ワトレ空港
バーザス。
ワトレ空港。
枠沢は入国手続きを済ませ
空港内のロビーに立った。
リドニテスの薬は特殊な方法で持ち込んだ。
過去何度もバーザスへは来ているため
迷う事もない。
タクシー乗り場へと足をむけた。
「先生。
枠沢先生じゃありませんか」
その時
聞き慣れない声が後ろからした。
海外で気軽に声をかけられた場合
気を付けなければならない。
それに今は時間が。
そのまま知らぬ顔で行こうとしたが。
「やはり枠沢先生だ。
玄希大学の枠沢先生でしょう」
スーツケースにも何にも、
自分の名や身分を示すようなものは
つけていない。
パスポートを横から
のぞき見されたわけでもなさそうだ。
という事は。
見ると日本人の男女。
「誰?でした」
見た事もない二人だった。
「アッ!
これは失礼しました。
私どもは○○テレビのスタッフです。
先生にはいつもお世話になっております」
「○○テレビ」
枠沢はテレビ番組には数多く出演している。
その関係の知り合いも多い。
しかし
この二人は初顔である。
差し出された名刺を見ても記憶にない。
記憶力はすこぶるいいはずなのに。
まあとにかく
いつも出させてもらっている
テレビ局の者となると、
そう無碍にもあつかえないか。
「御刀さんに
季沢さん」
わからない。
「いやですねえ、先生。
先生の出ていらした番組のスタッフですよ。
お忘れですか」
男の方が。
「そうだったかね。
いや-----。
それは失礼した。
それでここへはどうして」
適当に話を合わせておく。
「もちろん。
例の怪獣騒ぎの件ですよ。
先生も」
手には業務用のビデオカメラを持っている。
「ああ-----私は。
まあ、そんなものだ。
何かいい情報が入ったらよろしく頼むよ。
そこのホテルに泊まっているから。
じゃあ」
あいさつもそこそこにタクシーへ乗り込んだ。
二人は何か言っていたが
そのままタクシーはスタートした。
クルール市へ行くように言ったが
市内へは入れないらしい。
取り合えず行ける所まで行くように指示したが
何の収穫もなかった。
そのまま。
モンロー・スタールの自宅へと向かった。
日本から電話した時には
相当あわてていたようだ。
とにかくすぐ来て欲しいと言っていた。
電話で話せる内容ではないか。
大金持ちの邸宅といったふぜいの
お屋敷が見えてきた。
豪華な門の前でタクシーを降りる。
インターフォンを押すと
間をおかず、中から人が出て来た。
邸内へ通される。
「スタール様は今、来客中です。
先生が来られましたら、
すぐお通しするように申し付けられております」
「客?いったい誰」
この執事の顔は以前から知っている。
枠沢が留学中に
何度もモンローのこの邸宅には足を運び
顔見知りだった。
「いえ、日本のテレビ局の方とかで。
初めてのお客様です。
それ以上は-----私には」
「日本のテレビ局」
嫌な予感が。
部屋へ通される。
そこにはあの二人がいた。
「君たちは」
空港で会ったあの二人。
「枠沢先生。
先ほどはどうも」
二人は腰を上げた。
「知り合いか」
モンローが枠沢に気やすく。
「いや」
枠沢は目で合図を。
モンローもそれで察したようだ。
「テレビ局の人がどうしてここへ」枠沢。
「先生こそ。どうして」御刀哲斗。
それにはスタールが答えた。
「いや。私たちは
枠沢が玄希大学の助手時代からの親友でね。
まあ、ライバルといったところか。
枠沢が大学の助手当時
ここのローク大学へ留学していてね。
私はその時
同じ研究室にいた助手仲間というわけだよ。
こいつにだけは負けたくなくてね。
私も必死だったよ。
しかし枠沢は。
他の者には負けた事のなかった私が
どうしても枠沢だけには。
しかし。
いや-----
もう十数年にもなるかな」モンロー。
「そのくらいになるな」枠沢も。
「そうでしたか」御刀。
「それで-----どうしてここへ」季沢シオリ。
「いや-----。
それは」枠沢。言ったものかどうか。
モンローを。
「それは。
もちろん例の怪獣騒ぎだよ。
こんなことでもなければ。
ここ数年
お互いに忙しくて。
枠沢の奴。
メール一本よこさん」ニヤリと。
「それはお互い様だろう」枠沢も。
「それが、あの怪獣騒ぎだ。
それでワシに意見を求めてきた。
そういうわけだ」
「そうでしたか」
シオリも納得したようだ。
「君たちはどうしてここへ」枠沢。
「私たち。私たちは」御刀哲斗。
「誰かが流したようだ。
インターネットで。
あの怪獣を造ったのは私だって話をね。
もちろんデマだが」
モンローが代わって答えた。
「インターネット。
いったい誰が
そんなデマを。
それで君たちが」
枠沢も納得したよう。
「はい。それでスタール先生にお話を」
「内容が他のものに比べ
非常に具体的でしたので」
「今、あの怪獣を造ったのは私じゃない。
それを説明していたところだよ」
スタールは今はある事件がきっかけで
国立のローク大学をやめ、
別の大学-----パース大学で教授を続けるかたわら
個人でも研究を行っている。
もともと資産家だった上に
何人かの同調者もいるらしい。
風のウワサで聞いた話だ。
「それで理解してもらったようだ」
二人の男女は首を縦に
「それに
こう言ってはなんだが、
そういうデマはインターネットを通じて
世界中を何千本も流れているしね」スタール。
「と、言うと」
枠沢が不安な表情をしているのを見てか
「いや。
あそこの誰が造った。
いや、私が造った。
そういうデマばかりだよ。
有名な学者の名は全て出ているしね。
故人も含めて。
こったのになると
あの怪物の遺伝子配列の一部だといって
遺伝子の構造まで載せているのもあるよ。
見てみるか」
モンローはコンピューターを。
次々にその手の情報が。
「私の名まで出ている」枠沢も。
「君たちもこれを」
枠沢は哲斗たちを。
「はい。枠沢先生のものも」
「ですから
お二人一緒なら好都合かと」
シオリが。
「しかし-----数が多いね。
もっともらしいのもあれば
全くお話にならんのも」枠沢。
「それで-----我々も
これはと思うところを」
「ここが終われば次は」シオリ。
これからバーザス国内の十数か所をまわるらしい。
ご苦労な事だ。
「なるほど」
“そういう事か”
枠沢も一安心。
「それで、今度はあの怪獣についてのご意見を。
それと
ついでと言っては失礼ですが。
先生の研究についても御教授願えればと
今交渉を。
私どもも手ぶらでは-----帰れませんし」哲斗。
「せっかくバーザスまで来て」シオリ。
「リドニテスと言うそうですね。
先生方の研究なさっていたモノは。
以前テレビアニメでやっていたヒーローの名を
そのまま付けたそうで」哲斗。
「リドニテス。
その事まで」枠沢。
動揺を隠せない。
二人はそれを見逃さなかった。
「インターネットでそれも流れたようだ。
しかしあんなものはただの思い付きにしかすぎんし。
イヤ。スマン。
実際にできるわけもないしね。
今はもうやっとらんよ」モンロー。
「それはお聞きしましたが」シオリ。
実際にはインターネットではなく
匿名の投書が届けられたのだが。
それを言うのは。
「いったい誰が。
そんなデマを」枠沢。
「これから大学の私の研究室へ案内するところまで
話が進んでいたところだ」
「いえ。先生。
大学の方よりも
先生の私設の研究所の方を」哲斗。
「私の」スタール。
「はい。
インターネットでは-----
そちらの方だと。
そうなっていましたので」
枠沢も気が気ではない。
「いいですよ」
スタールは枠沢の不安をよそにあっさりと。
「そうですか。
それでは」
哲斗とシオリは表情を輝かせた。
「これからすぐに」枠沢。
「そう。
君も来るだろう」スタール。
枠沢は二人をジロリと。
「どうする」モンロー。
「もちろん。
私に異存はないが。
例の-----」
「その件は後だ」
スタールは皆まで言わせなかった。
四人はスタールが用意した自動車で研究所へ。
スタールが個人的に造った研究所だ。
バーザス国内でも
個人でこのようなモノを持っている者は
そういない。
それで疑われたのか。
四人は所内へ。
一階のある研究室のドアを開けた。
「そっちでは遺伝子組み換え。
こっちは構造の解析。
植物から動物、
細菌までいろいろやっているよ」スタール。
哲斗はカメラをまわしている。
「人や
こう言っては何ですが。
恐竜は-----。
どうですか」
シオリが遠慮勝ちに。
スタールはニヤリ。
「人の方は
大学の方で人のゲノムの
機能解析の一環としてやっているが。
恐竜の方はウチでは」
「そうですか」シオリ。
「この装置は、先生」哲斗。
「これ。
これは遺伝子合成装置。
遺伝子の構造を調べて、
ATGCの四つの塩基を
その調べた順序に基づいて注入する事により
遺伝子を合成する」
哲斗はカメラでなめ回すように
「スタール先生」
シオリが例の巨人と怪獣の写真を取り出し
あらたまった口調で口を開いた。
「単刀直入にお聞きします。
先生はこの巨人と怪獣。
どうして出現したとお考えですか。
やはり遺伝子工学で造られたとお考えですか。
先生方のお考えになっておられた
リドニテスとの関係は」
スタールは真顔になった。
「リドニテスか。
まあ、それはおいておいて
怪獣の方だね。
まず第一に
中生代の恐竜時代に生きていた生物とは考えられない。
このような生物の化石など
見た事もないしね。
もっとも恐竜の化石といっても
その当時生きていた全ての種類の生物のモノが
今現在発見されているわけでもないが。
しかし-----このような生き物。
とても恐竜とは思えない。
それに恐竜なら
いくらなんでも戦車砲を受ければ。
まさしく怪獣だね。
大砲の弾が当たっても
ビクともしないのだから。
もう一つはこの巨人の方だよ。
まさか恐竜時代に
このような人型の巨大な生物がいたとは
誰も思わんだろう」
「はい。
それは私たちも。
それに-----なにせ
全身-----金色の
メタリックな巨人ですし」シオリ。
「それに
宇宙人というのも。
インターネットではそういう説もあるようだが。
私は全く信じていない」スタール。
事実
インターネット上ではそのような説も
相・当・多い。
「では
先生は遺伝子工学で造られたものだと」哲斗。
スタールはニガ笑い。
枠沢のほうを。
「そうだ。
と-----言いたい所だが。
見ての通り
現代の科学ではとても。
人型の巨人を造るといっても
現段階では人の遺伝子の機能さえ
よくわかっていないんだから
造ろうにも、どうしようもないよ」
「ですが、クローンは」
シオリが食い下がった。
「それは
クローンはそのまま遺伝子を使えるが、
人を巨大化するとなると
また違った技術が必要になってくるし。
人の大きさというか
身長を決定する遺伝子の因子を発見して、
その構造を解析し
組み換えなければならんし。
それに
このレーザーのような光線。
こんなものどうやって」
モンローは笑いながら
「先生はそのような研究もなさっているとか。
先生の論文は読ませていただきました。
失礼ですが。
この研究室ではそれは行われていないようですが」シオリ。
モンローの事は相当調べてきたらしい。
モンローはニガ笑い。
「枠沢先生は
どうお考えですか」シオリ。
「どう-----とは」枠沢。
「あの巨人。
モンロー博士が造ったとお考えになって
ここに来られたのでは」
枠沢も-----言葉に詰まった。
「それは-----ないよ。
いかに天才スタールでも
あんなもの。
造れるわけもないしね。
ただ-----意見を求めにね。
それと旧交を温めにね」
「そうですか」シオリ。
「とにかく。
どうぞ、こちらへ」モンロー。
別の部屋へ。
哲斗とシオリ。
二人はスタールの案内で所内を見回った。
枠沢も続く。
一通り見回った後。
「これで全部だよ。
納得したかね」
「はい」
一応。二人は引き上げる事にしたようだ。
「先生。あれは?」
研究所から外へ。
シオリは別のものを見つけた。
「あれ」
モンローも少しあわてたよう。
時間を気にしている。
「別棟にも研究所が」哲斗も。
「イヤ、あれは倉庫になっている。
何もないよ。
それでは」
呼んであったタクシーに二人を押し込んだ。
「御用のせつはまた」
スタールはタクシーの発車間際に
二人にそう言った。