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プロローグ

書き直しました。20190915


〝始めに懺悔をしようと思う〟


 古文書の一文はそう始まっていた。

 テコヤと呼ばれる学び舎は、様々な年齢の者が集まり、学問を学び合う場であった。なかでも日輪ひわ国にあるテコヤは世界最大で、各国から選りすぐりの学生が集まる。そこで考古学を教えているハナシュ教授は、発見されたばかりの貴重な巻物を読み出したところだった。


 大きな木の柱が部屋の四隅に立つ広い教授部屋には、辞書や書物で埋め尽くされた机が並んでいる。本棚には巻物が所狭しと詰め込まれていた。


 日輪国に製本技術はなく、巻物を使うのが一般的だった。製本技術はアルヒーナ王国で研究されているが、まだ実用には程遠い。


 傍らにいた助教授は、古代文字の辞書である巻物を、散乱している机から引っ張り出してきた。


「ありがとう」


 ハナシュ教授が礼を言うと、助教授は巻物を覗き見た。


「アルヒーナ王国で、先月発掘した物ですな?」

「ああ」


 白髪が混じった顎鬚を梳きながら、ハナシュ教授は頷く。

 教授が巻物に集中しようとした時、「失礼します」と、若々しい声がして、引き戸が開かれた。


 部屋へ入ってきたのは、薄青い目をした青年だった。黒髪の少し長い前髪が瞳にかかって、彼は髪を指で払う。


「僕も拝見してもよろしいでしょうか?」

「君は確か、若葉くんだね。そうか、君は発掘にも携わっていたね。良かろう。こちらに来なさい」


 ハナシュ教授は若葉を手招く。彼は嬉しそうに頬を綻ばせると、駆け足で向った。教授は、はたと振り仰いだ。


「そうだ。彼は一緒じゃないのかな?」

「彼っていうと……エンですか?」


 あたりをつけたように訊き返した若葉に、教授はうんと頷いた。


「彼とは幼馴染だそうじゃないか」

「そうですが。それが何か?」


 怪訝に首を傾げた若葉に、ハナシュ教授は好奇の目を向ける。


「彼は君と同じ、日輪国生まれであるのに肌の色が違うと訊いてね。訊けば、ご両親もここの生まれだそうじゃないか。そういえば焔というのもこの国の名字ではないね?」

「ああ」


 若葉は納得がいった様子で相槌を打つ。この手の質問には慣れていた。


「彼の先祖にそういう肌の人がいたらしいです。何世代前なのかは判らないみたいですけど。名字もきっとそのときのものでしょう」

「隔世遺伝というやつだね」


 興味津々といった風にハナシュ教授の瞳は輝いた。

 若葉は彼に代わってこの質問を受けることが多かった。


 彼には生まれたばかりの弟がいるが、弟の肌は若葉と変わりがない。彼だけが違う肌の色をしていたから、おそらく隔世遺伝で間違いはないだろうと、ぼんやりと若葉は思った。


 焔本人は、奇異の目にさらされても微塵も気にしない性格の持ち主だったが、若葉は反対に好奇の目に嫌気が差していた。


 だが、教授に悪気はないのは窺えたし、他の者と違って嫌な感じも受けなかった。好奇心の種類が違うからだろう。

 もう少し会話を広げても良かったが、若葉は早々にこの話題を切り上げることにした。


「ところで、今は何巻目をお読みですか?」


 尋ねながら、物で埋まる机がずらりと並ぶ中で、一つだけすっきりとした机に目を向ける。その机には巻物が十四巻、丁寧に並べられていた。


「最後の物だよ」

「もう最後までルクゥ文字を解読なされたのですね」


 驚嘆した若葉に、教授はにこりと笑みかけた。


「ルクゥの基本文字さえ知っていればそれほど難しくはないさ」


ハナシュ教授は言って、巻物に視線を落とした。


「これまで読んだ十四巻には、題扉に人名が記されていて、そこに書かれた人物の一生が綴られていたんだ。ほら、例えばこれなんかは、ヒナタ・シャメルダ・ゴートアールと書かれておる」


 教授は手を伸ばし、一つの巻物を取ると軽く横に振って見せた。それを丁寧に机に戻すと、若葉を見据える。


「おそらく、誰かがその人物を取材して書いたものだろうな。しかしな、これだけには題扉に人名が記されていないんだ」

「じゃあ、誰なのか分からないんですか?」

「ああ。しかし、読めば解るかも知れない」


 そう言って、ハナシュ教授は巻物を読み進めた。若葉も覗き込んだ体勢のまま、じっと巻物を読み始める。その横に助教授がちゃっかりと椅子を持って来て横目で目視した。

 巻物には、こう綴られていた。


 * * *


 始めに懺悔をしようと思う。


 これが物語ならば、お姫様は蘇り、愛する王子と結ばれる。王国も世界も平和になって、末永く幸せに暮らすだろう。でも、現実はそうはいかない。


 僕はあの場で、僕らの死を選んだのだと思う。


 あそこであのまま全員死んでしまったら、生きた証を捻じ曲げられたまま、後世に語られることになる。そんなことは、間違っている。


 彼らは僕を裏切り者だとそしりたかったかも知れない。でも、一言たりともそんなことは言わなかった。今となっては言い訳でしかないけれど、本当に、心苦しかった。


 僕は今や、誰の目から見ても裏切り者に映っているだろう。だけど、僕はそれでかまわない。むしろそれが良い。


 心残りは彼女のことだ。


 彼女は生き延び、本懐を遂げることが出来ただろうか? 今の僕には知る術もないけれど、きっと無事でいると願っている。


 だけど、暮れ行く命の中で、僕の胸を埋め尽くすのは、変わらず君だ。

 君への贖罪は、少しでも晴らせたのだろうか? 後悔は胸の奥に潜み、やがては痛みも消えるけれど、いつまで経っても心の隅に住み続ける。

 

 彼のものと共に眠る愛しい君に、いつの日かもう一度逢えると信じて、僕はここに包み隠さず真実を書こう。

 

 君に出逢う前、愛しい彼らと出逢った日――十八歳だった僕は、王宮の廊下を駆けていた。






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