溺れる 下
大変お久しぶりです!フリーです!
すみません泣 遅くなりましたが新話です!
最近文章にまとまりがない気がする……本当にぶっ壊れたら書くのやめるかも汗
是非続けて欲しいなんていう嬉しいお言葉ありましたら頑張って続けますので、その際にはコメントください!
それではお楽しみください!
「頭領、おかえりなせぇ」
湿っぽい洞窟の道を進むと、逞しい体つきの男が挨拶をしてくる。片目には切り傷が残り、隻眼である。その他にも身体中には至るところに刺傷、切り傷、火傷のあとがひどく残り、男の波乱の人生を無言の内に理解できる。その男が手を差し出すと、頭領と呼ばれたその男は自分のマントを脱ぎ、その手に預ける。
「ああ、ただいまデスヴォイス」
マントの中から、産まれたばかりの赤子のような肌に、栗色の髪を後ろで結った青年の顔が現れる。頭領の青年は一言簡単に返すと、デスヴォイスを後ろに従えて洞窟の奥へと進む。
「この洞窟に、兵士が張り込んでいたよ。2人だけだったようだけれども」
「兵士!? あ、そんな情報は入っていやせんぜ……これは俺達の不注意でさぁ」
「いや、おそらく対応に当たったんじゃないかな? それか見張りの交代か……仲間が二人、血を流して倒れてたよ」
「は、はぁ……ただ、連絡がこねぇのはこちらの不備にありやす。すんません……」
多分この頭領よりも年上であろうデスヴォイスが、一見華奢なこの青年に頭を下げる光景は傍から見れば異質なものだろう。ただ、そこにはうっすらと感じられる実力の差があった。
「して、その兵士二人はどうしたんで?」
「決まっているだろう」
背後を続くデスヴォイスに右手をブラブラと見せつける。壁に掛けられた松明がその手をぼんやりと照らすと、そこには人血がこびり付いているのがわかる。
「あ、それもそうですわな。こりゃまたすんません」
「兵士達が動いている。と言うことは、コルクさんが動いたと捉えていいんだろうな。ただ、どう動くかは僕にはまだ掴めない。僕ら側ならそれで結構。もし、僕らの邪魔をしようと動くなら」
「それはないんじゃあありやせんか? なんせコルク=ボトルは元々こっち側。奴も同じ人間、ましてや政府の迫害の対象となっていたなら情の一つや二つ湧いてもおかしくはないんじゃあ」
「どうだろうね。あの人は今、その政府によって匿われているようなもの。もし莫大な報酬や権利を与えられると約束されたなら、どう動くかはまだ分からない。生きていると都合の悪くなる僕達を消しに来るやもしれないし」
青年とデスヴォイスはある扉の前に立った。青年が懐からいくつかの鍵を取り出すと、扉の六つの鍵穴にそれぞれを差し込み、手際良く解錠していく。
「それに僕は、2代目だからね。彼も僕が分からないように、僕も彼をわかってはいないんだ」
扉を開けると、広々とした空間に、無数の管がとぐろを巻くようにして散らばっている。十数人の男達が歩き回り、管の先にしきりに何かを詰め込んでいる。管の先端は液体の入った小さな瓶に繋がっている。
「いずれにせよ、大局を迎えるまで、僕達はこれを守らなきゃいけない。彼がこちら側だろうが、向こう側だろうが、僕達はこの力を振るえる技術がある。彼が戻ってこないようなら、この計画は僕らだけでやろう。そのためには、みんなの協力が必要不可欠だ。兵士の排除に情報の操作。そして、保存と強化」
忙しなく動いていた男達が暫し足を止めて、大声で「はい!」と返事をした。青年は満足気に頷くと、デスヴォイスと共に部屋をあとにした。
「いつまで待たせる気なんだい、この年寄りを」
巨大な城壁を前に、いらいらとしているのだろう、木製の跳ね橋を足首を上下に動かしたんたんと音を繰り返し立てている。ペッパーがこのソアラ城に到着したのはプラヴィンを出てから十八時間ほど。プラヴィンからは馬車が出ないため、最寄りの停留所がある街といえばモロニカしか無かった。そのためペッパーはモロニカまで実に6時間を掛けて歩いたのだ。そこから馬車に揺られての旅だったため、老体には堪えるストレスだったのだ。
「全く、約束も守らない気かい? えぇ? ケトルさんや」
その場に居合わせない人物に当たり散らすほど、苛立ちが激しいものになっているが、状況は全くと言っていいほど変わらない。辺りは夜に落ちており、城の周りの松明だけが唯一の光となっている。辺りに人の姿はない。
「ご老人、もうそろそろ引き取られては」
「その必要はないぞ!」
見張りの兵士が欠伸を押し殺して、素直な善意からか、面倒事を避けたいがためか帰宅を勧めた。すると、丁度背後の城門が鈍い音を立てて開き出した。男の声。本来ここで会うのは女だが、その声には聞き覚えのある声だった。ペッパーは乾いた目を口を開けた城に向けた。
「老いぼれめ! 先の大戦で死んだものとばかり思っていたが、今更おめおめと何のようだ!」
「あの女じゃあない……」
ペッパーが喉の奥で唸るようにつぶやくと、次に口を大きく開いて声を荒らげた。
「王都の男は赤の他人をどう言おうと勝手なのかい!? 悪いが、あたしゃこの街に知り合いという知り合いは」
ペッパーはそこで言葉を飲み込んで、息を吸い直して続けた。
「……まぁ、数名は」
「せっかくに拾った命だ。あのヌルついた空気の中、カビとともに死んでゆけばよい!」
「少なくともあんたは知り合いじゃあない。皮肉屋はいたが、不躾に失礼を垂れる輩は知り合いに1人としていやしない!」
弾けるように、こちらに近づいてくる男に向かって叫ぶ。男はどうやら漆黒の衣装をまとっているようで、顔までその色で覆われている所を見ると、なるほどこれがコルクの話に上がるハジキというやつか。
「いや、丁度いい。退かぬというのであればこちらにも用があったところだ」
見張りの兵士が2人、事態は複雑になると悟ったのか向かう黒ずくめの男とは逆、白の方向へ向かって去っていった。その兵士達が横を通ったすぐに、その男は件を抜き払った。柄には宝石が埋め込まれていて、男の身分の高さを示していた。
「穏やかじゃあないねぇ。名乗りな。こういうのは男が先だろう」
「なんと。まだ分からぬか」
男はぴたりと足を止め、驚きとも屈辱ともとれる反応を示した。二人は丁度跳ね橋を挟んで両側に立つようになっている。ペッパーの方からは男の詳しい姿形は闇夜に紛れて確認出来ない。もっとも、それは男の服装の為でもあるのだが。
今宵は月が真丸に現れていたようだ。黒い雲が風に流されると、大きな黄色の円が空に浮かび上がった。男は覆面に手をかけ、乱雑にたたむと上着のポケットの中にしまいこんだ。朧に顔が月明かりに照らされている。
「……バジル。バジル=スパイスだ。知らないはずがないだろう。俺はあんたの息子だからな」
その言葉に、ペッパーは目が飛び出るのではないのかというほど見開き、前方に立つ青年を見やった。今、頭の中でこの聞き覚えのある声が何なのか、整合がついた。ああ、こんな所に。こんなに大きく育って。でも何故お前が。
「ば、バジル……まぁ、まぁ……こんな所に……でも、その、なぜ……」
「混乱しているようだな。何故私がここにいるのか、とでも考えているのだろう」
無言で即座に二度頷くペッパーに、満足そうに口を歪ませて微笑む。バジルは再び歩き始めながら語る。
「簡単なことだ。お前は俺が小さい頃、魔法を一つも教えやしなかった。あんなにも戦いの才があったこの俺に、防御魔法の一つも教えずに突き放したんだ。お陰で俺は剣の腕だけで傭兵家業だ。情けなかったさ。魔法使いの息子が、力技だけで生きていくのは」
「それは、その、お前には平和な人生を歩んでもらおうと」
「それがお前の押し付けがましい理想だ! 全く反吐が出る。いつ、誰が平和の人生を望んだっていうんだ!」
おどおどとする実母に向かって、バジルは冷酷な言葉を突き刺した。痛がるようにペッパーが1歩たじろぐ。
「お前はいつだって俺の人生の邪魔ばかりしていた。だからお前の元を離れたのだ。傭兵として稼ぎながら魔法の腕は独学で磨いた。そうして戦いで使えるまでには成長させることが出来たのだ。平和な人生? 馬鹿を言うんじゃあない! お前の周りを見てみろ、魔法を武器として使う輩ばかりではないか!」
ペッパーは黙っていた。正確には、何も言えなかった、というのが正しい状態であった。曲がった腰から伸びる背骨の先に、首をだらしなくぶら下げて俯いていた。構わずバジルは続ける。橋の中腹まで来ていた。
「傭兵として働くうちに、力を認められた俺はこうしてソアラのために戦う武力となったのだ。無論俺自身の実力でな。そして喜べ、この仕事はお前の理想を叶えてくれるものでもあるのだぞ。『魔法のない平和な世界』を作るんだ」
皮肉に引きつった笑いを浮かべ、喉の奥でけたけたと笑う。足を止めて、宙を見上げたバジルは両手を広げて叫んだ。それはまるで大衆へ向けて罪人への刑罰を下すか否かを問うようであった。
「このような世の中の仕組みを気に入らないなどとお前にぬかす資格はない! この機関を生み出したのは結果的にお前だということだからな。お前が生んだ正しさをお前自身が否定するというのは、些かおかしくはないか!?」
「だからといって! 魔法使い全てを弾圧するその暴挙は許してはおけない!」
「この国に残る記録を王はお調べになった。そこには過去に魔法使いがどれだけ危険かを記録した内容があったとの事。つまり不安の種は早めに取り除こうという王の意向なのだ。当然、魔法使いはお前もだろう」
「……その中にお前は入らないのかい」
「黙れ老いぼれ。立場をわきまえろ」
バジルが剣を両手で構え、右肩の上に振り上げる。月が再び、闇の雲に呑まれた。
「俺は今ここで、お前を殺す! そうすることが、俺の過去との因縁を断ち切る唯一の手段だからだ! これを超えねば、俺に未来はない!」
腰を深く落とし、右足を後ろに、左足を前にして姿勢をとる。ペッパーも両手をコートから払い出し、さっと前方で構えるが、その動作には明らかな迷いがあった。
「さぁ、全力で応戦しろ!」
王子の部屋から何かに遠慮するように出てきたケトルは、懐中時計に目をやる。ペッパーとの約束の時間はとっくに過ぎていた。約束を忘れていた訳では無いが、王子とのやり取りが長引いてしまった。急ぎ足で城門への廊下を進むと、向かいから二人の兵士が歩いてくる。ほかの兵士は休養のため睡眠をとっている頃だから、この2人は見張りだろう。しかし何故戻ってきたのか、ケトルは気まぐれに尋ねることにした。
「おい、貴様ら。何があった」
「ああケトル様。実は、先程より城門でバジル様と老人が話し込んでおりまして、その事について報告に上がろうかと」
報告に2人も要らない。報告というのは嘘だろうが、二人はややこしく立て込んでいるのを避けたかったのだろう。ケトルはこの際不問にした。それよりも重要なことがあったからだ。
「報告ご苦労」
短く二人の兵士を労うと、先程より足早に城門へと向かった。二人の兵士は顔を見合わせ、肩をすぼめた。急ぐケトルの額には軽く汗もにじんでいる。よりによって、何故このタイミングに。
「はやく、あの人が死んだらこの戦いは回避できなくなる……それだけは、それだけは避けなければ」
ソアラが無くなってしまうのを回避するためには、そして、レイスを守るためには、彼女は必要不可欠なのだ。