第十二話
書き直しました。2019
晃とは普通に接することが出来るようになった。といっても、この半年間逢う事は出来なかったけど、手紙の文面は前のようにくだけたものになっていた。
第三の魔王の制作が決まって、僕も祖国と連絡を取ったり、転移のコインを使って帰郷して準備したりしなくちゃいけなくて、晃には逢いに行けなかった。
僕は転移のコインの前で、祖国から届く生贄となる人材を待っていた。大人数になるので、城の庭で待機している。
僕の前には賓客を出迎えるために王がいる。その斜め後ろには殿下が控えていた。
(きっと不機嫌な顔をしてるんだろうな)
王が他国の使者を玉座の前以外で出迎えるなんて、ありえない。殿下はそう進言し、激怒しておられたから。
僕もそう思う。そんな話、聞いたことがない。
でも、王は頑として譲らなかった。
世界を守るために犠牲になる命に、敬意を払わないでどうするのだ――。
紅説王はそう仰って、毅然とした態度で殿下を一蹴なさった。
あいかわらず、紅説王は僕の斜め上を行く。だけど、心底尊敬はしてるんだ。
王の仰った言葉にも、心底感銘した。
「そろそろ来る頃かな」
僕の隣にいたマルがそう呟いて、間を挟んでいたアイシャさんが、「そうね」と返事を返した。その横にはムガイがいる。
今日来るのは、ルクゥ国の者達だけじゃない。
ハーティムからもやってくる。水柳と玉響は昨日もう連れて来ていた。
生贄となる者達を牢に入れておきましょうと言った殿下の意見を却下し、王は自由に歩き回っても良いと言われたけど、それでは逃げ出す危険もあるということで、折衷案として生贄となる者達は座敷牢にいる。
僕は庭を見回した。
軍隊の練習が出来るくらい広い庭には青い芝生が広がっている。遠くに石垣が見え、その付近に松や梅の木なんかが植えられていた。
静かな風が吹いて、僕は顔をコインの方に向ける。すると、芝生が僅かに歪み、黒い穴が広がった。
(来る)
密かに緊張が走る。
一番最初に穴から顔を出したのは、懐かしい人だった。ミシアン将軍だ。昔と代わりなく、たくましい体つきに、柔和な面立ちだ。なのに、その立ち姿はしゃんとしていて凛々しい。
彼が一歩踏み出すと、白銀の鎧が陽光を反射し、白い光が顔の影をとばす。ルクゥ国人特有の白い肌が光り輝くように照り、一瞬、神聖なものを見たような錯覚に陥った。
ミシアン将軍の後に続いて、ぞろぞろと人が穴から湧き出してきた。
すぐに庭は手枷をされた人や、それを取り囲むルクゥ国の兵士で埋まってしまった。
ミシアン将軍は振り返り、全員出てきたのを確かめると、王の前に歩み寄って跪いた。
「苦労であった」
「ありがたき御言葉。光栄にございます」
紅説王は毅然とした態度で、前を見据える。本当は、複雑なんだろうなと思いながら、僕はそのやり取りを見守った。
「この者達は、どちらに運べばよろしいでしょうか?」
「それはこちらでやりますゆえ。どうぞ、お帰りくださってけっこうですよ。此度の件、まことに感謝いたしまする」
ミシアン将軍の質問に答えたのは、青説殿下だった。
「そうですか。しかし、遠路はるばる多くの者を引き連れてきましたものですから、しばしの休憩をとりたいと思うのですが……」
「……」
王は表情一つ変えなかったけど、殿下は僅かに嫌悪のある表情を浮かべた。ぴりっとした空気が伝わった。
殿下の気持ちが手に取るように分かる。転移のコインで移動してきたくせに、長旅してきましたみたいな口調で言われても、不愉快なだけだろう。
「良かろう」
許可した王をほんの一瞬、殿下は睨みつけた。
許可しなかったらしなかったで角がたつかも知れないけど、断っても特に面倒なことにはならないはずだ。だから、僕は王が許可を出したことに驚いた。
「ああ、良かった」
ミシアン将軍は、ほっとした声音を出した。
「では、休憩ついでに魔王の生成とやらを、見学させて頂くわけにはございませんか? 実は、この後運んでくる予定のハーティム国の将軍ともそんな話を致しまして」
「そんな話とは?」
硬い声音で殿下が訊いた。
「大した話ではございません。出来れば見学したいですね――という、世間話のようなものでございます」
「そうですか。それは残念にございますな」
「青説?」
王は殿下を怪訝な目で見る。でも、殿下は腕を組んだ袖口から、すっと手のひらを出して王を制止した。多分、ミシアン将軍からは見えない。
「魔王の作成は数日後を予定しております。まだこちらの準備が整っておりませぬゆえ。申し訳ない」
「そうですか」
ミシアン将軍は残念そうに言って、
「では、しばし休憩をいただいた後、帰国させていただきます」
「そのように」
殿下は食い気味に言い、甲高く手を叩いた。
「お部屋に御案内して差し上げろ。その者どもは座敷牢へ」
一斉に人が動き出す中、僕は殿下と王を見据えていた。二人は歩きながら小さく言い合いを始めている。僕は静かに近寄って耳を欹てた。
彼らから五メートルほど離れたところで、声を捕らえた。
「青説。何故あのような嘘をついた。魔王の制作は夕刻に行うはずだろう?」
「ああ言わなければ、居座られます」
「見られても支障はないだろう」
殿下はかぶりを降る。
「いいえ。どのことが命取りになるやも知れません」
「何をそんなに警戒する必要があるんだ。各国は協力者であろう」
そう言った王は複雑そうな表情を浮かべた。協力者なのかも知れないけど、自分にとっては不本意だった――大方、そんなところだろう。
「そもそも何故休憩など許可なされた」
殿下は王の問いに答えずに、咎めるように言った。
「魔王の生贄となる者達を運んできたのだ。生贄となる者達と惜しむことがあるかも知れないではないか」
殿下は呆れたように目を瞑った。
「ご自分がそうであるからと言って、他人がそうであるとは限らないでしょう。彼らは兵士ですよ。ルクゥ国からの英霊となる生贄は犯罪者のみで構成されたと聞きました。犯罪者と兵士が何を惜しみます?」
「それでも、自国の命を差し出すのだ。それ相応の敬意を払わねばとお前は思わないのか」
咎めるような王の声に、殿下は呆れ果てたように小さく息を零す。そして、深く頭を下げた。
「出すぎたまねを致しました」
殿下はそれで話を終わらせた。王は何か言いたげに殿下を見据えたけど、しばらくしてから殿下を置いて歩き出した。
殿下は王が歩き出したのを確認すると、頭を上げた。王の背を凝視しながら、殿下はぽつりと呟いた。僕は周囲がざわめく中、かろうじてその低声を聞き取った。
「城内を歩き回られ、研究が洩れたらなんとする。兄上はまったくもって危機管理がない。情け深いのも大概にしていただかなければ」
殿下は気持ちを切り替えるように息を吐くと、くるりと踵を返して歩き出した。
王のお優しい心根も、殿下の言い分も分かる。政治家や王族として、殿下は正しいし、王は人として正しい。
(この二人がうまく噛み合うときがくれば良いんだけど……)
僕は、なんだか切ない気持ちに駆られた。
しばらく殿下を見ていると、少し離れたところで殿下に声をかける者があった。ムガイだ。
ムガイは、小さくお辞儀をしながら殿下に何かを話しかけた。距離が出来てしまって聞き取れない。僕が近づこうとしたときだった。
「レテラ」
「え?」
聞き馴染みのない声に呼ばれて、僕は振り返った。ミシアン将軍が僕の間近に立っていた。一メートルも離れてない距離だ。
いつの間に近づいてきたんだろう。全然気がつかなかった。
「お久しぶりです。ミシアン将軍」
「久しぶり。キミの活躍は聞いてるよ」
「え?」
なんのことだ?
「ルクゥ国の生贄となる者は、なるべく一般市民が選ばれることがないように掛け合ってたんだってね。立派なことだ」
「ああ」
腑に落ちて、僕は顎を引いた。
「いえ。褒められることではないですよ。そう言っていただけるのは嬉しいですが」
僕はこの半年の間にバルト王に進言し、生贄となる者を集める人事部に掛け合って、資料を拝見させていただいたりしていた。
「資料を見て、なるべく罪状が重い者がなるように指摘したりしただけです。ルクゥ国では軽罪でも死罪になる者が多いですから」
「それだって、膨大な量だろう。何千人という候補者を確認したんだろう?」
「まあ。でも、いつも書面に向っているので大したことではありません」
ミシアン将軍は感心するように、「そうか」と言って、
「どうしてそうしたんだ?」
と訊いた。
「そうですね……。どうしてでしょう?」
僕は自問するように呟く。
「多分、どうしても出さなければならない犠牲ならば、罪のない者よりは――という、驕りでしょうか」
「謙遜するね」
ミシアン将軍は柔らかく笑った。その言い方に嫌味は微塵も感じない。
「いえ。謙遜ではなく、本当のことです。多分、以前の僕だったら蚊帳の外で、対岸の火事を楽しんで書き記していたでしょう。でも、それは本当は卑怯なことだから。危険な場所でも自らが行って、それで書いてこそ意味があるから。今回の事もそういう理由です。決して偉いと褒められるようなことではないんです。自分のためですから」
ミシアン将軍は驚いたように、少しだけ目を丸くした。
「自分のためだなんて、きっぱり言えてしまえるんだね」
将軍は苦笑を漏らして、すっと右手を差し出した。
「では、これからも頑張ってくれ。レテラ」
「はい。ありがとうございます」
僕は差し出された右手を握った。
* * *
三度目の魔王が誕生した瞬間は、何とも言えない思いがあった。
赤い光に包まれたあの草原は、人間の死体で溢れている。人間が倒れている間に、動物がちらほらと混ざっている。残り少なくなった動物は、おそらくこの場で絶滅しただろう。
熊、象、ねずみ、虫なんかもいるけど、やっぱり圧倒的に多いのは人間だった。
草原を埋め尽くす大半の人間が能力者だと思うと、魔竜討伐に期待が過ぎる。でも、それよりも遥かに、僕の胸を占めていたのは哀しさだった。
人間が苦しみ、死んでいく姿を見るのはやっぱり辛い。罪悪感が襲い掛かって、逃げ出したくもなった。でも僕はその光景を見据えた。
それは皆も同じだった。
ヒナタ嬢も、マルも、陽空も、燗海さんも、アイシャさんも、ムガイも。そして、紅説王も。僕は、横一直線に並んでいる皆を見た。
ヒナタ嬢、燗海さん、アイシャさん、ムガイと並んでいる。マルと王と陽空は丘の下、草原にいた。
皆、真剣な表情で眼下を眺めている。アイシャさんは、悲痛に眉を顰めていた。僕は、もう一度草原に目を移した。
赤い光は消えていた。でも、草原は真昼のように明るい。大量の死体がくっきりと見える。女性、少女、青年、少年、中年男女に、老人。様々な人間が、目を瞑り、あるいは見開いて横たわっていた。
業が深い。罪深いことを、僕らはしてる。
その自覚があるから、逃げることは出来なかった。この業を、僕らは背負って生きなくちゃ。でなければ、犠牲になった人達はきっと浮かばれない。
僕は、第三の魔王を見上げる王に視線を移した。王の横には陽空がいる。能力を使って疲れたのか、少し疲労した顔つきをしていた。
お互いに年なのかな――なんて思いながら、紅説王に視線を戻す。王は、黙って白い太陽を見上げていた。その表情から、感情を読み取ることは出来ないけど、きっと哀しさや悔しさが込み上げているんだろう。
僕は魔王を見上げて、願った。
今度こそ、魔竜を葬り去る手立てとなってくれ。――第四の魔王を創ることがないように。