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第十話

書き直しました。2019


 僕らに、やつの猛攻を止める術はなかった。

 どうにかして能力をなくす方法は無いか、倒す術はないかと模索し、実験を繰り返すこと、早五年。


 僕も皆も、あのヒナタ嬢でさえ、あらゆる実験や研究に参加してきたけど、決定打となるものは一切なかった。


 ただ幸いな事に、何故か魔竜は人間の命を狙わなかった。

 退治しようとしたり、実験結果を試すために赴けば、何人か殺されて帰ってくる事はあったけど、それ以外で人間が襲われたことはなかった。


 でも、僕にはそれが不気味だった。


 人間以外の動物は、この五年間で十億近く死滅した。中には絶滅した動物やドラゴンもいる。ただ、ドラゴンは他の動物に比べれば被害数は低い。


 この数字は明らかに異常だ。

 やつが食うためではなく、殺すために命を奪っていることは明確だった。


 何故、人間だけが狙われないのか。

 各国の信心深い教徒たちは、神の御心の成せるわざだと口々に言い、祈りを深くしていると聞いたけど、僕にはそうは思えなかった。


 理由の一つとしては、紅説王の御話を聞いていたからだろう。

 魔竜にも心があって、人間に復讐しようとしているのなら、人間ではない動物を絶滅させていくことで、恐怖心を徐々に植えつけていき、人心が恐怖にまみれたときに殺しに来るのかも知れない。


 やつが自暴自棄なっているのだとしたら、食べ物の心配などしないだろう。やつは、自分も死ぬ覚悟で全ての生物を滅ぼしにかかっているのかも知れない。

 そう考えると、心底冷える思いがした。


「おはよう」


 突然声をかけられて、僕は振り返った。

 アイシャさんが微笑みながら軽く手を振っている。


「おはようございます」

「これから会議なのに、ぼうっとしてて大丈夫?」


 アイシャさんは、心配そうに僕を覗き込んだ。


「大丈夫ですよ。ちょっと考え事してただけですから」

「そう」


 小さく相槌を打つと、アイシャさんは頬を持ち上げた。

 そういえば、彼女も魔竜に人生を狂わされた一人なんだよなと、ふと思う。


「――アイシャさん、結婚まだしないんですか?」

「しないわよ。だって、まだ片付いてないもの」

 アイシャさんはきっぱりと言って、意気込んだ。


 魔竜のパワーアップがなければ、アイシャさんは陽空と結婚していたはずだった。でもあの事件が起きて、正義感の強いアイシャさんはこの一件が片付くまでは結婚をしないと宣言した。結婚したら退職しないといけないからだ。


 でも逆に、それによって腹が据わったみたいで、アイシャさんが自信を取り戻したのがひしひしと伝わってきていた。

 それは本当に良かったんだけど――。


「陽空、可哀想だなぁ」


 ぼそっと呟いた声をアイシャさんに拾われた。


「あら、そんなことないわよ。先日だって、どっかの飲み屋で女の子引っ掛けてたし」


 怒りと呆れを孕んだ瞳で、アイシャさんは前を睨みつけた。


「それは、ちょっと話してただけだって。お持ち帰りしたわけじゃねーって言ったろ。なぁ、許してくれよ」


 背後から詫びるような声音が届いて、陽空が横に並んだ。アイシャさんは陽空を疑るように見てから、ため息をついた。


「はい、はい。じゃあ信じてあげるわよ。今回だけね」

「よっしゃ。ありがとな。アイシャ」


 陽空はガッツポーズをして、アイシャさんの頬にキスをした。ほんのりと紅く色づくアイシャさんの頬が、アイシャさんの想いを表していた。それを、打ち砕くように背後から冷たい嫌味が届く。


「おい。バカップル。そのセリフの応酬、何回目だ」


 振り返ると、ヒナタ嬢が小バカにした笑みを浮かべて立っていた。その隣にいた燗海さんが、愉快そうに「ほっほっほっ」と笑う。


「まあまあ、良いではないか。ヒナタ。幸せはあるうちに噛み締めておかねばな」

「ふん」


 ヒナタ嬢は鼻で笑って歩き出した。燗海さんはやわらかな口調だったけど、言ってることは案外シビアだよな。と、僕は内心で苦笑が漏れた思いだった。


 僕たちが大広間の前まで来ると、廊下でじっと大広間を覗いているムガイがいた。すごく真剣な表情だ。


(どうしたんだろう?)


 声をかけようとすると、大広間の中から、声高に咎めたてる声が聞こえてきた。


「兄上! ご了承ください」


 覗き見ると、青説殿下が王に懇願するように進言していた。


「いや。他に方法があるはずだ」


 紅説王は困ったようにしながらも、殿下の進言を跳ね除けた。殿下の隣にいたマルも、援護射撃を送る。


「青説様。まだ早計ですよ。第三の魔王を創ってそれに見合う器を捜すよりも、方法はまだあります。試してない実験だってあるし」

「円火。各国の要人から、魔王を創るのに必要な材料の協力はするという声もあるんだ。今度は条国の人身を差し出さなくても良いという国さえある」

「そんな言い方をするな、青説」


 王は、殿下を強い口調でたしなめた。人の命を、材料だと仰ったことが許せなかったんだろう。他国の者の命でも平等に扱おうとなさる。紅説王は今も変わらずお優しい。


 でも、残念ならがら民をそう見る役人は多い。殿下は他国の者しかそういう目で見られないけど、自国の者すら下民は人ではないとする者はいる。ルクゥ国からの書簡でもそう記載されていることは普通だった。僕のところにも〝材料〟は用意するから紅説王に魔王の制作を進言しろって書簡が届くことがある。


 狡賢くも頭の良いやつは、もう気づき始めてるんだろう。魔竜の真の目的に。


 そう思いつつ、本当は魔竜の真意は分からない。でも、神を崇めて安心できるほど、僕らは信心深くなく、世を知らないわけじゃない。出来うる対策は講じておきたくなるんだ。


「ふん!」


 後ろで、ヒナタ嬢が小さく鼻で笑う声が聞こえた。

 彼女のことだ。貴族や王族の身勝手な考えを、くだらないと一笑したんだろう。


「では、一体いつまで試せば宜しいのですか」


 殿下は責める口調で尋ねた。マルは王の顔を窺って、王は考えるように口をつぐんだ。そして、


「少し待ってくれ。人の命を犠牲にしなくても方法はあるはずだ」

「これまでだって、多少なりとも実験によって命は消えております。〝条国の〟ですよ」

 殿下は王を鋭い瞳で見て、深くため息を零した。

「言い過ぎました。失礼します」


 深く叩頭し、殿下はくるりと踵を返して、不快感あらわに眉間にしわを寄せて出て行った。

胃が痛そうだ。


 殿下は条国の民が大事。王は条国以外の民も大事。一国の主としてどちらが正しいのかは分からないけれど、どっちも誰かを慮っている。


 僕はメモ帳を取り出して、すらすらと先程のやり取りを書き留めた。

 ふと顔を上げると、殆どの者が入室する中、ムガイが殿下が去って行った廊下を感慨深げに眺めていた。


 僕は部屋に目を向けた。

 残された王は、疲れた表情で眉間に指を押し当て、マルはおそらく会議の場で発表されるであろう札に目をやって、嬉々と目を輝かせていた。


 * * *


 一週間後の昼下がり、僕はオウスにいた。

 晃の行きつけの定食屋で、晃と向かい合って豚竜のとんかつを頬張る。


 晃はこの五年で、少し大人びた。二十六歳の女性に向って、大人びたは失礼かも知れないけど、晃にはいつ逢っても少女の面影がある。僕が出逢ったあの日を忘れられないからかも知れないけど。


 逢うたびに、僕は晃にドキドキしてしまう。五年も変わらないんだから、この感情は、多分一生続くものだと思う。


 晃がスープを飲むのを見て、胸がうずいた。気を紛らわせるために、僕は店内を見回した。


 初めて来た時よりも少しだけ黄ばんだ白い壁、長椅子には他人同士で隣り合わせて座り、常連同士だろうか。この店で仲良くなったらしい客達が、「久しぶり」とか、「こっちに座りなよ」とか、声を掛け合って楽しそうに話をしている。


 この店には何回か足を運んだけど、いつ来てもこうしてにぎわっている。

 変わらないこの雰囲気に、僕は安堵して微笑が零れた。

 でも、ふと、目に入ったメニュー表で影が差してしまった。

 

 メニューはすっかり変わってしまった。豚や牛、羊、鶏、主食としていた肉という肉は魔竜に絶滅させられていて、もう食べることは出来ない。魚はまだ捕れるけど、それも時間の問題だろう。


「人間の食い物を奪うのも一種の復讐か……」

 ぽつりと不安を零すと、

「どうしたの?」

 晃は心配そうに尋ねて、空になっていたコップに水を注いでくれた。


「ありがとう」

 僕は礼を言って、コップの水に一口くちをつける。


「魔竜のことについて考えてたんだよ」

「魔竜か……」

 晃は不安そうに顔を顰めた。

「やっぱり、晃も気になってるの?」


 条国の人は、他国の者ほど現状を楽観視してはいなかった。

 僕が出会ったなかでは、神が護って下さっているから魔竜には襲われないという見方をしている人は一人もいない。


 条国にも神束かみつかという宗教があって、条国人の殆どがそれに属しているけど、熱心な信者という者にあったことがない。


 無宗教のように見えるのに、神というものも念頭においていたりする。宗教観に関しては、結構変わった人達だと思う。

 だからなのか、他国の人達よりもこれからどうなるのかと心配する声は多かった。


「それはね」

 晃は零すように言って、


「今までみたいに紅説王が何とかしてくださるとは思ってるの。皆そうよ。でも、やっぱりね。不安は不安だよ」

「だよな」


 僕は同意を送ってとんかつに箸を伸ばした。でも、掴む気になれない。ためらっていると、晃は窺うように尋ねた。


「研究はどう? 進んでる?」

「う~ん」


 僕は唸るように言って、「実は、そうでもない」と、白状した。


「魔王の第三弾を創ろうって話も出てるんだよ。でも、王が反対なさっててね。マルもまだ早計だって」

「どうして魔王を創るの?」

 晃は不思議そうに訊いた。


「この五年で解ったことなんだけど、魔竜は、どうやら魔王の中ある魂の影響で様々な能力が使えるようになったらしいんだ」

「へえ。そうなんだ」

 晃は物珍しそうに頷く。


「うん。魂に能力が宿っていて、それを引き出して魔竜は使っているんじゃないかってマルたちは考えたんだけど、それを発表したらさ、じゃあもう一度魔王を創って、魔竜みたいに適応出来る者を捜せば、魔竜に勝てるんじゃないかって意見が各国から出てさ。今、推し進める動きが強いんだよな」


「そうなんだ。だから、紅説王は反対なさってるんだね。多くの魂がいるから。しかも、今度は能力重視になるわけだから、人間が必然的に多くなるんだもんね」

「ああ」


 晃はやっぱり頭が良い。今の会話で、今度は人間を多くするって気づくんだもんな。僕は感心しながら相槌を打った。それにしても、魔王の中に魂があるって話をしても驚かないってことは――。


「晃はやっぱり知ってたんだな。魔王の中に魂がいるって」

 僕は独り言のように尋ねた。晃は、当然のように頷く。

「うん。一応話は入ってきてる」


 魔王が魂をもって創られてるということは公には発表されてない。各国が口裏を合わせて、秘密裏に伏せられていた。やっぱり、後ろめたい気持ちはどこかにあるんだろう。


 まあ、その事実を知れば多かれ少なかれ国民から非難の声は上がるだろうし、それくらいの予測はどこの国でもしてるだろうから、当然っちゃ当然だな――と、僕は思いつつ、会話を続けた。


「火恋は次の王だからな」

「うん」

 晃は心配そうに眉を顰める。


「大丈夫だって。火恋が王になる頃には片付いてるよ」

「だと良いんだけどね」


 顔を曇らせながら晃は呟いて、突然跳ねるように顔を上げた。はっとした表情で、「ごめん」と謝る。僕はきょとんとしてしまった。


「レテラ達は頑張ってるのに……」

「ああ、なんだ」

 僕は思わず頬が緩んだ。晃は優しいな。


「そんなこと気にすんなよ。心配なのは皆一緒だって。それに晃は、火恋の母代わりなんだから、娘の将来を心配するのは普通だよ」

「母代わりなんて、おこがましいよ」


 晃は謙遜したのか、苦笑を浮かべたけど、どことなく照れくさそうでもある。

 事実なんだから、胸を張ったら良いのに。条国の人は変なところで謙遜するよな。でもそこが、おごそかな感じで僕は好きだったりもするんだけど。


「私も、何か役に立てれば良いのに」

「立ってるだろ。立派に仕事をこなしてるじゃないか」


 火恋は真面目に帝王学を学んだり、見聞を広げようと各国の歴史なんかも勉強してる。僅か十一歳の少女がいままでそうやってこれたのは、一番身近にいる晃のサポートなしじゃありえないことだ。


「私なんて、まだまだだよ。それに、命を懸けてるわけでもないし。レテラは、毎回実験について行くんでしょう?」

「出来る限りね」

 晃は心配そうに眉を寄せる。


「僕だけじゃないよ。他の皆も行くし、逆に行かないときもあるし。ヒナタ嬢はあの魔竜に復讐してやるって毎回行くけどね」

「大変だね」


 晃はまだ顔を曇らせたまま俯いた。晃は優しいから、きっと僕達が危険な目に遭うのが心配なんだよな――。僕は元気付けたくて声の調子を上げる。


「でも、魔竜が見つからないことも多いんだよ。行ってはみたものの、もういなかったとか。捜しても見つからなかったとか。十回行って、十回とも遭遇しなかったなんてこともあったくらいだよ。魔竜の根城が未だに不明だからさ、目撃情報があってから向わなくちゃいけないから、どうしても遅れるんだよね」

「そうなんだ」


 晃はほんの少しだけほっとした表情をした。でも変わらず表情は晴れない。晃は不安そうに訊いた。


「どうして根城が見つからないんだろうね」

「多分、移動してるからだろうな。やつは世界各国で暴れてるからさ」

「……そっか」


 晃の顔が更に曇ってしまった。

(しまった!)

 僕は焦った。


 やっぱり魔竜のことも不安だよな。ここは、遭遇率も高くなってるとか言った方が良かったかも知れない。嘘になるけど、晃が沈むよりは良い。

 でも今更言っても遅すぎる。

 どうすれば晃に笑ってもらえるか分からない……。僕は、無言で机の上のとんかつを見つめた。


「ねえ」


 晃の窺うような声音に顔を上げる。すると、晃は首筋を掻くようにして触りながら、おずおずとジュエリーケースを差し出した。


「?」


 僕は首を傾げながらそれを受け取る。長方形の、灰色のケースだった。形状から、中に入ってるのは多分ネックレスだろう。

 ケースを開いて、僕は息を呑んだ。


 地平線付近に浮かぶ月のように黄色く、荒削りのごつごつとした少し尖った、小さな石がケースの中で横たわっている。


「これって……」

「福護石だよ」


 言って、晃ははにかんだように笑った。


「福護石ってルクゥ国の石じゃないか」

「うん。でもこっちでも売ってたから。――懐かしいでしょ?」

「うん。すごく。これ、もしかしてくれるの?」

「よければ」

「ありがとう」


 晃からプレゼントを貰えるなんて思ってもみなかった。すごく嬉しい。でも、同時にすごく情けない気がする。女性から先に貰うだなんて。僕が先に晃に何か送りたかった。


 これまでも何回かアクセサリーか何かを送ろうと考えたことはあったけど、ただの友達として接してるのに、渡して良いものか考えて結局買えずにいたんだよな。


「福護石って持ってる人のことを守ってくれるって言われてるんでしょう?」

「うん」

(一回だけだけどね)

 心の中で呟いたけど、絶対口にしない。


「もしかして、僕のこと心配して?」

 期待を込めて訊いてみる。晃は照れくさそうに笑んで、こくんと頷いた。


(ああ、やっぱり好きだな)


 胸が熱い気持ちでいっぱいになる。もう、告白してしまおうか。火恋だって後六年かそこらで成人なわけだし。今告白したって、迷惑にはならないはずだ。


「あのさ――」

 僕が意を決して口を開いたときだった。

「友達の心配するのは当たり前じゃない」


 晃は弾けんばかりの笑顔で、残酷なことを言った。一瞬、僕の心臓は鼓動を止めて、思考も停止した。


 〝友達〟


「……だよね」


 そう呟くのが精一杯だった。

 そんな笑顔で言われたら、それ以上の感情がないことなんてバカでも分かる。僕は泣きたい気持ちを堪えて、もう一度、「ありがとう」と言った。


 * * *


 晃と一緒にオウス城に帰ると、火恋がコインを置いてある部屋で待っていた。火恋は楽しそうに駆けて来ると、「おかえり」と言って僕の手を取った。


 無邪気な笑顔は相変わらずだけど、五年前にくらべるとやっぱり見違えるくらいに成長してる。火恋に逢うと、子供が大きくなるのは早いもんなんだなぁと逐一思う。


「ただいま」


 僕が言うと隣にいた晃も、「只今帰りました」と挨拶をした。

 火恋は晃をちらりと見て、僕に目配せをしながら腕を引いて晃から背を向けた。僕にかがむように指示すると、こそこそと耳打ちした。


「どうだったの?」

「どうって?」

「だから、ちょっとは進展あったの?」

「……」


 答えたくない。

 だけど、火恋は僕の肩をつんつんと小突いて急かした。


「どうなの?」

「……ない。どころか、後退かな」

「え~!?」


 火恋はすっとんきょうな声を上げた。

 僕は慌てて火恋の口を塞ぐと、晃を振り返って愛想笑いを送った。晃は怪訝に首を傾げている。


「どうしてそうなったの!?」


 火恋は僕の手を振り解いて、責めたてた。この年頃の女の子はマセガキだっていうけど、本当にそうだよな。まあ、火恋は昔からませてたけど。

 僕はそっと嘆息して、僅かに首を振る。


「それは聞かないでくれよ」

「え~!? どうしてよぉ!」


 僕の落胆っぷりを察することなく、火恋は地団太を踏んだ。しっかりしてるように見えて、何だかんだいっても子供だな。


 火恋の頭に手をやって、「大人には色々あるんだよ」とかっこうつけてみた。火恋は腕組みしながら、僕を睨みつけて、ぶすっと口を尖らせる。


「本当、ダメな二人ね!」

「僕だけじゃなくて?」


 首を捻った僕をもう一度、今度は呆れたように睨み付けて、火恋はそっぽ向いた。


「知らな~い!」


 ぶつぶつと聞き取れないくらいの低声で文句を言いながら、火恋は障子に向うと廊下に出て、振り返った。美少女が台無しなくらいのふくれっ面だ。


「レテラおにいちゃんなんか、さっさと帰っちゃえ!」


 しっしっと僕を追い払うしぐさをした火恋に、晃は、「火恋様!」とたしなめる声音を出したけど、火恋は無視して廊下を進みだした。


「はいはい。帰るよ」

 僕はなんだか微笑ましく思いながら、火恋の背に手を振った。


「本当にごめんね。普段はあんなことしないのに」

「良いよ、別に。可愛いしね」

「ごめんね」


 晃は申し訳なさそうに言って、「ありがとう」と付け加えた。


「火恋様は、レテラのこと気に入ってるみたい。お兄ちゃんだと思ってるんじゃないかな」

「お兄ちゃんって年かな。どっちかっていうと、お父さんの年じゃないか?」

 僕が笑って言うと、晃の表情が突然沈んだ。


「レテラは……結婚しないの?」

「え?」


 突然の質問に、僕の胸は何故だか高鳴った。ときめきでもあったし、ぎくりとした思いでもあった。


「しないよ」

 したい人はいるけど――。

「どうしてか、聞いても良いかな?」

「うん、と……」


 どきまぎしていると、晃はいけないことを訊いたと思ったのか、

「ごめんね。大丈夫。良いよ答えなくて!」

 と、わたわたと手を振った。こんなに焦ってる晃を見るのは初めてだ。顔が見る見るうちに赤くなっていく。


(どっちなんだよ……。全然分かんねぇよ)


 僕の中で、不安と期待が渦を巻く。僕のこと、少しでも好きだって思ってくれてるって、そう思って良いのか? 僕の気持ちは期待に一歩傾いた。


 僕は晃に手を伸ばして、晃の肩を掴もうとした。晃は怪訝そうな瞳で、でも熱視線のようにも見える眼で、僕を見据えた。そのとき、僕の脳裏にさっきの言葉が過ぎった。


〝友達の心配するのは当たり前じゃない〟


 友達――その言葉が僕の頭の中をぐるぐると廻る。

 気がついたら、僕は腕をだらんと下ろしていた。 


「レテラ?」


 晃が心配そうに僕を覗き込んだ。僕は思わず顔を背けてしまった。ちらりと見えた、晃の悲しそうな瞳。

 だけど、僕は晃を再び見つめ返すことが出来なかった。


「ごめん。もう、帰らなきゃ」

「そっか……」


 晃のどこか残念そうな声を背に、僕は出書院の上に置いてあった転移のコインを投げた。

 黒い歪が床に出現し、僕はその中に足を入れた。


「気をつけてね」


 晃の優しい声に胸が痛んだ。後悔して振り返ったときには、もう見慣れた部屋に戻っていた。






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