迎え2
今までこんなに自分の反射神経の鈍さを憎んだことはない。
あの時なぜもっと早く足が動かなかったんだろう?あの時もっと早く反応できていたら、今こんな面倒くさいことに巻き込まれずに済んだのに・・・。
先ほど言われた言葉の意味が理解できなくて固まったまま、少し前の自分の行動に後悔していると、天丸が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫ですか、、、?あの、、一緒に来てくれますか?」
「え? なに? ドコニデシタッケ?」
「天狗の里です!聞いてないんですか?」
てんぐ・・・テング・・・・・・天狗!!
天狗って言ったよね?聞き間違えじゃないよね??あれ、天狗って本当にいたんだっけ???
この現代社会で生きているなかでほとんど聞くことがないワードに私の頭は混乱していた。
そして、ふと思いついた。これは新手の詐欺に違いない。珍しい言葉でこっちを混乱させてその隙に高い壺とか、霊験あらたかな何かとか買わせられるやつだ!!
そういうことなら、興味ないの一点張りで押し通そう。
「えっと・・私、そういうの興味ないので。他当たってもらって良いですか?」
「き、興味ないなんて困ります!!一緒に来てください!!な、七瀬様じゃないとダメなんです!!」
「私じゃなきゃダメって、何でですか!!天狗とか言われても信じられないし、新手の詐欺とかですよね?私、絶対壺とか買いませんから!!」
詐欺師に向かって「詐欺ですよね」なんて普通言わないだろう!!と自分でツッコミつつ、必死に私にすがってきた天丸の腕を振り払った。だが、天丸もしつこく腕を掴んでくる。
私と天丸が地味な攻防戦を続けていると、さっきまで黙って見ているだけだった善丸が突然大きく手を叩いた。
すると、二人の背中にさっきまで無かった黒い大きな羽が出てきたのだ!
びっくりして天丸の腕を払うことも忘れて羽に見入っていると、善丸がめんどくさそうに話し始めた。
「壺だかなんだかよく分かんないんすけど、要は”天狗”ってのが信じられないんすよね?だったら見せた方が早いし楽だし、一発じゃないっすか?」
「そ、そうだね。て、てっきり樹様が話してるんだと思っちゃって。ごめんなさい。」
天丸が頭を下げてきたが、私はまだ羽から目が離せない。さっきまで確かに無かったはずなのにどうして急に生えてきたんだろう?そもそもあれは本当に生えてるんだろうか?
「樹様も先に言っといてくれれば良かったんすけどねー。まあ、これで信じてもらえたみたいだし、そろそろ里に戻らないと。他の人間に見られたら面倒くさい。」
「う、うん。じゃあ、七瀬様も一緒に。」
そう言って、天丸が私に向かって手を差し出した。
私が固まっている間に勝手に一緒に行くことになってるけど冗談じゃない!
そんな得体の知れないところに行ってたまるか!!
「ちょ、ちょっと待ってください! 私、絶対行きませんよ! そんなよく分かんないところ! 何されるか分かんないし、怖いし、天狗とか知らないし・・・・私なんて食べても美味しくないですよ・・・」
強気で反論し始めた割に最後は泣きそうになってしまった。当然だ。この人たちが天狗だということは紛れもない事実だ。背中の羽が時々開いたり閉じたりしている様子が嫌でもこのことが現実だということを私に突きつける。
天狗であるこの人たちが人間である私を連れて行く理由なんて一つしか思いつかない。そう、私は食べられるに違いない!それ以外考えられない!
そう思ったら恐ろしくて、本気で声を出して泣き出してしまった。
「・・う・・・うぅ・・・美味しくないよ~」
「ははっ! 何なんすか、それ! 人間なんて食べたりしないっすよ!!」
「・・・え? 食べるために連れてくんじゃないんですか? じゃあ・・・なんで・・・?」
「な、七瀬様には僕たち一族のために主様の花嫁様になってもらうために、里へお連れするんです!」
「花嫁様・・・?」
この状況に似つかわしくない"花嫁"という言葉に、涙を拭うことも忘れてポカンとする。
「そう! 樹様がお前なら連れてきても大丈夫だっていうから、わざわざ迎えに来たんすよ! ほら、早く行くっすよ。」
そう言うと、善丸は私の体を持ち上げると俵を担ぐように肩に乗せてしまったのだ!
「ちょっ!! 降ろしてよ! 食べられるんじゃなくても行きたくない!」
逃げようとして暴れてみるけど、善丸の腕でがっちりと抑えられているせいでびくともしない。
よく、マンガとかで倒れた人をこうやって運ぶシーンを見るけれど、実際やられてみると分かる・・・これ、すっっっごく苦しい!! お腹痛い!!
苦しいのと痛いのとで更に暴れだすと、突然体が浮き上がるような感覚がした。
そう、私は空を飛んでいたのだ。
「ぎゃーーーー!!!」
「お、落ち着いて下さい。」
「あんまり暴れると、本当に落っこちるっすよ~」
「お、降ろして~」
私が人生で初めて空を飛んだのは、小学生の時。両親と乗った飛行機だった。
だが、その一回が最初で最後だった。なぜなら私は高いところが大の苦手だからだ!
それなのに、こんな! 生身で空を飛ぶなんて! 安全装置ゼロ。唯一私を固定しているのが善丸の腕のみ。
その後、恐怖と現実逃避のために私が気を失ってしまったのは仕方がないことだと思う。