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第十六話

書き直しました。2019


 一年と半年の月日が流れて、聖女は日常会話なら支障がない程度に条国の言葉を覚えた。

 元々頭の良い子だったんだと思う。自分の中できっかけを掴んだら、すらすらと覚えていったみたいだ。


 半年前には既に片言ながら話せるようになっていたけど、紅説王がもう少し会話を理解できるようになってから話そうということで、まだ彼女の使命については明かしていなかった。


 今日がその日だ。

 僕は、紅説王に聖女を呼んでくるように頼まれていた。

 ある部屋の前で立ち止まると、声をかけた。


「あかる、いる?」


 ごそっと、部屋の中で物音が聞こえると、誰かが歩いてくる気配がして、障子が開かれた。


「いますよ」


 黒い瞳が僕を見上げて、にこりと笑う。夏らしく、薄い着物の生地。青い色が夏の抜けるような蒼さを現している。腰の白い帯は雲のようで、帯締めは赤を基調とした朝顔の花柄が入っている。

 腰まである黒々とした髪が、さらりとそよ風に揺れた。


「空みたいできれいだね。黒曜石の目に良く似合うよ」

「……」


 聖女こと、あかるは驚いたように目を丸くした。頬を僅かに紅色に染める。


「……ありがとうございます」


 聖女の名は、後藤あかる。日本という国に生まれたらしく、その国はこの世界の世界地図と地形が似ているらしい。飛行機とかいう空飛ぶ船とか、宇宙に人間が行ったとか、日本ではドラゴンは幻の生き物だとされてるとか、そういう話は半年前に聞いていた。最初は皆信じなかった。僕と王意外は。


 でも、今はあかるの話しを聞いて、異世界という存在を信じる人が大半になった。陽空とかアイシャさんとか、ムガイも燗海さんもだ。


 ヒナタ嬢は相変わらず我関せずだし、青説殿下は端から信じてない。というか、聖女がどこから来たのでも関係ないってところか。聖女がその役目をちゃんと果たしてくれれば異世界だろうとなんだろうと良いみたいだ。


 意外なことにいまだに信じてないのは、マルだけだった。――っていうと少し語弊があるか。


 マルは、その存在を証明したくてしょうがないって感じだ。だから、証明できるものが見つかるまでは信じない。


 話だけでは、いくらでも虚言を吐ける。だから、もっと確信できるものを手に入れたいって感じだな。

 僕はマルの熱意ある瞳を思い出して、不意にぞわっと寒気が走った。


(あれ、異世界の存在が証明できたら、意地でも〝通路〟を造って向こうの世界へ行く気だろうな……)


 僕はちらっとあかるの部屋を見た。書院甲板の上にあの箱が乗っている。


「あのさ。どうしてあの箱のこと秘密なの?」

「え?」

 あかるはきょとんとして、振り返った。

「ああ」

 合点がいった声音を出して、向き直る。


「箱ってケータイのことですよね?」

「ケータイって言うの?」

「本当は携帯電話っていうんですけど、略してケータイって皆言ってて」

「へえ」


「カメラつきは最近はやってるんですよ。あたしもバイトしてお金溜めて買ったんです」

「へえ。そうなんだ。御両親に買ってもらわなかったんだな」


 偉いなという意味を込めて、何気なく言った一言だった。でも、それはあかるにとっては禁句だったのかも知れない。

 あかるは途端に顔を曇らせて、俯いてしまった。


「そっか、そうだよな。一年以上も帰れてないのに、僕……ごめんな」

 そりゃ、寂しいよな。

「いえ、違うんです」

 あかるは慌てて手を振って、にこりと笑んだ。気遣ってくれたんだ。

「あたし、両親がいなくて」

「え?」


 僕は思わず驚いてしまった。

(あかるは戦争孤児だったのか?)


 あかるから聞いていた話では、日本という国は何十年も戦争はしていなくて、最近ではアメリカとかいう国がとある国を爆撃したという話を聞いて驚いたっていうくらい戦争には縁がなかったらしいし、殺人事件も身近で起こるようなことはなかったという。それどころか、強盗も滅多にないと聞いていた。


 それなのにも関わらず僕の脳は、両親を亡くした者は戦争孤児というイメージがよっぽど強かったらしい。直結してそれに結びついてしまった。


(でも、病気で亡くすという子も多いもんな)

 僕はひとりで納得しながら向き直る。


「どうしてとかって、聞いても良いのかな?」

 遠慮がちに尋ねると、あかるは少し哀しげに笑んだ。

「物心ついた時には施設にいて――」


 言いかけて、「ああ、施設っていうのは、こっちにはないんですよね」と慌てて言ってから、あかるは少しだけ考え込んだ。


「え~と……。正確には児童養護施設っていうんですけど、身寄りのない十六歳以下の子供を引き取って、育ててくれるところなんです」

「たくさんいるの?」

「そうですね。あたしがいたところだと、三十人くらいはいました」


つけ足すように「もしかしたら、少ない方なのかも知れないですけど」と言って、あかるは微笑んだ。


 なんとなくだけど、その施設の人達のことを思い出したのかも知れない。あかるの表情は今までにないくらいに柔らかかった。


「皆兄弟みたいに育ちました。でも、やっぱり子供の頃は寂しくて……。自分の両親がどんな人なのかすらも知らないのに、親に逢いたいって、泣いてました。やぱり、学校とか行くと周りは皆、親がいる子ばっかりでしたから」


 あかるはにこりと笑った。

 見方によっては吹っ切れたような笑みにも見えたけど、僕には無理をして笑ったように見えた。


「もしかして、あの絵ってそこの子達なの?」

「絵?」

「箱のだよ。箱の内側に描かれてた」

「ああ」

 あかるは納得したように頷いた。


「あれは、絵じゃなくて写真っていうんです」

「写真?」

「そうです。カメラ機能ってやつで撮るんですけど……なんて説明したら良いんだろう? まあ、でも絵でも同じか……」


 ぶつぶつと独り言を言って、

「あのケータイで、写真っていう、精巧な絵が描けるんですよ」と困ったように笑った。


「誰にでも出来るの?」

「そうですね。あのケータイがあれば、一瞬で、誰でも描けます」

「へえ。ねえ、じゃあ僕もやっても良い?」

「あっ……」

 身を乗り出すと、あかるは残念そうに顔を顰めた。


「ごめんなさい。充電が切れちゃって……。充電するには電気がいるんです。電気が切れると、もう動かないんですよ」

「電気があれば良いの? 電気を操る能力者とかいるけど。良ければ紹介しようか?」


 マルあたりに頼めば紹介してくれるだろ。


「本当ですか!?」


 あかるは一瞬喜んだけど、すぐにしょぼんと肩を落とした。


「でもやっぱり無理です。充電器がないので、充電するのは無理だと思います。どれくらいの電気の強さなのかも分からないし……ありがたいですけど……」

「そっか。まあ、それじゃあしょうがないよね」


 充電器とやらが何なのかは知らないけど、とりあえず頷いておこう。


「でも、よっぽど大切な物なんだな」

 ぽつりと呟いたら、あかるがきょとんとした表情で僕を見上げた。

「だって、すごいがっかりしてたから」


 あかるは普段、考えてることが表情や行動に出るタイプじゃない。それが素直に出たってことは、よっぽど残念だったってことだろう。


「それは、そうですよ」

 あかるは眉を八の字に下げた。


「ケータイには施設の皆と撮った写真がいっぱいありましたから……。十八歳になると、施設を出ないといけないんです。あたしは十六歳で施設を出て、一年間一人暮らししてたんです。昼は寮のある工場で働きながら、夜は定時制高校に通ってたんですけど、一人になったことなんてなかったから、寂しくて帰りたくなることもあって。そういうときは、あの写真を見て元気貰ってたんですよね」


 あかるはぱっと顔を上げて、取り繕ったように笑った。


(そうか……。あかるはもう二度と帰れないかも知れないし、あの写真ももう見れないのかも知れないのか)


 弱さを見せない彼女の不安を、僕はそのときに見た気がした。

 そりゃ、そうなんだよな。突然言葉の通じない世界につれてこられて、泣きたくならないわけがない。


 この一年半、あかるはずっと一人で不安と戦っていたのかも知れない。

 僕は、ぽんっとあかるの頭に手を置いた。元気付けたくて、自然と頬が綻ぶ。


「ここにいる連中は赤の他人だけど、僕にはもう家族みたいに大切なんだ。きっとあかるの兄弟と一緒だ」


 僕は、「うん」と声に出して頷いて見せた。


「だから、あかるももう僕の妹みたいなもんだよ。大切な仲間だ」


 あかるは目を丸くして、一瞬だけ、眉を寄せた。瞳が薄っすらと潤む。瞼を瞬かせて瞳を乾かしてから、にこっと笑った。


「ありがとうございます」

「うん。――で、高校とか工場とか充電器ってなに?」


 嬉々として、内ポケットからメモ帳を取り出した僕に、あかるは呆れた。あるいは残念そうな顔を向けた。


「……レテラさんって、そればっかりですね」


 * * *


 大広間へあかるを案内すると、王は僕を労う言葉をかけてから、下がるように言った。大広間の中には、一瞥したところ王とあかる以外はいないようだ。


 僕は早々に大広間を出ると、物陰に隠れた。

 大広間の障子は開け放たれているので、戸袋がある壁に寄ってそっと聞き耳を立てる。

 内ポケットからメモ帳とペンを取り出した。


「あかる。これから言うことを、どうか落ち着いて聞いて欲しい」

「……はい」

 紅説王の真摯な声音を受けて、あかるの声は緊張したようだった。


「君は、この世界へ呼ばれてやって来たんだ」

「え?」

「呼んだのは、我々だ」

「……」


 僅かに沈黙が流れて、紅説王が小さく息をつく音が聞こえた。王も、緊張してるみたいだ。


「この世界には、魔竜と呼ばれる生き物がいる。正式名称はアジダハーカ。このドラゴンは、様々な命を奪っていた。我々はそれを止めようとし、最後の一匹まで数を減らしたのだ。しかし、その一匹は今までの方法では倒せず、逆にあやつを強化してしまう結果になってしまった。人間だけでなく、全ての生き物は今、やつに滅ぼされようとしている。それを止めるために、あかる。君は異世界より呼ばれたのだ」

「……」


 あかるは言葉を失っていた。顔は見えない。だけど、空気から察するに、絶望と混乱があかるの中には渦巻いているに違いない。

 あかるが言葉を発するのを待つことはなく、王は続けた。


「あかるの中には今、魔王と呼ばれるものが存在している」

「……魔王?」

 やっと聞こえたあかるの声は掠れていて、混乱が滲んでいる。


「ああ。魔王とは、五千の魂で出来ている」

「……ひ、人のですか?」

 あかるの上ずった声が聞こえた。少し間を置いて、紅説王の冷静な声が告げる。


「ああ。含まれている。四千二百人だ。その魂には様々な能力が宿っている。それを駆使して魔竜を倒して欲しい」

(あ~あ)


 僕は思わず眉間を押さえた。

 あの殿下と兄弟なだけあって、王はちょっと律儀すぎるところがある。数なんてぼやかしちゃえば良いのに。


 そんなに大勢が自分の中にいるなんて知ったら、言っちゃ悪いが気色悪いだけだと思うけど。それか、数が多すぎて想像すら出来ないか。


「……っ」


 あかるはどうやら想像できたらしい。

 洟を啜る音が聞こえた。それが徐々に激しくなって、

「ううっ……」

 嗚咽が聞こえ始めた。


(泣いてるんだ)


 まあ、そうだよな。混乱して当たり前だ。

 ただの女の子だったのに、突然縁もゆかりもない世界に呼ばれて、自分の中に見知らぬ人の命があって、それを使って恐ろしい魔竜を倒せっていきなり言われても、混乱しない方がどうかしてる。


 同情心がふつふつと湧いてくる。

 僕は手を動かしながら、少しずつすり足で戸袋の端に近づいて中の様子を覗いた。


(――え!?)


 思わず声が洩れそうになって、僕はすばやく自分の口を押さえた。

 目を瞬かせて、その光景が幻じゃないことを確かめる。


 紅説王が、座って泣きじゃくるあかるを抱きしめていた。

 慰めてるんだろうということは僕でも分かる。ただ、王がそういうことをすることが意外だった。


 確かに王は優しいけど、特定の誰かに対して肉体的接触をすることはなかった。条国の人間は他国の人間よりも遥かにそういう接触の仕方はしない。例えば抱きつくとか、肩を組むとか、頬にキスをするとか。そういう他人との接し方はしない国民性だけど、王族の誇りからか、王と殿下は特にそうだった。


 それがね……。

 僕は、青天の霹靂ばりに驚いて釘付けになってしまった。これが殿下だったら、もっと驚いてたところだ。


「あかる。すまない。しかし、必ず私がお前を守る。危険な目には遭わせないと誓おう」


 あかるは黙ってただ泣いていた。

 王の表情は僕のところからは窺えなかったけど、僕はまるで童話の中のような、美しい光景を見ながら思ってしまった。


 王のこの言葉は、責任や同情から生まれたものでなければ良いな――と。


 * * *


 それから三ヵ月ほど時は流れた。

 もうすぐ、庭に植えられた美樹ミジも色づき始める季節になる。


 美樹は、紅葉する木のことだ。紅葉する木は、日本にもあるって、あかるが言ってたっけ。


 僕は、あかるのようすを思い起こした。

 最初は落ち込んだようすだったあかるも、徐々に明るさを取り戻し、決心を固めたみたいだ。魔竜を倒せれば、元の世界へ戻れるかも知れないと意気込んでいた姿を見たことがある。


 僕は静かに瞳を閉じて、瞑想するあかるを見やった。


 あかるは毎日、研究室で能力を引き出すための鍛錬をしている。マルと王が言うには、元々あかる自身には能力がないため、能力を引き出す感覚がないのだという。


 そこで、自分の中に眠っている能力者の魂を感じ取ることから始めているようだ。うまく感じ取れた時は能力が扱えるけど、ほぼ毎日研究室に入り浸っている僕が見た限りでは、まだ二回しかない。

 それでもあかるは、毎日文句ひとつ言わずに鍛錬を続けていた。


「健気だなぁ」


 ぽろりと出た本音。その姿に懐かしい影を見て、心にひょっこりと寂しさが顔を出す。僕はそれを見ないようにして、あかるから視線を逸らした。

 その先に偶然王がいた。


 紅説王は熱心な瞳であかるを見守っている。可愛い後輩や妹を見守るそれなのか、恋心なのかは判断がつかない。けれど、何かしらの好意的な感情が乗っていることだけは窺えた。


 僕はほくそ笑みながら、メモ帳にそっと書き込む。

 もう一度王を見て、それにしても――と改めて思ってしまった。


 紅説王は相変わらず若い。

 僕も陽空も、殿下だってもう立派な三十代のおっさんで、それなりの年に見えるのに、紅説王は出逢ったときと何一つ変わらないように見える。


 まだまだ、青臭いことを本気で言っても許されるというくらい若く見えるし、良い男っぷりも健在だ。


 まだ二十代前半みたいな容姿だし、王とあかるなら似合いの美男美女だろうなと、あかるを慰めていた光景や、あかるがやってきた月夜の日を思い出して、ふとそんなことを思った。

 それと同時に、暗い小さな渦が胸の奥に生まれる。


(……やめよう)


 僕は僅かに首を振る。

 月の夜。あの丘で、月光を纏った王とあかるは幻想的で、まるで神々しい神のようであり、悪魔のようだった。

 あの鳥肌が立つくらいに美しい光景を思い出すと、哀しくなる。


(……やめよう。思い出すのは)


――晃。


 もう一度、キミに逢いたい。

 僕は大きく息をついて、滲んだ瞳を瞼を強く閉じて塞いだ。


 * * *


「どうしたんですか?」

 突然声をかけられて、僕は小さく呟きながら振り返った。

「え?」

 視界より頭一つ分下の位置にあかるの顔がある。


「なにが?」

 訊き返すと、あかるは気遣うように言った。

「さっき、元気がなかったように見えて……」

「ああ。うん、ちょっとね」

 僕は言葉を濁して笑った。笑顔が硬くなってなければ良いけど。


「そうですか」


 あかるはそれだけ言うと黙り込んだ。

 一瞬、気まずい雰囲気が流れる。数秒だったけど耐え切れなくなって、僕は思いついた質問を投げた。


「そういえばさ。訊いてなかったけど、あかるがこっちに来たときってどんな感じだったの?」


 この質問は、前々からしたかった。だけど、あかるは言葉が通じなかったし、通じるようになってからはタイミングが合わなかったりで、訊けずにいた。


 あかるは突然のことに驚いたようだったけど、しばらく考え込んで答えてくれた。


「学校の帰りだったんです。夜、十一時頃でした。その日は本屋に寄って少し遅くなってしまって。いつも通る道を歩いてたんです。その通りは、小道ですけど電柱が狭い感覚で並んでいるから明るいはずなのに、その日はすごく暗く感じました。電気がついているはずなのに、フィルターがかかってるみたいに暗いっていうか」


 色々分からない単語が出てきたけど、後で聞こう。

 僕はとりあえず質問せずに、あかるの話に集中した。


「どうしてだろうって思ったときに、気づいたんです。道路や空が黒く染まって行くことに。あたしは、その闇に足を捕られて、叫んだんですけど、少し前を歩くサラリーマンも、後ろを歩いてきていた女性も、すれ違った男性すら気づいてくれなくて。まるで、最初からあたしはそこにいなかったみたい……」


 あかるの顔が歪んだ。

 恐怖を思い出したのか、不安になったのか、寂しくなったのかは分からないけど、嫌な部類の感情が彼女の中に渦巻いたんだろう。


「それで、気がついたら白い空間にいたんです」

「白い空間?」

「はい。そこに女の人がいました。優しそうな大人の女性で、レテラさんより下かな? 二十五歳か、それより若いかくらいの年齢で」

「その人……どんな服装だった?」

「え? 服装ですか?」


 あかるは怪訝に聞き返した。

 僕も同じ気持ちだ。だけど、バカげてるけど、僕の中に期待が生まれた。予感と言っても良い。


「えっと、着物姿でした。今時珍しいなって思ったんで、確かです。浅葱色の着物で、みつあみの髪を片方の肩にかけてました」

「……髪の色は?」

「えっと、茶色っぽかったと思います。黒くはなかったです」


 あかるは不審がりながら答えて、自答するように、「焦げ茶っぽいかな」と付け足した。


「目の、目の色は?」

「……赤、でしたけど」


 僕は思わず、両手で顔を覆った。こうべを垂れるように膝の上に両手をぶつける。押さえたままの目頭が熱い。


「どうしたんですか?」

 あかるの慌てた声が頭上で響いた。

 僕は気持ちを整えて、顔を上げた。

「いや……何でもない」


 声は普通に出せたと思う。笑んだ顔は強張ってないはずだ。

 話をもっと聞きたい。そう思う一方で、聞きたくないと思う自分がいる。

 相反する思いが渦をまく。だけど、僕は続きを促した。


「それで、どうなったの?」

「あ、はい……」


 あかるは、心配そうにしながらも続きを話し出す。


「それで、その女の人がすごく優しい、柔らかな表情で微笑んで、あたしを抱きしめたんです。すごく良い匂いがして、何だかとても優しい気持ちになって。お母さんってこんな感じなのかなとか、思ったりして」


 あかるは照れたのか、はにかんだ。

 その表情は大人びた印象のあかるには珍しく、年相応な娘に見えた。

 僕の目にその光景が浮かんだ。

 優しく子供を抱きしめる――それは、彼女にはぴったりだ。僕は、切ない気持ちであかるを見る。


「なんだか幸せな気分に包まれたと思ったら、その女の人は突然消えてしまって」

「え?」


「こんな言い方をしたら変だと思うんですけど、まるであたしの中に入っていったみたいだった。なんとなくですけど、そんな感触もしたんです。もしかしたら、あの女の人も魔王の中の魂の人だったのかも知れな――」


 僕はあかるが言い終わる前に、あかるを抱きしめていた。

 あかるの戸惑う声が腕の中で聞こえる。だけど、僕は腕を解けなかった。

 ぽろぽろと、涙が頬を伝う。


「……レテラさん?」


 あかるが僕の異変に気がついて、心配そうな声で僕を呼んだ。けれど、僕はその声を無視してとめどなく押し寄せる涙に身を任せた。


「晃……お前、そこにいたのか」





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