIFT東京第一研究所へと向かい、被害者である田井中博也の情報を聞き出す。そこの二人は俺と一緒の車に乗れ。後、中村」

「はい」

「お前はそこのCOS隊員に同伴しろ。余計なことをしないように見張っておけ」

「分かりました」

 大倉はそう言って部下の二人を連れて、一度も優花の顔を見ずに部署を出ていった。露骨に自分を嫌う態度を見せられ、優花は心底腹が立ち、

(何よ、あれ…。私を嫌うのは自由だけど、警部みたいな現場をまとめる人なら、仕事中に私情を持ち出すのは止めてほしいんですけど…)

 そんな優花の横から、大倉に見張りを命令された中村が、

「すみません、中野さん。せっかくCOSから来ていただいたのに」

「あ、いえ、大丈夫です。気にしていないので…」

 中村から謝罪されて、腹を立てていた自分をなんとか抑え込んだ。中村に謝られて、優花は変な気分になったが、大倉の部下の中にも彼みたいな物腰の柔らかい人もいるのだと認識した。中村は続けて、

「中野さん。警部はああ言っていますが、僕は今回、あなたがここにきてくれて本当にありがたく思っています。今回はよろしくお願いします」

 そう笑みを浮かべて軽くお辞儀をする中村は、体形が細目で、どこか気の弱そうな感じがしていた。恐らく、優花がここに来る以前にも何回か、上司から厄介事や面倒事を押し付けられていた様子であり、大倉からの命令もすんなりと受け入れていた。どこか頼りなさそうな印象は否めなかったものの、完全にアウェーな現在の立場において、中村のような存在は優花にとって助かるものであった。

「いえ、そんな。こちらこそ、よろしくお願いします。中村刑事」

 優花も中村の謙虚な振る舞いに応じる。そしてすぐに下げた頭を上げ、

「中村刑事、早く私たちも行きましょう。またあの嫌味な警部にうるさく言われますよ」

「ははは、あなたは結構強気な人ですね。噂通りですよ」

 中村は笑いながら言うと、優花と共にパトカーが止めてある車庫へと向かっていった。


 優花達が向かっているGIFT東京第一研究所は、警視庁から車でおよそ半時間かかる位置にあった。この研究所は世界最大の企業グループ、GIFTの私有研究所であった。GIFTは戦前から存在する北米の資本組織で、現在は医療や化学、軍事から金融まで、ありとあらゆる分野に手を伸ばしていた。ほんの十年ほど前まで、日本では大して注目はされていなかったが、近年は急速にその技術と財力を伸ばしていき、今や世界の金融資産の三割を掌握していると噂される程の、超巨大国際企業であった。

 優花と中村の二人はパトカーで移動している間、今回の事件について話し合っていた。運転席は中村で、優花は背筋を伸ばした姿勢で助手席に座っていた。

「この田井中博也って人、第一研究所では研究班の班長だったんですね」

 優花は被害者である田井中のプロフィールを見ていた。その資料によると、田井中は都内の国立大学の院を出てGIFTに入社した、言い換えるとエリートであった。

「僕もそれを見たときは驚きましたよ。GIFTは世界を代表する資本組織だから、その研究員になろうと思ったら相当の実力がないと入れないですからね」

 運転していた中村は横で感服するように言った。GIFTの研究所は日本だけでも各地方に複数存在していて、東京の中にも研究所が複数存在していた。これらの研究所は主にGIFT日本支部の社長がまとめていて、それぞれの研究所がその支部の傘下にあった。

「最近GIFTの勢力拡大は凄まじいものですよ。新技術の開発とか、新商品の発表とかがある度に注目されているし、僕の周りでもGIFTの商品や製品を買っている人が大勢います。だけど、一部からはあまり良くない情報も流れているみたいでして…」

「製品データや利益の改ざんとか、従業員に過酷な労働を強いているとかですか?」

「そんなどこにでもあるような問題じゃないらしいですよ。もっとこう、政治家との繋がりとか、裏で行っている非合法活動とか…」

 そこまで言ったところで中村は話を止めた。

「いけない。この情報、実はネットに流れていたものなんですよ。こんな確証もない噂を鵜呑みにするなんて、刑事として失格ですね。今のことは全部忘れてください」

「は、はあ…」

 中村の口から出てきた言葉は胡散臭いもの他ならなかったが、目的地である研究所が見えてきたこともあり、一旦この話は置いておくことにした。目的地に着いたらさっそく研究所の所長に会うことになっている。優花は改めて気を引き締め直し、前方に見える建物をまっすぐ見た。

 二人を乗せているパトカーが研究所の敷地内に入り、来客用の駐車場に向かうと、先に到着していた大倉とその部下達が既にパトカーから降りて二人を待っていた。優花と中村は大倉が運転していたパトカーの隣に駐車すると、すぐに下車して合流した。そのままの流れで研究所の入り口へと集団で歩いていくと、そこから一人の男性が出てきた。眼鏡をかけ、太り気味でお腹が出ている中年の男性であった。

「ようこそお越しくださいました。私、ここの研究所の所長を務めています、加納洋一かのう よういちです」

 加納はそう言って一番前にいた大倉に名刺を渡した。大倉はそれを受け取って確認すると、警察手帳を胸ポケットから取り出して、

「警視庁捜査一課の大倉です。早速ですが、研究所内を案内して頂いてもよろしいですか?」

「もちろんです。ご案内しますよ」

 人相の良い笑みを作って、加納は大倉と後ろにいた彼の部下、優花を歓迎するように中に招いた。

 ここ第一研究所では、主に化学薬品や遺伝子組み換えの研究をしていた。劇物や毒物といった危険な薬品や物質、ミクロの細胞や微生物を取り扱う研究であるため、作業の様子は通路からガラスの壁を介して見ることになった。そのため、従業員に声をかけることができなかった。また、今は作業の最中のため、彼らの手を止めさせるわけにもいかない。昼の休み時間まで聞き込み捜査はお預けとなった。

「この研究所はGIFT日本支部の要と言っても良い。ここでは我が社の強みである遺伝子組み換えの研究や技術の開発を行っています。ここにいる研究員は、日本全国から集められた優秀な人材です。GIFT日本支部の頭脳は彼らだと言っても過言ではありませんよ」

「田井中さんもそうだったのですか?」

 加納の説明を聞いて優花は質問した。

「ええ、彼の頭脳はうちの研究員の中でも群を抜いていましたよ。優秀な人材でした。班長の務めもしっかりこなしてくれていました」

 加納は声のトーンを落として、田井中の死を悔やんでいた。優れた研究員を失ったのだから、ここを取りまとめる所長としては真っ当な反応であった。

 研究所の中をしばらく案内され、時間もかなり過ぎていた。昼休憩の予鈴が鳴り、さっきまで作業をしていた研究員達は各々、施設内の食堂や喫煙室に向かっていった。研究員が作業していた部屋も、人がいなくなった今は作業に使用された器具や機械がいくらか置いてあるだけで、人が作業する空間の一部はがらんとしていた。すると、加納が優花たちの方を向き、

「今でしたら、うちの研究員に聞き込み調査をして頂いても構わないですよ」

「よろしいのですか?午後からも作業があるのに、今我々が介入すれば、彼らの作業に支障を来すのでは?」

 大倉が加納に聞き返す。

「かまいません。うちの研究員はその程度で普段の作業が鈍るような二流ではありません。それに、私としましても、一刻も早く犯人を捕まえてもらいたい。こちらで協力できることであれば、何でもやります」

 意外と捜査に協力的な態度を見せた加納の態度に、優花は意外感を覚えた。このような大企業の研究施設であれば、外部に情報を漏らすのを恐れ、極力、部外者の介入を避けようとする反応を少なからず見せるものである。殺人事件の捜査とはいえ、警察に敷地内をうろつかれるのも嫌がるだろうと思っていたが、加納はそれとは真逆の反応を示した。思っていたよりも簡単に調査の許可がもらえたので、意外とは思ったものの、優花としてはありがたいことであった。

「ご協力、感謝します。中村」

 加納に頭を下げると、大倉は中村を呼んで、

「中野隊員と先に行って、ここの研究員に聞き込みを行っておけ。俺は加納所長と、もう少し話がある」

「分かりました。後でこちらにも情報提供をお願いします」

「ああ。その代わり、しっかり自分の任務を果たせ」

 ここで、大倉が言う中村の任務は聞き込み調査もそうであるが、半分以上が優花の見張りであった。

「では、警部さんは私の部屋に案内しましょう。話はそこで」

「分かりました」

 大倉は中村と優花をその場に残して、二人の部下を連れて加納と共にこの建物の最上階にある所長室へと向かった。優花としては大倉に同伴して、加納の話を聞いておきたかったが、それを大倉が許可する見込みなどなかったし、中村にも迷惑をかける訳にはいかなかった。階級上も大倉の方が上だったので、優花は渋々従った。

「じゃあ、中野さん。僕らは食堂や休憩室に行きましょう。案外、被害者と一緒に働いていた現場の人からの方が、有益な情報が得られるかもしれませんよ」

「…そうですね。そうしましょう」

 二人は一足先に研究所の下の階へと降りて行った。


 所長室の中はかなりの広さがあった。入ってすぐ正面に所長用の机が置かれていて、そのすぐ前にはじゅうたんが敷かれ、来客用のソファが配置されていた。壁の所には棚が置かれ、そこには多くの装飾品が飾られていた。今、この部屋の中にいるのは加納と大倉だけであった。大倉が連れていた二人の部下は、所長室の部屋の扉の前で待機するように言われ、扉の左右で一人ずつ立っていた。ついさっきまでは事件の詳細を加納に提供したり、ここの研究員の個人データが保存されたメモリーチップを彼から受け取ったりと、大倉の側に付いていたが、加納に大倉個人と話がしたいと頼まれ、二人は部屋から出ていくことになった。

 大倉がソファに座っている一方で、加納は机に置いてあった洋菓子の入った容器を持って来て、再び大倉と向き合うように座った。

「いやー、協力助かるよ。何せ、今から話すことはあまり他の者には聞かれたくないことでしてね」

 加納はそう言って、眼鏡の位置を指で直した。その加納の目は笑っていたが、さっきまでの人相の良い笑みとは全くの別物であった。大倉は前に出された洋菓子を一個手に取って、

「加納所長。今回起こったあなたの研究員の殺害に関して、他の組織や企業が絡んでいる可能性はありますか?」

 大倉はまず、加納に質問した。その口調は、刑事が相手から情報を手に入れようとするものではなく、まるで上司の顔色を伺うようなものであった。加納は前もって用意しておいたカップに入っているコーヒーを一口飲み、

「いや、その可能性はないよ、大倉君」

 加納の口調が変わった。それを聞いて、大倉も身構えるように姿勢を正した

「その根拠は、どういったものでしょうか」

 大倉の質問に、加納は躊躇なく、

「実はね、今回の事件の真相を、私は全て知っている。なぜなら、今回の殺人事件は私が雇っている殺し屋によるものでね」

 それを聞いて、大倉は目を見張った。普通の者ならここで声を上げるところではあるが、大倉はその動作だけで留まった。それは、彼の長年の経験によるものだけではなく、以前からこういった類のことに関わっているからであった。

「それはなぜ?高々研究員一人をあのような研究所の外で…」

「田井中という男はね、GIFTを裏切ろうとして研究資料を持ち逃げしたのだよ。彼もこちらの動きに気づいていたのか、まんまと研究所から逃げられた。あのまま放置していれば、すぐさま世間に情報を公表されていただろう。だから、即刻に始末したのだよ。まあ、些かやり方が派手だったと思っているがね」

「でしたら、なぜ証拠隠滅のための後処理を、支部の者に依頼しなかったのですか?それをやっていれば、こんな大事にならなかったはず…」

「まあ、こちらにも色々と事情がある訳だよ」

 加納は言葉を濁した。どうやらその研究資料というのは、支部には報告されていないものなのだろうと大倉は判断した。思い切って問い詰めてみようかと考えたものの、さすがに立場をわきまえて、追及しないことにした。

「大倉君、私が君の所属する警視庁にどれ程の利益を与え、そして協力しているかは理解しているかい?」

 やや威圧的に加納が聞いてくる。

「それは、もちろん」

「なら、この件に関して、君がやるべきことは分かっているよね?」

 加納の意図を汲み取って、大倉は恐る恐る答えた。

「捜査を打ち切るということですか?しかし、このように公になってしまった以上、何らかの証拠や犯人が見つからなくては私も引き下がれません。せめて、何か捜査を止めるための口実がないと…」

 大倉がそう言うと、加納は落ち着いたまま、

「そこは心配しなくていい。私は現在、田井中が持ち逃げした研究資料を探している。奴は逃走の途中で資料をどこかに隠したようでね。君達は捜査の振りをして、あまり深くまで詮索しないようにしてくれれば良い。資料が見つかり次第、君たちが捜査を止められるように状況は整えておくよ」

「…かしこまりました。ただ、一点だけ厄介なことが…」

「何だね?」

 大倉が言いにくそうに言葉を発したので、加納は疑問に思った。

「今回の捜査にはCOSの一人を連れて行くように指示を受けました。その者のことなのですが、どうも今回の計画の邪魔になるかと」

「COSの者とはあの中野優花という女性かな?心配には及ばんよ。あの子娘一人に何ができるというのだね?」

 加納は大倉が持つ、優花に対する警戒が不思議でならなかった。確かにCOSは今の警察組織の中でも自衛隊を凌ぐ戦力を保有している。だからと言って、彼女たった一人がGIFT直属の一組織に対して何か抵抗ができるのかと考えると、その可能性は限りなく低いはずである。大倉は、そう考えている加納にもう一つ付け加えて、

「所長、奴はまだ若く、警察組織に染まっていない。今回のことが知られたら、必ず最後まで調べ上げるでしょう。奴に隠蔽の交渉を持ちかけても、恐らく意味はないでしょう。自身の利益や保身よりも、奴自身が持つ正義を最後まで貫き通す。中野優花はそういう人間です」

 大倉の言ったことについて、些か大げさすぎると加納は思ったが、大倉も長年、警察組織にいたことから、警察内部の人間については加納よりも詳しかった。COSも警察庁の管轄であるため、優花のことについても、大倉は少しくらいは耳にしているようであった。

「ほう、君がそこまで言うのなら、こちらも対策はしておこう」

 大倉の忠告を聞き入れると、加納は話を切り上げた。大倉が部屋を出ていくと、加納は自分用の机に移動し、パソコンを起動した。今日の監視カメラのデータを表示し、優花が写っている画面を見ながら不敵な笑みを浮かべ、

「可愛いお嬢さんが来たと思ってはいたが、まさかそのようなくだらない信念を持っているとは…。一応、警戒はしておこうかね」


 研究所の昼休憩、中村と優花は別々に分かれて食堂や休憩場を回り、ここの研究員に田井中のことについて聞いていた。中村は優花の見張りを大倉から言いつけられていたが、ここで働く人達にあれこれ聞ける時間はこの昼休みの間だけであったので、ここは多くの人から情報を得るためにも、手分けした方が良いと判断したのである。優花は中村の提案をありがたく聞き入れて、気張って聞き込みを行った。しかし、研究員のほとんどが、事件に関与する情報を言わなかった。というよりも、言えなかったというのが正しかった。ここの研究所はいくつもの研究班に分かれていて、作業も別々の研究室で行っている。そのため、田井中についてほとんどの者が言うことは、彼の研究所内での役割についてや、研究員として非常に優秀だったという表面的な情報ばかりで、事件に関する情報はほとんど得られなかった。田井中と同じ研究班の人たちにも話を聞いてみたが、結果は同じであった。彼らが言うには、田井中は最近班内での研究の他に、所長が特別編成した新プロジェクトの一員に選ばれていて、ここ一年はそっちの方に参加していた。その結果、元々いた班で作業することがめっきりなくなっていた。さらに彼とプライベートで関係を持つ人もいなかったため、聞き込み調査に手ごたえがあまり感じられずにいた。

 建物内をひたすら移動し続けていたため、すっかり疲れが蓄積していた。めぼしい情報も得られないこともあって成果もあげられず、体がいつもより重く感じられた。

 ここまで情報がないと犯行が異邦者による通り魔殺人という可能性もあり得る。この研究所には事件に関係するようなことはないのではないかと思いかけていた。

 建物の外を出ると、すぐ前に自動販売機があった。その隣では一人の作業服を身に着けた男性が、缶コーヒーを片手に持ってベンチに座っていた。優花は気を取り直してその男に近づいて行った。

「すみません、少しお伺いしてもよろしいですか?」

 男は反応して優花を見上げた。その男に警察手帳を見せ、

「異邦対策課の中野優花です。あの、警察が現在ここの研究所を訪れていることはご存知ですか?」

 質問されると、その男は状況を理解して、

「ああ、もしかして田井中が殺害された件でうちにやって来た刑事さん?」

 正確にはCOSの隊員であったが、一般の人から見れば優花も刑事みたいなものであった。優花はそのことには触れず、

「はい。えっと、お名前は…」

横河亮介よこがわ りょうすけ。ここの研究所では薬品関連の研究班に所属している」

「横河さんですね。それで、田井中さんのことで何か知っていることがあれば教えて頂きたいのですが…」

 少しでもいいので事件に関する情報が得られたらと願って優花は聞いた。すると、横河はベンチから立ち上がって、

「えっと、中野さんだっけ?あんた、博也の何が知りたいのかな?もう少し具体的に言ってくれないと、俺も何を答えたらいいのか分からない」

「それは、どういう…」

 さっきまで聞き込みをしていた研究員とは異なった言葉が返ってきて、優花は少し戸惑った。横河は続けて、

「俺とあいつ、大学からの同期なんだよ」


 優花は横河に案内され、場所を変えることになった。研究所の敷地内にある二つの建物の隙間であった。人が二人横に並ぶとそれで道がふさがるような幅であった。

「へー、刑事さんはあのCOSの隊員なのか。そんなに若くてしかも一般人なのに凄いもんだよ」

「いえ、そんな…、大したことじゃないですよ」

 相手が思った以上に驚いていたので、優花は少し恥ずかしくなった。大したことではないと言ったのは、謙遜ではなく正直に思っていることであった。横河は優花に喫煙してもいいか確認して、持っていた煙草を一本手に取り、ライターで火をつけた。煙草を咥えながら横河は壁にもたれかかってゆっくりと田井中についてしゃべった。

「博也はな、クソが付くほどの真面目な奴だった。大学にいた頃、面倒な課題やレポートを、他の学生がテキトウにネットから拾ってきた情報をそのまま写していたのに対し、あいつは図書館で参考文献やら試料を探して、自分なりに文章をまとめて書いていたよ。俺もよく、試験やレポート作成の時は助けられた」

 横河は昔を懐かしむようにしみじみと話した。

「横河さんは就職活動の時から、田井中さんがGIFTに就職しようとしていたことは知っていたのですか?」

「もちろんさ。そもそも、俺がGIFTの研究所ことを知ったのはあいつに教えてもらったおかげなんだよ。お互い化学や生物学を専門としていたからな。就職場所としては申し分なかった」

「それで、入社した後は…」

「その後は、俺は薬品系、博也は遺伝子組み換えの研究班に振り分けられたからなあ。お互い忙しくて会う機会が減ったけど、それでも時々居酒屋に行って飲んでいたよ。お互い、仕事の愚痴を言い合っていたもんだ」

 横河の話を聞く限り、彼はこの研究所の者の中では一番田井中と関係の深い人物のようである。さっきまで多くの研究所の者たちに話を聞いていたが、ほぼ全員が、田井中の表面的なことしか口にしていなかった。優花は彼に期待した。この人なら事件解決に結びつく何かを知っているかもしれないと。

「でもなー、所長に編成された特別チームにあいつが入ってからは、すっかり会わなくなっちまったなあ」

 優花はその言葉に反応する。

「それ、他の人たちも言っていましたが、一体どんな研究チームですか?」

 横河は意外に思い、

「あれ?他の連中から詳細は聞いていないのかい?」

「ええ。なぜか皆さん口を揃えて、詳しくは知らないという一点張りで…」

 それを聞いた横河は察して、

「ああ、なるほど。ここの連中、外部の者に情報を漏らすのに対し、ひどく抵抗を感じていてな。まあ、組織の研究者としては当たり前のことだが、もう少し融通利かせても良いと、俺は思っているけど…」

 そう言って話を続ける。

「一年前だったかな、所長はこの研究所で特に優れた研究員を集めて精鋭チームを作ったんだよ。何をしていたかは、そのチームで内密にされていて分からないけど、とにかく何か特別なことを研究していたのは確かだった」

 それを聞いて優花はふと疑問に思った。

「でも、田井中さんの資料を拝見させていただきましたけど、登録上は今まで通り遺伝子組み換えの研究班の班長ってことになっていますよ」

「さっきも言ったけど、研究内容が俺達みたいな普通の研究員にも秘密にされているから、この精鋭チームについても外部には公開されていないんだよ。それに、これは噂だけど、この精鋭チームは日本支部に知らされていないらしい。どうやら、ここの所長自らの独断によって作られたものだって言われているよ」

 そこまで聞いて、優花は苦笑いして横河を見つめ、遠慮気味に、

「あのー、そんなことまで私に言って良かったのですか?所長とかに聞かれていたらまずいのでは…」

 優花の心配を、横河は気にせず、

「平気だよ。あくまで研究内容の漏洩がまずいのであって、別に研究チームに関しては言っても問題ないさ。それと、この場所は監視カメラに映らないところだから、多少何話していても聞かれない」

 そこまで聞いて、優花は横河という人間が少しだけ分かった気がした。この人は他の研究員と違って、この研究所やGIFTという組織に対して恐れや忠誠心を持っていないように感じた。他の者が言うのを拒む情報も、平気で口にしていたのを見ると、細かいことなど気にしていない様子である。

「失礼ですが、横河さんってあまりこの研究所のことを良く思っていないのですか?」

「いやいや、そんなことはない。この研究所自体は設備が整っているし、給料や待遇も申し分ない。ここに入社できてよかったと思っている。ただ…」

 そこまで言って、彼の声のトーンが変わった。

「博也はな、俺にとっては他の研究員とは違う特別な人間なんだ。あいつが殺されて、このまま何もしないわけにもいかない。あいつの無念を晴らしてやるためにも、俺は伝えられる情報は刑事さんに提供する。それだけだ」

 最初はややぶっきらぼうな印象があったが、改めて横河を見ると、そこには同期を心から想う感情が彼から感じられた。この人は信用できる。優花はそう判断した。優花はメモ帳に連絡先を書き、その紙を破ると、

「ありがとうございます、横河さん。また何か分かったら私の携帯に連絡してください。私もあなたと同じ、田井中さんを殺害した犯人を捕まえたいと思っています」

 横河はそれを受け取ると、四つ折りにして作業ズボンのポケットに入れた。

「刑事さん、よろしく頼む。俺もできる限り協力はする」

 彼がそう言うと同時に予鈴が鳴った。間もなく仕事が再開される合図であった。横河は煙草を地面に置いて踏みつけて、煙草の火を消すと、

「そろそろ仕事だから戻るよ」

 優花は少し慌てて一礼する。

「あ、今日はありがとうございました」

 優花も中村と合流しようとその場を離れようとした。その時、ふと横河が何かを思い出したかのように優花を呼び止めた。

「あ、刑事さん」

 優花は足を止めて振り返る。

「今の話はあんただから話したんだ。警視庁の連中にはできれば秘密にしてほしい」

「え?それは一体…」

「さっき見かけた連中のことはどうにも信用できない。後、ここの所長に関しても最近良からぬ情報がGIFT内部で出回っている。無理言っているのは分かっているが、頼めないか?」

 優花は少し迷った。しかし、ここで断れば、せっかくの協力者を逃してしまうことになると、優花は判断した。それに、さっきの田井中の話を聞いて、彼の頼みを無碍にはできなかった。

「分かりました。しかし、捜査にどうしても必要だと感じたら警視庁の人達にも報告します。それでいいですか?」

 優花の返答に、横河は納得したように頷き、

「それで十分だ。よろしく」

 そう言って横河は去っていった。彼の言った警視庁や加納に対する疑いの言葉について、優花は考えていたが、すぐには分からない。とりあえず中村のもとに行くことにした。


 聞き込み調査も一段落して、優花と一課の者たちは研究所を後にし、警視庁へ戻ることになった。結局、研究員への聞き込みは優花と中村がほとんどやり、大倉とその部下はどうやら所長である加納と何やら話をしていたらしい。優花は彼らが何を話していたのか気になるところではあったが、自分が聞いたところで大倉はどうせ答えないだろうと思い、後で中村に報告してもらおうと思っていた。それに、彼らが自分に情報を提供しないのなら、自分が横河から聞いた情報も言わないことについて、彼らが文句を言う筋合いはないだろうと考えた。横河の頼みも受け入れ、とりあえず今は自分の頭の中に閉まっておくことにした。

 帰りのパトカーも中村に運転してもらいながら、優花は助手席で研究所から提供された各研究員の資料データをタブレットで見ていた。

「そういえば、聞き込み調査の成果はどうでしたか?」

 中村が横で聞いてきたので、優花は隠し事を悟られないように、言葉を選んで、

「いえ、これと言ってめぼしい情報を得ることはできませんでした。中村さんの方は?」

「僕も同じでした。あの研究所の人たち、田井中さんの個人的なことについてあまり知らない感じでしたね」

「彼自身もあまり人との繋がりが少ないですから、仕方ないですね」

 中村の少し疲れが混じった会話に優花も答えると、

「あ、それと大倉さんが社長と話していたことって一体何ですか?」

 思い出したような口調で優花は中村に聞いてみた。しかし、望み通りの答えは返ってこなかった。

「大したことじゃないって。僕も詳しくは話してもらってないけど、事件捜査の協力とか、研究員の情報提供とかについて交渉していただけらしいよ」

 中村はそう言ったが、優花は横河から話を聞いて、それだけではないように思えて仕方なかった。さらに昨日、千葉が自分に言った大倉の上層部との繋がりも聞いていて、何か所長と、自分たちには詳しく言えない何かを話していたのではないかと考えた。あの加納という所長も、優花は研究所案内の時から彼をあまり良く思えずにいた。彼の顔は確かに人相の良さそうなものであったが、まるで裏に潜むどす黒い本性を隠す仮面のような笑みのようだと、優花は感じられた。



 夜のビル廃棄区画、深夜ということもあり、この場所で暮らすホームレス達の中で起きている者はほとんどいなかった。皆それぞれ寒さを凌ぐために建物の中や自作の段ボールの家の中で横になっていた。季節が冬ということもあり、普段この時間は起きている者を見ることはできなかった。

 しかし、この日は例外が存在した。ある小さな建物の窓からは、わずかながら橙色の明かりが漏れていた。その中には簡素なテーブルがあり、その中央には簡素なランプが置いてあり、これが橙色の光を灯していた。テーブルの周りにある椅子には一人のホームレスと、スーツ姿をした若い男が座ってお互い向き合っていた。その若い男、日立零矢はテーブル上に置いてあるデバイスの画面を見て、

「というわけで、あなたが探しているその友人はほぼ間違いなくここに訪れていました。行方不明になったのはその直後だから、ここで捕らえられたのだと考えて、ほぼ間違いないです」

 零矢はそう言いながら、画面上に写っている地図を見せて、たった今口で言った場所を指さした。そこは都内から少し外れたところに位置するGIFTの研究所であった。そのことを聞いて、白髪の混じった、やや長髪のホームレスの男性は静かに、

「そうですか。まあ、いつまでも戻ってこないことから、あまり良い予感はしていませんでした。それに、この辺で暮らしている者達が行方不明になっていることは、既に起こっていることでしたし…」

 そのホームレスの男性は事実を受け入れたように言ったが、その言葉には明らかに友をなくした悲しみと、自分に何もできなかった未練の感情が含まれていた。この者にとって、その友人というのは、同じ境遇を共感し、互いに支え合ってきた、いわば心の在り所だったのだろう。金銭も住むところも全てを失っても、人との繋がりはかろうじて残っていたのだ。それがもう戻ってこない。彼の体は小刻みに震えていた。それは寒さによるものではないと、零矢は理解していた。

 零矢は既に調査代は受け取っていた。この男性から頼まれたのは、友人がどこに行ったのかを突き止めることであった。男性としては、もし友人が生きているのであれば連れ戻してほしいというのが正直な気持ちであったが、それを頼むだけの手持ちの金銭が彼にはなかった。零矢もそれは理解していた。彼とて、このような仕事をしている身として、命の危険も多々ある。自分の身のためにも、料金以上の仕事はできるだけやらないことにしていた。

 ただ、今回の件に関していえば、零矢はここで引き下がることに納得していなかった。依頼主の友人を探していく中で、GIFTの研究所の企みが少し見えていたのである。ここで調査を打ち切るのはもったいない気がした。危険かもしれないし、ここで引き下がるのが賢明な判断ではあるが、彼の中にある、昔から変わっていない探求心というものが彼の判断を鈍らせていた。

 零矢がそう迷っていた時、男性が口を開いた。

「あの、探偵さん」

 零矢が反応する。

「何でしょう?」

 そう聞くと同時に、テーブルの上に何やら紙切れが置かれた。薄明かりでよく見えなかったが、よく目を凝らすと、そこには何枚かの紙幣があった。紙幣は全て一万円札であった。

「私、この前の異邦者の暴走の事件で、その異邦者を目撃しました。あれは確かに、かつてここで暮らしていた者でした」

 男性は、藤原のことを知っていたのである。この男性だけでなく、ここで暮らしている住居不定者のほとんどがあの事件のことを知っていたが、その異邦者がかつてここで暮らしていたものだということを知っている者は全くと言っていいほどいなかった。男性は話を続ける。

「探偵さん、私の友人がいなくなったことと、異邦者の暴走は、あなたの言うある組織が関わっているのでしょう?」

 零矢は黙っている。相手の出方を待っていた。その相手は言葉に詰まりながらも、かみしめながら言った。

「ここからいなくなった者たちもまだ何人かいます。もしかしたら、その組織はまた私たちのような行き場のない者を使って、あのような事件を起こすかもしれません。私はこれ以上、かつて共にここで生活していた者達が、世間の人々を傷つける行動を見たくないのです」

 男性の目から涙が溢れる。口元も震えている。彼は零矢に頭を下げ、

「探偵さん、こんな少ないもので申し訳ありませんが、私からのお願いです。これ以上、あのような事件が起こらないように、その組織の企みを阻止してください。どうか、お願いします…」

 そこまで言いかけて、ホームレスは頭を深く下げた。零矢も、自身の身の安全を考慮し、危険なことには関わらないようにする程度の考えを持っていた。しかし、同時に人情というものも、裏の世界に入ってからもなお、彼は持ち合わせていた。

「顔をあげてください」

 零矢はホームレスに手を差し伸べた。同時に渡された札束を彼の前に押し返した。

「こいつは受け取れません」

 ホームレスの顔が一瞬曇る。

「やはり、できないこと…」

「いや、ここからは探偵の仕事としてではなく、プライベートとしてあなたの依頼を引き受けます。料金はいりません。必ず、あの組織の陰謀って奴を阻止してみせます」

 零矢はそう言って口端を上げて笑った。ホームレスはそれを聞いて再び頭を下げて礼を言った。正直、零矢の方が彼に礼を言いたい気分であった。社会から見捨てられ、生活もままならない今のような立場でも、この男性にはまだ、人を想う感情が残っていたのである。彼のおかげで、零矢も迷いを断ち切ることができた。依頼主にここまで頼まれては、引き下がるわけにはいかなかった。

(無理するなってあの二人には言われたけど、どうやら俺は、なんやかんやで厄介事に首を突っ込んでしまう質らしいな…。ホント、どうしようもないな…)

 つい最近、千葉や亜純美に言われた言葉を思い出しながら、零矢は自分自身に呆れていた。

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