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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自己満足の精一杯

作者: トウラ

石で囲まれた牢獄は地上の暖かさとは無縁に冷えきっている。

フランは寒さにぶるりと体を震わせ、モルジロッドに渡された2枚のショールを腕に巻きつけた。やはり、と退出を促した騎士モルジロッドにかぶりを振り、前を見据えた。


 戻るという選択肢などフランにない。


 道を進む度に下げられる頭、モルジロッドがそれを素通りする後ろでフランは小さく返礼しながら奥に進む。

 鉄の甲冑を身に着けた騎士達は寒さなどないかのように決められた場所で静かに佇ずみ、師団長であるモルジロッドを視界に入れると頭を下げた。





 案内として前を進んでいたモルジロッドが行き止まりでようやく歩みを止めた。体を半回転させて廊下側に背中を向けると、手のひらを先へ示す。

 フランのために道を開けた。つまり、ここが目的地。


 フランも前を見据えてゴクン、と唾を飲んだ。

 長いながい通路を抜け、只1つの牢獄に辿り着く。


 フランがそこに少し近寄ると、中が酷く殺風景なことに気づいた。

 石で覆われた牢獄の中、ポツンと簡素なベッドが置かれているのみ。剥奪されたとしても、元王妃にして伯爵の位を持つ貴族の扱いとは到底思えないものだった。



 当の本人、エレナは気にした様子もなく凛とした姿でベッドに座っていた。

 以前までの綺麗な召し物ではなく、泥で洗った切れ端のような服。それにも関わらずエレナは美しく、洗練されているように思えた。

 フランは小さく声を上げた。


「エレナ様」

「エレナ様、お顔を見せてください」



 横目にフランを捉えたエレナは関心もないようで視線を汚れた壁に戻した。


「話を、聞きにきました」

「お話を、させてください」


「お答えください」

「声をお聞かせください」

「こちらを見てください」

「エレナ様」

「エレナ様」


 応えねば永遠と問い続けるであろう事を悟ったエレナは視線を向けぬまま答える。


「話すことはありません」

「私にはあります」

「私はあなたと話したくありません」

「それでもっ」

「…卑しい人。これから死ぬ私にすら、あなたは慈悲を求めるのですか?」


 吐き捨てるように言われた言葉に凍りつき、フランは黙ってしまった。だめなのだ、フランはエレナと話すといつもこうなってしまう。

 これまでにも。何度も、何度も彼女と話す機会を作ろうとした。その度、彼女は無駄とばかりにフランを払いのける。


 悲しみで、フランの瞳に涙の粒が出来始めた。



「わ、私は。今までのこと、もう謝りません。でも、最後にどうしても、あなたの気持ちが知りたいんです」

「最初に言った通りです、話すことはありません」


 ついに涙の一粒が頬を伝った。


(また、跳ね付けられた。でも、もう今度はない。勇気を、振り絞らなければ!)


 フランは牢獄の冷え切った鉄に縋り付いた。


「姉さま!お願い…私を見て。――私が、彼を諦めていたら、何か変わっていたのですか?!」


 これを逃せばもう、2度と姉さまと話すことは出来ない。

 フランを一瞥したエレナは静かに目を瞑った。


「だからあなたは、愚かなのよ」




 フランにとって、エレナは5つ上の姉である。

 王の后となるべくして育った姉とは違い、フランは他者から押えつけられることもなく純粋で清らかに育った。

 お互いの役割は違うのもの、そう弁えていた2人の仲はそう悪いものではなかった。



 しかし、それはフランが王に恋慕するまでの話である。

 姉の男に恋をした。それだけならよかった。

 

 しかし皮肉なことに王もまた、純粋で可憐なフランを愛した。


 苦言を呈するエレナを疎い、王はすぐさま妃であるエレナを離宮に据え置いた。エレナという邪魔者がいなくなった王はフランにますます陶酔し、2人の仲は王宮のみならず下々の民にまですぐさま知れわたることとなる。



 フランは優しい女であった。王宮に近い孤児院の劣悪な環境を非難し。孤児院を建替えさせ、その後はフラン自らが孤児院を手伝い、孤児院の子供たちを笑顔にした。

 民が飢饉により貧困であえいでいると知れば王宮にある食料を全て明け渡し、民の飢えを解消させるどころが祭りの時のように振る舞い、腹一杯にさせた。その後すぐに飢饉は脱し、フランは民から女神と呼ばれるほどに支持を受けた。


 その後、それほど時間はたたず、エレナが国の財産を一部の元老院と横領していると王に捕らえられた。元老院は碌な裁判もされないままその場で極刑、弁解の余地すら与えられなかった。現女王であったエレナは一度拘束され、牢屋に放り込まれたのちに死刑が決まった。騎士、モルジロッドも王によって処刑されようとしていたが幼馴染であったフランが庇い、エレナもモルジロッドは今回の件とは一切関係がないと公開拷問の末に証言したことから王はしぶしぶながらもモルジロッドを無罪とした。





 フランは、王に恋したことは後悔していない。




 エレナが不正をして国の金を横領してしまったことは残念でならないと感じていた。それゆえの処刑もやむえないと。

 それでもフランは最後に、大好きな姉と話したかったのだ。


 過去にあったことを楽しそうに語るフランにエレナは一向に応えようとしないまま、時間だけが過ぎる。




「フラン様、もうそろそろ。王が帰還なされます」



 モルジロッドがフランに声をかけた。はっ、と振り向くと険しい表情をした騎士がそこにいた。もともと短時間でも会いたいといったのはフランだ、「でもっ」と名残惜しいと追い縋るフランの手を気づけばエレナが上から握っていた。

 死体に触られているのではないかという程、冷たい手だった。

 


 いつのまにかエレナはフランの目の前にいた。

 いつもと、昔のように変わりない、表情の見えないエレナが。


「姉さま・・・」

「それでは、1つだけ」



 エレナが口に出した言葉、フランはその後、一生忘れることはない。



「私が死した後。国民、元老院、…王、全てがあなたのせいではないと、慰めるでしょうね。ですが覚えておきなさい。私がこれから死ぬのは、あなたのせいです。あなたが、私を殺すのです」


 息を呑んだフランを見ながら、エレナは続ける。



「姉さま、それは・・・」

「あなたがいなければ。私は彼に愛されなくとも・・・彼が誰も愛さなければ、我慢できました。民衆のため、国のため、私の持つ全てを使って、国を正しく治めていたでしょうね」

「・・・いっっ」


 エレナはフランの指に爪を立てた。


「私は、この国が好きだったわ」

「ではなぜっ!?」

「—―あなたの、近くの孤児院で手伝いをするという行為自体は立派な行為でしょうよ。あなたが、王の寵姫、妃でなければの話だけれど。近くの孤児院だけを贔屓にしてどうするのでしょうね、その孤児院だけに国の予算を捻出してなんになるのかしら」

「それはっ、子供達の命が!」

「あなたがすべきことは、高官を諌め、兵を使い、国を治めることです。身よりがないからなんだというのです。あなたが渡したお金は誰のものです!誰が作ったお金ですか!あれは国の警備に使うものでした。たまたま敵が攻めてこなかったからよかったものの。街の人間を守るための税金を無駄に使い、これより生まれる命を奪うことになる可能性があると何故分からない!」

「子供達は死にそうでした!」

「それで1000人の命が助かるのです。夫婦はまた子を生む、10を見限り100を捨てることが出来なければ国は治められない!!」

「その民のお金を盗んだのはあなたでしょう!」

「そう、あなたはそう思っているのね」

「それ以外に何があるの!」


 王が捕まえ、国が決めた事。フランの考えがなんだというのだろう。

 エレナは小さくため息をついて、2.3歩後退した。


「馬鹿な子。…国の食糧についてもそうよ。たまたま、あの時の飢饉は早く終わった。もし終わらずにいたらどうなっていたか、あなたは想像したことある?」

「民が飢え死にするよりましです!」

「今、貯蔵庫には一切の蓄えがない。もう一度飢饉になったらどうするの?」

「それはっ、他国から分けてもらえば」


 隣国の王子であればフランと仲がよく、食料も分けてもらえるだろう。


「隣国は味方ではありません、あくまでお互いの利益のために同盟を組んでいるだけ。そのような情報が知れれば、嬉々としこの国を襲うでしょうね」

「そんなことない!彼はそんな事しないわ!」


 エレナは王子と仲がよくないからその事が分からないんだ!

 そう思ってフランは必死に訴えた。


「彼は、そうかもね」

「えっ」


(姉さまが分かってくれた!)

 顔を上げたフランが見たのは侮蔑の表情を浮かべたエレナだった。


「しかし、恋に現を抜かし判断を迷う馬鹿に決定権など無いでしょうよ」


「フラン様、もう限界です。お戻りを!」


 エレナは声を上げた騎士とは違うモルジロッドを見やり、一度だけ頷いた。


「やはり…何を言っても無駄ね。育ってきた価値観が違う」

「そんなこと」


 エレナの酷く冷めた目にフランは口を閉ざした。


「姉として言うわ。泣くのはこれで最後にしなさい、フラン」


「ごめんなさいっ」

「・・・もういい、見苦しいわ。行って」


 モルジロッドに半ば強制的にエスコートされたフランは牢屋から遠ざかる

 久方ぶりに呼んでもらえた名前は冷たく、ぬくもりはなかった。

 これが姉妹の、最後の会話。




***




 民衆の視線を一身に受ける中、エレナは優雅に服の裾を持ち上げた。



「それではごきげんよう」


 切っ先は真っ直ぐ彼女の首に落ちる。

 稀代の女帝が死んだ。民の歓喜の声で街中が溢れかえった。




 新王妃は只一人、涙を流した。 

 周りの人間はそれに首をかしげ、自分に害をなした女にさえも慈悲を下さる新王妃の優しさに感心していた。


 王に慰められているフランを、1人の男が冷めた表情で見ていたことを知らない、







 ハイドル王国の歴史より~



中略


 25代目の王はあまり優秀な人間ではなかったとされている。

 妻であるエレナの叡智に嫉妬し、疎んでいたとして夫婦仲はよくなかったそうだ。


 そしてエレナ女王の処刑、これがハイドル王国が滅んだ最大の理由だと伝えられている。

 

 王に代わり政治を動かしていた女王が他国に通じていた、または国の税金を横領をしたとして斬首刑にされた。これについては諸説挙げられているが、全て定かではない。その後、それに加担したとして政治を収める何十という優秀な貴族や学者達が裁判なしに処刑された。


 舵をなくした船がどうなるか、それは皆ご存知の通りだろう。


 長く続いた大国であり、故女王エレナによって基盤が頑丈に固められたいた政治政策により、すぐに滅びることはなかった。

 しかし、王に媚び、己の資産を肥やすことだけに力を入れる貴族により、綻びは次第に大きくなってゆく。そして再び飢饉が起こった。


『上がる税金、悪くなる生活環境。悪い女王が死んだというのに、苦しくなる生活に民は何か、恐ろしい勘違いをしていたのではないかと絶望し、その後の大飢饉により数百万の命が容易く散っていった。』

 *ハイドル王国の学者の手記より一部抜粋。



 新女王の配慮により、極限まで徴収を少なくした国の食糧庫には、貴族がギリギリ生きながらえる分しか残されていなかったとされ。城の扉は堅く閉ざされていたままだったと記録に残っている。


 飢饉が収まり。国は失った損失をおぎなうために税金を上げた、そのことで国民の不満は極限にまで達していたとされる。

 皮肉なことに、エレナ女王の時代と上がった金額は同額とされている。一度楽な道を覚えた国民達はそんなことには気にも止めなかったそうだ。


 こうして力を無くしていったハイドル王国。



 フランの子が王として君臨してすぐ、隣国と手を結んだ辺境の騎士によって国は滅んだ。


 500年続いた国は退位した王、その妻であるフラン、そして2人の息子にして新王である首を最後に、長きに渡る歴史に終わりを告げた。

 25代目の王とその妻は隠し通路で捕まったと記録されている。女王フランの幼馴染であるモルジロッドに救援を依頼していたそうだ。



 著者がハイドル王国を調べるにあたり、一番驚いたのはこの部分だ。

 


 反乱軍のリーダーはモルジロッドだった。


 エレナ女王、その家臣と一緒に処刑されるはずでありながら唯一生き残った男の名も、モルジロッド。


 最近の検証により、フランがエレナ女王の実の妹であったことが分かった。

 つまり、モルジロッドとエレナも幼馴染である可能性が十分にある。


 フランに庇われ、死を免れたとされるモルジロッドはエレナ女王の死後、すぐに自分の土地に戻ったそうだ。



 国を滅ぼし、新しい国を作った男、モルジロッドは王にはならなかった。信頼できる家臣を王に据え置き、自身は陰から王を支えたとされる。


 あとがき


 中略



 最後にこれだけ語らしてほしい。


 モルジロッドはある晩年の頃、ぽつりと家臣につぶやいたそうだ。


「エレナは非情だが、王の器であった」と。


 著者は、モルジロッドは女王エレナに恋慕していたのではないかと考えている。

 理由などはない、ただの勘だ。

 



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