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第十一話

書き直しました。2019


 晃に逢えないまま、半年が経った。

 あれから、何だか気まずくなって、僕はオウスに赴くことが出来ないでいた。手紙のやり取りはあるものの、以前のように気兼ねない文章というものではなくなっていた。


 御互いに、どこか気を使っている。そんな感じが文面から窺える。僕は、晃から来た手紙を眺めながら、そっと息を吐いた。


 晃に逢いたい。

 だけど、逢うのが怖い。

 どんな顔をして逢ったら良いのか分からない。

 でも、逢いたい。


 自分でも嫌になるくらい、ぐずぐずとした気持ちを引き摺って、気がついたら一日が過ぎている。そんなことを繰り返しているうちに、あっという間に半年が経ってしまった。


 僕は自分が情けなくて、盛大にため息をつきながら文机に突っ伏した。なんだか、無償に泣きたくなってくる。本当に、バカみたいだ。


 ふと、はちみつ色の光が目に射した。机に垂れたネックレスだ。僕が体を起こすと、一緒に起き上がって、胸に弾んだ。晃から貰った福護石のネックレス。僕は、それをそっと手にとって、首にかけたまま眺めた。


「晃……」


 逢いたいな。たとえ、友達だとしか思われてなくても、それでも逢いたい。僕にまた、笑いかけて欲しい。


 僕は、ふらっと立ち上がると障子へ向った。障子を開くと、小さく悲鳴が上がった。びっくりして一歩下がると、マルが障子の前に立っていた。


「どうしたんだ?」

「ああ、もしかしたらこれからオウスに行くかと思ってさ」

「え!? なんで?」

 驚いて目を見開く。


「僕これから行くんだよ。だから、ついでに誘おうかと思ってさ」

「なんだ。そういうことか」

「他に理由があるの?」


 きょとんとしたマルに、「いや」と僕は手を振った。


「で、どうする?」


 僕は少し迷ったけど、こういうのは勢いだ。運も僕に味方してくれてるのかも知れない。晃と前みたいになれるように話しをしてみよう。


「うん。行くよ」


 * * *


「でも、珍しいな」


 転移のコインが置いてある部屋までの道中、廊下で僕は投げかけるようにマルに言うと、少し前を歩いていたマルが振り返って、「うん?」と訊いた。


「マルがここを離れるなんてさ。今まで何度かオウスに行こうって誘ったけど、首を縦に振らなかったろ?」

「ああ。そうだね。今回は状況が違うからさ」

「状況?」


 尋ねながら、僕はマルの横に並んだ。


「ちょっと確かめに行くんだよ」

 マルの顔はいつになく真剣だ。

「確かめに?」


 マルは僕を振り返って、じっと見つめてきた。数秒間は黙ってたけど、なんだか気恥ずかしくなってきて、僕はぶっきらぼうに訊いた。


「なんだよ?」

「う~ん」

 マルは唸って、眉間にしわを寄せる。


「レテラって、能力者?」

「は?」

(突然何なんだ?)


「まあ、一応はね」と答えると、マルはすごく意外そうに驚いた。


「そうなの!?」

「なんだよ。僕が能力者じゃいけないか?」

「そうじゃないけど、今まで一度も使ったことないよね?」

 マルはまだ驚いている。


「それほど使えない能力なんだよ。僕だって自分が能力者だって、今訊かれるまで忘れてたからな」

「どんな能力なの?」


 マルは興味津々に訊いてきた。僕は、言うのをためらった。

 自分の能力を誇れるものだと思ったことはないし、なるべく口にしたくはなかった。

 言ったら、〝そういうこと〟が起きそうな気がして。だから、僕は言葉を濁して伝えた。


「あ~……なんていうか、生きてる間は本当に使えない能力だよ」


 これ以上は言うつもりはないぞ。と、マルを強い眼で見る。気づいてくれよ。


「歯切れ悪いなぁ。それじゃ分からないだろ?」

(通じなかったか)


 僕はがっくりと項垂れたくなったけど、マルに空気を読めって方が難しいんだよな。僕は反省しつつ、話をそらす事にした。


「ところでマル、実験の方はどうなんだよ?」

 研究や実験の話をふれば、マルは絶対食いつく。他なんてどうでも良くなるはずだ。


「確か、先日魔王創りに切り替えた方が良いかなって呟いてたけど」

「聞いてたの?」

「だってマル、研究室で盛大に独り言言ってたぞ。もう独り言じゃないってレベルで」

「え? 本当?」


 マルは珍しく恥ずかしそうに頭を掻いた。頬が薄っすらと赤くなる。


「マルでも照れることはあるんだな」

「レテラ、僕のことなんだと思ってるの?」


 マルは白い目で僕を見た。とりあえず、乾いた笑いでごまかして、「で?」と話を促す。


「紅説様も実験に限界を感じてるみたいでね。青説様と偶然組むような形で説得してるんだ。それで、今日渋々承諾をいただいたんだよね」

「王も大変だな。各国からもずっと要請されてたんだもんな、この半年」

「そうだね」


 マルは同情するような顔をした。

 半年前はやんわりとした要求だったのが、この二ヶ月ほどで確固たるものに変わり、僕にも進言するように明確に指示された書簡が届いた。それは僕だけじゃなく、アイシャさんや、陽空、燗海さんも同じだった。


 僕は進言しなかったけど、アイシャさんとムガイはやんわりと進言していたのを会議の場で見かけたっけ。


「でも、紅説王にしてみれば苦渋の決断だったんだろうな」

 心根の優しい王を想うと、胸が痛む。

「そうみたいだけどね。紅説様の考えは分かるけど、可能性がある限りやってみるべきだよ」

「まあ、だろうな」


〝マルは〟そうだろうな。と入る言葉は言わなかった。わざわざ角が立つことを言わなくても良いだろう。その考えは僕も賛成だし。


「じゃあ、第三の魔王を創ることになったんだな」

「まあね。これから各国には知らせる予定なんだ。問題がないわけじゃないけど、それを解決する方法がないわけでもない。色々と試してみる価値はあると思うね」


 マルは語るうちに興奮してきて、徐々に声音を弾ませた。

(実験オタクが顔を出したか)

 僕は呆れながら、嬉々とするマルを見据える。そこで、ふと気づいた。


「もしかして、確かめに行くってそれ関係か?」

 僕の質問は的を得ていたらしい。

 マルは眼鏡ごしの小さな目を輝かせた。


「そうさ! レテラは話が早いな! ほら、火恋の乳母いたろ――なんだっけな?」

「晃?」

「そう。晃。彼女がある能力者だって聞いてね。本当かどうか確かめに行くんだよ」


 僕は目をぱちくりとさせた。

 晃が能力者だなんて、今まで考えてもみなかった。


 でも、この世界の六十人に一人は能力者なんだから、可能性がないわけじゃない。だけど、そんなことより何より、興奮しているマルに、僕は嫌な予感がした。


「もしかして、晃を何かの実験に使うわけじゃないよな?」

「今どうこうってことはないよ」

「それ、今じゃなくなったらあるかも知れないってことだよな?」

「レテラはうるさいな」


 冗談めいて、マルが言った。


「うるさいってなんだよ」


 僕も冗談っぽく返すとマルは、「ハハッ」と笑って、「事実じゃないか。メモ魔め」と、僕の肩を軽く叩く。


「心配しなくても、確認しに行くだけさ。ガセネタってこともあるしね。それにもしかしたら、その能力者の出番はないかも知れないし」


 マルは軽く言って、にっと笑った。

 マルは研究狂いだけど、根は良いやつだし、正直者だ。本人には照れくさくて言えないけど、僕はマルに全幅の信頼を置いていた。


「分かってるさ。相棒」

「相棒? 僕がレテラと?」


 マルは眼鏡で小さくなった眼を僅かに大きくした。多分、見開いてる。


「変わりもん同士な」


 おどけると、マルは噴出して盛大に笑った。


「確かにね」


 * * *


 目を開けると、すっかり馴染みのある部屋が目に映る。でも、いつもと違って、誰もいなかった。いつもは二、三人出迎えが立っている。


 たいていは晃と火恋だけど、たまに二人が用事があって侍女が出迎えてくれることもあった。


「何で誰もいないんだ?」

 首を捻ると、あっけらかんとした声が後ろから聞こえた。

「そりゃそうさ。連絡してないからね」

 マルが闇の沼のような穴から現れて、眼鏡をくいっと押し込んだ。


「マル、お前連絡入れてないの?」

「入れてないよ」

 驚きすぎて声が裏返った僕に、きっぱりとマルは返した。


「いや。普通一報くらい入れるだろ。友達の家に遊びに行くわけじゃないんだぞ」

「レテラ、忘れた? 僕だって一応王族だよ。それにここは僕の実家でもあるんだから。実家帰るのに連絡なんていらないだろ」

「お前、絶対それ後付だろ」

「バレた?」


 マルはべえっと舌を出す。


「どうせ、王から許可貰ったから嬉しくてその足で着ちゃっただけだろ?」

「レテラは僕のことよく分かってるね。善は急げって言うだろ」

「マルは他国であっても直で行っちゃいそうだからな。実験のこととなると」

「まあ、行っちゃうだろうね」


 平然と言って、マルは肩を竦める。


「だいたい、王族とか貴族とかは実家帰るのだってまず一報入れるだろ」

「そんなのルクゥ国だけじゃない?」

「いいや。残念ながら全世界共通だよ。アイシャさんたちに直接リポートしたんだから、間違いない。ちなみに条国でもそうだからな」

「レテラは細かいなぁ。モテないぞ、そんなんじゃ」


 マルは嫌そうな顔をしてから、からかうようににっと笑って僕を指差した。


「あっ。分かった。だから恋人出来ないんだろ?」

「うるさいな」

 お前だっていないだろ。


「マルは全然恋愛に興味なさそうだよな」

「まあね。僕にとっては無駄だよ」


 僕はじろりとマルを上下に見る。マルは相変わらずいつ梳かしたか分からないぼさぼさの頭で、いつ着替えたか分からない薄汚れた白い着物を羽織っている。


「それにしてもさぁ、もうちょっと身なりに気を使ったら?」

「それこそ無駄だよ。実験で汚れることもあるのに、着飾ってどうするんだよ」

「それもそうだけど」

「それに、僕、恋愛感情で人を好きになったことないんだよね」

「本気か?」


 マルは衝撃的な発言をさらっと言ってのけた。僕は目を見開いて口をあんぐりと開く。


「本当だよ。嘘ついてどうすんのさ」

 平然と言ってのけたマルをまじまじと見据えて僕は、まあと頷いた。


「人それぞれ色んなやつがいるからな」

 僕も晃に逢うまではそうだったし。


「だろ? でも、僕レテラもそういうタイプなのかと思ってたけど、違うみたいだね」

「マル……もしかして知らないのか?」

「なにが?」


 マルはきょとんとした表情で僕を見る。僕は驚きながらも腑に落ちた。城の大半が僕が晃を捜していたことを知ってる。でも、マルがそれを知ってるわけがないんだ。というか、知る気があるわけがない。


「マルが噂話になんかに耳を貸すわけないよな」


 ぽつりと独りごちると、マルは、「え? なんだって?」と耳を欹てた。でも僕はかぶりを振って、


「お前、本当に実験にしか興味ないのな」


 僕の呆れ果てたようすに、マルは眉間にしわを寄せてむくれてみせたけど、すぐに元に戻って平然と言った。


「まあ、今のところはね」

「今のところっていうか、マルの場合ずっとそうな気がするよ」

「言えてる」


 明朗に言って、マルはふと笑った。


 * * *


 火恋の部屋へ行くと、火恋と晃は何事かと振り返った。

 たくさんの巻物を置いた文机の前にいた火恋は、突然の訪問客にくりくりな瞳をもっと大きくしてびっくりしている。


 晃はその斜め後ろにいて、火恋と同じように驚いた表情で振り返っていた。正座をしていて、捻った腰がくびれを作り、美しい身体のラインを映し出していた。僕は思わず唾を呑む。


「やあ。火恋」

「……お姉さま?」

 火恋は目をぱちくりとさせた。

「あれ? 久しぶりで分かんない?」

「うん。ちょっと一瞬分からなかった」


 飄々と訊いたマルに、火恋は素直に答えた。そりゃそうだよな。五年も逢ってないんだから。しかも当時、火恋は六歳だ。覚えてなくても不思議はない。


「レテラ……」


 晃は囁くように呟いた。その声音には戸惑いが窺える。僕は、どぎまぎしながら晃を見据えた。


「久しぶり。晃」

「うん。久しぶり、レテラ」


 晃はにこりと微笑んだ。血圧が急激に上がったような気がする。全身が熱くて、胸が苦しい。


(やっと、逢えた)


 逢いたかった。

 その微笑が見たかった。


「ネックレス、してくれてるんだね」


 晃は、もう一度にこりと笑んだ。その笑顔を見た瞬間、僕は何故かすごくほっとして、晃を抱きしめたくなった。

 そのまま、返事をすることも忘れて晃に魅入る。


 互いの視線が交差する。熱い瞳。求められてるような感覚。――思わず、勘違いしそうになる。それでも、晃から目を離せない。


「ところで、晃って人どこ?」


 僕ははっとして小さく肩を震わせた。我に帰って晃から目をそらす。さっと顔を背けた晃を目の端で捉えた。


「もう、お姉さま!」


 火恋はマルに咎めるような声音で言って、ぎろりと睨み付けた。マルは怪訝に顔を顰めてからもう一度、「で、どこ?」と訊いた。火恋は呆れ果てたように深いため息を零す。


「私です」

 晃が控えめに言って、小さく手を上げた。

「ああ。キミなの」

 マルは嬉しそうに言って、晃に寄った。


「ちょっと訊きたいことがあるんだ。別の部屋に移動してくれる?」

「はい。分かりました」


 晃は不思議そうにしながらも了承して立ち上がる。

 すれ違うとき、晃と目が合った。ドキッと心臓が跳ねる。晃を見送りながら、僕は熱い頬を擦る。


「ずいぶん、久しぶりじゃない」


 生意気な声音がして、振り返った。火恋が片方の眉を釣り上げて、腕を組んで仁王立ちしている。


「そうだな」

「そうだな!?」

 怒鳴られて、思わず肩を竦めた。

「なんだよ。びっくりするだろ」


 火恋はかっと目を見開いて、首を跳ねるように上に向けた。そのまま僕を鋭い目つきで睨みつけたかと思うと、突然がっくりと項垂れてため息をついた。


「まったく、どんだけ待ってたと思ってるのよ」


 ぶつくさと呟いた火恋に、「え?」と聞き返すと、火恋は軽く僕を睨んで、

「なんでもないわ」

 と言って文机の前に座った。


(火恋が待ってたのか? 僕そんなに好かれてたっけ?)


 僕は疑問に思いながらも、勉強に集中しだした火恋の邪魔をするわけにもいかず、黙って晃とマルの帰りを待った。


 * * *


 しばらくすると二人は帰ってきた。

 マルは縁側を歩いてくると、部屋の前で立ち止まった。


「じゃ、僕はこれで」

「え? もう行くのかよ」

「研究があるからね」

「お前、本当そればっかだな」


 火恋が不憫だ。

 僕はちらりと火恋を振り返ったけど、火恋は見向きもせずに勉強に集中しているようだった。


(もしかして、似た者姉妹か?)

 僕は内心で呆れながらマルに向き直る。


「レテラはどうするの?」

「もう少しいるよ」

「そう。じゃあね」

 マルは軽く手を振って、部屋の中を覗き込んだ。

「じゃあね、火恋」

「うん」


 火恋はあっさりとした声音で答えて、マルはスタスタと縁側を進んだ。

 やっぱり似た者同士か――。僕が苦笑を漏らしたとき、晃が部屋に入ってきた。同情するような瞳で火恋を見据えている。


 僕はその視線に促されるように火恋を見た。火恋は変わらず文机に向き直っている。もしかして、強がってるのか? それとも、マルみたいにドライで全然気にしてないのか?


 表情を確かめに行きたくて、うずうずしたけど、晃の手前それは止めた。火恋に下手なことをして、晃に嫌われたくない。

 僕は晃に向き直った。


「マルの話、なんだったの?」

「え?」


 晃は我に帰ったように振向いた。


「ああ」

 戸惑ったように視線を動かして、晃は首を振った。

「うん、ちょっとね」


 言葉を濁されて、がぜん追究心が沸く。

 でも、晃に嫌がられない程度にしなくちゃ……。僕は言葉を選んだ。


「えっと、能力者か確かめに行くって言ってたけど……?」

「ああ、うん。そうだね」

「……どうだったの?」


「うん。該当してた。でも、まだ他にも方法があるし、私が選ばれるって決まってるわけじゃないんだって。もしそうなったら全世界から選抜するって言ってた」

「そうなんだ」


 僕は歯切れ悪く言った。

 それだけじゃ全然なんなのか分からない。

 でも、僕は追及するのを止めた。


 晃があんまり話したくなさそうだったから。でも、もっと強く訊いておけば良かった。そうすれば、僕は死ぬ瞬間まで後悔を残すことはなかっただろう。







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