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天狗の花嫁  作者: 宮部ゆら
5/8

紫雲

目の前にはふかふかの気持ちよさそうな布団。

家では何年も使ったペラペラの座布団みたいな布団を使っていた私には、まるで高級な羽毛布団のように見える。

ここにダイブしたら、さぞ気持ちいいんだろう。


そして、その布団を挟んで向かいにくつろいだ様子で座っている青年。

精悍な顔立ちに、夜をそのまま切り取ってきたかのような黒い髪と深い紫色の瞳。

普通の感覚を持ち合わせた女なら、この新婚初夜のようなシチュエーションと彼から発せられる色気で、顔を赤く染めていたことだろう。

しかし、今の私にはそんな余裕はどこにもない。赤いどころか、むしろ青くなってると思う。


どうしてこんなことになっているのか・・・誰でもいいから教えてもらいたい!


樹に花嫁になることを承諾した途端、どこぞに控えていた善丸によって問答無用で部屋から連れ出され、あれよあれよという間に寝間着に着替えさせられたかと思ったら布団の敷いてある豪華な和風の部屋に押し込められた。

講義しようと善丸を振り返ると「じゃあ、あとはよろしくっす!」と言って、私が何か言う前に飛び立っていってしまった。


この時点で既に怪しい感じはしていた。えぇ、していましたとも!

でも、ついさっき「まだ子供とまでは言わない」って言われたばっかりだったし、奥さんになるからちょっと良い部屋に通されたのかな・・・って思っちゃったんだもん!


取りあえず部屋の中を色々見ていたら、部屋の襖が開く音がした。

善丸が戻ってきたのかと思って振り返ると、知らない男が襖の前に立って私の方をじっと見ていた。



「・・・・お前、俺の部屋で何してる。」


「俺の・・・部屋!?」



えぇぇぇぇぇぇ!!!????

ど、どういうこと!? ここ私の部屋じゃないの? この人誰!? 


脳内で一人パニックを起こしていると、男がゆっくりと近づいてきた。



「女が夜這いとはなぁ、しかも俺のところに。誰の差し金だか知らねぇが、もうちっと色気のある女にしてもらいたいもんだ。」



そう言った男の視線は、完璧に私の胸元に注がれている。

慌てて手で寝間着の合わせ目を押さえる。恥ずかしさに顔が熱くなっていくのが分かった。


分かってるよ! 色気も胸も無いことくらい!! 生まれてからこの20年間、谷間なんてできたことないわ!!



「夜這いに来るくらいの度胸があるわりには、こんなこと言われたくらいで恥ずかしがってんだな。」



うるさいっ! 生まれてこのかた彼氏も出来たことないのに、あからさまに「胸が小さい」みたいなこと言われたら流石に恥ずかしいわ!!



「よ、夜這いなんかじゃないです! それに、あなたの部屋だってことも知りませんでした!」


「へぇ。夜這いに来たんじゃないのか。なら何しに来た?」 



鋭い視線で睨まれて蛇に睨まれた蛙のごとく動けなくなってしまった私は、どもりながらも善丸たちに誘拐されてからこの部屋に至るまでの経緯を必死に説明した。


男は私の説明を一通り聞くと、樹をこの部屋に呼ぶように誰かに指示をだした。

そして、冒頭に至る。

この際、腹黒樹でも構わない。はやくこの息の詰まるような空間をなんとかして!


何時間にも感じたけど、実際は数分たった頃、ようやく足音と共に樹があらわれた。



「失礼いたします。紫雲様、お呼びでしょうか?」


「い、樹さん!! 私、間違ってこの部屋に案内されたんですよね?」



男が話し出す前に、ものすごい勢いで樹に詰め寄る。

善丸のときのように逃げられては困る!! 私が夜這いに来たんじゃないって証明しなきゃ!



「・・・間違っていませんよ。ここは、優希様の花婿になる方のお部屋ですから。」


「花婿!!!???」



じゃあ、この部屋の主が・・・あの色気ムンムンの男が、私の相手ってこと!?

なんで早速、結婚相手の部屋に通されてんのよ! 話が違ーう!!



「はい。この方が我ら烏天狗の主、紫雲様です。紫雲様、こちらが花嫁として人間の里より連れてきました、七瀬優希様です。」


私の動揺っぷりとは正反対の涼しい顔で、樹がそれぞれの紹介を済ませる。

普通、初対面同士がこんな場所でこんな格好ですることじゃないだろうと思うが、この際どうでもいい。


「大体の話はこの娘から聞いた。で、なんで連れてきた? 今日、この部屋に連れてくるとはお前から聞いてねぇな。」


「ただの思いつきですよ。部屋に入って目の前に若い娘がいたら、さすがのあなたも手を出してくれるのではないかと思いまして。そうすれば長老様方への説明も楽ですから。」


「そんなこったろうと思ったぜ。まぁ、せっかくここまで連れてきたんだ。このまま部屋に置いといて、俺が手を出したことにしといた方が、面倒事も少なくて済む。」


「はい。ということですので優希様、今夜はこのままお休みください。」



紫雲の方を向いていた樹が、にこやかに私を振り返った。

急に話を振られて驚いてしまったが、それよりも今までの話の内容に全くついていけてない。

とんでもない単語が聞こえてきた気がしたけれど、たぶん気のせいだ。うん。



「え?」


「既成事実をつくったことにする、という話をしていたんです。紫雲様と優希様がそういうことになったとなれば、長老様も納得するしかないでしょう。」


「き、既成事実!!!」


「ふりだって言ってんだろ。いちいちでかい声で騒ぐんじゃねぇ。」



紫雲がうるさそうに顔をしかめる。

綺麗な顔でそんなこと言われたうえに、睨まれたら余計怖いに決まってる。


私が端のほうで小さくなっている間に、樹は紫雲と少し話をするとそのまま部屋を出て行ってしまった。

紫雲はというと、まるで私なんてここにいないかのように、布団に入って寝てしまった。


今日はここで雑魚寝・・・・

誘拐されて、閉じ込められて、知らない人と一晩過ごして・・・・

不安で仕方なかった。これから自分はどうなるんだろう?

家に帰れるんだろうか?


朝起きたら今までの事は全部夢で、普通におばあちゃんの家で目が覚めますように。

そんなことを願いながら目を閉じた。






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