神秘の森の住人2
「うっ…臭い。なんだこの酷い臭いは…。」
「ご、ごめんなさい!」
「ん?ぎゃーーーーーー化け物!!!」
アキラの顔の前に保護した彼女の顔があった。どうやら気を失っていたようだ。
(ドキドキ…びっくりした。心臓が止まるかと思った…)
「ご、ごめん。ちょっと寝ぼけてて。」
「い、いえ。いいんです。醜女なのは理解してますから...」
"ガウ..."
「あ?ハチよ。なにが酷いって?」
"ぷい"
ハチはそっぽを向いてしまった。
アリスは「??」ってなっている。
「ったく。君は大丈夫なのかい?俺はどれぐらい寝込んでたの?」
彼女の話では、2日間寝込んいたそうだ。体の方は薬草とルコの実が効いたのか、少し動き回れるようになったらしい。
「えっと君の名前は?」
「私はタンニ村のアリスです。」
「この近くに村が有るの!?」
「いえ、その…今は…もう村はありません。」
アリスのケロイドに埋もれた目から涙が零れ落ちた。
「あ...辛かったら話さなくていいからね。食事は取ったのかい?」
「その、ご主人様の物を勝手に使う訳にはいきませんので...」
「ご主人様??だれが??」
「私などの命に高価な薬草を大量に使って頂き、誠に申し訳御座いません。醜女ですが、この対価は私の人生を以ってお返し致しますので、何なりとお申し付けください。馬車馬のように働き、ご奉仕致します。」
「は?ちょっと待って、アリス、何言ってるの?」
アリスが爆弾発言を放り込んできた。
「顔体を隠し、人目に付かずご奉仕致します。ご主人様の視界にも入らぬよう努力致しますので、何卒、私の人生で対価として受け取って頂けないでしょうか?」
「いやいやいや。ちょっと重いって!!対価なんて要らないよ!」
「私を街で売っても幾らにもなりません。お支払い出来る私の財産は、もうこの体と人生しか持っておりません。不足は十分に承知しております。ですが…」
「いやいや、だから対価なんで要らないって。」
「私に価値が無いのは、自覚しております...そこを何とか...」
アリスは泣き出してしまった。どうも話が噛み合わない。対価不要と伝えてるのがアリスじゃ駄目だって意味になっているようだった。
「アリス、落ち着いて聞くんだ。君を助けたのは、一般的な人道行為なんだ。対価を求めての行動じゃないんだよ。薬草も森で採取して無償だし、別に費用が発生する事なんて何もしていないんだ。だから君も気にしなくていいんだよ。」
「いえ。薬草の価値は田舎者の私でも知っております。ルコの実も高価ではないにしても安くはありません。それを大量に、しかも使い切ってしまいました。どうやってお返しすれば...」
アリスは再び泣きながら、必死に思いを伝えている。
「ん~君が醜女だとか、対価が不足しているとかじゃないんだ。これは本当なんだ。君の体調が戻れば、親御さんの所に送ってあげるから心配しないで。」
「もう親はおりません。村が隣国の軍隊に襲撃された時に殺されました。親戚と一緒に馬車で村から逃げ出したのですが、軍隊に追いつかれ、火を放たれて皆も生きておりません。私も見ての通りとなり、この森に逃げ込みました。お側に置いて頂けないのなら、私は...もう死ぬしかありません。」
(お、重い…。俺には重すぎる…。どうしよう…)
現代日本で何も考えず生きていたアキラには、対処不可能な状況であった。だが、転移してから日々生きる事に苦労をして、少しは精神的に成長をしたのか助けた責任を感じていた。
「わかった。わかった。アリスの好きなようにしていいよ。一緒に居るなら面倒も見てあげる。でも苦労するよ?俺も一人だし、お金も持ってないし、頼れる人も居ない。貧乏だけど覚悟しててね。」
「本当に...ありがとうございます。お側に置いて頂けるなら、どんな環境でも構いません。もちろんお望みであれば夜伽も致します。ご覧になられたと思いますが、幸い下半身は火傷も無く、未貫通ですので、大きな葉などで上半身を隠せばお使い頂けると思います。その...お口でお望みならば、火傷で口が開きませんので切り裂きます。傷が癒えるまではお待ち頂けないでしょうか?」
アリスは再び爆弾を投下してきた。しかも何発も...。
(見たのバレてる。ヤバイ。どうしよう...)
「そ、そ、そ、その見たのは薬草を塗るのに清潔しないと駄目なので、仕方無く服を脱がしたんだ。やましい気持ちで脱がした訳じゃ無いし、夜伽とか口とか何とか、なんだ、その今は考えなくていいから!」
「承知致しました。ご主人様。夜伽などは、今は考えずにおりますので、必要な時にいつでもお申し付けください。」
それからアリスに色々とこの世界の事を聞いた。
この場所は"メビウスの森"と言って、魔物が多数生息して危険なため人が近寄らない場所であること。森の外側に街道があるが、護衛無しでは、商隊などは絶対に通らないらしい。
魔法は普通に存在するらしい。アリスも簡単な火の魔法と土の魔法を使えるとの事だった。
魔法には属性が存在し、魔法にはいくつかの種類があるらしいが、一般的には"火の魔法"は"火の魔法"だそうだ。そして呪文や魔法陣なども知らないらしく、"共通言語"と言う魔法も知らないらしい。
「どうやって火の魔法を使うの?」
「ご主人様は魔法をお使いになられないのでしょうか?」
「いや...使えると言うか何と言うか...」
その時、アキラの頭に雷撃と言う言葉が浮かんだ。そうだ核を取り込めるか試したんだ。
「ハチ、お前の親の核はどうなった?」
アキラは思い出したようにハチに核の事を確認する。
"バウ、ババウ"
「え?取り込まれて消えた。そして俺が倒れたって?」
"バウ"
「ご主人様?ハチとは誰のことなのでしょうか?」
「さっき聞いた"共通言語"を知らないって事は、やっぱりアリスはこいつと会話出来ないのか?」
「申し訳御座いません。ご主人様の仰る事が少し理解出来ないのですが、この魔物と会話出来るかお聞きになられてるのでしょうか?」
「ああ、そうだ。」
「えっと...私には魔物と会話する能力はございません。その...ご主人様は魔物と会話が行えるのでしょうか?」
「今から話す事を落ち着いて聞いて欲しい。決して嘘偽りの内容じゃないから。」
アキラは転移に関することをアリスに伝えた。現代日本の事から現在に至るまで。
「ご主人様を疑う訳じゃありませんが、そ、その...なんと言いますか」
「ああ、言いたいことは理解出来る。俺もアリスと同じ立場なら信じられないからな。俺の着ている服とか見れば異世界から来たって信用出来ないかな?」
「異国の服だとは思いますが...その..」
「そうか、じゃあ魔物を使役する人って居る?」
「いえ。それは聞いたことがございません。」
「そっか。カラス!」
アキラはカラスを外から呼び寄せた。
「カラスはルコの実をハチは薬草をサルに教えて採取してきてくれ。サルは本調子じゃないところ悪いが少量でいいから取ってきて欲しい。」
"カァ!"
"ガウ!"
"ウキ!"
三匹は洞穴を出て採取に向かった。
「さてアイツらを待っている間に食事の準備でもしようか?」
「あの...火傷で僅かしか口が開かないので、融着している火傷を切り裂いて食事が取れるようにしたいと思います。その傷へ塗る薬草を少し頂いても宜しいでしょうか?」
「え!切るの?大丈夫?」
アキラは驚いてアリスに質問したが、このままだと食事が取れずに衰弱する恐れがあるとの事だった。
今は火傷で全身が痛いので、切り裂く程度は問題ないと伝えてきた。
三匹が戻ってきた。ルコの実と薬草を無事に採取してきたようだ。
「ご、主人様は本当に魔物を使役されておられるのですね。」
「魔法で使役と言うよりも、意思の疎通が出来るので、彼らを助けたから俺に仕えてる。って感じかな。」
カラスは洞穴から飛び立ち周囲の警戒に当たった。ハチとサル、そして俺達二人の食事を用意する。
アリスには石ナイフで細かく切り刻んで、食べられるようにしてあげた。
そして食事を取りながら、再びアリスにこの世界の事を聞いた。
1か月は30日で1年は12か月。年間360日。
メビウスの森から近隣の村までは、徒歩で2日ぐらい必要なこと。
街までは村から馬車で3日必要らしい。
この付近はデル・グロウ王国で"ジル"と言う通貨単位となる。
鉄貨 1枚1ジル
小銅貨1枚10ジル
銅貨 1枚100ジル
銀貨 1枚1,000ジル
金貨 1枚10,000ジル
大金貨1枚100,000ジル
となっているらしい。
パン1つが小銅貨1枚10ジルだそうだ。
10ジル=100円って感じなのだろう。
「そう言えばアリスは"火の魔法"と"土の魔法"が使えるって言ってたよな?」
「はい、ご主人様。」
「あ~自己紹介をしてなかったな。俺はご主人様じゃなく"ツジアキラ"って言うんだ。」
「ツジア・キラ様ですか?」
(なんだ、ちょっとカッコいい名前になったな。そのまま名を変えるか。)
「キラが名でツジアが姓となる。」
「ご主人様は貴族様か上級市民様なのでしょうか?」
「いや、俺の居た世界では大半が姓を持つんだ。だからキラって呼んで欲しい。」
「恐れ多く、ご主人様を名でお呼びする事など出来ません。」
「ん~そっか。まあいいや。アリスは何歳なんだ?」
「私は15歳となります。今年成人しました。」
アリスは小柄で150cmぐらいだろうか、身体は火傷のせいでよく分からない。本人が15歳と言うからそうなのだろう。
「それで"火の魔法"を見せて欲しいんだが。」
「はい。では焚火に向かって小さな火を出します。"火炎"」
アリスが言葉を放つと掌から小さな炎が噴き出した。
「おおおおおお!! すげぇ!! ファンタジー!!」
「私の魔法は生活レベルですので、魔物や戦闘には効果がございません。」
(そう言えば"雷撃"って言葉が浮かんだよな?サルが成狼になるとハチが使えるって言ってた魔法。)
アキラは洞穴の入口に立ち、外に向かって右掌を伸ばし気配察知の感覚を思い出しながら"雷撃"と叫んだ。
すると右掌にアーク放電が発生してバリバリと鳴っている。
「うひゃぁ!!」
アキラ(以後キラ)は、びっくりして尻もちをついた。アーク放電は転倒して消えた。
「ご主人様!! 大丈夫ですか?雷が発生したように見えましたが!」
「な、な、なんじゃこりゃーー!!」
キラは驚きのあまり震えている。アリスはキラを胸に抱き寄せ「大丈夫です。ご主人様。」と抱擁してくれた。
(や、やわらかい。これが女性の身体なのか...かなり臭いけど、やわらか気持ちいい。)
キラはアリスの抱擁のお陰で落ち着き「ありがとう」と伝えた。
そしてキラが顔を上げると"ビクッ"と近くで見たアリスの外見に驚いてしまった。
「も、申し訳ございません。こんな醜女がご主人様に触れるなど...」
アリスはすぐに離れ、腰を折り謝罪した。
「いや。ありがとう。ちょっと女性に慣れないからびっくりしただけだ。」
「いえ、咄嗟の事とは言え、私がご主人様に...」
「また、俺が驚いて混乱した時はたのむ。」
「はい。そう仰るなら...」
「さて、ハチ達が採ってきてくれた薬草を塗ろうか。そして少し横になるといい。早く痛みが治まるようにね。」
「はい。ありがとうございます。」
アリスは石ナイフを貸して欲しいと言ってきたので、渡した。キラに背を向けて「ウッ」と小さな悲鳴を上げて、口を手で塞ぐ。指の間から血が滴り落ちる。キラは咀嚼した薬草を葉に乗せてアリスに渡し、アリスはそれを口に当てて横になった。
「アリス。頭や顔、そして上半身に薬草を塗るから脱がすよ?」
「はい。ご主人様。お手を煩わせて申し訳ございません。」
アリスは軽く羽織っていた衣服を脱ぐ。そしてキラは水で傷やケロイドを洗浄して薬草を塗る。大きな葉を布団にして彼女に掛ける。そして"チラッ"とだけ下半身を見る...。
「あの...ご主人様、こんな身体で良ければ幾らでもご自由にご覧下さい。」
(またバレた!ヤバい!)
「い、いや。そう言う訳じゃ無いんだ。そ、そ、その~、他に傷が無いか確認してたんだ。うん。」
「そうですか...こんな醜女の身体でご主人様のお役に立とうなど思い上がり、申し訳ございません。」
アリスは火傷のせいか自虐的な発言が多い。精神的に相当困憊しているのだろう。
「俺の事は気にしなくていい。まずは身体を癒すんだ。」
そしてアリスは深い眠りについた。