プロローグ①
本サイトへは初投稿となります。
拙い文章ではありますが、よろしくお願いいたします。
「じゃあな円。また来週」
「おー、またなー」
駅の改札前で手を振る友人に答えて、しゅたっと右手を上げる。
俺の名前は「蓮沼 円」。ごく普通の県立高校に通う、高校2年生男子だ。
成績は中の上をキープしているし、運動能力も全国平均を少し上回る程度の実力を保っている。
髪だって日本人固有の黒髪だし、専門店や最近増えてきた安売り店ならばどこでも売っているような黒縁眼鏡を掛けている、正に「平々凡々」や「無難」という言葉が似合う17歳日本男児である。
……まあ、身長は160㎝と全国平均に届いていないが。
ついでに言うと、実年齢よりも幼く見られる童顔だが!
更に言えば、ほんのり女顔のせいで、極少数(と思われる)特殊な趣味の年上男性に言い寄られた事もあるが!!
「……へこむわー」
“過去の黒歴史”を思い出したせいでブルーになった頭を軽く振って、たった今振動したスマホを制服の胸ポケットから取り出す。
スイッチを入れて画面を確認すると、メール着信の表示。
画面をスワイプした先には、送信者「曲 双葉」の文字があった。
「そっか、もう一週間か」
小さく呟いて、内容を確認する。
双葉は俺の双子の妹だ。
小学校の卒業と同時に曲の家に養子に出された双葉とは、現在は離れ離れに暮らしている。
電話やメールでは頻繁に連絡を取り合ってはいるが、故あって実際に顔を合わせるのは週に一度のみである。
『円兄さんへ。
お元気ですか? 怪我や体調不良に悩まされてはいないでしょうか?』
「……いや、昨晩も電話で話したし。
僅か一日で、心配されるような怪我とか負っちゃってるって思われる俺って、どんだけ信用無いのよ?」
改札脇の壁に凭れ掛かって文面を追いつつ、思わず苦笑を漏らす。
『普段から「平凡最高!」と声高に叫んでいるのに生傷の絶えない兄さんを、双葉は心底心配しています。
お願いですから、あまり無茶はしないでくださいね?』
「……ホント、良くできた妹ですこと」
的を射た文面に、溜め息が出た。
ぶっちゃけ、妹の双葉は真の意味で、俺とは段違いに良くできた人間である。
人格的にも勉強や身体能力に於いても、何一つ俺は双葉に敵わない。
だからと言って、俺は双葉を恨んだり卑屈になったりはしていない。
つーか、凄いと思っている。
あんな完璧超人の妹を持って、正直幸せだ。
どこに出しても恥ずかしくない、自慢の妹である。
よって、俺は事ある毎に双葉を自慢している。
以前友人に、「……円って、重度のシスコンだよな」と言われた際、「おう、当然だ!」と胸を張って答えたら、無言で優しく肩を叩かれた上に、生暖かい笑顔を向けられたことがあった。
……意味が解らなかった。
手放しで自慢できる身内を自慢して、どこがおかしいのだろうか?
まあいい。今はメールの続きだ。
『さて、本題ですが、内容は言うまでもなく、明日のお食事会の件です。
待ち合わせはいつも通り、駅前に17:30で宜しいでしょうか? 変更がありましたら、教えてください』
毎週恒例、双葉と一緒に食事をしつつ、近況を直に語り合う機会。
その簡単な打ち合わせだ。
早速、俺はレスを打ち始める。
「待ち合わせはいつも通りで問題無し。
双葉に会えるのを、楽しみにしているよ。
円……はい、送信、と」
簡単に用件のみ打ち込んでメールを返す。
暫くすると、再びスマホが振動した。
『はい、解りました。
わたしも兄さんに会えるのが楽しみです。
それでは、また明日。
双葉』
返ってきたメールを見て、思わず微笑が浮かぶ。
素早いレスからして、恐らく双葉は携帯の画面をずっと見たまま待ってたんだろうな。
ふっ……可愛い奴よ。
等と独白してみたが、違ってたらとんでもなく恥ずかしいので、直ぐにスマホを制服の胸ポケットに仕舞い込もうとするが、再び振動。また双葉か? と思って画面を見ると、そこには着信「親父」の文字が。
「……嫌な予感しかしねーな」
眉間に皺を寄せながら暫く画面を眺めても、コールが止むことはない。
「はぁ……もしもし」
『私だ。今、何処に居る?』
溜め息を漏らしながら通話を繋ぐと、スピーカーの向こうから低く陰気な声が響いてきた。
「駅前の改札脇だけど……何の用だよ?」
さっきまで背中を預けていた壁に再び寄りかかりながら、億劫さを隠すことなく答える俺に、親父は淡々とした声音で用件を伝えてきた。
『ならば好都合だ。近くに“概念武装”はあるか?』
「(……やっぱり“仕事”の話かよ)学校の掃除用具入れに入ってるよ」
額に手を当てて夕焼け空を仰ぎ見ながら答えるが、親父はそんな俺の憂鬱ぶりを無視して会話を繋いできた。
『では、急ぎ“概念武装”を持ってお前の高校の裏山へ行け。結界は既に敷設してある』
「おい親父、まさかとは思うが……俺一人か?」
嫌な予感を禁じえず尋ねた俺に、親父は当然の如く言い放つ。
『当たり前だ。お前が一番現場に近い上、生まれたての雑魚三匹に他家への救援要請など出せん』
じゃあ、テメエが出張れよ! と叫びたくなったが、寸でのところでそのセリフを飲み込む。
「……分かったよ。行けば良いんだろ?
で、結界師は? “いつも通り”か?」
『お前の現場入りに合わせて結界の範囲を狭める。“いつも通り”だ』
思った通りの答えに、俺の口から短い吐息が漏れた。
……はいはい、サポートは無しね。いつも通り、いつも通り。
「了解。蓮沼 円は、これより“退魔の任”に就きます」
『うむ。自身の務めを果たせ』
真面目くさった俺の言葉に対して短く応えた後、親父からの通話は徐に途切れた。
「……」
ブラックアウトした画面を暫く眺めた後、今度こそ制服の胸ポケットにスマホを仕舞い込む。
「しゃあねえ。“お仕事”に行きますか」
“ごく普通の高校2年生にして退魔師”の俺こと蓮沼 円(17歳)は、帰宅する生徒がちらほら残る通学路を逆走して行くのだった……
一般には知られていないが、この世には“妖魔”と呼ばれる存在が居る。
こいつらの厄介なところは、通常では目に映らず、生物に寄生・憑依することが出来るという事だ。
半精神体であるところの妖魔には物理攻撃が通用しない。
で、前に述べた通り、視認することも出来ない。
要は、一般人にはどうすることも出来ない存在だ。
じゃあ、どうするか?
簡単なことだ。
妖魔を“視る”ことができ、妖魔を“滅する”ことができる者に討伐させれば良い。
それが可能な人種が“退魔師”と呼ばれる者たち――即ち、俺たちである。
遥か昔から連綿と受け継がれてきた退魔の力をもつ一族の末裔の一つが我が家、蓮沼家だ。
まあ、本家たる“曲家”に比べれば、傍流も傍流なんだが。
それを証拠に、俺は妖魔を“視る”ことが出来ない。
妖魔を視認できる力――“見鬼”が俺には無い。
辛うじて、妖魔が発する気配を感じることが出来るくらいだ。
よって勿論、妖魔を滅する“法力”なんて以ての外である。
通常、退魔師は妖魔を滅するために“法具”という専用の武器を持っている。
分かりやすいところだと、不動明王が持っている“金剛杵”が有名だろうか。
まあ、それ以外にも聖別された数珠とか法輪とかもあるんだが、詳しいところは省略する。
まあ、とにかく、あの金剛杵。普通の人間が持ったところでただの鈍器にしかならないが、法力をもった退魔師が使うと、ちゃんと不可視の刃が伸びるらしい。
“らしい”というのは、俺には見えないからだ。
その不可視の刃は、生身には影響を及ぼさず、妖魔の様な半精神体のみに作用するらしい。
“らしい”というのは(略
まあ、そんなこんなで、“見鬼”も使えず“法力”も無い、断固たる凡人な俺が何故“退魔師”なんてやっているかというと……ここまでの話から分かると思うが、双葉の存在である。
俺の双子の妹である双葉は、俺とは違ってとんでもない才能を持って生まれてきたのだ。
見鬼は勿論、通常の退魔師の数倍と言われるほどの法力を持ち、まるで起こりうる未来が見えているように妖魔の攻撃を躱して奴らを滅する戦闘眼。生まれてこの方、ただの一度も妖魔からダメージを受けたことはないという、完璧っぷり。
ミス・パーフェクトとは、双葉のためにある言葉だね。
いやいや、兄としての欲目を抜きにしても、ウチの双葉は美少女だよ? 大和撫子だよ?
腰まである黒髪は艶々だし、色白で小顔だし、足長いし、可愛いし。あと可愛いし。
……まあ、年齢にしては小柄(145㎝)で、胸も……うん、慎ましいけど。
でも、そんなところも含めて可愛いんだよ! あと可愛い。
そして、そんな可愛い双葉だが、自らの才能に胡坐を掻くことをせず、日々鍛錬を欠かさない努力家でもある。
どーよ、これ! ウチの妹スゲーだろ!?
おかげ様で、兄貴の俺は一向に追いつけないんだけどネ!! 俺、スゲー普通で凡人ですから!
まあ、そんなスーパー妹が居るんで、他の退魔の一族からは、「出涸らし」とか「妹のオマケ」とか「無能力者」とか散々な言われっぷりなんだが。でも、その通りだから反論の余地もない。面と向かって言われることも多いので、その度に
「デスヨネー」とか返答することにしている。因みに、以前その現場を双葉に見つかって、言った奴と一緒に俺まで凄い勢いで怒られたことがある。そいつを追い払った後で、双葉がとても悔しそうな顔で眦に涙を湛えていたのを見た俺は、
それ以後は双葉が近くにいるときは、決して曖昧な返答をしないように気を付けることを誓ったよ(双葉がいないときは相変わらずだが)。
とにかく、そんな普通で凡人な俺が、どうやって妖魔を倒すのかというと、だ。
世の中には法具が使えない若しくは法力が弱い退魔師用に、“概念武装”という武器が存在する。
要は物理攻撃しかできない武器等に、“破邪の文言”を刻み込んだ“疑似法具”に当たるものだ。
俺の場合は六尺ほどの檜製の木剣(直刀)に、びっしりと梵字が刻まれている。
刻まれた文言を意訳すると、“妖魔退散”、“魔の者カッコ悪い”、“妖魔とかが許されるのって、小学生までだよね~(笑)”等々。
いやいや、これが馬鹿にできないんだって。
梵字やルーンみたいに“力持つ言葉”ってのは、妖魔の様な半精神体には法力に次ぐ威力を発揮してくれる。まあ、強力な個体や生物に憑依された場合には望み薄なんだけど。
そんな訳で、退魔師としては底辺レベルの俺が相手できる妖魔は、同じく最低レベルに限られてしまう訳だ。
今回みたいな“生まれたて”とかね。
まあ、“生まれたて”っていっても、実際に木の洞とかから生えてくるわけではない。
正直な話、奴らの発生源が何なのかは分かっていない。
哲学的な言葉を使えば、「奴ら妖魔は何処から来て、何処へ行こうというのか」は、誰にも分らないのだ。
解っているのは俺たち人類だけでなく、ありとあらゆる生物に対して損害を振りまく存在だということのみ。
だが、それだけ分かっていれば十分だ。
俺たち退魔師が“妖魔を滅するための理由”には、十分すぎるというものだ。
「結界の維持、お疲れ様です」
教室の掃除道具入れから愛剣を引っ張り出し、校舎裏の山道を駆け上ってきた俺は、一見サラリーマン風の中年男性に挨拶をする。
「挨拶はいいから、さっさと片を付けてくれ。この後、会社に戻って予算会議に出なけりゃならん」
「うわ……そりゃ大変だ」
かなり後退した頭髪を風に揺らしてぼやく男性に、俺は思わず苦笑を浮かべて答えた。
一見サラリーマン風の中年男性は、本当にサラリーマンだったらしい。
退魔師の中でも“結界師”と呼ばれる人たちは、妖魔を閉じ込めることに特化した力を持つ人々だ。
最低でも四人一組で行動し、妖魔が居るフィールドを四方から隔離する。
結界の構築に用いるものは法力だったり札だったり縄だったりと、状況に合わせて変化するが、妖魔を滅する攻撃手段は一切持っていない。
故に、対妖魔戦は結界師が周囲を囲んで逃走経路を無くし、俺の様な実働部隊が直接攻撃を行って妖魔を滅するのがセオリーだ。
因みに、妖魔の発生を感知する、“眼”と呼ばれる観測班が各支部に居て、日夜文字通り眼を光らせている。
“眼”が見つけて、“結界師”が隔離し、“退魔師”が倒すというのが一連の流れである。
「とりあえず、可能な限り急いで片付けますよ」
すれ違いざまそう言って、俺は結界の内部に駆け込む。
「ああ、頼んだ」
『とはいえ、「能無し」じゃあ期待はできんがな』、と呟いた中年サラリーマンの声は、聞こえなかった事にした。
「はっ、はっ、はっ、はっ……ふぅ」
木々が生い茂る林を抜け、開けた場所に到着したところで息を吐く。
幼い頃から退魔師の才能が無いことに気付いていた俺は、最低限でも自分の身を守ることが出来るように鍛錬を積んできた。学校の体育の成績が平均よりちょい上をキープしているのは、“一般人”にはこんな身体能力は必要ないからだ。
なので、この程度の全力疾走は苦ではないが、それでも多少の疲労感はある。
疲労感が募れば、集中力が乱される。集中力が乱れれば、妖魔の気配を感じ取りにくくなり――
「うおぅ!?」
この様に容易く間合いの内側に入られる、と。
濃密な圧迫感の様な妖魔の気配を身近に感じた俺は、咄嗟に身を捩るが、ブレザーの裾が僅かに切り裂かれてしまった。
「っ! ふざけんなよ、テメエ! 制服だって只じゃねえんだぞ!?」
怒鳴りつつも精神を集中し、気配を探りつつ、愛剣を脇構えに持っていく。
(……正面に2体と、後方に1体。正面の2体は囮か? 妙に間合いが遠いな……)
どうせ奴らを視認できないんだからと、俺は更に集中力を増すために目を閉じた。
先ほどから感じる気配が、更に濃密さを増して感じられる。
前方の2体へは全力の踏み込み2回分の距離。そして、後方の1体は踏み込み1回分の距離を保っている。
(……なるほど。前方の2体が適当に俺を揺さぶって、後方の1体が襲い掛かってくるって寸法か。“生まれたて”の割に、小賢しい真似をしてくれるぜ。だが……)
口元を歪め、脇構えのままで俺は僅かに腰を落とす。
続いて左足を半歩踏み込み、蹴り足である右足の爪先を踏み込み足の踵に接触するほどに近付けた瞬間、
「ふっ!!」
と鋭く呼気を吐きつつ、踏み込み足の踵を地面を抉る様に叩きつけて、前方へ飛び出した。
縮地というには烏滸がましいが、一気に間合いを詰めた俺の行動に前方の2体の気配が更に離れ、後方の1体が慌てて追いすがる様に接近してくる。
「――だと思ったよ!!」
しかし俺は着地と同時に右足の踵で扇を描くように地面を削って180度の方向転換をし、脇構えに構えた愛剣を円を描くように振り抜いて叫ぶ。
「この辺かあ!?」
人間同士の試合や“死合い”ならば、「手打ち」などと呼ばれる威力の乗らない一撃だが、概念武装による妖魔への斬撃であれば話が違う。
半精神体である妖魔相手では「手応え」は無いが、後方から迫ってきた奴の気配は霧散するように消え失せた。
「――先ずは1体」
相変わらず瞼を閉じたまま、俺は残りの2体の妖魔に向かって、改めて脇構えを取る。
先ほど叫んだ言葉通り、俺は妖魔の気配を感じる事はできるが、正確な位置までは判らない。
故に妖魔が“居るであろう”場所に向かって概念武装を振るっているに過ぎない。
だからこその長大な木剣であり、無駄なまでの振り抜きなのだ。
別段、“黒い剣士”に憧れている訳でも、“ツンツン頭の自称ソルジャー”の真似事をしている訳でもないぞ?
ただ単に必要に迫られているだけだ。
「……とりあえず、さっさと終わりにさせて貰うぞ。
この後、夕飯食って学校の課題をやらなきゃいけねーし、結界師のおっさんも仕事が残ってるらしいからな!」
そう気を吐いて、正面に居る2体の妖魔に向かって飛び込む。
すると、2体の内1体が俺に向かって真っ直ぐ突っ込んできた。
「しゃらくせえ!」
叫びつつ、愛剣を横一文字に振るって消滅させる。
気配が消えたのを確認しつつ、最後の1体に気を向けた途端、
「っ!?」
とんでもなく嫌な予感が背筋を走り、俺は大きくその場を飛び退いた。
着地と同時に、地響きが起きる。
「……おいおい、マジかよ?」
閉じていた瞼を開いた俺の視線の先には、今まで俺が立っていた場所にぶっとい枝を振り下ろした状態の、樹木に憑依した妖魔の姿があった。
ご丁寧に洞が目と口を象っていて、宛らなんちゃってトレントの様だ。
「まいったな、こりゃ。俺の概念武装じゃ倒しようが――おわあ!」
頬を引き攣らせつつ呟いた俺に対して無数の枝を振るってくる妖魔の攻撃を、愛剣で捌きつつ躱す。
「うわ、こら、刀身が凹んだだろうが! 何しやがる!!」
ごりっという音と共に削られた愛剣を見て涙目になりつつ、何とか打開策を探すために頭を回す。
(くそ。思いっきりぶん殴ったところで、競り負けるのは分かり切ってる。だからと言って、いつまでも逃げ切れるもんでもないし……ん?)
妖魔の攻撃を時には躱し、時には捌きながら奴を観察していたら、気付いた事があった。
「(奴らの憑依のシステムなんざ良く分からんが、外面が硬くて歯が立たないんなら、あの洞に向かって概念武装を叩き込めば……)一か八かってやつか」
このまま続けたところでじり貧だ。
「良し。起死回生(別名:ダメ元)の一撃ってヤツに賭けてやるぜ」
覚悟を言葉に乗せて放った俺は、大きく後ろに飛びずさり、さっきまでの脇構えを解いて霞の構えを取る。
お誂え向きに背後は崖。良い感じに背水の陣だ。
「へっ、上等だ。行っけええええ――あら?」
気合一閃。
大地を一気に踏み込んで飛び出ようとしたが、踏み込んだ筈の地面が突然消え失せた。
?マークを大量に頭上に浮かべながら視線を足元に向けると、奴の根っこが地面を割って出ており、その余波で俺の足元を崩したらしい。
先ほども描写した通り、俺の背後は崖である。
そんな状況で足元の地面を崩されたら……
「――落ちるよねええええええ!?」
体を崩して悲鳴を上げつつ奴を視界に収めると、洞を器用に歪めて笑っていやがる。
ブチッ!
その面を見た瞬間、俺の頭の中で何かが切れた音がした。
「テメエだきゃあ、死んでもコロス!!」
憤怒の表情を浮かべて、俺は愛剣を槍投げの要領で妖魔に向かって投擲する。
踏ん張る足場は無いが、全身の筋肉のバネを使って放たれた愛剣は、狙い違わず奴の口の位置に突き刺さった。
同時に、奴の気配が消え失せる。
どうやら、一か八かは成功したらしい。
(とはいえ、これじゃあ俺自身が無事じゃ済まねえな……)
崖下までは凡そ30mといったところか。奴の根っこの所為で崖肌までは距離があって、壁面に?まることも出来ない。
急転直下(文字通り)に万事休すだ。
(終わったな、俺。退魔師の最期としては正しいのかもしれないけどさ。あーあ……)
そんな事を嘆いていたら、仰向けだった姿勢が俯せに変わった。
(やだなあ。これじゃあ、地面に激突する瞬間が分かっちゃうじゃん……あ、明日の双葉との約束、守ってやれねえや。
ゴメンなあ、妹よ。兄ちゃん、最後まで情けなかったよ……せめて、お前は元気で長生きしてくれよなあ)
自分が死ぬ事よりも、双葉を悲しませることの方が口惜しく思える。
ガキの頃から俺の後ろにくっついて行動していた双葉。
俺の呼び方が「お兄ちゃん」から「兄さん」に変わったのは、曲の家に養子に出された頃だったか。
曲の家に移る日の朝は、あいつ、わんわん泣いてたっけ。
前日まではなんでもなかったのに、当日になって双葉一人が養子に迎えられる事を知った途端に、俺と離れたくないってさ。
いや、どうして俺もセットで養子縁組されてるって思ったんだろうか? 当日までそれを疑わなかったあいつの思考回路は、今でも不思議だよ。俺より遥かに頭いい筈なのに、時たまスゲー抜けてることがあるからなあ。お兄ちゃん、
ちょっと不安です。
まあ、とにかく、双葉は俺の半身。血を分けた双子の妹だ。
双葉が幸せになってくれることを、あの世から願ってるよ――って、
「随分と落ちるまでに時間が掛かってるなあ。あれか? 走馬燈タイムってやつか……って、はい?」
いつの間にか(地面に激突する瞬間を見たくなかったから)閉じていた瞼を開いた瞬間、目の前が光に包まれた。
『『ええええええ!? なにこれ、オーラ〇ードが開いちゃったの!? 海と陸の狭間の世界に飛ばされちゃうの!?』』
『『オー〇の力蓄えちゃったりする!? 開いた翼が天に飛んでいく!?』』
(……おや? なんかおかしくないか? 同時にいくつもの思考が浮かんでるぞ?)
『『……変だな』』
『『おかしいな……』』
『『なんか、鏡合わせみたいな……』』
『『なんだこれ?』』
……ありえない。何だこれは? 思い浮かべる事は胡乱なのに、思考自体は途轍もなくクリアだ。
まるで、何人もの“俺”が、同時に物事を考えているような……
『『なんか、聞いたことがある』』
『『なんだっけ……平行世界? 量子論?』』
『『量子演算……量子コンピューターだったか?』』
『『えーと……確か、SFかなんかで……』』
“俺じゃない俺の知識”が、次々に入り込んできて統一される。
“未知”が“既知”に塗り替えられていく。
(……どうなってんだ、これ?)
『『時間の流れがおかしい』』
『『思考に掛かる時間が、ほぼ無限に引き延ばされてる様な……』』
『『思考の高速化?』』
『『異常なまでの演算速度だ……』』
(……ところでおまいら、本当に俺か? 頭良すぎじゃねえ?)
『『どこかの俺が、頭脳明晰すぐる件について』』
『『バッカ、おめー、こんなのいち雑学だって』』
『『さっきまでの会話、ソースぷりーず』』
(あ、良かった。俺より馬鹿な俺がいた。
とはいえ、いつまでこんな状況が続くのやら……)
『『パターンから行けば、そろそろ急展開が来る筈』』
『『あー、あるある』』
『『あれですね? あれ系ですね?』』
(……ソースは?)
『『ラノベ?』』×∞
全俺が言い切った。
(そーでしょうね。聞いた俺もそれ以外に答えが見つからなかったよ!!)
『『ともあれ、これ以上の考察は、状況が変化しない限りは無理と思われ』』
『『名探偵は殺人事件が起きた後じゃないと動けない』』
『『日本の警察もな』』
『『お、辛辣ぅ!』』
(お止しなさい、どこかの俺。怒られちゃいますよ?)
などと頭の端っこで窘めつつも、なんとなく理解してしまっている。
遠くない未来……否、恐らく1秒後にでも事態が変化するであろうことを。
そしてやはり……
「むぎゅっ!?」
「あらあら♪」
俺を取り巻く事態は、俺自身の予想の斜め上に向かって変化したのだった。
現在の俺の状況を説明しよう。
先ず、眼鏡がどこかへ吹っ飛んだ。
目の前は真っ暗だが、凄く良い香りに包まれている。
そして、顔面全体が柔らかいクッションに挟まれ、妙に安らぐ気持ちが心を満たす。
膝立ちで地面に接しているようで、制服のスラックスを通してひんやりとした冷気が伝わってくるが、それを補って余りある暖かさで身体を拘束されている感覚。
以上の状況から、俺の現状を推察してみると、だ。
『誰かに抱きしめられている』
以外の答えが見つからない訳で……
「ふむぅ、もがもが!」
とりあえず頭を左右に振って、脱出を試みると、
「まあまあ、あなたは甘えんぼさんですねえ♪ ぅん。くすぐったいですよ~?」
なんて、のんびりした女の人の声が頭上から聞こえてきた。
ついでに後頭部を優しく撫でられる。
……ああ、そうだな。現実逃避を止めよう。
俺の顔を包む、途轍もなく柔らかいクッション……これは間違いなく、
おっぱいだ!
しかも、デケェ!!
認識した途端、俺の全身から血の気が引いていく。
何だか分からんが、俺は見ず知らずの女性のおっぱいに顔を埋めて、あまつさえスリスリしてしまったらしい。
普通にタイーホされても文句が言えない状況だ。
「ふおおおお!?」
「あら?」
パニクった俺は、おっぱいの下側に向かって顔面をずらし、そのままザリガニの様に後方へ下がりつつ見事な土下座を極める。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーい!
悪気は無かったんです! 不可抗力なんです! だから、豚箱入りは勘弁してくださーい!!」
平身低頭、謝罪の言葉を並べて土下座を続ける俺の頭に、ふわりとした感じで掌が置かれた。
「うふふ、大丈夫ですよ~。だから、頭を上げてくださいね~」
そう言って再び頭を撫でられる。
……なんだろう。凄く落ち着く。
恐る恐る顔を上げて、目の前でしゃがみこんでいる女性を見た。
……凄い美人だった。
そして、凄く白かった。
しゃがんでいる所為で床にまで広がるほど長い、真っ白な髪。
透き通る様な白い肌。
そして純白のドレス。
瞼を閉じているので瞳の色までは判らないが、途轍もない美人さんだ。
年のころは20歳くらいだろうか? 俺よりも少し年上に見える。
そんな女性を前にしたら、男なら誰もが硬直してしまうだろう。
少なくとも俺はそうなった。
「あら~? どうしました~?」
反応の無い俺に、女性は不思議そうな表情を浮かべて尋ねてくる。
「あ、ああ、すみません……じゃなくて、許してくださってありがとうございます。
俺、蓮沼 円っていいます。あの、お姉さんは……」
「まあまあまあ! お姉さんですって~!」
後頭部を掻きながら尋ねた俺に対し、目の前のお姉さんは頬に手を当てながら、いやんいやんと身悶えている。
……あれ? なんだか初期の印象が崩れ始めてきたんだけど?
「あの……?」
「お姉さんなんて呼ばれたの、何千年ぶりかしら~!? “あの方々”ときたら、『おい』とか『お前』とか『白いの』とか『白』としか呼んでくれませんし~」
なんか、途中まで身悶えていたかと思ったら、突然頬を膨らませてぷんぷんしだしたんですけど。
……つか、今なんて言った? “何千年ぶり”? え、ギャグ??
「あなた……ツブラさんでしたよね~? ツブラさんも名前は大事だと思いますよね~? ね~?」
なんか、俺の手を握り締めてアップで迫る美人さん。
美人さんのアップは凄い迫力があります。
あと、おっぱい当たってる。寧ろ当ててんのよ的な?
「え、ええ、まあ、名前は大事だと思いますけど……」
頬を引き攣らせながら答えた俺に、美人さんは満面に笑みを浮かべて大きく頷いた。
「そうですよね~!? 名前はとっても大事なんです~! あの方々はそれが分かっていないんです~! だから未だに『赤』だの『青』だの『銀』だの『金』だのと呼び合っているんです! ほんとにもう……私、呆れちゃってます。
ぷんぷんです。ツブラさんの世界風に言えば、『激おこ』です! 激おこぷんぷん丸です~!!」
「……は? 今、なんて?」
妙に可愛らしく頬を膨らませて熱弁するお姉さんの言葉の中に、決して聞き逃してはいけない単語が混じっていた。
「はい? 激おこぷんぷん丸ですか?」
「違くて!! 今、『ツブラさんの世界風に』って……」
小首を傾げるお姉さんのボケを潰して、俺は一歩詰め寄って尋ねる。
「ああ、はい~。ツブラさんの世界の言葉で言えば、ここは異世界です~」
「い……せかい?」
あっさりと……無茶苦茶あっさりと言い放たれたその言葉に、俺の頭の中で何かのスイッチが突然入った。
『『テンプレ、キタコレ!!』』
『『まさかのお約束的展開』』
『『魔法! 魔法はあるのか!?』』
『『魔王か? 魔王を倒すのか!?』』
(……うん。少し黙ろうか、馬鹿担当の俺)
頭の中で展開される、いくつもの思考に対して冷静な突っ込みをかます。
崖から落ちて地面に向かって紐無しバンジーの最中、光に包まれた空間で起きた現象。
無限に近しい数の“俺”の思考が錯綜した、あの“瞬間”。
今は不思議と理解できる。
この現象は、合わせ鏡の様に存在する無数の可能性的世界――平行世界の“俺”の意思であり、思考だ。
普通に考えれば、こんなのはありえない。異常な現象だ。
にも拘わらず、俺自身、不思議と納得してしまっている。
この現象を認めている。違和感が無い。妙に“馴染む”。
まるで、欠けたピースが埋まるかのように――
「うふふ」
お姉さんの声で、思考の渦に埋没していた意識が引き上げられた。
「随分と”深く”考え込んでいたようですね~」
「あ……すいません。あまりにも俺の常識から懸け離れた事柄ばかりなもので……」
お腹の前で手を組む淑女ポーズを取りながら微笑むお姉さんに、頬を掻きながら情けない表情を浮かべつつ答える。
「いえいえ、謝ることはありませんよ~」
そんな俺に対して、お姉さんはにこにこしながらそう言った。
……しかし、このお姉さん、さっきから一度も目を開かないな。
その割には状況把握は出来てるみたいだけど……まあ、いいか。何か事情があるんだろ。
そんな事よりも、だ。
「お姉さん、幾つかお聞きしたいことがあるんですが……良いですか?」
「勿論です~。私、こう見えて物知りですから、何でも聞いてください~」
真剣な表情で告げる俺に、お姉さんは胸に手を当ててそう言った。
因みに、ぷるん、と揺れた。胸が。
「あ、でも~……ツブラさんの質問に応える代わりに、私のお願いを一つ聞いて下さいますか~?」
「え、あ、ああ、勿論! 俺にできる事なら……」
上目遣い気味(目は閉じている)に問うてくるお姉さんに、慌てて応える。
……だって、少ししゃがんだだけで、谷間が凄いんだもん! 見るとはなしに見ちゃうでしょ!? 男の子なんだから!
「まあまあ! 良かった~。
あ、心配しなくても大丈夫ですよ~? 変な事をお願いしたりはしませんから~」
心底嬉しそうに微笑むお姉さんに、思わずどきりとした。
どう見ても年上なのに、時々年下に見える仕草をするこの美人さんは、ずるいと思う。
「ん、んん! では、先ず……」
咳払いをしつつ、第一の質問。
正直、これを聞かなければ始まらないし、何も始められない。
「……俺は、俺が居た世界に帰る事は出来るんでしょうか?」
そう。俺自身が帰還できるか否かを問うたのだった……
「そうですね~……“現時点では”難しいと言わざるを得ませんね~」
形の良い唇に人差し指を当てつつ、お姉さんが答える。
「そうですか……でも、その口振りからすると、可能性がまるで無いという訳ではないんですよね?」
ある意味予想通りの答えを得たが、お姉さんは「現時点では」という言葉を使った。
それは、時間をかければ戻ることが出来る可能性が残っていることを意味している。
「うふふ。そういう前向きな考え方は、私、大好きですよ~?」
「いい子いい子」と手を伸ばして俺の頭を撫でるお姉さんだが……それをされると、貴女のアルティメットおっぱいが目の前をちらつくんですよ! 嬉しいけど勘弁してください!!
「ど、どうもありがとうございます。
それじゃあ、次の質問に――んむ?」
目を泳がせつつ平静を整えようとした俺の唇に、お姉さんの細い人差し指が当てられた。
……ちょっと待て。
その指、今さっき貴女の唇に当てた指だよね!?
か、かかか、間接チッスってやつですかあ!?
「なななな、なんですか!?」
「いえいえ、長くなりそうですし、立ったままでは何ですから~」
慌てふためく俺の事を気にした様子もなく、お姉さんはドレスの裾をふわりと揺らして横を向くと、俺の唇に当てていた人差し指をくるりと回す。
「!? な……に?」
目を疑った。
何故かって?
それは、今まで何もなかった俺のすぐ脇に、豪勢な意匠の椅子とテーブルが突然出現したからだ。
「遠慮せずに掛けて下さいね~。
今、お茶も出しますから~」
お姉さんはそう言って再び指を回す。
すると今度はめっちゃ高価そうなティーカップに注がれた、紅茶っぽい飲み物が現れた。
「……これって……」
「うふふ。ツブラさんは“魔法”を見るのは初めてですか?」
突然現れたそれらを、呆然とした表情で見下ろす俺の姿を見て、お姉さんが悪戯っぽく笑みを浮かべる。
『『魔法、キマシタワー!!』』
『『ナイス! ナイス・テンプレ!!』』
『『驚いたな……どういう理屈で現実に干渉しているんだ?』』
『『元から存在した物を移動させるのと、無から有を作り出すのでは、まるで意味が違ってくるぞ?』』
『『まさか高位次元干渉? ありえねえ……なんだそりゃ? 神の御業じゃねえか!』』
『『ぶっ飛んだ次元で考察を始めた俺ガイル件について』』
『『日本語でおk』』
(うるせえよ馬鹿担当! あと、頭良すぎる俺。もっと噛み砕いて説明して欲しい――あ、統一されたから大体解った)
「これが魔法……呪文とかは必要無いんだ……」
すとん、と落ちるように椅子に腰かけ、お茶の注がれたカップを手に取る。
……温かくてとても良い香りがする。相当お高いお茶だ、これ。
「はい。“魔法”に呪文は必要ありませんね~。呪文が必要なのは“魔術”です~」
俺の対面に腰かけ、その見た目と相まって、どこかの国のお姫様のような仕草で優雅にカップを口元に運びつつ、お姉さんはそう言った。
「? ということは、“魔法”と“魔術”は別物なんですか?」
首を傾げて問う俺。
以前遊んだコンピューターRPGでも、明確な種分けはされていなかったと思う。
単純に物理攻撃以外の攻撃手段が魔法だったり、呼び方を変えて魔術だったりした様な……?
「はい、違いますね~。
先ず、“魔法”とは高位次元より干渉して規定次元上に変革を齎す術であり~、“魔術”とは規定次元上にて物理法則を歪めて行われる事象改変です~」
『『だから、日本語でおkだってばよ!』』
『『解説担当、和訳してプリーズ!!』』
馬鹿担当の俺が喚き散らすセリフが煩いが、俺自身、ちっとも理解できないので黙っていることにする。
『『……意訳すれば、勉強すれば誰でも使えるのが“魔術”。普通の人間は逆立ちしても使えないのが“魔法”だ』』
『『というか、一般人じゃどうやったって使えないぞ? 魔法』』
『『即ち、このお姉さんは一般人ではない、と』』
『『今更感が果てしない。どう考えても日本語使って会話してるし、俺が居た世界の事も知識としてあるっぽい』』
オーケー解った、頭の良い俺。
ついでに、目の前のお姉さんが只者じゃあ無いのは、俺も分かってた。
故に、ここらでハッキリさせときたい。
魔法とかの考察は取り合えず後回しだ。
「えーと、完全に把握したとは言えませんが、魔法と魔術が別物だということは解りました。
少なくとも“普通は魔法なんて使えない”、っていうことくらいは理解できます」
「あらあら、今の説明でそれが理解できるとは~……うふふ」
上目遣いで答えた俺に、お姉さんは楽しそうな微笑みを浮かべている。
「で……普通は使えない魔法を使えるお姉さんは、一体どういう人なんですか?」
「あらあら、私ですか~?」
鋭く切り込んだ(と思う)俺の問いに、しかしお姉さんは表情を変えることもなく、とんでもない返答を返してきた。
「私は~、この世界の管理と観測を任されている存在……“龍”の一柱です~」