勇者との遭遇
「おはようございます。ご主人様。」
「ああ。おはよう。アリス。」
軽く食事を済まし、カラスに周囲の警戒状況を聞く。
街までは、あと2日ほどの距離だ。
"カァカカカァ"
「また前方に武装した複数人影が?」
"カァカァ"
「徒歩で4人なのか。キラキラとした装備をしているって?」
キラは野盗では無く、騎士団か何かだと思った。
クロは新しい眼帯のお陰で、ほぼ威圧を抑えられる。
ハチとサルは街道から離れた草むらに隠れさせる。
見つからない限りは問題が無いと考え、そのまま着いてくるように指示をした。
「よし。出発をするか。前方から誰かが来るが新天地を求めた旅人としてやり過ごそう。」
「はい。ご主人様。」
野営を片付けて街へ向けて出発する。
常にハチとサルの居場所を気配察知で確認する。
小川沿いの街道を少し走ると前方に高校生ぐらいの4名の集団を発見した。
「アリス。来たぞ。」
キラはドキドキしならがら、その集団とすれ違おうとしたその時…
「おい。そこのお前。」
先頭の背が高い黒髪黒目のイケメンに声を掛けられた。
アリスは馬車を停止させ、キラは受け答えをした。
「はい。なんでしょうか?」
「お前らはどこへ向かっているんだ?」
キラは少し高圧的な態度に"カチン"と来たが、冷静に回答をした。
「私達は、この先の街に向かっております。」
「お前は向こうから来たな。この先にはシラカ村がある。魔族が出現したとの情報が街に入った。何か知らないか?」
キラは"ドキッ"とした。恐らくアリスの一件なのだろう。
「いえ。私達はグンマー村の者です。新天地を求めて旅をしております。」
すると魔法使いらしき茶髪の女性が話し掛けてきた。
「群馬?」
「え?」
「え?」
一瞬の沈黙が流れた。
「いえ。グンマー村です。」
「ああ、そうなのね。てか、光輝、コイツら怪しくない?」
茶髪の女性は、語尾を上げる"イラッ"とする喋り方だった。
「真奈美、それは俺が調べる。浩二、周囲を警戒してくれ。小百合は後方で支援体制を取ってくれ。」
浩二と呼ばれた戦士風の男と小百合と呼ばれた僧侶らしき女が光輝の指示で動いた。
あぁ…。コイツも日本からの転移者だと思い、俺も同じだと告げようとしたその時…。
「隣国で魔王となるべく存在が異世界召喚された。恐らく同じ日本人だろう。お前は黒髪黒目で怪しい。少し調べさせてもらうぞ。」
光輝と呼ばれた男から爆弾発言を放り込まれた。
「えっ…。私が怪しいのでしょうか?あなた達は何者なのでしょうか?」
キラは平静を装い光輝に質問をする。
「俺達は"キスリト神教会"に召喚された。ロトンの末裔となる勇者だ。この世界"アフレガルド"を救うためにな。」
微妙に聞き覚えのある単語が何個か飛び出したが、まあ気のせいだろう。
「そこの怪しい仮面のお前、降りて外套と仮面を取れ!」
光輝が最初にアリスへ目を付けた。
キラが咄嗟に光輝へ話し掛ける。
「お待ちください。勇者様。彼女は全身の火傷が酷く、傷を隠すために仮面と外套を付けております。外すのは構いませんが、先にそれを承知して頂きたいのですが。」
「火傷の傷だと?そんな物は見れば判る。ごちゃごちゃ言わずに早く取れ!」
傍若無人な振る舞いに少し溜息を吐きながら、アリスを見てコクンと頷く。
アリスが御者台から降りて、外套と仮面を外した。
「うげぇぇ…」
「きゃー!」
「おえぇ…」
「き、気持ち悪い…」
4人はアリスを見て悲鳴を上げる。
すると光輝が叫び出した。
「"ゾンビ"だ!戦闘態勢を取れ!みんな、コイツを討伐するぞ!」
すかさずキラが叫ぶ。
「お待ちください!彼女は火傷の傷が酷いと申し上げたはずです。魔物ではありません。」
「うるさい!どう見てもコイツは"ゾンビ"だ!お前…こんな気持ち悪い者を平気で連れ回すって事は、魔族だな!」
「彼女は人間です!あなた達は無実の善良な人を殺すのですか!」
キラは必死に説得を試みる。
「俺達は勇者だ。この世界を救うために行動している。俺は神の承認を受けた正義の執行者なんだよ!」
「そうよ。こんな醜い生き物は人間じゃ無いわ。アタシの魔法で焼いてあげる!」
「"ゾンビ"などオレの斧で真っ二つにしてやる。」
「私はこの魔族の"ステータス"を鑑定します!」
なんて青臭いのだろうか…。
キラとアリスは勇者の一行と対峙して襲われそうになっていた。
「ちょっと待って!」
僧侶の小百合が叫んだ。
「この魔族…ステータスが…そんな…いえ、私の鑑定は"伝説級"の書を媒体に発動しているのよ!」
「どうした!小百合!」
光輝が小百合に何事かと聞く。
「あの男のステータスが異常なの!」
「どんな異常なんだ!」
キラは、やはり自身のステータスは存在したのか。と警戒を解かずに彼らの話を聞く。
「ステータスに…」
………
……
…
「"辻"って名前しか無いの!!」
「なんだと!」
「鑑定阻害の魔法か…斧の必撃には意味を成さない。」
「そんなの焼いてしまえば関係無いわよ!」
思わずキラも声を出した。
「えぇぇ…ステータスが辻だけって……。」
小百合が鑑定したキラのステータスウィンドウは
中央に大きく【辻】と書いていた。
4人が一斉にキラを見る。
「やはりお前が召喚された魔王だな。覚悟しろ!!」
光輝が剣を抜いて叫び声を上げる。
キラは、もう無理だと感じてクロに寄り眼帯を外した。
「アリス目と耳を塞げ!クロ!思いっきりアイツを威圧してくれぇぇ!!」
するとクロは、目を真っ赤に光らせ牙を剥き、強烈に剥き吠えた。
"ゴギャァァァァァァ!!"
勇者の4人は威圧に吹き飛ばされ、全員が泡を吹いて失神した。
馬車の幌からボトッと音がした。カラスが威圧を受け、失神して幌に墜落した。
アリスが大小を漏らしながら泡を吹いて失神した。
「やったか?」
勇者に恐る恐ると近付くキラ。
全員倒れて失神している。
「うっ...臭せぇ。コイツ糞まで漏らしてやがる。」
光輝を"コツンコツン"蹴り、失神している事を確認して剣と鞘を奪った。
「安全のために他の武器も奪うか…」
戦士である浩二の斧も奪った。
魔法使いの真奈美が握っていた杖も奪った。
僧侶の小百合が持っていた伝説の書も奪ってやった。
「ふむ。武装解除させたからこれで一安心だな。」
倒れたアリスを荷台に乗せて、カラスも幌から下ろし荷台に乗せる。
街道横の草むらに潜んでいたハチとサルも失神していた。
彼らも荷台に乗せてキラは出発しようとした時、ふと思いついた。
「まだイラつきが治まらない。特にスカした糞イケメンに腹が立つな。」
キラはブツブツと言いながら、御者台を降りて光輝に近づく。
そして光輝の防具を外してズボンと下着を膝まで脱がせた。
「クックックッ…。誰が最初に目覚めるかな…。」
悪魔のような笑みを浮かべてキラはその場を去った。
─━─━
「うぅ……。俺は魔王に倒されたのか?」
光輝が目を覚ました。
周囲をみると真奈美も浩二も小百合も無事なようだ。
彼女達の様子と自分の装備に違和感を覚える。
「なっ!!」
下半身に布が掛けられていた。
布を取るとズボンが膝まで下げられていた。そして大変な物を漏らしていた。
「くっ…魔王め…許さん…」
光輝は小川で下着とズボンを洗いながらキラの討伐を誓う。
「お前達は…その…どうだったんだ?」
洗濯を終えた光輝が、やんわり浩二達に聞いた。
「いや…。その、なんだ。気にするな。」
「そうよ。魔王のブレスを受けて生き延びただけでもアタシ達は凄いわ。うん。」
「私も光輝さんの勇者の力(笑)に感動しております。」
3人とも目を伏せ、プルプルと震えながら答える。
「ぐっ…俺だけなのか…。」
3人は小だけだったので、既に話し合って無かった事にしていた。
装備を整えた光輝は、出発のために武器を探す。
「なあ、俺のロトンの聖剣を知らないか?」
誰も何も答えなかった。
「おい浩二、お前の破壊神の斧はどうした?」
浩二は無言を貫く。
「なあ真奈美、神樹の杖は?」
彼女も無言だった。
「小百合、祝福の書はどうした?」
小百合も答えない。
「おい…。まさか…。」
「魔王ぉぉぉぉぉぉ!!!!」
光輝の叫び声が街道に響き渡った。
─━─━
光輝達は仮の武器を購入するために街に向かった。
「おい。武器を取り戻さないと王都に戻れないぞ。どうするんだ。」
光輝はイラつきならが真奈美と話す。
「知らないわよ!アンタがアイツを調べるって言ったんだから。アンタのせいよ!」
浩二が真奈美を諭すように話した。
「皆の"伝説の武器"は王国から貸与されたものだ。それを奪われた責任は全員にある。」
小百合が深刻な表情で光輝に伝えた。
「私の魔法は、あの"伝説級"の祝福の書を媒体として発動します。アレが無いと術は使えません…。」
「アタシの魔法だって杖を介して増幅しているのよ!アレが無いと生活魔法レベルの威力しか出ないわよ!」
光輝が皆に落ち着くように言った。
「まあ待て。あの"伝説の武器"は誰にでも使える物じゃない。俺達は適性が有るから召喚されたんだ。奪ったところで無用の長物だ。だから、まずは取り戻す事を考えようじゃないか。」
「それにアイツらも"レグザの街"に向かうと言っていた。仮でも何でも武器を整えて手分けして街中を探すぞ。」
「おう!」
「うん!」
「はい!」
勇者一行は速足でレグザの街へと向かった。
─━─━
キラは御者にも慣れてきた。
勇者との距離を稼ぐため、休まず街道を進む。
日が暮れた頃にアリスが目覚めた。
「ご主人様…。また失態を晒し申し訳ございません…。」
「いいよ。今回はクロに強めの威圧をお願いしたんだ。アリスじゃ耐えられないから仕方が無い。」
「はい…あの…。」
「ん?どうした?」
「少し馬車を停めて頂く事は可能でしょうか?」
「なんで?」
「その…下半身が色々と大変な状態なので…」
「あっ!ごめん。急いでたので忘れてた。直ぐに停車するよ。」
馬車を小脇に停めた。
日も暮れだしたのでシラカの村で購入したランプに火を灯す。
アリスは街道沿いの小川に降り、キラも後に続く。
「あの…ご主人様?」
「ん?暗いと危ないし見えないだろ?一緒に行くよ。」
キラは鼻息が荒くなっていた。
「はい…」
アリスが下着と衣服を洗濯する。
キラが身体を洗うのを手伝おうか?
とアリスに言ったが、汚れていない時にお願いします。と断られた。
馬車に乗り込み、再び出発する。
今夜は野営をせず、夜通し走ることにした。
勇者一行に立ち向かう戦力も人を倒す勇気も無い。
だから逃げるが勝ちだ。
幸い、今夜は月明かりでギリギリ街道を走れそうだ。
キラは予定していた街には寄らず、王都の方角へ向かう事にした。
─━─━
「ここまで来れば大丈夫だろう。」
アリスと交代で夜通し走り続けた。互いに疲れも限界に達したので、休息を取る事にする。
キラは野営の準備をしながら今後の事を考える。ハチ達と一緒に街や村で暮らすことは出来ない。彼らはキラと通じ合えるとは言え魔物だ。アリスと同じように普通の人は、魔物と意思の疎通など無理だろう。
人里から少し離れた場所に家を建て、アリスとハチ達と一緒にのんびり暮らそうと考えた。
アリスに一緒に暮らそうと伝えたら、彼女は嬉しそうに快諾してくれた。
食事を終え、キラは勇者達から奪った武器を見る。
剣を握り近くの木を切りつけるが、まったく切れない。せめて斧で木ぐらいは切り倒せるだろうと試みるが石斧以下の切れ味だった。
「なんだこれ?ゴミ装備か?使い物にならねぇな。」
「ご主人様。王国には勇者様のみが扱える"伝説の装備"が存在すると聞いたことがあります。その昔、魔王を倒した由緒ある装備なのだとか。」
「これが?見た目は豪華だけど鈍ら装備だな。俺が使えないだけなのか?」
「恐らくその可能性が高いと思われます。彼らが本当に王国の勇者なら。」
「ふーん。なんかムカつくな。絶対に返してやらない。」
キラはゴミを扱うように馬車の保管箱へ勇者の武器を放り込んだ。
馬車に収納しているが、捨てるには忍びなくて石斧と石ナイフは持ってきた。
転移して間もない頃からこの石の道具には非常に世話になった。
今はシラカ村で購入した短剣を腰に装備している。使った事は無いが。
─━─━
街道を進んで数日後、大きな村が見えた。
シラカ村の3倍ほどで、街と言える規模だった。
その村にキラは一人で情報収集に向かう事にした。
皆は村から離れた雑木林で待機させた。
アリスに心配されたが、一人の方が身軽で何かと誤魔化せると言って安心させた。
キラは背嚢に少しの食料と皮水筒、そして薬草とルコの実を詰めて徒歩で村へ向かった。
「おい。そこの兄ちゃん。見ない顔だな?何しに来たんだ?」
村の門番と思われる若い男性に声を掛けられた。
「旅人です。食料や素材の売却に寄りました。」
「どこから来たんだ?」
「シラカ村やタンニ村のずっと奥地にある、グンマー村から来ました。」
「グンマー村?聞いたこと無いな?」
「あはは。秘境と呼ばれる事もある奥地の小さな田舎村ですからね。」
「そうか。身分証は持ってるか?」
「いえ。村には何も無かったので…。」
「どこかのギルドには所属してないのか?」
「村にはギルドもありませんでした。」
「じゃあ、入村税を徴収することになる。銅貨5枚だ。」
入村税を支払っても、キラの残金は金貨30枚と銅貨5枚。十分な所持金だった。
税を支払って入村する。この村は"トシバの村"と言うらしい。
500人以上は住んでいるらしい。村にしては相当な規模だと思う。
中を見渡すと木造建築物が多い。だが石作りやレンガ造りなどの商店もある。
道は石材で舗装され、村の外壁は木造ながら魔物を寄せ付けない堅牢な感じがする。
色々と物珍しくキョロキョロとしていると、小さな男の子が寄ってきた。
「兄ちゃん。どこに行きたいの?」
「ん?薬屋かギルドに行きたいんだけど。」
「どっちのギルド?」
「どんなギルドがあるんだ?」
「兄ちゃん、何も知らないんだな。ギルドって言えば"冒険者ギルド"か"商業ギルド"しか無いよ。」
「ああ、そうなのか。冒険者ギルドの場所は知ってるか?」
「案内するよ!」
小さな男の子の案内で"冒険者ギルド"に到着した。途中で薬屋を通ったので後で寄ろうと思う。
「ありがとう。助かったよ。」
男の子が手を出して立っている。
「ああ、チップか。これでいいかい?」
キラは銅貨1枚を渡すと、男の子はどこかに走って行った。