魔弾(上)
お久しぶりです!フリーです!
結構早いかな? にしても設定ガバつきすぎぃ!
あと最近気づいたんだ。五千文字程度で場面転換してたら目ぇ回るわ!って。今度から注意します。あと、設定も整えて、なるべく、なるべく!エタらないように頑張ります!
今回はコルクさんの移動の話と、ビネガーさんのバトルがメインになってます。
それでは、お楽しみください!
ソアラの街から遥か南、先の戦闘によりやや北にラインを戻したポコ戦線は、生死の境を表すかのように、無数の柵で区切られている。その終わりの見えない柵を沿うようにして、二人の男女が歩いている。男はフードをかぶり、女はターバンを巻いていた。風が吹くと二人は各々の頭を抑え、それらが飛ばないようにする。風は強くはなかったが、二人は随分と歩きにくそうに見える。それは、ここいら一帯の重苦しい空気のためであったのだろうか。柵は何重にも立ててあり、跨いでの景色は肉眼で捉えるのは厳しいはずなのだが、向こう側からくる血や汗、緊張感が渦巻いてこちらまで流れ込んでくるようである。天候もそれを察してか、淀んだ雲が空一面を覆っている。
「……これは、徒歩では厳しいか」
男がポツリとつぶやく。それは体力的なことを思案したと言うより、この先々の精神的な苦痛を考慮しての言葉だった。ターバンの女が、男の言葉に気を使うように、目線を上に向け口を開いた。
「コルク、私は大丈夫だよ。ちゃんと最後までついて行くって約束したでしょう?」
「スカイ……」
気遣いはいいが、コルクは別段スカイの身を案じた訳ではなく、己の心身への負担を第一に考えてきた。そこに冷酷な思考は一切なく、ただ目的の為にすべき最善の策を取ろうとしただけである。とはいえ、コルクも心が錆び付いている訳ではない。スカイと己、その両方を守ろうとする思いは芽生えていた。
暫く道なり(道という道はないが、この場合は柵沿い)に進むと、コルクがおもむろに作の向こうを見、目を細める。唐突に始まったコルクの行為にスカイは不思議そうに下からその様子を覗き込む。
「えぇと、コルク? あなたは一体、今何をしているの?」
コルクにそう尋ねると、山彦が帰ってくるようなペースで返事が返ってくる。
「馬小屋さ。ソアラの騎兵は速いからね。あの馬を1匹拝借できればと思ったのだが」
「お馬さんを盗むの!? ダメだよコルク、犯罪だけには手を染めちゃあダメ!」
必死に、次にコルクが取るであろう行動を制止しようとする。しかしコルクはへらへらと笑って、既に柵に身を乗り出している。
「何を今更言っているんだい、スカイちゃん。俺は既に犯罪者だ。君だって、俺が人を手に掛けたのを知っているんだろう?」
「あ……」気の抜けたような反応をするスカイを横目に、ひらりと柵の中に飛び込んでいってしまう。そのまま二つ目、三つ目と柵を越えていく。
「戦士っていうのはね、スカイ。どんな大義名分であれ、理由があったって、結局の所は人殺し、犯罪者なんだよ。戦う人っていうのは、自分の中の正義を貫くために力を振りかざしているだけ。それは全体の正義ではない、つまりは自己満足なんだ」
初めは落胆した様子でその話を聞いていたが、柵を越えていくその背中には、スカイには哀愁以上の冷たさが感じ取れた。この人を支えなければいけないという確固たる思いが再び立ち上がる。
それでも、この人は人殺しじゃない。
そう信じていなければ、スカイの信念は焼き切れてしまうのだ。だから、本当の彼を見つけるために私はこの人について行く。
「ま、待ってよコルク! 私も今行くから……」
「スカイはそこで休んでいても良いんだよ。俺が適当な馬を連れてくるから、それまで体力を温存しておきなよ」
「いや、えと、その……こ、コルクだけに犯罪者扱いさせるのは気が引けるから……私も片棒を担ってあげる!」
コルクはその言葉に、もたもたと柵を乗り越えてくるスカイの方を振り向き、大声で笑う。気のせいか、心持ち雲が少し晴れたような気がした。
「ははは。君がかい? そりゃあいい、傑作だ」
もとより、この娘が強いことは知っていたんだ。こう来ても何らおかしくはない。いいだろう、どこまで付いてこれるか、耐久レースといこうか。もし最後まで君が付いてこれたなら、その時は君を生かす最大の努力をしょう。
脱落したなら、俺は犯罪者の烙印を押されるだけ。いつもと変わらない。
コルクが再び馬小屋のある方を振り返り、柵を越えようとする。左手を柵にかけ、ひとっ飛びしようかと言うところで、足を止める。正確には、動かなかったというのが正しい。なにか不穏な力に金縛りにされたように、コルクの両足は草原の中に縛り付けられた。
「コルク、どうしたの!」
呑気に後ろから大声で呼びかける声がする。なぜだか分からないが、スカイをここまで寄せてはいけない気がする。そんな予感がある。
「スカイ、下がれ! 今超えてきた柵を全て戻るんだ! 俺もすぐに……」
ドン!
何かがぶつかったような、あるいは爆ぜたような衝撃音が響き渡る。しかしこのような音は、普通に暮らしていれば聞くことはないような音で、先程あげた例も不甲斐ないくらい、掲揚し難いものであった。あまりの爆音に、草原がビリビリと震える。
音の残響は未だに辺りに響いている。見渡す限り山が無いため、音の大きさが感じられる。しかし辺りの様子に変化はなく、コルクの感じたような危険も訪れていない。しかし、コルクはその音をある一つの、体験したことのある音に重ね合わせた。
「炎……筒……?」
スカイは既に柵を超え、元いた位置に戻っていた。しきりに手招きをしている。コルクがそれに気づき、引き返そうとすると、左手から馬の蹄が地面をふむ音がする。慌ててその方向を見ると、ざっと見て数百騎程の騎兵が北に向かって走っていくのが見える。
「まずいぞ、気付かれたら厄介だ」
元々体力を温存するために馬を使おうと提案したのだ。彼らを撃退するのは容易いが、それは体力の消耗を意味するため、本来の目的から真逆に位置する行為となってしまう。急いで柵を超える。
「や、そこの旅のお方!」
ふと、騎兵隊の先頭を走る男がコルクの方に気づき、声を掛けてくる。しまったと思い、こちらに来る前に急いで元の場所に戻ろうと焦っていると、その騎兵は予想に反して、自らのみをこちらに走らせてきた。
「コルク! 早く! 急いで!」
スカイが早口でまくし立てる。コルクも急いではいるのだが、フードローブが柵に引っかかったりして、情けないことに引き返すのが困難になっている。気がつくと、その騎兵はスカイの横に馬を寄せていた。
「や、これはその、違うんです!」
「旅のお方! 迷われたのか!」
もたつきながら必死に弁明するコルクに、騎兵の男は大声で尋ねる。はきはきとした声で、好青年の印象を与えさせる。
「あ、はい! そうなんですよ実は……」
騎兵の男の解釈に便乗するように、話を合わせてやり過ごそうとする。コルクがやっと柵を超え終わり、改めて男の顔を見ると、騎士らしく鉄の鎧に身を包み、頭も鉄仮面で覆っていた。その顔は、ただ北の1点、先程の騎兵隊が去っていった方角を見つめていた。
「あの、どうされました?」
コルクが尋ねると、男は小声で「間に合うだろうか」とだけ呟き、コルクらの方へ向き直りこう言った。
「今から何も言わず、私の馬に乗ってください。ここは危険です。すぐにでも避難しなければいけない」
「やはりそれは、先程の音と関係するのでしょうか」
馬上の兵士は小さく頷くと、二人に向けて手を差し伸べた。
「質問などあると存じますが、取り敢えずは避難を優先します。さ、乗って」
コルクは、狼狽するスカイを両手で抱え上げ、兵士の差し出す手に近づけた。男はもう一方の手を伸ばすと、その少女を自らの後ろに預け、もう1人の男にも乗馬するように促した。コルクは二人が乗る馬を見て不安をその表情に浮かべると、兵士は自分の鉄仮面を押し上げ、口元に微笑を見せた。顔色には焦りの色が見えるが、旅の者を落ち着かせようとする兵士なりの気遣いなのだろう。
「大丈夫です。この馬は私と長いこと時間を共に過ごしてきました。どの馬よりも強く、速い自信があります。さぁ、早く」
コルクは、その言葉を信頼に足るものとし、馬に跨った。王国にも、このような気概のある兵士がいるものだと、背後に迫る不穏なものを暫し忘れて、柄にもなく感心していた。
その戦闘行為は、ごく自然に始まった。ジャムがドレスの肩紐をするりと下ろすと、形の整った、それは地面に血溜まりの様に広がり落ちる。麻布の戦闘服、これもジャムゥの伝統的なものだ。それを隙と判断したビネガーが一直線にジャムに向かう。ジャムの背後は細い階段の通路、それも彼女は足を掛けていて、足場は不安定に見える。ビネガーは自分の速さに自信を持っていたし、ましてや、回避の難しい相手の位置取りに勝利を確信した。この距離なら直進が速い。ビネガーは拷問で傷ついたタルタルを己の体で隠しつつ、ジャムに向けて走り出す。剣は鞘に収め、抜刀術の要領で畳み掛ける。
「威勢がいい子は嫌いじゃあないよ」
猛烈な突進に動じることなく、ジャムは背中に手を伸ばし、掛けていた炎筒を掴む。嫌にのんびりとそれを構える素振りを見て、詰め寄るビネガーは違和感を感じとった。足を止めずに、地面に張り付くほど姿勢を低くする。剣に添えた左手で軽く2度、両足を叩く。すると、先程までの速度よりも加速し、たちまち炎筒の筒先が目と鼻の先に来てしまった。
「王国のワンコロが、やたらめったら魔法を使うじゃあないか、えぇ? ペッパーの息子さん」
別段焦るようでもなく、ジャムは後ろに半歩身を引くと、振り下ろされようとする剣に向けて左手を差し出す。その手は今まさに繰り出される斬撃を掴み防ぐために放ったようには見えなかった。それを悟ったのか、ビネガーは迷いなく縦一文字に剣を振り下ろす。彼女の左手は手首から綺麗に切り取られ、炎筒を構えることが不可能になる。そこを畳み掛けて終わりだ。ビネガーには既に次の攻撃方法が浮かんでいたし、そこに繋げられるはずだった。しかし剣を握ったその手に伝わった感触は、空を切った刃のそれだった。目の前には、ぴたりとこちらに炎筒を向けて構えるジャムの姿があり、その左手はしっかりと獲物の腹を握っていた。
「馬鹿な!?」
咄嗟に後ろに飛び、剣を前方で回しながら防御の姿勢をとる。勿論凄まじい速さで発射される炎筒の攻撃の前では気休めのようなものではあった。しかし、攻撃の際に発する爆発音はせず、視線に捉えたジャムは武器を構えたまま、その姿勢を変えてはいなかった。
「その手……今しがた確かに僕が切り落としたはずなのだが、妙な技を使ったか? それともこの建物の設備か。何かしらあってもおかしくはないだろうし、技術力のあるジャムゥなら尚更なのだが、説明してはくれないだろうか」
「は、お褒めに預かり光栄だね、ペッパーの息子さん」
ジャムは狙いを付ける構えを崩すと、添えた左手を離し、二、三回ぶらつかせる。と、瞬時に2丁目の炎筒をどこからとも無く取り出し、それを左手に携える。恐らく二人の兵士は両手で構えた炎筒しか見た事がないのだろう。驚きの表情でその行為を見ている。
「まず、あんた達は炎筒の戦い方を知らないね。そりゃ、片手より両手の方が狙いはいいだろうが、使ってはいけない、なんて決まりはないんだから、こんな事があってもおかしくはないだろう? だから、あんたが狙いをつけたここは、私にとっちゃ斬られたところで痛くも痒くも無いんだよ」
「まぁ、痛いだろうけど」と軽口を叩くように付け足すジャムを、ビネガーは不審な目で見つめる。自分の軽口に笑いながら、引き金部分に指を掛け2丁を器用に回しているジャムに向け、再度剣を構える。
「僕が聞いたのはそんな事ではない。僕は貴様の左手を切り落とした。なのに何故、そこに左手が健在しているのか、と尋ねたのだ」
ジャムはビネガーの真面目くさった顔を眺めていたが、また高笑いをし始めた。ビネガーは不愉快そうに顔をしかめると、剣の柄に力を込める。先程と同様に、足の構えを作り、攻撃態勢をとる。
「敵さんに自分の事をべらべらと喋るかい? 少なくとも、後ろのその子は話さなかったようだけれども、私は別だとでも思ったのかい?」
ジャムはそう言うと、再び腹を抱えながら笑う。凛々しく逞しく、健康的な肌色に力強い瞳。敵ながら天晴れな女大将。先輩達から聞いていたジャムの姿は、目の前のその女からはどこにも見て取れない。
「ううん、そうねぇ。じゃあ、こうとでも言っておこうかしら。貴方の剣が届かなかっただけ。あはは」
「……成程、聞いた僕が愚かだったな。僕は兄ほど魔法使いや貴様らの様な貴重民族に対して恨みや妬み、蔑視などはしていない。だが、貴様から感じ取れるのは危険で不穏な意識ばかりだ。話も通じないようなら尚更。そこで待っていろ。ひと思いに殺してやる」
「あら、優しいのね、ボク。うふ、うふふ。だからあなたは殺さない。けど、後ろのその子はどうかしら」
ジャムが顎でビネガーの背後にしゃがみこむタルタルを指すと、ビネガーが改めてタルタルを庇うように炎筒の射線を塞ぐ。その様子を、ジャムはまるで子供の成長を微笑ましく見守る母親のような笑みを浮かべて眺めている。ただ、彼女の顔は皮肉と冷徹さが入り交じり、とても本当の母親には届かぬもので、その目は笑っていなかった。
「あらあら、本当に優しいのね。今は殺さないであげるけど、そっちのお返事のない子はお仕置きしなきゃあいけないわね」
そう言うと、左手の炎筒を一回転させ、再び前方へ構える。と同時に、ビネガーが先程のように踏み込み切り掛る。タルタルは今、自分の後ろにいる。迷いはない。今度は、右手に狙いを定める。それに気付いたようにジャムも右手の炎筒を向かう疾風の塊に向ける。先に火を吹いたのは、左手の炎筒だった。爆音が窓のない部屋に響き渡る。
先に血を噴き出したのは、タルタルだった。