薬師と採取
ユウから採取依頼を受けたキラは、同行について薬屋の店内で話をすることにした。。
「ユウ、旅の同行でいくつか守秘して欲しい事がある。」
「うん。冒険者って手の内を明かすと色々と困るのです。知ってるのです。」
「そうだ。それに俺達は少し異色の存在かもしれない。まずは…」
魔物も同行している事を伝えた。狼のハチ、鳥のカラス、猿のサル、そして馬のクロ。
キラはクロ以外とは意思の疎通が行えると。そしてクロの言葉は理解出来ないが、アイツは恐らくキラの言葉を理解している。
そして同行している魔物の特性を伝えた。特にクロの威圧に関しては念入りに説明した。
「ほえ~、そんな話は聞いたことがないのです。魔物を従えるなんで"魔王"みたいなのです。」
「従えていると言うより、俺に恩義があるので話し合って協力しているって感じだな。クロは例外で何故か色々と助けてくれている。」
ユウが採取には危険が伴う。戦いについて聞きたいと言った。
「キラさんは強いのですか?」
「俺は荒事は苦手だ。腕力も体力も無い。そして微妙な魔法しか使えない。」
「んじゃあ、呪術師のアリスさんが強いのですか?」
「いや、彼女は全く何も出来ない。」
「へ?じゃあ誰が魔物と戦うんですか?」
「誰も戦わない。」
「??」
ユウが意味不明と言う表情をしている。
「クロを同行させると何故か魔物が出ないんだ。絶対じゃないんだけどな。」
「??」
今度は何言ってんだコイツ?という表情をしていた。
クロと言う馬を連れて行くと魔物が出にくい。そういうものだ。とキラは説明を端折った。
「キラさんは、どこで採取してたんですか?」
「メビウスの森だ。」
キラは森の事を簡単に話した。
「ひょええええ。そこは超危険地域なのです。僕は行きたくないです。」
アリスから聞いたメビウスの森の話を思い出した。
「まあ、危険だからこそ資源が豊富だったんだ。今は端部を採り尽くしたので深部に行かないと採取出来ないけどな。」
「ひょえ?もしかしてメビウスの深部に行くのです?」
「いや。近場で採取可能ならそこがいい。メビウスまでは距離が有るんでな。」
ユウはあからさまに"ホッ"として近場のポイントを何か所か説明した。
そして薬屋を臨時休業して旅の準備を整える。
「準備が出来たのです。」
薬屋を出たユウは、冒険者ギルドに寄ると言った。
キラ達は外で待ち、ユウがギルドから出てきた。
「何か依頼を出したのか?」
「ルコの実と薬草の常時採取依頼を取り下げたのです。」
「ん?お前、金が無いんじゃないのか?」
「報酬は一定額を先払いしてたので、取り下げ返金してきたのです。」
ユウは食材や消耗品などを購入して、キラと一緒に待機拠点へ向かった。
─━─━
拠点に到着したキラの一行は、ハチ達を呼びユウに紹介した。
"バウガウ"
"カアカア"
"キキッ"
「コイツらが魔物の仲間だ。家族みたいな連中だと思ってくれ。」
ユウを見ると怯えた表情をしている。
「大丈夫だ。コイツらは襲ってきたりはしない。」
「ユウです。よ、宜しくお願いするのです。」
"バウ!"
"カァ!"
"キー!"
三匹は「任せろ」と返事をしたので、キラは「ちゃんと仲間だと伝わっている」とユウに言った。
その時クロは、野草を食べ"我関せず"という態度であった。
「クロは…まあ色々と不思議な存在だから。いざという時は頼りになる存在だから心配しなくていい。…と思う。」
キラ達は幌馬車に乗り込んでユウの知っているポイントへ向かった。
トシバの村から馬車で1日ほどの距離に森林があり、そこにルコの実や薬草が生えているそうだ。
出没する魔物は、端部が主にスライムやゴブリン、コボルトなどで、深部に向かうとグールやレッドゴブリンなどが出るらしい。
ユウは「薬草の鑑別が出来るので、一緒に採取するのです。」と言った。
街道沿いに広場を見つけたので、今日はそこで野営を行った。食事を取りながらユウから薬の話しを色々と聞いた。そして夜も更け、見張りはカラスに任せ、ベッドの上下にキラとアリス。長椅子はユウが使って就寝した。
─━─━
次の日、ポイントの森林に付近に到着して待機拠点を確保する。
キラはカラスの魔力反応を基準に森林へ向けて広範囲に"気配察知"を行った。
すると森林の深部に僅かな反応を感じた。
今度は、カラスより小さい魔力を意識して察知をすると、過剰反応になってしまった。
「また探査が上手く使えない。反応を調べてみたが森林の魔物分布がよく分からない。ユウが生息していると言ってた、スライムやゴブリンなどと遭遇して魔力の程度を理解する必要がある。クロと一緒に行くと恐らく魔物が出ないので、ハチとカラス、そしてサルと俺で森林の端部に行ってくる。」
「ご主人様。大丈夫ですか?」
アリスが心配そうに声を掛ける。
「ヤバイと感じたら逃げるし大丈夫だろう。もし逃げ切れない場合はカラスに頼んでクロの増援を待つよ。」
キラは短剣だと心許ないので、太い黒蔦をシラカ村で購入したミスリル製のノミで切断して鞭のように加工した。
カーボン繊維の鞭に似ているな。と思い、魔力導体として"電撃"のアークが通電する事も確認した。
この黒蔦は魔道具に使われる希少素材。導体としての特性だけでは無く、その力に反応して変質や変形を制御できる不思議な特性までも持ち合わせていた。
現代日本で鞭を使える人はサーカスか特殊な性癖の人ぐらいだろう。
キラも当然ながら鞭を触った事も無いので少し練習をした。
魔力特性や鞭としての扱いに試行錯誤した結果、長いと扱いづらく、黒蔦は1mほどの長さで制御するのが最も扱いやすかった。
細く伸ばすと10mほど先まで打てた。変形の魔力と電撃の魔力を瞬時に切り替える。
釣りのイメージで竿を振り、当たりを合わせるイメージで電撃を流すと上手に扱えた。
サイズを元に戻し、硬質化を意識して魔力を流すと棍棒のようにもなった。
黒蔦鞭の扱いに満足したキラは、三匹を連れて森林へ入る。
ハチはキラの側で、サルは木の上から、カラスは上空から警戒させた。
森林に入り端部から深部の境に差し掛かった時、カラスから第一報が入る。少し先にある葉の群生地にスライムが群がっている。との事だった。
キラとハチは群生地に向かい木陰から様子を伺う。
偽の葉が広範囲でガサガサと揺れ、何かが蠢いている。
キラは小声で
「ハチ、飛び出すんじゃないぞ。」
と注意を促し、群れから離れるスライムを待つ。
暫く群生地の様子を見ていたのだが、一向に状況が変わらないので「何か変だな」と感じ始めた。
カラスを呼び低空で状況の確認に向かわせる。
"カァカカカア"
「なに?多数の水色スライムと1匹の銀色スライムが争っているだって?」
"カア!"
カラスから報告を受けたキラは悩んだ。
争いが収まるのを待つか
背後から仕掛けてスライムを1匹討伐して逃げるか。
キラは少し悩んで背後から仕掛けることにした。
鞭の射程は、本体が細くなるが10m先まで攻撃することが出来る。
背後から忍び寄り、不意の一撃を喰らわせ、倒せないなら逃げる作戦にした。
"バウバウ"
「あ?卑怯なんかじゃない。これは立派な作戦だ。」
少し"イラッ"としたが、気を取り直し、音を立てずに近づく。
ハチも静かに同行する。
サルは木上から背後を警戒する。
カラスは上空からキラの周囲を警戒した。
手で"止まれ"の合図をしてハチに小声で話す。
(見えたぞ。スライムってドロドロしてるんだな。手前のアイツに一撃を入れる。)
ハチへ周囲を警戒するように促す。
キラは息を整え、黒蔦鞭を握りしめ、魔力を注ぎながら鞭を振るった。
鞭がスライムに触れる瞬間にキラは"電撃"を発動させる。
"バシュン!"
「ほえ?」
キラの電撃を纏った鞭が触れた瞬間、スライムはゲル状の身体が飛び散り、大半が蒸発した。
キラは"??"となりながら、もう一度近くのスライムへ鞭を振るう。
"バシュン!"
「??」
水風船を割っているような感覚だった。
全く手応えが感じられないので、他のスライムへ何度か繰り返す。
"バシュン!"
"バシュン!"
"バシュン!"
"バシュン!"
……
…
「????」
"バシュン!"
………
……
…
スライムの群れはキラの電撃鞭で飛び散り、その中心の銀色スライムと僅かに残った水色スライムだけとなった。
「何だこれ?スライムって、こんなに弱いのか?」
スライムに対し慎重に警戒してた自分が馬鹿らしくなった。
そして残りを討伐しようと思い、銀色スライムへ鞭を振るおうとした時…
"………"
「え?助けてくれてありがとう。だって?」
"……"
「いやいや。別にお前を助けた訳じゃない。俺達はスライムを討伐しただけだ。」
"…………"
「違う。お前の事なんか知らない。」
"……"
「またか…いや要らないよ。はぁぁ…開放するからどっか行っていいよ。」
キラは、また会話できる魔物と遭遇して溜息が出た。
すると銀色スライムは、キラの目前まで近付いてきた。
"……"
"バウバウ!"
"………"
"バウガウガウ!!"
"…"
「なに勝手に決めてんの?ハチ?」
"ガウガウ!"
キラは呆れて「拠点に一度戻る。」と言って群生地を離れた。
銀色のスライムは某ゲームの"はぐれメタル"に酷似していた。
外見から動きは遅いと思ったのだが、驚くほどの俊敏性で移動をしている。
そう言えば、あのゲームのキャラも逃げ足が速かったな。と思いながら待機拠点に戻った。
「ご主人様。ご無事で何よりです。」
「キラさん!?銀色の魔物がいるのです!!」
出迎えをした二人に経緯を説明する。
偽の葉の群生地にスライムの集団を発見したので、背後から仕掛けて滅殺したこと。
その集団は、この銀色スライムを一斉に襲っていたこと。
このスライムは物理や魔法には非常に耐性が高いが、スライムの酸液には弱いということ。
ピンチを救助された恩義に報うため、キラに協力すると言っていること。
そしてハチが勝手に承諾して配下にしたこと。
「……てな訳で、流れでコイツも仲間となる事になった。」
「コイツの名前は、そのまんまの[メタル]でいいや。」
"…!"
「私はアリスと申します。ご主人様の従者です。メタルさん、これから宜しくお願い致します。」
各自がメタルと挨拶をして、待機拠点で休息をした。
「キラさん。それだけのスライムを討伐したなら"魔石"が沢山取れたのです?」
軽食を取りながらユウがキラに質問をする。
「魔石?1つも無いけど?」
「なぜなのです?」
「飛び散って蒸発したからだ。何も残ってない。」
「??」
「何か変なことを言ったか?」
「飛び散るとは?」
「ん?言葉のままだ。」
「でも核は残っているんですよね?」
「核?そんな物あったかな?」
「スライムなどの魔物には体内に核があって、それが弱点でもあり魔石ともなるのです。核を粉々にすれば残らないのですけど…」
「じゃあ粉々になって残ってないじゃないのか?」
ユウが魔石の事を執拗に言うので理由を聞くと、魔石は魔道具や薬などの様々な材料になるらしい。
スライムの魔石に希少性が無いが、それでも売買が可能で勿体無い。とのことだった。
次から「取れれば試す。」とだけ伝え、スライムを基準に"気配察知"を行った。
すると、森林に数多くの気配を感じた。メビウスの森より相当数の魔物が生息していると思われる。
休息を終えたキラは、アリスとユウをクロに乗せ、再び森林に入った。
スライムを討伐して魔力存在を理解出来たので、さっさと素材の採取に向かう。
ハチに薬草を探すように指示して、カラスには飛び回ってルコの実を探すように言った。
ハチの誘導で少し歩くと葉の群生地に着く。ハチが指示してサルが薬草を摘む。キラもパン工場で鍛えた眼力で次々と薬草を見つけ出す。
「す、凄いのです。適当に摘んでるように見えて、それ全部が薬草なのです。」
ユウが興奮して小躍りしている。
カラスの誘導でルコの実も採取したので、トシバの村へ戻る事にした。
帰路に着き、街道を進む。前回の野営地で一泊して無事に村まであと少しの所だった。
「何か来る!」
キラ、ハチ、サル、カラス、クロが異常な気配に反応する。メタルは"プルプル"していた。
クロが同行して初めての魔物との遭遇だった。
カラスが荷台に飛んで入ってきた。酷く怯えている様子だった。
ふとハチとサルを見ると彼らも荷台で怯えている。尋常ではない魔力の気配にメビウスの森で感じた池のヌシを思い出した。キラは近づいてくる気配の、その速度に本能的な危険を感じて馬車を脇に停車させる。御者台から降りてアリスに荷台へ隠れるように指示した。
黒蔦鞭を握りしめ、クロと並び立つ。
「来るぞ…」
気配の方を見ると上空に大きな翼を持つ魔物が飛行していた。
「飛竜か…?」
キラはその姿をみて血も凍るほどの恐怖を感じた。
逃げ切る事が叶わないと理解したキラは覚悟を決める。
飛竜が姿形をハッキリと視認出来る距離にまで近付いてきた。
ブレスなど放たれると一巻の終わりだ。と思いながら黒蔦鞭を"ギュッ"と握りしめ、持ち得る全ての魔力を注ごうとしたとの時…
飛竜は頭上を通過して飛び去って行った。