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初めての魔物退治とハンターの矜持




「魔物だって?」

おっちゃんの言葉に、眉を顰めつつ振り返る。

「ああそうだ」

鞘から大剣を抜きながら、おっちゃんは事も無げに答えた。

「俺がここに来た目的ってのが、今、こっちに向かっている魔物の討伐ってことだ」

「……もしかして、ハンターってのは、魔物を狩るのが仕事なのか?」

魔物の気配がする方向を見据えるおっちゃんに、俺は何となくそうじゃなかろうか? と思った疑問を投げかける。

するとおっちゃんは目線だけを俺に向けながら、皮肉な笑みを口元に浮かべた。

「まあ、それだけって事ぁ無えけどな。俺たちハンターの最大の目的であることに間違いは無え」

おっちゃんはそこまで言うと、無造作に俺の前に立つ。

「こっから先は俺の仕事だ。坊主は下がって見てな」

無駄にカッコいいセリフと、無駄にデカい背中が俺の視界を塞ぐ。


……“弓の英霊(赤い人)”かっつーの。


「そうかよ。じゃあ、お手並み拝見……って言いたいところだけど、」

唇を尖らせつつ、俺は自らの剣に巻いた皮ベルトを解いていく。

「俺も元の世界じゃ、妖魔相手に斬った張ったやってた人間なんでね。助太刀なんてのは烏滸がましいが、手を出させてもらうぜ?」

「はっ……物好きな坊主だ。ハンターでも無えくせに、魔物退治に首を突っ込むたあな」

解いた皮ベルトを包帯を巻くように、上着の上から左腕に巻き付ける俺を見下ろしながら、おっちゃんは楽しそうな笑い声を上げた。

「……止められるかと思ったけど、良いのかよ? 俺みたいな素人が手を出しても」

ちょっかい出すと言っておいて何だが、想像と違うおっちゃんの返答に、俺はキョトンとした表情を浮かべて聞き返す。

「何処でも彼処でも勝手に湧き出てくる様な奴らだからな。手が多いに越した事はねえよ。

ま、怪我には気を付けろってぐらいしか、俺にゃあ言えねえな」

フンと鼻を鳴らすおっちゃんに、思わず苦笑を漏らした。

なるほど。「素人は引っ込んでろ」って言ってプロの矜持を満たすよりも、「使えるものは使おう」って実を取る方を選ぶって事か。

そういう質実剛健さが、ハンターっていう奴らの在り方なのかもな。

「……いいね。そういうのは嫌いじゃない」

「はっ! まったくもって物好きな奴だよ、お前さんは」

この後に来るだろう戦いに向けて自身を鼓舞するためにと、敢えて軽口を叩く俺に対し、おっちゃんは呆れた調子でそう言った。

「おっと、そうこう言ってる内にお出ましだ」

その言葉に、俺はおっちゃんの後ろから離れてそのデカい背中の向こう側を見る。

「坊主、よく覚えておけよ? アレが俺たちハンターが倒すべき敵――」

見やった視線の先には、成人男性ほどの大きさで、滲み出た影の様に不定形な物体が10体ほど。


「――魔物だ」




(感じる気配は、まんま妖魔だな)


現れた魔物を見据えながら、頭の中で呟く。

元の世界で俺は、妖魔の姿形を見ることは出来なかった。

故に、妖魔の容姿がどんなものか解らないが、案外あんな風に不定形な塊だったのかも知れないな。


「おい坊主。互いに“大物振り回す”者同士だ。間合いには気をつけろよ?」

僅かばかりの感慨に耽る俺に、おっちゃんは無警戒に魔物へと近づきつつそう言ってきた。

「ああ。フレンドリーファイアでミンチにはなりたくないからな」

おっちゃんとは違い、こっちは慎重に構えつつも魔物を間合いに捉えるために、じりじりと近づいていく。

「ふれ……何だって?」

「同士討ちってことだよ……って、おっちゃん、前見ろよ!?」

こちらを振り向いて怪訝そうな表情を浮かべるおっちゃんに、慌てて注意を促す。

何しろ、おっちゃんの前にいた魔物がその不定形な形を変えて、覆いかぶさるように襲い掛かってきていたのだ。

「あん?」

しかしおっちゃんは、怪訝そうな表情のままでバカでかい大剣を真横に薙ぐ。

一見、無造作に振るわれた様に見えるその一閃は、軸足の周囲にあった小石を凄い勢いで撒き散らし、ゴウッ!

という剣風を纏わせるほどに強力な一撃だった。


「……」


『『リアル烙印の剣士が目の前に居る件について』』

『『黒ずくめじゃないのが、非常に残念です』』

『『近くに妖精が飛んでないか?』』

『『居たら絶対に俺に対して突っ込みの嵐が吹き荒れてるに違いない』』


纏めて3体の魔物を吹き飛ばしたおっちゃんを見て、思わず唖然とする。

あのバカでかい大剣を振るったにも関わらず残身も見事なもので、一切バランスを崩していない。

この足元の悪い状態であの態勢からあの勢いで剣を振ったら、俺なら間違いなく踏鞴(たたら)を踏んでいる。


……なんつーボディバランスしてやがるんだよ。


「ったく、聞き慣れねえ言葉を聞いたせいで、思わず振り返っちまったじゃねえか。

最初から同士討ちって言えよ」

不満げに漏らすおっちゃんは、今度は振り返ることはせずに、残った魔物に向かって歩を進めて行き、再び剣を一閃。

剣閃が瞬いたと思った途端、更に2体の魔物が消え失せた。

「……なんかもう、頼もしいとか通り越して出鱈目の部類に入ってるな」

さっき、実際に自分に向けて振るわれた剣筋を思い出して身震いする。

出来ればもう二度と遣り合いたくない相手だ。

「おーい、どうした坊主ぅ。ぼーっと見てると、全部俺が食っちまうぞー?」

こっちを見る事無く掛けられたおっちゃんの声に、軽く肩を竦める。

……放っといたら、本当にそうなりそうだ。

「へーへー。分かりましたよ」

そう答えつつ、俺は近寄ってきた魔物と対峙する。

ふらふらゆらゆらとしながら俺に向かってきた魔物を、正面から見据える。

おっちゃんに対した時の様に、いきなり襲い掛かって来るような事はせずに、ゆっくりと近づいてくる魔物。

知性があるのかどうか解らないが、どうも嘗められてる様な雰囲気を感じるのは気のせいか?

「まあ、“アレ”に比べりゃあ、脅威度は格段に下がるだろうけどよ」

ほぼ無双タイムに突入しているおっちゃんをちらりと横目で見て、俺は足の裏全体を使って地面を踏みしめる。

足元は大小不揃いな砂利と石。踏み込みに耐えうる足場とは思えない。

ならば、大振りは控えて確実に当てに行くとしよう。


「ふっ!」


牽制の意味を込めて、下段からの切り上げを放つ。

腋を締め、振り抜くことをせずにコンパクトに放った一撃は、魔物の表面を浅く切り裂くが、勿論致命傷には至っていない。

だが、今の一撃は次の本命に向けての布石だ。

魔物には痛覚が無いのだろう。怯むことなくその形態の一部を剣の様に変化させ、俺に向かって切りつけようとする。


「させねえよ?」


だが、魔物が一撃を加えるよりも早く、俺は右足を半歩踏み出し、切り上げたままの状態だった剣を袈裟斬りに振り下ろした。

その一撃で、俺の目の前に居た魔物は、大気に溶けるように霧散していく。

「……なんか、蒟蒻でも切った様な手応えだな」

剣を振り下ろした状態のまま、俺は僅かに眉を顰める。

到底、“生き物”を斬ったという感覚は無く、何か良く分からない“物”を斬ったという感じがする。

「だがまあ、なんとか行けそうだ」

見えない妖魔に対して、見える魔物。

手応えの無い妖魔に対して、良く分からないが斬った感触が伝わる魔物。

気配はどちらも同じモノだが、視認出来て物理攻撃が通用する分、妖魔に比べて取れる選択肢は多い。

増長する気は毛頭ないが、俺でも十分に魔物と遣り合えることが分かった。

「……よし、次だ」

感じる気配を元に、視線を向ける。

鎧袖一触を体現するようなおっちゃんから逃れた魔物が1体、俺の方に向かってきた。

彼我の距離は10mほど。斬りかかるには遠い間合い。

「……試してみるか」

丁度いいシチュエーションに、俺は小さく呟いた。

何かというと、「魔物に魔法が通用するのか?」という事。

剣で斬りかかったら倒すことはできた。

だが、エーデルワイスさんが教えてくれた、“魔物とは、魔術の行使による反作用的存在”という件が俺の中で引っかかっている。

魔術と魔法は別のものということは理解したが、魔術の反動で生み出された魔物に対して、魔法が通用しないとも限らない。

不安要素は早い内に潰しておきたいからな。

そう結論付け、俺は右手の人差し指と中指を立て、それ以外の指を握り込む(道術で言うところの“剣指”を結ぶというやつだ)と、こちらに向かってくる魔物に向ける。


「……アクセス」


『『魔法行使の目的を』』


(眼前の魔物を倒すために、攻撃用の魔法を行使する)


『『ならば、先ほど防御に使用した圧縮空気を弾丸として飛ばすことを提案』』

『『飛翔速度は一般的拳銃弾と同様、秒速350mほど』』

『『弾体形状及び大きさは、同様に拳銃弾を模倣』』

『『直進安定性を考慮し、空気層による銃身の作成を提案』』

『『了承。装薬に代わり、圧搾空気の炸裂を以て弾頭を打ち出す』』

『『イメージ統一』』

『『イメージ統一』』

『『イメージ統一……完了』』


(オーダー実行。ファイア!)


結んだ剣指の先で“ドカン!”と空気が破裂する音を残し、不可視の弾丸が魔物に向かって撃ち出された。

秒速350mを時速に直すと、軽く1,000㎞を超える。

故に、撃ち出した次の瞬間には、既に魔物に命中していた。

そして俺の懸念は良い意味で裏切られ、圧縮空気の弾丸を食らった魔物は先ほど剣で斬りつけた時と同様、霞の様に消えていく。

誤算としては、弾丸を撃ち出すための圧搾空気の威力が大きすぎたのか、魔物に穴を開けた上に、その延長上に立っていた木の幹までをも大きく穿ってしまった事だろうか?

「ははは……すっげえ威力。にしても、俺自身、拳銃なんて撃ったことないのに良く当たったな」


『『発射時の反動は無いし、指を向けた方向に真っ直ぐ飛ぶ様に調整されてたからな』』

『『圧縮空気のバレルも、全長50㎝くらいに設定されてたっぽい』』

『『弾体自体を更に空気層で覆ってやれば、風向きとか無視して直進するな』』

『『なにそれこわい。ゴ〇ゴにでも成る気かよ?』』


そんな気は毛頭ない。

背後に立たれた瞬間、手刀で殺すとかムリだし。

「おいおいおい! 坊主、何だ今のは!?」

胡乱気に脳内会議をしていた俺に、おっちゃんが驚きの表情を浮かべて近付いてきた。

因みに、現れた魔物は全て倒してしまったらしい。

「出てきた魔物は全部始末したから、坊主の様子を見てやろうと思って振り向いた途端、スゲエ音と同時に魔物が消えてった。それどころか向こうの木の幹にも深ぇ穴が開いてるしよ!」

興奮した様子で穴の開いた木を指さしつつ、おっちゃんは俺に詰め寄る。

「あー、えーと……魔法使って圧縮した空気の塊を撃ち出してみた。こう、バーン! と」

さっきと同じように剣指を結んで明後日の方向に向けると、おっちゃんは呆れた様な納得した様な微妙な表情を浮かべた。

「やっぱ魔法かよ。にしても、威力や速度は“衝撃の矢(エナジーボルト)”の比じゃねえな」

「衝撃の矢?」

おっちゃんの呟きに首を傾げる。

「ああ、初級の攻撃魔術だ。食らえば骨に罅くらい入るらしい」

「まあ、俺は食らった事は無えがな」と笑うおっちゃんに、へぇ、と生返事を返す。

しかし、“衝撃の矢”か。なんかカッコ良いな。

俺も自分の魔法に名前でも付けようかな。


『『空気の防壁!』』

『『空気の弾丸!』』

『『うわ、ショボ……』』


ああ、本当だネ! まんまだとダサすぎて恥ずかしいよ!!


「それはともかく、思ったよりやるじゃねえか坊主」

「え?」

腰に手を当てて俺を見下ろすおっちゃんに、キョトンとした表情で首を傾げる。

「初めて魔物と遣り合って、無傷且つ2体の戦果なら上出来だ。

魔法に関しては良く分からんが、剣の腕は坊主くらいの年からすれば、そこそこ形になってるしな」

「……まあ、ガキの頃から鍛錬を繰り返して来たし、実戦もそれなりに熟してるからなあ」

はっはっはと笑うおっちゃんに対し、俺はそっぽを向いて頬を掻く。


ぶっちゃけ、元の世界で落ちこぼれだった俺は、こうして褒められた経験が殆ど無い。貶された経験は圧倒的に多いが。

以前、双葉に「兄さんは自己評価が低すぎます」と言われたことがあるんだが、俺的には「いや、妥当でしょ?」と思っている。何故かと言えば、俺の周りに居る人たちが、俺には不可能な事を平然とやってのけているのをまざまざ

と見せられてきたからだ。

“それ”を出来るという事は、“それ”が出来ない者に取ってみると、途轍もなく凄いと思える事なのだ。

こういうのは、何事も卒無く熟せる人にとってみると、きっと解らないことなんだろうけどな。


「おいおい、ガキの癖に何を謙遜してやがる。折角褒めてやったんだから、素直に喜べば良いんだよ!

そっれに、そうやって内に籠っちまうとだなあ……」

おっちゃんが俺に指を突きつけながら、しかめっ面を浮かべて言う。


「ただでさえ小せえのに、もっと小さく纏まっちまうぞ?」


「うるせえ! 今は身長のことは関係ねえだろ!?」

怒りと恥ずかしさから顔を真っ赤に染めて怒鳴る俺。

……くそ、ちょっと泣きそうになったじゃねえか!

「はっはっは! 子供はそれぐらい元気なのが丁度良いんだよ――お?」

俺の肩を叩こうと振り下ろされたおっちゃんの手が、バイン! と寸前で弾かれる。

「……あ、さっき張った防壁がそのままだったわ」

「くっ……やっぱりこの坊主、可愛くねえ!」

てへぺろ☆ と小さく舌を出して笑う俺を、おっちゃんは細かく震えながら見下ろしていた……




「さて、と。もう一回りして問題が無けりゃあ帰るとするか」

大き目の石に腰掛けて革製の水筒から水を飲んでいたおっちゃんが、大きく伸びをしながら言う。

「もう一回りって……まだ魔物がいるのか?」

気配は感じないが。

「ああ? 魔物の正確な数なんざ知らねえよ。正直な話、こうしてる今だって、どこかで沸いてるだろうしな」

よっこらせ、と立ち上がりながらおっちゃんは気の無い様子で話す。

「この近くにゃ町の浄水施設があってな。そこの作業員から、魔物が出たって通報が協会にあったのよ。

んで、久しぶりに町に帰って来て、たまたま協会に顔を出した俺に討伐のお鉢が回ってきたって訳だ」

「ったくよー、字名持ちを顎で使うなっつーんだよなー」とぼやくおっちゃん。

「久しぶりにって……おっちゃんは普段、旅をしてんのか?」

「応よ。世界各地の村や町を巡って、気ままな一人旅ってヤツだな」

俺の問いに朗らかな表情でおっちゃんが答える。

「それって“根無し草”って言わねーか?」

半眼で聞いた俺に向かって、おっちゃんは憮然とした表情を浮かべた。

「うるせえな。俺にゃあそれが性に合ってるんだよ。それに塒ならあっちこっちに在るわ!」

「……ああ、そういうことか。あっちフラフラこっちフラフラしてるから、“ザ・クラウド”なんて通り名が付いたんだな?」

雲みたいに風に吹かれてふわふわ漂ってるから。

「違えよ! ……いや、違わねえのか?」

顎に手を当てて考え込むおっちゃんに、ジト目を向ける。

「まあいいや。とにかく仕事だっつーんなら、早いところ済ませちまおうぜ? 俺も手伝うからさ」

俺はそう言って立ち上がる。

妖魔の気配を手繰るのはお手の物だ。魔物が妖魔と同じ気配を持ってるのなら、俺が居れば時間短縮にもなるだろう。

「なんだ坊主? お前さん、随分と真面目だな」

意外そうなおっちゃんの言葉に、俺は何言ってんだ? と言わんばかりの表情で答える。

「仕事を真面目にやるのは当然だろ? そうする事で回りの奴らに被害が及ばないってんなら、尚更だろうが」

言いつつ俺は、清流に沿って歩き始める。

元の世界で半人前退魔師だった俺が、いつも念頭に置いていたのがそれだった。

他の退魔師に比べて見劣りする俺だったが、その事を理由に俺の周囲の人間――親しい友人達が傷付くのは我慢がならなかった。

故に、いつだって及ばずながらも全力で事に当たってきた。

お陰で全身傷だらけ。そりゃあ、双葉に「生傷が絶えない」なんて言われる訳だ。

挙句の果てには崖から落っこちて、異世界まで飛ばされる始末。


冷静に考えてみると、やる気が空回ってる可能性があるな……


「ほう……なあ坊主」

地味に落ち込み始めた俺の背後から、おっちゃんが声を掛けてきた。

「あん? 何だよ」

振り返って見上げると、おっちゃんは口元にニヤリ笑いを浮かべていた。


「お前、行く所が無いんなら、ハンターになってみねーか?」




「はあ? 俺がハンターに?」

キョトンとした表情でおっちゃんを見る。

「おう。お前、ハンターの素質あるぜ? なんなら、俺が推薦してやってもいい」

自信満々に笑うおっちゃん。

「いや、俺、ハンターの主な活動とか解んねーし、確かに行く所は無いけど、世界を巡って見聞を広めようとか考えてるんだけど?」

そう戸惑いがちに答えるが、おっちゃんは更に胸を張ってこう言った。

「だったら尚更だな。別段、ハンターは登録した支部に縛られる訳じゃねえ。それこそ世界各地を股に掛けて活動している奴もいる」

「俺みたいにな」と、おっちゃんはニヤリと笑う。

「ハンターの仕事なんてのは、基本的に一般人の手に余る様な荒事や、それこそ日銭稼ぎ的な簡単な作業の手伝い。

商隊の護衛から傭兵紛いの任務まで、多岐に渡るが……それら全てに於いて優先されるのは、今まさに俺らが行った魔物の討伐ってヤツだ」

川沿いを歩きながら、俺とおっちゃんは話を続ける。

「魔物の討伐依頼が入ると、基本的に他の依頼で出張ってるハンター以外は強制参加が義務付けられている。

今回みたいに小規模な魔物発生案件なら、俺の様に単独で受ける事もあるが、大量発生した魔物の討伐には、多数のハンター連中が集まってレイドを組むこともあるんだぜ?」

「レイド……大規模戦闘ってやつか。戦争みたいだな」

おっちゃんの言葉に眉を顰める。

以前までは基本的に単独で妖魔に当たってた俺からしてみると、多人数対多人数の戦闘なんてのは想像するのが難しい。


ええ、そうです。対妖魔戦に於いてはずっとボッチでしたが何か?


「まあ、ある意味ありゃあ戦争みたいなもんだな。俺らハンターと魔物が入り乱れて殺し殺されなんて状況だからよ。

だがまあ、そんなのは滅多に起こらねえし、起きたとしてもレイドメンバーってのは、ハンター歴が5年以上のベテラン勢をメインに組まれるからな。駆け出しの奴らは基本サポート役だよ」

「ふーん。ところで、ハンターには格付けってあるの? レベル制とか色分けされてるとか」

肩を竦めるおっちゃんに、気になったことを尋ねてみる。

ほら、良くある高レベル冒険者とか、冒険者ランクがどうとかってヤツ。

「あん? 何だそりゃ? ハンターはハンターだ。格もへったくれも無えよ。

長年勤めてるやつはベテランって呼ばれることもあるし、始めたばかりの奴は駆け出しだ。

老いも若きも、ハンターは須らくハンターに決まってんだろ」

何を訳の分からん事を、と言わんばかりの表情で答えるおっちゃん。


『『くぅっ……Sランク冒険者への道が閉ざされた!』』

『『史上最速で最高ランクへ駆け上るというヤツですね、解ります』』

『『ハンターランクが上がらないと、討伐できないモンスターが……』』

『『素材! 素材が集まらないと、武器と防具ががが!!!』』


モンハ〇じゃねえって言ってるだろうが!


「ま、そういうことで、魔物討伐以外は結構融通の利く商売だな、ハンターってヤツは。

それに、ハンター証があれば、町や国の出入りに手間取らなくて済むしな」

「ハンター証って?」

俺の問いに、おっちゃんは首元をまさぐって、ネックレスの様な物を取り出した。

「こいつがハンター証だ。2枚あるプレートの内、片方は登録した支部名が、もう片方には所有者の名前が刻まれてる」

おっちゃんは2枚のプレートを手に取って見せてくれた。

材質は青白く光る銀、だろうか? 何となく、普通の銀とは違う様な気がするが。

でも確かに、そこには文字が刻まれており、おっちゃんの言う通り支部名とおっちゃんの名前が彫られているんだろう。俺には読めないが。いや、魔法を使えば読めるようになるのか?

そんな事よりも……


『『どう見てもドッグタグな件について』』

『『軍隊かよ!?』』

『『似た様なものなんだろう。荒事がメインのやくざな商売みたいだし、ある意味何処で野垂れ死んでも身元確認が容易に出来るようにという処置だと思う』』

『『正しいドッグタグの使い方講座でした』』


「……つーかさ、これって盗まれて成り済ましとか、簡単に出来そうなんだけど? 身分証明としては弱くない?」

そういう俺の問いかけに、しかしおっちゃんはちちち、と指を振りながらこう言った。

「坊主がそう思うのもムリは無えがな、こいつには魔術的な仕掛けが施されてるんだよ。

このプレート部分に登録者の体液――唾液とか血液とかを付着させると、光る様になってる。

だから、窃盗や成り済ましはできねえんだ。しかも、このシステムには龍が関わっているって言われててな。昔から魔術師連中がこいつのシステムを解析しようと躍起になってるらしいが、未だに解明できないそうだ」


……エーデルワイスさん、あなたも絡んでたんですか。


あらあらうふふ、という声が聞こえた様な気がして、思わず眉間を指で揉んだ。

「話を戻すぜ? そういう訳で、このハンター証には所有者がハンターであることを表す身分証明の役割があるってことは解ったな?」

おっちゃんの確認の言葉に、無言で頷きを返す。

「良し。だがそれだけじゃねえ。

ハンター証は身分証明だけじゃなく、町への入場証や国家間を移動する際の通行証としての役割も持ってるからな。

失くすと事だぜ?」

「だからおっちゃんは首から下げてるのか。つーか、パスポートみたいだな」

眉を寄せて脅しを掛けてくるおっちゃんに、俺は軽く肩を竦めて返す。

「“ぱすぽーと”が何なのか解らんが、基本、こいつは首から下げて服の内側に仕舞っとくのが主流だな。

腕に巻いたりして、罷り間違って切り落とされでもしたら目も当てられねえしよ」

確かにな……

「ハンター証がハンターにとって大切な物だっていうのは解ったよ。

にしてもさ、それを見せただけで国家間の移動もお咎め無しに可能だってのは、随分と優遇されてないか?

ハンター協会ってのは、全国家が共同で出資してる様な組織なのかよ?」


これまでの話を聞けば、誰しもが疑問に感じる事だと思う。

普通に考えれば、一般の旅人や商人なんかは国を超える際には当然の如く、検査や検閲があるだろう。

多分、国家間での持ち込みを規制している物品だってあると思う。

俺の世界基準で言う所の、関税局に部類される組織が絶対にある筈だ。

そんなものをすっ飛ばして入出国が可能だなんて、ハンターって連中は、よっぽど信頼されてるのか?


「まあ、坊主がそう考えるのも解るがな。

だがよ、俺たちハンターの主な仕事は魔物の討伐だ。しかも奴ら魔物は何処にでも湧いて出てきやがる。それこそ街中でも平然とな」

おっちゃんはそう言って肩を竦めると、横目で俺を見下ろしてくる。

「そんな奴らを相手にしてる俺たちが、「規則ですから」なんて一々入国審査なんて受けてたら、どれだけ被害が拡大すると思うよ? 一匹二匹の魔物相手なら町の衛兵が相手してくれるだろうさ。だが、十匹ニ十匹……果ては百匹

単位で来られたら大惨事だぜ? ちまちま書類なんて書いてられねーよ」

「……おっちゃんの言うことは解るけどさ。でも、ハンターの中にも不埒な考えを持ってるヤツは居るんじゃねーのか? 小遣い稼ぎに悪事に手を染めるヤツとかさ」

ありがちな所では密輸とか、犯罪組織に手を貸す奴らとか。

「……居ねえとは言えねえな、恥ずかしい話だけどよ。

だが、そんな連中を罰する権限を持ってるのも又、ハンターだ。

身内が起こした不始末は、身内が取る。最悪はそいつ等の命を奪ってでも……な」

昏い瞳で語るおっちゃんに、思わず唾を飲み込んだ。


多分、おっちゃんはこれまで、そういった汚れ仕事も多く行ってきたんだろう。

魔物なんかが居る世界じゃ、不条理に失われる命は俺が居た世界よりも格段に多い筈だ。

そんな力無き人々を守るのが、ハンターとして立つ人たちの矜持であると思う。

にも拘らず、上澄みだけ掬い取って遣りたい放題な奴らが居るなんて事実は、真っ当なハンターにとってみれば、許しがたい侮辱なんだろうな。


「俺たちハンターの存在意義ってヤツはよ、戦う力を持たない奴らを守り、そいつ等が安全に暮らせるようにしてやる事なんだ。いや、ハンターに限らねえな。“力”を持ってるヤツは皆、そうするべきだと俺は思う」

出会ってからここまで、殆ど飄々としていたおっちゃんの真面目な姿を見て、俺は「ああ、この人は本来こういう人なのか」と思った。

「……ノブレス・オブリージュってやつか」

「何だそりゃ?」

顎に手を当てて呟いた俺に、おっちゃんが怪訝そうな表情を向ける。

「ああ……本来は『貴族が負うべき義務』とかって意味らしいけどな。公用的には権力者や力を持つ者は、持たざる者たちの前に立って、それを示すべきである……とかって使われるみたいだぜ?」

「そいつはまた、大仰なこった」

俺の説明に、おっちゃんはしかめっ面で答えた。


そう言うけどな、おっちゃん。俺からすれば、おっちゃんの言った事はそういう事なんだと思うぜ?

まあ、口に出しては言ってやらねえけどな。


「ま、その“のぶれすなんちゃら”は置いといて、だ。ハンター協会は民間組織だぞ?」

マジかい!?

「おいおい、それだけの権力を持ってる組織が、民間で運用されてるのかよ!?

余計にトップの汚職事情が心配になってくるんだが!?」

驚愕の表情で問い詰める俺に、おっちゃんは後頭部で手を組んで、気の無さそうな顔で答える。

「まーな。でも、ハンター協会に明確な首領は居ねえよ。世界各地の支部長による合議制で成り立ってるからな」

「……全世界規模の情報伝達速度に、多大な問題があると思うんだが?」

何となく嫌な予感を感じつつも、俺はおっちゃんに尋ねる。

「そこはそれ、さっきも言ったが、ハンター協会の設立には龍が関わってる。

各支部には支部間を繋ぐ龍謹製の通信装置が設置されていてな。緊急の会議や情報伝達に一躍買っているって寸法よ」


『『はい。オーバースペックなホットラインいただきました』』

『『それはもう、魔術でなくて、魔法の道具ですな』』

『『それだけ魔物の存在は、龍にとっても邪魔なんだろう』』

『『エーデルワイスさんは魔術を使う人たちの自業自得だって言ってたけど、流石に完全には捨て置けなかったってことか』』


……やっぱりここでもあの人(龍)達の手が入ってる訳か。


「ハンターとハンター協会に関しては、こんなところか。

もっと細かい事が聞きたけりゃあ、協会支部で職員にでも聞いてくれ。喜んで教えてくれると思うぞ?」

おっちゃんはそう言って、周囲をぐるりと見渡す。

「……結構歩いて来たが、魔物は居ねえ様だな」

「ああ、気配も感じない」

おっちゃんの言葉に、目を閉じて気配を探るが、それらしいものは感じられなかった。

「まあ、長々と話しちまったが、別に今すぐ進退を決めろとは言わねえよ。

だが、ハンターって職業は坊主の気性には合ってると俺は思うぜ?」

「まーね。理念は嫌いじゃないさ」

おっちゃんが話してくれたハンターの在り様は、俺がやってきた退魔師と近いものがある。

力無きものを護るための刃は、世界を超えても存在していた。

「ま、焦って答えを出す必要は無えさ。ここで俺が坊主に会ったのも、小さくねえ縁だ。

お前さんが一人立ち出来る様になるまで、俺が面倒見てやるよ」

そう言って、おっちゃんはニッと笑う。

「一期一会」や「袖すり合うも他生の縁」という言葉が、俺の頭の中に浮かんだ。

「……良いのかよ? つーか、おっちゃんにそんな甲斐性があるとは思えないんだが?」

とりあえず照れ隠しも兼ねて言った俺に、おっちゃんは、


「ほんっと、可愛くねえガキだな、テメエはよ!」


そう喚きながらも俺の頭に手を置いて、ガシガシとこねくり回したのだった……


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