思ったのと違う
主人公の名前は「辻アキラ」25歳の独身男性。
今まで彼女が出来た事が無く、そして友人も居ない。
父親は小学校の時に離婚してから会っていない。所在も分からない。
母親は、俺が14歳の時に体を壊して亡くなった。
親戚はおらず、頼れる大人は居なかった。
母親が無くなってから、僅かな貯金と新聞配達で生活費を稼いだ。
大家に事情を説明して「ちゃんと家賃を払うからアパートに住まわせて欲しい」と懇願した。
滞納すればすぐに追い出すと言われながらも、何とか住居は確保出来た。
中学を卒業して、下の中ぐらいの公立高校に入学した。
生活のために毎日夕方から夜までアルバイトをして生活費を稼いだ。
学校生活は、クラスの女子と会話も無く、友人と呼べるほどの関係も作れず、休憩時間は寝て過ごした。
特に目立つ訳でもないので虐められることも無かったが、青春と呼べる思い出は何も無かった。
アルバイト先は、高校近くのヤザマキのパン工場。
ライン管理の社員から就職を勧められていたので、高校を卒業して工場に就職した。
地元しか流通していない中小規模のパン会社だ。
俺の担当は、コッペパンの不良品を除く業務を担当している。
ラインが自動化されていないため、目視で欠損のあるパンを弾く。
この仕事を高校アルバイト時代から現在まで、9年も担当している。
毎日何千というコッペパンを見つめては、商品にならないパンを弾く。
15時の休憩時にライン長が「帰りに大事な話があるので事務所へ寄って欲しい。」と言ってきた。
「なんだろう。俺もついにコッペパンを配置する業務に昇格するのか。」
俺は17時の終業までドキドキしながら、テンション高めで不良品を弾いた。
コンコン
「失礼します。辻です。ライン長は居られますか?」
カウンター横の事務員にそう伝えて、入り口で待機する。
しばらくして会議室からライン長が出てきて、打ち合わせテーブルへ誘導された。
「時間を取らせて申し訳ない。君の進退について大事な話があるんだ。」
ついに来た!俺も弾く係から配置の係へ昇格だ!
俺は無関心を装いながらもドキドキしていた。
「はい。どんなお話でしょうか?」
「今も役員と経営会議を行っていてね、この会社は現在大きな転換期なんだよ。
時代に遅れ、収益が思うように上がらず、コスト削減と大きな投資が必要なんだ。
君の担当している検品ラインなんだが自動化システムを導入する事になった。
非常に申し訳無いが、今月で退職して欲しい。もちろん、解雇手当は支給する。
それも3か月分と退職金を少し上乗せをしようじゃないか。」
「は?」
俺はライン長が何を言っているのか直ぐには理解出来なかった。
昇進の話じゃないのか?自動化システムを導入したからリストラ?
ライン長が少しムッした表情で話した。
「突然の事で動揺するのはわかる。
しかし、来月にはシステムが導入されて君の担当業務は無くなるんだよ。
アルバイト時代から君の勤務態度を見ていたが、配置転換が困難だと結論付けた。
少し強引だが今月の締め20日で退職となる。」
俺は頭が真っ白になり、そのまま事務室から退出した。
ショックで工場から家までの記憶が無い。
アパートに着いて、ライン長の言葉を思いだす。ムカムカする。
解雇予告手当と退職金が出るので、当面は生活が可能だろう。
しかし、数か月で生活費が底を尽く。
1週間ぐらいのんびりしてからハローワークにでも行こうか、それとも求人誌で適当に職を探すか...
そう言えば、もうすぐ「ヤザマキ春のパン祭り」が行われる。
それに合わせて会社は、自動化などの投資を行ったのか。
俺の解雇はずいぶん前から決まっていたんだろうなぁ...
などと色々考えていたが、愚痴を言う相手も居ないので食事を買いに行くことにした。
─━─━
アパートから徒歩10分のところにコンビニ「ローンソ」がある。
大好物の「からあげちゃん」と「スットロングチューハイ」を買って帰ろう。
コンビニを出た時、DQNな少年達が店前でたむろしていた。
「おぉ...怖っ!空気になって通り過ぎよう。」
少年達が騒いでいる。
「おい。腹へったべ。おめぇ店から何か盗ってこいよ。」
「あぁん?てめぇが行けよ!!」
「チッ。しゃーねーな。ん?あの暗そうな奴の袋を盗るべw」
「おおw面白いじゃん!バイクで行って来いよw」
"ブルンブルン"
少年はバイクに跨りエンジンを始動した。
そしてアキラに向かって走り出す。
「うわぁ。なんかコッチ来た。逃げよう...」
アキラは速足でコンビニ駐車場を出ようとする。しかしバイクの音が凄い勢いで近づいてくる。
「ひゃっはーー。ここから逃がさねぇぜ!!」
少年は叫びながらバイクでアキラの荷物を奪おうとしたその時...
(コイツらヤバイ。バイクにひかれる)
背後にバイクの気配を感じたので恐怖のあまりアキラは横に飛び退く。
「ちょっ!!あぶねぇ!!」少年は咄嗟に叫んだ。
アキラは避けたつもりだったが、自らバイクに飛び込みはねられる。
「ぐぇぇ...」
"ゴキン"と背中から嫌な音を感じた。それと同時に強烈な痛みと母との思い出が走馬灯のように浮かんできた。
そして意識が遠のく中で少年達の叫び声が聞こえた。
それが最後に聞こえた音だった。
─━─━
「んばっ!!! いてぇぇぇ.ぇ.ぇ...? あれ?」
「なにこれ?というかココはどこ?? 私は誰?? いや、それは覚えてる。
さっきコンビニでバイクにひかれた。死後の世界??」
アキラは辺りを見渡すと草原と森の境界付近にある大きな木の下に居た。
前方は牧草に似た草原と舗装されていない土の道、そして背後にはファンタージ世界のような幻想的な森。
「えっと、体に痛みは無い。荷物は...何も無い。服は着ているがサンダルもなく裸足って...」
服装はコンビニに行くため、ジーンズ・白無地Tシャツ・紺のパーカーだった。
アキラは途方に暮れて、大きな木の下に座り込んでしまった。
「裸足じゃ歩けないし、財布もスマホも無い。誰かが通るまで待つしかないのかなぁ。」
一人で多くの時間を過ごしたせいか、独り言が多い。
太陽の位置から、何となく現在は昼過ぎだろうと予想した。暫くまてば前方の土の道を誰かが通る。
事情を話して警察などの公共機関に連れて行ってもらおうと考えた。
─━─━
「誰も通らない...どうしよう...このまま、この場所で夜を明かすのも怖いしなぁ。」
太陽は沈み、夕暮れとなる。訳の分からない現状に加えて、見知らぬ場所が不安を増大させる。
日が暮れた。辺りは真っ暗となる。曇りのせいかほんのりとした月明かりが周囲を照らす。
背後の森から動物と思わしき鳴き声が聞こえる。
"ホーー、ホーー"
"グゲッ、グゲゲッゲッ"
「このままだと危険な気がする。夜行性の動物に襲われると大変なことになりそう。」
アキラは立ち上がり、大きな木に昇り安全を確保しようと考えた。
幸い気温は春先の様な熱くなく寒くない環境なので、取り急ぎ木に登り夜を過ごすことにした。
「これって異世界に転移したのかな?ラノベで読んだ展開に凄く酷似している。」
彼はネット掲示板も好きなのだが、無料で読めるラノベサイトも大好きだった。
恐怖を紛らわすため、思考を妄想の世界に切り替える。
「よし。異世界転移ならステータスとか魔法があるはずだ。それに転移者はチート持ちのはず。」
「ステータス!」
アキラは枝の上で叫んだ。
………
「ステータスオープン!」
……
「ファイヤー!ウォーター!」
…
しかし何も起きなかった。
今日は調子が悪いんだと思い、パーカーで幹に体を結んで眠ることにした。
─━─━
無事に夜が明けた。周囲が明るくなり暗闇の恐怖からは逃れられる。それだけでも十分に助かったと感じた。
昨日の昼から何も食べてない。喉も乾いた。遭難したときは水の確保が最優先だと聞いたことがある。
昼まで誰かが通るのを待って、駄目なら歩けるように足の保護をできるような物を探しに行こう。
昼過ぎと思われる時間まで大きな木の下で誰かが通るのを待ったが、誰も通らなかった。
朝に決めたように水場を求めてここから移動することする。
目前の草原には、足の保護をおこなえるような植物などは見当たらない。
仕方が無く背後の森に入ることにした。
「そんなに深く入らなければ大丈夫だ。そう大丈夫。草原との境界が見える範囲だけで探そう。」
森に入ってすぐに木に絡んだ蔦のような植物を見つけた。直径は1cm程度なので紐として使えそうだ。
足の裏が痛い。恐らく石などで切れて出血しているかもしれない。だが今は無理をしてでも蔦を入手するべきだ。
"ブチブチブチッ!"
蔦を引っ張り木から剥す。先端は落ちてきたが根本を千切ることが出来ない。
刃物が必要だ。だが何も持ってはいない。代用可能な物が落ちて無いか周囲を見渡す。
石は沢山落ちている。石を石をぶつけてナイフっぽい物を作ろうと考えた。
"ガンッ!ガンッ!"
何度か石を割り鋭利な部位を探す。
「これなら切れそうだ。」
薄い半月状になった破片とドリルのように尖った破片を拾い、蔦の根本を切断する。少し苦労したが約5mほどの蔦を入手することが出来た。
あとは木の板と肉厚のある葉っぱがあればサンダルもどきが作れそうだ。
「しかし喉が渇いた。このままだと脱水症状になりそうだ。」
蔦を丸めて腕を通し肩でかついた。足が痛くてまともに歩けない。水場なんて探せるのだろうかと不安になっていると、黄色い2cm程度の木の実が付いた背の低い木を見つけた。
「ゴクリ...。食べられるかな...。」
喉の渇きと空腹のせいなのか、目の前の木の実が食べられる気がした。
5個ほど黄色い木の実を採る。
「少しかじって、口内が痺れなければ食べられるはず。何かでそう読んだ気がする。」
覚悟を決めて黄色い木の実を一つかじる。
"ぶにゅん"
食感は塩っ気の無い鼻水に苦い皮が付いた感じだった。
「まずい」
しかし水分含有量が多そうなので食べられるなら非常に有難い。
そして直ぐには飲み込まず、痺れや異常が出ないか待ってみる。
15分ほどだろうか、口内に異常を感じなかったので覚悟を決めて飲み込む。これが遅効性の毒物を含んでいたら最悪は死ぬだろうが、このまま何もしなければ似たようなものだと自分に言い聞かせた。
食べられると決め込んで、黄色い木の実を何個も食べる。味は特に無いが食感が気持ち悪い。
水分補給と腹の足しになればと思い、何個も何個も木のみを食べた。
水が欲しい事には変わりは無いが、先ほどより喉の渇きは軽減されたと思う。
再びサンダルの代わりになる材料を探した。朽ち果てた木の枝を何本か拾う。持っていた蔦を割いて細くて長い繊維にして扱いやすい紐にする。
半月状の石で形を整え、割いた蔦の紐でぐるぐる巻きにした。
足の指はビーチサンダルみたいに通せるようにした。踵は紐で結べるようにした。
「うん。無いよりマシだ。なんとか歩ける。」
ふと辺りをみると日が落ち、夕暮れ近くなっていた。
履物っぽい物を入手したアキラは、可能な限り黄色い木の実をポケットに詰め込んで夜を明かした大きな木へ向かう。
今夜も昨晩と同様に過ごすためだ。