通貨の獲得
"むにむにむに"
「なんだろう。やわらかい。」
「……///」
「うわっ!モンス…」
キラが目を覚ますとアリスの膝の上だった。昨夜はそのまま眠ったようだ。
「おはようございます。ご主人様。」
「あ、ああ、おはよう。」
(びっくりした。アリスの顔にも膝枕にも...)
「アリスすまない。そのまま眠ったようだ。」
「いえ。ご主人様。私には幸せな時間でした。」
アリスは顔が少し赤くなっていた。
"カァカア"
カラスが岩塩ポイントの周囲で山羊3頭を確認したと報告してきた。
「よし。軽く焼き芋を食べて捕獲に向かうか!」
三匹と岩塩ポイントに向かう。アリスには岩塩を渡し、昨夜の魚で干物を作るように伝えた。
ポイントの手前500m程で"気配察知"を発動して山羊を確認する。今は2頭の山羊が岩塩を舐めているようだった。気配を殺しながらそっと近づく。
「ハチ、カラス、サル。昨日と同じパターンで行くぞ!」
数時間を要して山羊3頭を捕獲した。
「みんな、よくやった。今日は大量だな。」
キラはご機嫌で三匹を労い、洞穴に戻る。今日は散策を兼ねて違うルートを通り色々な素材を探す。
「あれは...瓢箪?」
前方に瓢箪と思わしき植物を発見したので、背嚢に10個ほど採取した。途中で紐の素材となる蔦を探していると、いつものと違う蔦を発見した。
「なんだ?この黒い蔦は?」
見慣れない蔦を採取しようと引き千切るが、切れない。外れない。石斧で叩き潰しても、黒曜石のナイフで切っても歯が立たない。
「固い!!なんだこれ?」
爪楊枝ほどの細い蔦と親指程の太い蔦が絡まり合っている。キラはどうしても黒い蔦が欲しくなったので、サルに根っこから解いて採取するように指示して洞穴に戻った。
─━─━
「アリス。瓢箪の水筒って作り方知ってる?」
「はい。村では女が水筒を作る役割でした。ですが...」
「ですが??」
「その...中身と表皮を腐敗させて排出しますので、相当な異臭が発生します。また水筒として使用する場合、飲用水の保管は3日が限度となりますで、2泊以上の移動に使用するのには不向きです。」
「なぜ3日が限度なんだ?」
「水が徐々に悪くなります。4~5日以降の水を飲むとお腹が痛くなります。」
「そっか、雑菌が繁殖するのか。じゃあコレがあれば近隣の村まで行くことは出来るんだね?」
「近隣の村までは移動が可能ですが、雑菌とは??」
「いや。気にしないで。独り言だから。」
「??」
キラは腐敗や雑菌の繁殖を説明出来ないので、質問を受け流した。
アリスは瓢箪水筒の作成や生活に器が必要だと相談してきた。二人で土器に適していると思われる粘土を探し、原始的な土器を作成することにした。
それから数日間、試行錯誤を重ねて焚火で土器を焼き上げ、壺や大き目の器、コップなどを作成した。
瓢箪水筒の作成をアリスに任せて、サルと一緒に黒い蔦の収集に向かう。
樹木に絡みついた部分は外したが、地中の根が掘れないとサルから報告を受けたので、一緒に採取に向かった。サルと必死に根っこと格闘して終日を要して掘り起こした。
「サル、やったな!しかし凄い量だな。持って帰れるのかコレ?」
"キッキィ"
「そうだな。切れないし分解出来ないしな。どうし…」
サルと悩んでいた所、背後に気配を感じて振り返る。
"!!!"
背後に真っ黒な馬が1頭、鮮血のような真っ赤な目でキラ達を見つめていた。背後に来るまで全く気配を感じられなかった。馬の威圧感に圧倒されてキラとサルは動けない。彼らは恐怖を感じていた。
キラは勇気を振り絞り、馬に話し掛ける。
「な、なあ。そこのお前。言葉は分かるか?」
馬は返事をしない。
「た、食べる物をあげるから、これを運ぶのを手伝ってくれないか?」
キラは震えながら駄目元で馬に言ってみる。
"ヒヒィーン"
キラは馬の思考が読み取れなかった。
「サル。この馬と話せるか?」
"キキイ"
「そうか。駄目か。魔物や魔獣では無いって事なのか?」
"キィィ"
「そっか。わからないのか…」
すると馬がゆっくりとキラの元へ近づいてきた。そして真っ赤な目でキラをじっと見つめる。
「いいのか?」
馬の思考は読めなかったが、何となく手伝うと言っている気がした。
「サル。この馬の背中に黒蔦を乗せて運ぼう。」
サルは怯えながら、恐る恐ると馬の背中に黒蔦を乗せる。キラは馬に慣れたのか、赤目が可愛いと言いながら馬を撫でまわしていた。
馬の力は凄まじく大量の黒蔦を難なく運搬している。キラは馬を気に入って"凄い" "可愛い"と言いながら道中ずっと撫でていた。
「アリス。帰ったぞ!」
「ご主人様。おかえ……。」
アリスが馬を見るとガタガタと震えだし、腰を抜かし座り込んでしまった。そして恐怖のあまり漏らしだした。ハチは馬を見ると尻尾を丸めて震え出した。
「アリス!どうしたんだ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛。こ、こ、黒死馬…。こ、殺される。」
アリスは尋常じゃない恐怖を感じている。
「大丈夫か?こいつは何もしない。運搬を手伝ってくれただけだ。」
アリスは震えて動けなくなっている。
「すまんな。馬よ。みんな初めて見るから怖がっているんだ。お前は可愛いから気にしないでくれ。」
キラは洞穴前に黒蔦を下ろし、大き目の器を2つ並べて水と芋・塩・薬草・ルコの実・巨大タンポポなどの食料を用意した。馬はモシャモシャと食べている。
「アリス大丈夫か?漏らしちゃったのか。立てるか?」
アリスは腰を抜かしたので動けないと言った。キラはアリスを抱きかかえて水際へ向かった。
着衣を脱がし、アリスの汚れた下半身を丁寧に洗う。丁寧に丁寧に……。
「あの…ご主人様。その…もう十分だと思うのですが…。」
キラの鼻息は荒く"ぐふーんふー"と言いながら執拗に手でアリスの下半身を洗う。
「その…」
アリスは手で顔を押さえいるが真っ赤なっている。
「あ、いや。その、ごめん。もう、綺麗になったね。大丈夫。大丈夫。」
「いえ…その、ご主人様、ありがとうございました。」
腰を抜かしたアリスを抱きかかえて洞穴に戻る。「ご主人様、鼻息が荒いですが大丈夫ですか?」と聞かれたが問題ないとアリスに言った。
戻ったキラ達は、アリスを洞穴に寝かせ落ち着かせる。馬は洞穴の前で休んでいる。
「なあ、アリス。あの馬は黒死馬って言うのか?」
「はい。死を運ぶ不吉な魔馬と言われ、恐れられております。」
「えっ?あんなに可愛いのに?」
「えっ…?ご主人様は黒死馬が可愛く見えるのでしょうか?」
「赤い目とか可愛いけどなぁ…」
「詳しくは判らないのですが、その赤目が死を運ぶと言われております。」
「そうなんだ…。あの馬って魔物なのか?」
「はい。生態は不明ですが非常に危険と言われています。」
「そっか…」
その夜更け…
「ご主人様?どちらへ?」
「ちょっと、用を足しに外へ…」
「そうですか。」
ゴソゴソゴソゴソ…ゴソッ…
ふぅ…
スッキリした
─━─━
翌日、キラはアリスと三匹を集め話をする。
「そろそろ、このメビウスの森から脱出する準備をしようと思う。それには通貨や色々な物資が必要になる。だから近隣の村へ向かい、山羊を売り、そして物資を購入する。」
「ご主人様、森から脱出とは、どこかの街や村に住まわれるのでしょうか?」
「それはまだ検討中だが、この森でずっと暮らすつもりは無い。」
「そうですか…。あの…私も連れて頂けるのでしょうか?」
「勿論だ。アリスの面倒は俺が見るので安心しろ。」
"バウバウ!"
「ああ。ハチも一緒だ!」
"カァ?"
「カラスも一緒に行こうな?」
"キィ…"
「心配するな。サルも一緒だ。みんな家族だ。」
ふと、洞穴内の空気が凍り付いた感じがした。
アリスやハチ達が震え出した。
黒死馬が洞穴内を赤目で見つめている。
「ん?お前も行きたいのか?」
"ヒヒィーン"
「ん~。何を言っているのか分からないけど、お前も一緒に連れて行くよ。」
「そうだ!お前に名前を付けないとな。そうだなぁ[クロ]って名にする。」
"ヒ?"
「嫌なの?」
クロは、名前を気に入らないっと言った気がした。
村に向かうにはアリスの外見が問題になると思い、キラは木彫りの仮面を作った。
「アリス。村に向かうとなると、火傷の痕が気になるだろう?だからこの仮面を作った。」
普通に掘ると味気なかったので、木の実などでカラフルに可愛く着色をしてみた。
「こ、これは…、呪術師の仮面なのでしょうか?」
「え?」
「え?」
キラが着色した色彩センスは、奇怪なものにアリスは見えたらしい。
「…えっと。今日からアリスは呪術師を名乗るがいい。」
「え?私が呪術師ですか?何も出来ないですけど。」
「まあ、気にするな。言ったもん勝ちだ。」
─━─━
キラは洞穴で大量の黒蔦を眺め、色々と試す。
物理的手段では切断が行えなかった。火で焼き切れるが試してみた。
すると表皮が焼け、黒い繊維のみが残った。その繊維を石ナイフで切断してみるが、やはり切れない。
屋外で黒蔦の表皮を焼こうと思い、持ち出したその時だった。
「なんだ?天然磁石が引っ付いているな?この黒蔦の繊維って…もしかして。」
キラは洞穴から黒蔦を持ち出し、屋外で長く伸ばしてみる。その片端から"雷撃"を放った。
「おお。やっぱりそうだ。これって導体なんだ。繊維がワイヤーみたいなものか。」
繊維だけを取り出そうと考え、大量の薪を集めて地面に敷く。その上に黒蔦を置いてアリスを呼ぶ。
「アリス。この薪を燃やしてくれ。可能な限り高温になるように大きな炎で。」
「承知しました。ご主人様。"火炎!"」
アリスは火の魔法を発動し、薪へ着火する。全体に何度も火の魔法を向けた。
「ハァハァ。ご主人様。魔力が尽きそうです。」
「十分だよ。アリス。中で休んでて。」
黒蔦が燃え尽きて冷めるのに時間が必要だな。と思い、キラは明日まで待つことした。
村で売れる物をピックアップする。
・山羊×2頭
・薬草×60枚
・ルコの実×100個
・岩塩×適量
・天然磁石×適量
キラ達の所持品が乏しいため、今はこんな物かと思い持ち出す準備をする。
「アリス。明日、村に向かおうと思う。村へは俺一人で入る。アリスは近くの野営地で残っててくれ。護衛に三匹を残す。連絡係にカラスを使う。」
「はい。ご主人様。」
地面に簡単な地図をアリスに書いてもらった。それをカラスに見せて先に村の場所を確認に向かわせた。
─━─━
翌日、黒蔦が冷えて灰を落とし池で洗う。大小の連なっていた黒蔦が解けて、様々な長さになっていた。
キラは何かに使えると思い、10m程の細い黒蔦を巻いて持ち歩く事にした。
「さあ、出発だ。片道2日の5日~6日の行程となる。道中で食材の確保が可能なら採取しようか。」
キラ達はカラスの案内で森を抜ける。
街道を進む速度は、山羊がいるので徒歩となる。
ハチは出会った頃はチワワぐらいのサイズだったのだが、今は柴犬ぐらいの大きさになっている。
「ハチよ。成長が早いな。成狼になると、あの親ぐらいの大きさになるのか?」
"バウン!"
ハチは得意げに「そうだ」と返事をした。
舗装されていない街道を二人と三匹そして3頭で進む。荷物はクロの背に乗せている。
「そろそろ休憩しようか。アリスとサルは薪を集めてくれ。食事にしよう。」
クロとハチ達に瓢箪水筒から水を飲ませる。
焚火で魚の干物を焼き、皆に渡す。クロは周囲の草を食べている。
「日が暮れる前に野営可能な場所を見つけ今日はそこで泊まる。カラス、雨は降りそうか?」
カラスは雨は降らない。と言った。そして先に開けた場所と小川もある。と教えてくれた。
休憩を終えたキラの一行は、カラスの言う開けた場所を目指した。
道中は魔物や野生動物とは一切遭遇しなかった。
「なあ、アリス。街道の移動って魔物とか遭遇しないのか?」
「えっと…メビウスの森周辺の街道は危険区域に指定されております。普通は多数魔物が出没するので、対抗出来る護衛を伴わないと非常に危険なのですが…。」
「前にアリスから、そう聞いてたんだが何も出ないな。良い事なんだけど。」
そして野営地に到着して、小川から水補給を行い、他に何事も無く初日を過ごした。
─━─━
次の日も魔物や野生動物、そして商隊や他の人と会うことなく過ぎた。
そして村から少し離れた場所を待機拠点とする。
「この場所から村までは、カラスとクロと俺で向かう。アリスとハチ、サルは留守番をしててくれ。」
「はい。ご主人様。お気をつけて。」
売り物をクロの背に乗せ、山羊2頭を引いて村に向かう。
暫く歩くと村が見えてきた。
「クロ。お前は皆を怖がらせるから、ここで待っててくれ。」
キラはそう言ってクロを撫でまわし、クロはキラに顔をこすり付ける。
「おお。愛い奴め。じゃあ行ってくる。」
キラは山羊を2頭引き連れて村の入り口に向かった。
アリスの話では、この村はシラカ村と言い。アリスの出身であるタンニ村より大きいらしい。
人口は200人ほどで、外壁は木柵で唯一の出入口に警備が居るとの事。
その警備にタンニ村のブロンから教えてもらって、ここに来たと言えば大丈夫だと教えてもらった。
その"タンニ村のブロン"とは、アリスの父親の事だった。
出入口に近づくと警備の若い男性が声を掛けてきた。
「おい。見ない顔だな。ちょっと待て。この村に何の用だ?」
「はい。私は東方のグンマー村出身のキラと申します。タンニ村のブロンさんからシラカ村の事を教えて頂き、山羊などを売却するために訪問しました。」
「グンマー村?聞いたことが無いな。アンタはブロンの知り合いなのか?じゃあ襲撃の件は知っているのか?」
「グンマー村は、はるか東方の小さな田舎村ですのでご存知ないかと。あと、先日の件は承知しております。非常に惜しい人を亡くしました。」
「そうか…。また後で教えてくれ。通っていいぞ。」
「ありがとうございます。山羊や薬草を買い取って頂ける店はありますか?」
「ああ、ジャミばあさんの雑貨屋だと買い取ってくれるだろう。」
そう案内を聞いてキラは村に入った。