(2) シルバーソードの追い切り
翌日、有馬記念の第2回中間発表がサイトに載った。
1位 タイムシーフ 牡3 199,339
2位 フレア 牡3 140,141
3位 トーユーリリー 牝3 139,687
4位 リュウスター 牝3 105,998
5位 ワイドレナ 牡3 99,431
6位 シルバーソード 牡3 87,544
7位 チャプターテン 牝3 68,437
8位 スカイアンドシー牡3 61,221
9位 トレミー 牡4 61,100
10位エターナルラン 牡3 60,457
ジャパンカップの勝ち馬2頭が大きく票を伸ばしたのは当然だが、シルバーソードも伸びた。マルク人気というより、3冠馬の対抗馬という意味合いでの伸びだった。
古馬はトレミーだけ。皐月賞3着馬のスカイアンドシーがマイルチャンピオンシップを2着に入ったことで、票を伸ばした。
そしてこの日は、シルバーソードの追い切りだった。
3頭合わせの外からという、実戦さながらの追い切り。しかも相手は古馬のオープン馬だった。シルバーソードは調教助手のゴーサインが出ると、並ぶ間もなく交わした。記者たちの前で圧巻のパフォーマンスを見せた。
「フレア有利と見ていたけど……」
ベテラン記者の淡田は、目を丸くして呟いた。
「今のシルバーソードは無敵かもしれないな」
ここでも、プルートーは霞んでしまった。元より調教駆けしない馬なのだ。
「ダート戦に出るってのに、あれで大丈夫なのかよ」
一人の記者が呟いた。
この週中の調教で、ますます土曜のステイヤーズ・ステークスに注目が集まることになる。
この頃弥生は、なんとなく耳鳴りのようなものがするようになった。
最初は緊張から来ているものだと思っていたが、どうも一般に聞く耳鳴りとは違った感じを受けた。もっと重低音なのだ。
できるだけ気にしないようにしていたのだが、でも、ふと一人になったときに、妙に気になる。
なんだろう、なんだろうと考えていたが、ある日それが、タイムシーフの唸り声であることが分かった。
ちょうど、うわ言のような言葉が混じったからだ。
弥生はじっと、その言葉を探った。気持ちを静めて、雑音のない場所を選び、聞き入った。
やはり、声だった。男の低い唸り声だった。
「おとう、さん?」
弥生は呼んでみた。しかし反応はない。
「おとうさん、なの?」
もう一度聞く。返答なし。
気になった。とてもとても気になった。なんとなくその声が、苦しい、と言っているように聞こえたからだ。
「おとうさん、苦しいの?」
何度も呼び掛けた。それでも、一向に返答がなかった。
「おとうさん、有馬も回避する?」
心配で、弥生はそれを心から言った。タイムシーフが回避してしまえばものすごい影響を与えるが、でも仕方ないと思った。
弥生は岡平師とフォックストロットに相談しようと思った。まずは手近な岡平先生だと進み始めたとき、
「待てっ」
声が止めた。
「おとうさん、無理ならちゃんと言って。ねぇ、回避しようよ」
その声に、弥生が返す。
「回避は、しない」
だが、声は苦しそうだ。
「でも……」
「回避はしないぞ。お前との、最後のレースだ」
父、御崎矢紘の声は、弥生の頭の中で重く流れた。




