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エロイカメンテ  作者: フリー・マリガン
18/22

溺れる 中

フリーです!

今回の更新は少し早めにしてみました!

色々展開やキャラがゴチャゴチャしてきました。私も管理しなければ汗

それではお楽しみください!

 空は快晴であったが、本来の青は下々の人間達には見る事が出来なかった。視界を遮っているのもまた、人間であった。


 黒煙が辺りに立ち込め、少しでも歩を進めようものなら死の匂いが鼻をつく。美しい緑の大地は抉れ、赤と汗と火薬の匂いが染み付いている。ソアラ王国から遥か南に位置するこのポコ戦線では、長大な塹壕を重苦しい空気が渦巻いていた。


 この戦線においての戦いは既に2年にわたり続いており、コーダ大河を跨いで南に位置する敵国の、ピウ王国と対峙し続けてきた。この戦線は、その敵の主力部隊を押しとどめる役割を担っており、同時に攻撃の要であるとともに、防御の要所でもあった。もっとも、ピウの所持する摩訶不思議な兵器への対策が不十分なため、塹壕を掘ったのもただの気休めであった。


「敵国ピウは、我が領土に住むジャムゥの『炎筒』に似た兵器を所持している」


 敵軍から飛来した巨大な鉄の塊を調べ上げたソアラ軍の科学班が出した結論だった。実を言うと、その1発とその後の散発的な数発が実際に確認されている攻撃で、現在のところ、一番敵部隊に近い戦線を名乗っているにも関わらず、敵兵士を目視したという報告は今までに1度も無い。何故なら、ピウの攻撃は遠距離からの投弾攻撃によるものが主立っており、ソアラの取る突撃戦術や、弓兵による射撃といった戦術では無いためである。そのため、戦争と呼ばれているにも関わらず、殆どは南からの侵略者に対する防衛のための『予防線』であり、確認できる『戦い』と呼ばれる行為は未だに無かった。恐らくは、この巨大な鉄塊を何度も何度もぶつけることにより、こちらの消耗と士気の低下を計り、その際に兵士を大量投入してくるのだろうと、ソアラの上層部は踏んでいた。始めのうちは数発の巨大弾が撃ち込まれただけで、これといった損害は無かった。上層部は、この砲撃による被害は無いと過信してしまった。


 戦況に大きな動きがあったのはその2ヶ月後。異変に気づいたのは、塹壕よりやや後ろに建てた、物見櫓の見張り兵だった。元より、塹壕より後ろからなど敵兵の姿を確認など出来るはずもなく、彼は退屈そうにぼんやりと空を見ていた。その時である。けたたましい轟音とともに、黒い粒が南の空を覆ったのは。


 兵士は急いで櫓を駆け下り、上層部のキャンプへと報告に走った。何と報告すればいい? 彼は走りながら考え、テントに走り込むや否や、こう言い放った。


「イナゴの大軍です!」


 報告を真に受け、兵糧を守るように指示した部隊もある。しかし、この時の様子を当時西岸帯塹壕の部隊長を務めていたパネル=パズルはこう語る。


「イナゴな訳があるはずがない。確かに奴らは南からやってくる。だが今は穀物の収穫期ではない。それに、あの轟音はどう説明をつけるというのだ」


 櫓の兵士が報告を終えた数分後、各部隊に迅速かつ正確に報告が行き渡った。ここでの『正確』は後の惨事を招くことになるのだが。それらはもちろん、イナゴなどでは無かった。


「攻撃の正体は掴めない。対策もわからないから、取り敢えず盾を空へ構えて後退と命じた。どこへ、問われたが、とにかく北へ、とだけ告げて逃げ出した。今思うと、私が一番早かったかもしれないな」


 報告を受けてすぐに、西岸の塹壕に配置されていたパズル部隊長の隊は部隊長の独断によって退却命令が下された。しかし、その開いた穴に敵軍は入り込むこともしなかった。彼らが逃げる間にも、空からの悪魔は少しずつ迫っていた。


 恐らく20分位は経過しただろうか。北の小高い丘へと避難したパズル部隊は、この世の終わりにも似た光景を目撃する事となる。今来た道を振り返った彼らは、言葉を失った。


「ふと後ろを振り向いたんだ。すると、ひゅるひゅると不気味な音を立てて黒い…例の鉄塊が降ってきたんだ。それも一つや二つじゃない。数十、いや数百はあったかな。考えられるかい? 人間より大きい金属が音を立てて降り注ぐんだ」


 そして彼らの受けた衝撃をよそに、突然の絶望は加速していく。降り注いだ鉄の塊が、一瞬にして火の玉になった。その熱風は遠く離れたパズル部隊へも吹きすさんだ。


「自然と熱さは感じなかった。身体中を冷や汗と悪寒が包んでいたからかな。今まで私達が守ってきた戦線が、塹壕が、一瞬にして火の海になってしまったのだから、私もそうだが、兵士達の落胆と衝撃はどれほどのものだっただろうか」


 数時間にも及ぶ爆発の後、現れた仄暗い煙は、焦げた血の匂いとともに天を覆った。我に返ったパズルは数名の兵士を城へ遣わし、事の仔細を報告させるようにした。


「奇跡としか言いようが無かったぜ。多分俺だけだろうよ、あの爆発で生き残ったのは」


 二箇所あるソアラ領土からピウ領土へ架かる大橋の内、セーニョ鉄橋付近の塹壕に配属されていた二等兵のスケール=カデンツァはあの爆発の中、奇跡的に生き延びた。辺りの人間は死んだ、と言うより消えており、見知った地形はどこにも無かったという。辛うじて遠くに見える山を見て、ここが自分の持ち場であることを確認した。


「頬をつねって、何度も夢じゃないのかって確認したんだ。でも痛いからよぉ、これは本物だって思ってさ。んで、俺1人でこの戦線を維持するなんて出来っこないだろ? んで、持てるものだけ持っておさらばさ」


 彼は持ち場から離れる際、初めて敵の兵士の姿を見たという。


「痛む体を起こしてよ、塹壕から這い出て走って逃げようと思って。ちらと振り向いたら、真っ黒い煙の中にうっすらと見えんのよ。敵さんがよ。遂に来やがった、これはえらいことになると思って一目散に逃げた。敵の姿? はっきりとは見えなかったけどよ、見た事もねぇ鉄の鎧をつけてたような気がするぜ。あと…そうそう、炎筒。奴ら、炎筒ってぇ武器に近い形をしたモンを持ってやがった。恐らくあれが武器に違いねぇ」


 現在、ソアラ王国軍はパズル部隊が撤退した西南の丘を『パネルの高台』と名付け、そこから東へ真っ直ぐに戦線を引き直し、次なる対策を練っている。ソアラの城下町への影響は無かったが、帰還した兵士の一部を見た住民は、この戦争がいかに過酷かを知ることとなった。

 一時期、ソアラの街中で流行った歌では、こう皮肉られている。


 穏やかな海は瞞しで


 澄んだ蒼さもまた瞞しだ


 見てろ、今に現る大嵐


 鋭い波が牙となり


 愚か者共を吹き飛ばす


 波は未だ立たず、依然静寂を保っている。しかし、刻一刻と海は揺らぎ、大陸を飲み込まんとしている。




 「私をモシュルヤ後方基地へ?!」


 普段なら一面が凍ったような静けさの王宮に、男の怒号が響き渡った。男の名はバジル。齢25にして栄えあるハジキ部隊の総隊長に任命された実力者である。そのエリートが向き合っているのはソアラ国の王であるシルクである。彼は、自らのお膝元に置いてあるハジキ部隊の、それも総隊長を戦役に付かせようと言っているのだ。

モシュルヤ後方基地は、ソアラ王国から南、大陸の中心に位置するモシュルヤ平原に築かれた砦である。主に前線であるポコ戦線への大局的指示を出すための連絡基地となっている。


 「無論、左遷などではないぞ、バジルよ。儂はお主の実力を買っておるのだ」


 実力を認められていることは心の内で喜びつつ、しかし出世への近道であるハジキからの離脱には意義を持ったままきっと王の顔を見つめる。王は玉座の上から髭と深い彫りのある顔に、石像のように冷ややかな表情を作ったまま、その若者の顔を見返す。


 「しかし、では誰がハジキ部隊の指揮を執ると? 今は摘み取り前の大事な時期のはず。そのような時に何故私を戦地などに……」


 「戦地などに、と申すか。お主が働いている所もまた、小さかろうとも戦地じゃろうて。それとも何か? お主は事務業務にでも付きたいと申すか」


 口の中でぎりりと唇を噛むと、出来るだけ怒りの感情を露わにしないよう務めた。しかし、息は震え顔は紅潮している。


 「摘み取りの指揮は儂の息子が執る。摘み取りはもともと、レイスのみにやらせるつもりじゃったのだ。我が国に戻ってきた、王子の証としてな。それに裏切り者は不安だなんだと申し立てて、勝手についてくるなどと言ったのはそっちであろう。レイスの説得は済んでおる。よって、お主らの心配など無用じゃ」


 「では、では、ハジキの統制は……国内の情勢はどうなさるおつもりですか? 我が国では現在、二年前からの戦争の長期継続により、少なからず魔法使いやその他の民族の軍役を承認させようとする運動が各地で上がっております。それを認めてしまっては王の意向に反することになるでしょう」


 王は不動のまま、焦ったように喚き散らすハジキの総隊長を品定めするように眺めている。バジルは素知らぬ顔の王に憤りを感じつつも、続けた。


 「今まで反対派を鎮圧して、王の安泰の地位を確約してきたのはハジキでしょう。そのハジキを蔑ろにするなど、言語道断です」


 「バジルよ。お前も偉くなったものだな」


 静かに、且つ微細な震えを含んだ怒りを纏った声が王宮に染み渡る。バジルはぴたりと口の動きを止めると、小声で「申し訳ありません」と呟くと、顔を伏せてそれきり黙ってしまった。


 「貴様らが儂をこの地位に付かせた? ふん、自惚れるでない。儂は生まれた時からこの地位を確約されているのだ。もし儂が王になれぬとしたら……その時は先代の王が無能だったというわけだ」


 バジルの体は小刻みに震え、意識を緩めれば目の前の赤い絨毯に嘔吐してしまいそうなくらいに動揺していた。目の焦点は定まらず、嫌な汗が滝のように流れ落ちる。


 「貴様は、自身の独断でコルク=ボトルを嗅ぎ回っているようじゃの」


 その言葉に、背筋が凍りついた。滝上りのように汗が背中をよじ登っているような感覚に襲われ、思わずあっと顔を上げる。


 「その様子だと、情報は誠のようじゃな」


 ちらと後ろに控える女性に目をやる。その女性ーーケトル=ポッドーーは目を細めて見下すようにバジルを見る。バジルもその視線に気づき、怒りと驚愕の表情を向ける。


 「放っておけといったじゃろうて。それとも何か、そんなに魔法使いが殺したりないと言うのであれば……」


 目線をケトルから王へ恐る恐る向けると、王は冷笑を口に貼り付け、髭を退屈そうに弄っていた。


 「お前が死ねばよかろう、のぅ? バジル=スパイス」




 城内にある自室に戻ったバジルは、まるで魂が宿っていないかのように呆然と天井の板目を眺めている。出立は3日後と決まった。今後一切のハジキの指揮はビネガーに取らせ、バジルは前線部隊の作戦本部長として動いてもらう……との事だった。

 あの後は終始言い返せなかった。無論圧力に押された為であったが、それ以上に気力が尽きたと言うべきだろう。ぼんやりと、本当に死んでやろうかと考え出したが、不意に頭に女性の姿が思い浮かぶ。思い出すと憎しみも同時に沸き上がり、座っていた椅子を弾き飛ばして立ち上がった。


 「あの女……奴を殺せば……それもただ殺すのではない、魔法使いを差し向ければ王だって……」


 燃え上がった炎が一瞬にして消えるように、バジルは背後のベッドに崩れるようにもたれ掛かった。


 「くく……所詮は憂さ晴らしだ。こんなことをしようともなにも起きない。むしろ、俺自身が手を下した後、処刑でもされて楽になろうか」


 ベッドに背中を預け、だらりと首をシーツに預けると、再び天井の板目を眺めていた。ふと、自分の言った言葉を思い出す。


 「『魔法使いを差し向けて』……か……」


 そう言えば、何故王はコルク=ボトルを生かすのか。忠誠を誓ったのならば、いっそ共生の道を選んで軍にでも加え、最強の兵器として活用すれば良いではないか。その方が他民族からの批判も受けず、王の政治は安定するはず。なのに何故。


 「……証明材料には乏しいかもしれないが、或いは試してみる価値はあるかもしれない。だがどうやって魔法使いなどを差し向ける?」


 その時、部屋に軽いノック音が響く。苛立ち気味に「なんだ」と声をかける。その声に一応の許可を得ることが出来たと判断したのか、一人の兵士がドアを開ける。


 「門前に、怪しげな人物が来ております。老婆です」


 「老婆、だと? そんな事を報告しに私のところまでやってきたのか。即刻追い払え」


 「いえ、それが……その老婆は、しきりにこう告げているそうなのです。『スパイスが来た。先日お会いしたケトルという女性に会いたい』と。スパイス……バジル様と同性なのですが」


 「スパイス……?」


 その兵士の報告に、いつに無く怒り狂ったような怒鳴り声で返す。


 「老いぼれが今更! 何のようだってんだ!」


 その罵声に縮み上がった兵士は怯弱して、謝罪を述べてすぐに部屋をあとにしようとした。その肩をバジルがすかさず掴む。喉の奥でなにやらくつくつと笑っている。


 「何でしょう? 今すぐ兵を出して追い払いますので……」


 「いや、いい。その老婆は確かに『ケトル=ポッド』に会いたいと。そう言ったのだな」


 狼狽した兵士が無言で数回縦に首を降ると、その兵士を押しのけて部屋から出た。


 「貴様はケトルにそれを伝えろ。私は少し準備があるのでな」


 きょとんとする兵士を置いて、バジルは一人高笑いをしながら何処かへと消えた。

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