サバイバルな日々
夜が明ける。
今日も昼過ぎまで誰かが通らないか大きな木の下で待つことにする。
夜中に森の方からは獣の気配を感じるのだが、草原の方からは一切の気配が無い。狩人じゃないので何となくだけど。
現在の所持品は【蔦の紐】【半月状の石】【尖った石】【黄色い木の実】
待っている間は特に何もする事も無いため、蔦を割いて編み込み、扱いやすい紐を作る。
サンダルもどきを解体して靴に近付けるように紐で形成する。
見た目などは何でもいい。歩行性能を上げるため。歩けない事は命に係わる。
「ゴムや皮じゃないから底が曲がらない。歩きにくい。中板を分割して紐で連結するか。」
今日こそは水場を探して水分補給をしたい。果実でも良いから食べたい。空腹はギリギリ凌いているが木の実だけじゃ食事とは呼べない。
耐久性は不明だが、歩行には満足出来る程度の靴が仕上がった。
アキラは思い出したように突然声を出す。
「ステータス!」
……
「サンダー!」
…
やはり何の事象も発生しない。
異世界への転移じゃなく地球の何処かに転移したのかもしれない。
そう考えるようになった。
転移の現象は、アキラ本人が体験しているため紛れも無い事実である。
問題は"どこに転移した"かということ。
着衣も身体も転移前と変わらない。DQNに轢かれた事も覚えている。
ラノベのような魔法やチート能力に期待したが、今のところは普段と特に変わりは無い。
むしろ、転移して環境は最悪になり生命の危機を感じている。
生き返った事は良かったが、このままだと二度死ぬことになる。
あの痛みと苦しみは、二度と味わいたくない。
死を体験しているため、生存本能が以前より強くなっている。
出来る事、思いつくことは何でもする。今日を生き抜く事を目標にした。
今日も誰も通らなかった。
明日まで待ち、誰も通らないなら、人を探しに移動しようと決めた。
だが、移動するにも水や食料が必要となる。
木の実だけで動ける範囲は、往復日帰りの圏内が限界だろう。
最優先事項は、水場を探し食物を確保する。
その次に安全な寝床の確保。
そして水筒や袋などの作成。
今日の第一目標は、水場の発見とした。
森に入り迷わないように枝を折り、目印を付けていく。
木の幹に鋭利な石の破片で侵入方向へ矢印を刻む。
丸腰の人間は、野生動物に対抗する術がない。それに知識の無い一般人が遭難すると、非常に危険である事も理解している。
昨日見つけた黄色い木の実の場所まで来た。この唯一の食料をポケットに沢山詰め込む。そして、さらに奥へと進む。すると地面に芋っぽい葉や茎を見つけた。
「これって芋なのか?」
アキラは地面を掘り出した。すると長細い芋っぽい植物を何個も見つけた。
「洗わないと食べられないし、食用可能かも分からない。えーっと、何とかテストでちょっと調べてみるか」
うろ覚えの内容だが、パッチテストを行った。芋もどきを折り、10円玉程度を腕の内側に少しだけ塗る。体感15分ほどを待ってみたが、特にかぶれや痒みは発生しなかった。
次に芋もどき(以後は芋とする)を唇に少し触れさせて異常の有無を確認する。
特に問題は感じなかった。少し口に含んで、口内で飲み込まず確認をしてみる。
20分ぐらい経過したが異常は感じなかった。
そして思い切って飲み込んでみた。
「まだ食用か不明だけど数個を保険として持って行こう。大丈夫なら、また採取に来ればいい。」
木の実があるので、今は無理して食べなくてもいい。
明日、体調に異常が無ければ採取して確保しようと考えた。
芋エリアの方向と森の入り口へ矢印を刻む。
枝を折り、矢印の木である目印を作る。
さらに奥へ進んだ場所に500mほどの池を発見した。
「み、み、水!」
池の水は透き通っており、そして魚影も見えた。
動物が水場にしていれば、飲用可能と聞いたことがある。
アキラは木陰に隠れて周囲を観察することにした。
暫くして、対岸に動物の姿を確認した。
アルバイトで鍛えられた観察眼が役に立った。その動物は水際で池の水を飲んでいる様子だった。
この水は問題が無い。と確信したアキラは、手ですくって水を飲んだ。
「う..うまい。ただの水がこんなに美味しいなんて。生き返った気分だ。」
先ほどの芋を取り出し池で洗う。そして半月石で皮を剥いた。
水分を補給し身体に活力が戻ると食欲が旺盛になっていた。
慎重に食用の可否を調べていた事も忘れ、無我夢中で食べた。
「ゴリゴリしてて美味しくないけど...ご飯...ああ幸せだ。」
持ってきた芋は全部平らげた。芋だけだと栄養バランスが悪いと考えたのか、木の実も食べる。食事を終えたアキラは、野生動物に注意して、この池の周囲を探索することにした。
周囲を探索していると近くに岸壁を発見した。
何となく岸壁へ向かった。
すると程よい洞穴を見つけたので、恐る恐ると近づいてみる。
洞穴は高さ3m、幅4m、奥行10mほどの手ごろな規模だった。
今は日の光で奥まで見える。
内部に動物などが居ないことを確認して進入してみる。雨風を凌げる拠点にはこの上ない環境だった。
人里へ向かう準備が完了するまで、ここを拠点にしようと決めた。取り急ぎ、動物の侵入を防ぐための柵が必要だと考え、木材を探しに向かった。
洞穴の周囲で、木づちとなる大き目の木材、柵の材料、そして蔦を探した。
周囲は森のため、比較的簡単に材料は発見した。
早速、洞穴の入り口に柵柱用の穴を掘り木材を差し込む。
そして木材(大)でそれを何度も打ち込んで固定する。
40cm間隔で合計10本の柱を設置した。横桟も多数、紐で固定した。
ドアを設置する技量が無いので、洞穴に蓋をするような形になってしまった。
「出入りは...昇ればいいか。とりあえず今日はこれで安心して眠れる。」
柵の仮設置が終わるころには日も暮れていた。
今夜は洞穴内で火をおこして焚火をする。
「原始人が使っていた方法だと火は簡単に着火するだろう。」
着火剤となる木の皮や細かい枝、板に近い木材や薪などを集めて洞穴に戻った。
火おこしは簡単だと思っていた...
キリモミ式で何度もチャレンジした。
しかし着火の気配は無く、焦げ目すら付かない。手が痛くなり握力が無くなり今日は断念した。
─━─━
次の日、万が一のために武器が欲しくて、余った木材と紐や石材で石斧や石槍を作ろうと考えた。
ここは岸壁なので石は様々な種類が沢山ある。
適当に石を見繕って、互いに衝突させ強度の高い石を2種類選んだ。
それを池のほとりで削る。石を石で叩いて削る。
最初に加工用の石ノミを作った。
この石ノミは木材の加工に使う。次はナイフか斧を作る。
岸壁で手ごろな石を探す。
昔、ネット掲示板で見た石器時代のナイフは黒かった。
黒い石が無いか探す。手ごろな大きさの黒い石を数個発見した。
それを石ノミで削り、形を整えていく。
「これってガラスみたいな石だな。黒...なに石だったっけ?まあいいか。」
岸壁には多量の黒曜石があった。
その黒曜石を地道に削り、木材で柄を作って紐で固定した。
「おぉ。立派なナイフが完成した。鞘が欲しいけど皮が無い。紐で編み込んで作ってみるか。」
その後、他の石材を加工して石斧も完成させた。
「ん?」
ふと視線を感じた。誰かがこちらを伺っているような気がした。
辺りを見渡したが誰も居ない。
転移前はこんな感覚など無かった。野外で生活をしているので気配に敏感になっているのか、それとも気のせいなのか。
今は気のせいだと思い、石斧と石ナイフを持って芋エリアに向かうことにした。
芋エリアに到着して芋を掘った。
パーカーのフードが意外と便利で芋を沢山フードに入れた。そして近くに生えている黄色い木の実も採取した。洞穴へ戻りながら池の周囲を探索する。弓も作りたかったので手ごろな素材を拾い集める。
その時、何かが聞こえた。
"クゥー…"
ふと足を止める。野生動物か。身の危険を感じる。
「少し怖いという感じはあるけど、でも、どちらかと言うと子犬の鳴き声?」
少し悩んで鳴き声のする方向へ向かう。
すると草むらの奥に2m程の大きさだろうか。巨大な犬が血まみれで横たわり、その額には1本の立派なツノが生えていた。
その傍らで、チワワぐらいの小さなツノ犬が寄り添っていた。
恐らく親子なのだろう。
少し離れて観察する。
子犬も動かない。衰弱しているようだ。
このまま子犬を放置すれば衰弱死か他の肉食獣に食べられるだろう。
ゆっくりとそして静かに警戒させないように近づく。
親犬はピクリとも動かない。既に事切れているのだろう。
"グルゥ..."
子犬がこちらに気付いて立ち上がり、威嚇している。
「大丈夫だ。敵意は無い。食べる物を持っている。そっちに行くから警戒しないでくれ。」
言葉が通じるとは思わなかったが、出来るだけ優しく穏やかに感じるように声を発した。
"グゥ.."
「よしよし。ワンちゃん。大丈夫だ。今から芋を出す。食べるか?」
"ゥゥ.."
「今から皮を剥く。荷物を下ろすからな。」
アキラは石斧を地面に置き、フードから芋を一つ取る。そして石ナイフで皮を剥いた。
「今からそっちに近づく。芋を渡す。」
子犬に近づこうとしたその時。
"ガウガウ!"
子犬が最後の力を振り絞って威嚇してきた。
「ひゃぁ!」
アキラはびっくりして、転倒しそうになる。
"..."
子犬は力尽きたのか、そのまま倒れ込んでしまった。
「うわっ怖い!! このまま逃げよう。...でも倒れた今なら子犬を捕まえられるかも。タンパク質の摂取は重要だしな。解体はしたことが無いけど何とかなるか。」
なんとアキラは、この子犬を食べようと考えだした。最初は純粋に助けようと行動したのだが、敵意を剥き出しにされ、人間のパートナーである犬と認識せずに獣と考えるようになった。
体に巻き付けていた紐を取り出し、そっと子犬に近づく。子犬は呼吸はしているようだが、全く動かない。付近に落ちていた棒で子犬の体を突く。
反応は無い。
再び棒で突く。
やはり反応が無い。
親犬の方は、異臭がする。死後数日は経過しているようだ。
「おや?親犬の胴体に何かがあるぞ?」
異臭に耐えながら親犬へ近づき棒で腐肉をかき分ける。
奥にこぶし大の巨大な赤い宝石のような物があった。
これはお金になると考えて、棒でグリグリと腐肉をかき分けて宝石を露出させる。
なかなか取れないので石斧で周囲を叩き宝石を取り外した。
「おぇぇぇ...これは色々とキツい。」
ふと、親犬の頭部を見ると50cmぐらいの鋭利なツノだった。これも役に立つと思い外そうとする。
しかし、素手ではまったく取れなかった。
なので仕方なく石斧で頭部を破壊してツノを取り外した。
そして子犬の前足と後足を紐で縛り、棒にくくり付けて肩に担いでその場を離れた。
洞穴に戻る途中、池で手や石斧を洗う。腐臭が服や体に染みついている。
池で水浴びをしたいが、火を用意出来ないので我慢する。
薬がない環境で風邪をひくと致命的な事になると理解しているためだ。
日も暮れだしたので洞穴に入る。
子犬は縛ったまま奥に置いている。
解体は食べる直前にチャレンジしようと考えた。
生肉は食べられないので、今日こそは火をおこそうと努力する。
昨日の失敗を踏まえて、今日は紐と枝を使って着火の準備をした。ユミギリ式である。
「おおおお。火が付いた!!! 」
生活環境がまた一つ改善された事に安堵を覚える。