神秘の森の住人
翌日の朝、カラスが弱った獲物を見つけたと報告に来た。
ハチを連れてカラスの案内でその場所へ向かった。すると大勢の鳥と争ったのだろうか、多数の羽が散乱している。そこに猿らしき動物が倒れていた。
カラスが言うには、鳥たちが大勢争う声が聞こえたので隠れて監視していたそうだ。そこに飛竜と思わしき大型生物が飛来したので、鳥たちは慌てて逃げたそうだ。そして洞穴にもどり、この状況を報告したそうだ。
「そうか。カラス。ご苦労だったな。」
"カァ!"
「さてと、まだ息はあるみたいだな。」
"ウ...キィ.."
(ゲッ!また言葉が理解出来るじゃん...)
「助けて。ってか...」
アキラは、猿らしき生物(以後、猿)を洞穴に連れて帰り、焼き芋や木の実、水などを与えて回復するまで養生させることにした。やはり言葉が理解できる生物を解体して食べる気にはならない。回復したら群れに帰してやろう。とアキラは考えた。
争った場所に散乱していた羽を多数持ち帰ったので、それを矢羽にして弓矢を作った。出来栄えは子供の工作より酷いが、無いよりはマシと自分に言い聞かせて20本全部を完成させた。
外で木に向かって試射をする。全く狙った所に飛ばない。弓矢なんて使ったことも無いし、適当な材料で素人が作った物なのだから当然だ。
「...?」
また、ふと視線を感じた。今度は勘違いじゃない気がした。
弓を調整する素振りをして辺りを見渡したが、やはり誰も居ない。目を瞑り気配に意識を集中させた。
(岸壁の上に誰かが居るっぽいな。人かな。言葉が通じるかな?どうやれば怪しく無いと信用してもらえるだろうか?)
「カラス...」
アキラは肩に乗るように小声でカラスを呼ぶ。そして気配を感じた場所をさり気なく偵察に向かうように指示した。
「ハチ..」
ハチにはカラスと連携して岸壁の上に向かい、対象の尾行を行うように指示をした。
アキラは、そのまま弓の調整や試射などを続けて注意を引き付けることした。
そして暫く注意を引き付けていると、気配が消えたのを感じ取った。アキラは万が一に備えて洞穴に戻り、石斧・石ナイフ・矢筒を装備してカラスとハチの帰りを待つ。猿は息をしているが動かない。食事には手を付けているので、今は大丈夫だろう。
カラスが戻ってきた。監視していた者は小柄な人型で1人。ハチが後を追っているらしい。相手には気付かれていないとの事。岸壁の上は多少迂回が必要だが人の足でも向かえる。と報告を受けた。
「よし。よくやった。今からそこに向かうぞ!」
やっと人に会える。この世界の事を知る事が出来る。街に向かえる。と心が浮き立つ。
そして、はやる気持ちを抑えながら岸壁の上へと向かった。
カラスが上空を旋回してハチの居場所を確認する。そして、その場所まで案内させた。
「ハチ。対象者は?」
"バウガウ、バウバウ"
「そうか...前方の木の洞に入って行ったのか。」
すこし期待外れだった。集落や民家などを期待していたのだが、木の洞に戻るって事は人外の生物と考えられる。つまり人間ではない可能性が高い。
魔物だったらどうしようか悩んでいた時、ハチが対象者の報告をしてきた。
"バウバウ、ガウガウ"
"バウガウ"
「対象者は、歩き方と外見から怪我をしているっぽい。」
「捕獲して肉を食べたい。って?」
"ガウ!"
「うーーん。確認してからだな。魔物とかだと食べられるか判らないし。」
アキラは気配を殺しながら木の洞に近づく。そして中を覗くと人間?と思わしき小柄な者が、中で息も絶え絶えで寝込んでいた。頭皮や顔面、肩や腕がケロイド状になり満身創痍の状態だった。
「ぎゃーーー!!!」
アキラは見た目の酷さと恐ろしさに思わず叫んでしまった。
「だ..れ?」
声から察すると女の子っぽい。外見からは判別不能な状態なのだが。
「だ、だ、だ大丈夫なのか?」
「お願い。殺さ..ないで...」
「い、いや。そんな事はしない。う、う動けるのか?」
「お水が欲...しい..」
女の子は瀕死の状態だった。アキラは何とかしないと。と考え、その子を抱いて洞穴に戻ることにした。
洞穴に戻ったアキラは、急いで大きな葉を探し、水を汲んで女の子に飲ませた。
「あり..がとう」
「食べることは出来るか?大したものは無いけど。」
アキラは【黄色い木の実】【焼いた芋】【巨大タンポポ】を見せた。
「あぁ...ルコの実があるのね。体力..が回復す...るから..それが欲し..い。」
「この黄色い木の実か?」
「う...ん..」
アキラはルコの実を数個手に取って渡したが、女の子は食べようとしなかった。
「どうした食べないのか?」
「...もう..力が..」
アキラは焦ってしまった。このままだと命がヤバそうだと。そしてルコの実を握り潰して、実汁を女の子の口へ注いだ。何とか実汁を飲み込み、何度か繰り返すと、そのまま彼女は寝込んでしまった。
ルコの実が無くなったので、アキラは採取に向かった。
「ハチ。薬草とか知らないか?」
"ガウガウ"
「調子が悪い時に食べる草は知っているって?えらいぞ!見つけたら教えてくれ。」
ゴワゴワの毛並みをわしゃわしゃと撫でてやる。ハチはちょっと嫌そうにしていた。
"ガウ"
「これが薬草?こんなに沢山生えてるの?」
"ガガウ、バウ"
「え?この葉っぱだけ?他のは違うって?見た目が同じだけど。」
"ガウバウ"
「見た目は同じだけど臭いが違うって?ん~臭いは判らないけど、よく見ると僅かに形が違うな。この葉っぱは薬草?」
"ガウ"
「そうか...元を知ると見分けが付くな。もしかして、これがチート能力!」
転移前はコッペパンの欠損を目視で毎時数千個を処理する仕事をしていた。恐らく業務経験からくる職方の感覚が鋭くなってチート能力になったと考えた。
背嚢に沢山の薬草とルコの実を採取し、ついでに芋も掘った。洞穴に戻る途中でハスの葉に似た大きな葉を数枚採取して持ち帰った。
道すがらアキラは女の子の事を考えていた。平和な現代日本で生まれ育った彼は野戦病院の戦傷者のような怪我は見たことが無く、モラルとして問題なのは理解しているが、ゾンビなどの化け物に見えた。
見たり触れたりする事に大きな抵抗を感じる、しかし、このまま彼女を放置すると間違いなく生命は絶たれるだろう。
しかし、なぜこんな場所に酷い怪我で1人、野宿をしているのだろう?
相当な事情がある事は理解できる。今は何も聞かず、体調が回復してから色々と聞くことにした。
洞穴に戻り、焚火を強めにした。
ハチに薬草の使い方を聞いた。食べるか咀嚼した葉を傷口に塗るそうだ。
アキラは眠っている彼女のボロボロになった着衣を脱がし、体や傷を水で少しづつ洗う。
(うっ!!臭い。でも下半身は怪我も無く綺麗だな。下の毛は金髪…って何を考えているんだ俺は!)
咀嚼した薬草を傷やケロイドへ塗る。彼女はしみるのか「ウッ」っと小さな悲鳴を上げる。
布団代わりに大きなの葉を彼女に掛ける。すると奥で眠っていた猿が目を覚ました。
「お?起きたのか?もう大丈夫なのか?」
"キー、ウキッ"
「まだ本調子じゃないが大丈夫だって?無理せず休みな。」
"キー、キー"
「いいよ。気にしなくて。回復したら群れに帰してやるから。」
"ウキッ、ウキキ"
「あー、恩返しがしたいって?群れには帰らず主の力になるって?」
"ウキ!"
「ん~まぁいいか。じゃあ、お前の名は今日から[サル]だ。宜しくな。」
"キッ!?"
「え?」
"ウキィ..."
サルが名を嫌がってるように見えたが、気のせいだろう。
「そうだ、サルちょっと聞いていいか?」
サルに役立つ植物や素材など、何か情報を知っているか聞いてみた。すると魔物や魔獣の核やルコの実より体力が回復する金色の実がある。と言った。
「魔物・魔獣の核?なにそれ?」
魔獣や魔物は互いに争っていて、倒して核を奪い、それを取り込んでいる。と言った。
「待て待て、魔物?魔獣?そこから教えてくれ。」
魔物は大小の様々な種族が存在している。ハチやカラス、そしてサルなどが該当するらしい。そして魔獣は聖獣や神獣など存在力の大きな者を指すらしい。
「存在力…ってなに?」
存在力は生物の資質のことで、核を取り込むと資質が向上して各種の成長上限が大きくなり、種族進化する事が出来るらしい。
「はぁ?種族進化って?あとサルは何の種族なの?」
種族進化とは取り込む核により変化するので、どうなるか詳しくは知らないそうだ。
そしてサルは賢猿と言って、主に木の上で暮らし集団で地上の魔物を襲っているとのこと。空の魔物には弱いので鳥類の魔物に襲われて倒されたみたい。魔物単体としては中位に属する。
「じゃあハチとカラスは何の種族なんだ?」
ハチは"一角狼"と言う種族。成狼になると魔物では上位の存在だそうだ。
カラスは黒眼鳥と言って、普通の鳥と比較して思考を持つ程度の魔物らしい。つまり魔物としては下位に属するらしい。
「へぇ~そうなんだ。魔法ってあるの?」
今、サルと会話していること自体が魔法の一部だそうだ。全ての魔獣や半数の魔物、一部の生物も"共通言語"の魔法を使えるとのこと。アキラは使えているが、他の人間が使えるかは分からないそうだ。
「魔法について聞きたいんだけど魔力って誰にでもあるの?俺にもあるんだよね?」
"魔力=体力=生命力"で、表現は違えど同義らしい。つまりアキラや他の誰にでも魔力(生命力)は存在する。しかし魔力は尽きると死ぬ。魔力=生命力であるためだ。
"共通言語"の魔法は消費魔力が少ないので特に気にしなくても大丈夫らしい。魔法を使い続けると体力の消耗を感じるので、それを使い続けて気付かずに死ぬ事は無い。とのこと。
あと、体力を回復させることは魔力を回復させる事と同じなので、回復効果を含む素材や食材は重要だそうだ。
「じ、じゃあ…す、ステータスって見ることが出来るの?」
ステータス?は何か分からない。と言われた…。
「あ。そうっすか...サルやハチは魔法使える?」
サルは"共通言語"以外は使えない。
ハチは成狼になるとツノから"雷撃"を放てる。と言った。
「そっかー。なあサル、魔法ってどうやったら使えるの?」
わからない。使える魔法は自然と自覚する。と親から教わったらしい。
アキラは保管していた、ハチの親から外した赤い宝石を取り出した。
「なあハチ。これが核なんだよね?お前の親から取ったんだけど、お前の物だから使うといいよ。」
ハチは同種の核は取り込めない。取り込んでも存在力は上昇しない。と言い、それは他の誰かに使って欲しい。その方が親も存在力をハチの仲間に与えられるので喜ぶと思う。と言った。
「そっか...これって人間も取り込めるの?」
わからない。核を持つ者が核を取り込み、その核を大きくして存在力を増す。人間には核が無かったと思う。とサルに言われた。
「うーん。そうなんだ。そんな気がしたんだけど。なあ、この核ってどうやって取り込むの?」
サルは魔力を放出しながら口に含む。と言った。
「魔力の放出って…そんなファンタジーな事できねーよ!」
とサルに突っ込みを入れながら、ふと考えた。"共通言語"は魔法と言ってた。そして保護した彼女の視線を探査魔法みたいな気配察知で場所を知る事が出来た。もしかして俺も魔法が使えるんじゃないかと。目を瞑って探査を行った時の事を思い出し、魔力放出っぽいことを試みた。
体力が少し消耗するのを感じる。これが魔力消費なのか。しかし疲労するだけで魔力と思わしき存在は自覚出来なかった。
次に思いついたのが、気配察知を行いながら核を口に含んだら取り込めないかと考えた。
アキラは目を瞑り、口にハチの親の核を含んで先ほどの気配察知を試みた。
すると体が熱くなって頭が真っ白になり、酷い頭痛と共に意識を失った。