超えて行け 下
フリーです!お久しぶりです!
遅くなりました泣 お詫びと言ってはなんですが戦闘シーンたっぷりでお届けします!
それではお楽しみください!
「ここか……」
ぐるりと遺跡の周りを偵察していたビネガーが、少し小高くなっている丘に登り見下ろしている。目下には小さな祠のようなものがあり、その中にある深く地下まで続く縦穴のようなものも既に確認している。どうやら、奴ら傭兵団は地下で活動を行っていると見ていいらしい。
「成果は上々、さて。戻ってタルタルを安心させてやるか。情報交換もしたいところだし」
「お兄さん、なんか俺達に用かい?」
身を翻して、移籍の入口へ戻ろうとしたビネガーの背後から声が聞こえる。背中には異物感があり、それの正体がビネガーは知っている。ゆっくりと両手をあげ、そして……。
「ふんっ!」
体を背後の人物の方へ捻らせる。巨躯な男が驚きの表情を浮かべているのがわかる。振り向くと同時に右足で男の持っていた武器ーー炎筒ーーを蹴りあげる。その銃口は空に向けられ、男の顎の下には既に剣の柄に手をかける男の姿があった。
「貴様っ!」
男は握った炎筒の引き金に指を掛け、力を込める。自分の死を悟り、仲間に襲撃を伝えようとしたのだろう。しかし、王国の兵士はそれすらも許してはくれなかった。ビネガーはマントの下に隠れた鞘からサーベルを抜き払うと、引き金に触る指のある右手ごと切り落とした。その早業たるや、まさに神速との他に言いようがないほどであった。
「ぐぁ……」
苦痛からか、それともその大声で連絡を遂げようとしたためかビネガーには理解出来なかったが、男が叫び終わる前にサーベルの切っ先が男の喉笛に突き立てられた。どさりと叢の上に倒れた男からは、鮮血が地面を流れている。ビネガーは目立たない岩陰を見つけると、そこへ死体を隠した。
「ふぅ……僕が気付かれているという事は、もしかしたらタルタルも危ないだろうか……」
「ご老人、ご老人は何故、ここで生活しておられるのですか?」
「何故だと? ふん、お前さん、余所者かね」
1人、住人からの情報収集を任されたタルタルは、ある老人と話をしていた。年齢は齢70程度、背中は曲がってはいるが、意識ははっきりとしており、なんでも長いことここで暮らしているということらしい。そのためタルタルは、情報収集に都合が良いと考えその老人を訪ねることにした。
「はい。でも、これからここで暮らそうかと考えておりまして。ただ、何故わざわざこのような辺境の土地で生活しておられるのか気になりましてね。ソアラの城下町の方がよっぽど便利でしょうに」
「若いの、何も知らないようだから教えてやる。お前さんがここへ住むことは叶わんよ。なぜならここはジャムゥ・ギルド。ジャムゥの住む集落だからだ」
「でもご老人、あなたは違いますよね?」
「確かに俺はジャムゥ族ではない。しかしだ。お前さん、ジャムゥの武器は知っているだろう。この集落を知るくらいだ、それ位は知っているだろう?」
そう言うと老人は細く入り組んだ道へ入っていった。タルタルもその後を追う。前を歩く老人に続けて話しかける。
「ええ知っています。それがどうしたのですか?」
程なくして老人がはたと足を止めた。目の前には粗末な小屋がある。タルタルがそれを眺めていると老人が、「入れ」と勧めた。
「俺の家だ。もっとも、生活感はないだろうな。ほとんど仕事場と言っていい」
中は鍛冶屋の様な見た目をしており、至るところに工具がぶら下がっている。しばらく当たりを物色していたタルタルが、見覚えのあるものを見つけた。
「ご、ご老人……こ、これは……」
「そう、炎筒だ。ここは炎筒を製造している工場。ジャムゥ族にも派生がいるってぇことだ。俺やここに住む奴らは大体が炎筒職人、ジャムゥの仕事が戦闘だ」
タルタルは大量にぶら下がる新品の炎筒を一つ一つ丹念に見つめながら、老人へと語りかけた。老人は、青年の背中にゆっくりと近づく。
「すると、あなたや、この集落の住民達はジャムゥと同様、王国に敵視され追いやられている。そこで、ジャムゥに生活を守ってもらうことと引き換えに、ここでの仕事をこなしている……そういう事ですか?」
「まぁそういう事だ。それから……」
老人はタルタルの背後に立っていた。手には、大きな金槌を握っている。それが大きく振り上げられた時、タルタルは空気の流れを感じ、とっさに振り向いた。
「貴様のような虫けらから集落を守ることも仕事のうちだっ!」
振り下ろされると思われた金槌が、一瞬前と同じ振り上げた位置で留まっている。タルタルの剣が首元まで迫っていたのである。しかし、そのタルタルも一息に首を切り落としていない。なぜなら、屈強な男が2人、それから長身の女性が、炎筒を構えてこちらを囲んでいたからである。
「レタスが死んだってことはとっくに確認済み。なんでも、近くにハジキの死体もあったって報告だったわよねぇ。レタスだって、ハジキに手を出すほど馬鹿じゃない。そう考えると、あの男が動いたと考えて妥当だろうさ」
すうっ、と女の咥える葉巻から紫煙があがる。老人は既に下がっており、男の一人から金貨を数枚受け取るとどこかへ消えていった。
「あんたは……ジャム=ヴァレニエ」
「そろそろアンタらもここいらを嗅ぎ回る頃だろうと思ったわけさね。そうしたらどうだい、まんまと一人かかったわけだ。は、こりゃ愉快」
短い髪は後ろで結っており、麗しい赤いドレスに身を包んだジャムは、妖艶な美魔女のようであったが、その顔には隈が酷く、疲れてやつれているようであった。常に薄ら笑いを浮かべており、何を考えているのか読み取ることが難しい。
「俺などを捕らえたところで、何も吐きやしないし、人質の価値もないぞ」
「じゃあ死ぬかい? うふ、そう焦らない。あんたを餌にすれば、あんたの隊のもっとお偉いのを釣れるんじゃあないかな?」
「ふん。俺を助けになど誰も来やしない」
「あらぁ、冷たい連中なのね。でもあんたのお仲間はこちらに向かっている様だけど」
ぴくりと眉があがる。その反応を見たジャムは一層不気味な笑みを浮かべた。
「間違いないようだねぇ。この大きな遺跡の偵察に単独は有り得ないでしょうから、もう1人はいるんじゃないかしら、って思ってね。利用価値は後々考えるわよ。もっとも、もう1人があなたの上司でなければ2人ともお役御免だけれどねぇ」
そう言うとジャムは高笑いをあげながら、薄汚い工房を後にしていった。全ての武装を解除されたタルタルは、男達に連れられ、その後を続かされた。
「勿論ただで、とは申しませぬ。貴女のご子息に取り合って、貴女にお会いさせましょう」
「息子の居場所が分かるのかい?」
寒々とした夜が西へ去った後も、ここプラヴィンの酒場ではケトルとペッパーの会話が続いていた。ペッパーはケトルの言葉に眉を動かす。ケトルは無言でひとつ頷く。
「ただ、その後の身の安全は保証出来ませぬが……」
「それで、どこにいるんだい? 息子達は……」
ケトルが小声で何か言ったのを聞き逃したのか、ペッパーは早口で焦った様にまくし立てる。詰め寄るペッパーの顔の前に手のひらをかざし、ケトルがゆっくりと話し始める。
「落ち着いていただきたい。まずは、こちらの依頼に対しての返答を伺いたいのですが」
「それは……」
はっとしたように口を紡ぎ、だんまりを決め込んだペッパーだったが、その表情からは大きな葛藤が見て取れた。返答を迫ろうと、立ち上がったケトルの後ろで、扉が開く音がした。
「これはこれは……少し前にお見かけした顔ですな」
情けない長身にぼろのフードローブ、無造作な黒髪と髭姿の男、コルク=ボトルであった。以前にあった時より服装はみすぼらしく、砂埃にまみれている。
「ここに……来ていたのか」
「帰ってきたの!? コルク!」
聞きなれた声を耳にして安心したのか、隠れているように言われたことも忘れ、スカイが奥の扉から勢いよく姿を現す。刹那。
「……お嬢様!?」
そうケトルが叫んだ時には既に、彼女の体はカウンターを飛び越え、更にはペッパーの体よりも高い位置にあった。そして、真っ直ぐにスカイへ手を伸ばす。ケトルの狙いがスカイであると、瞬時に判断したペッパーが、左手を右から左へ薙ぐ。
「させやしないよ!」
老婆の手の動きに合わせてカウンターに並んだ椅子が浮き上がり、彼女が手を上げるとそれらは一斉にケトルへ飛んで行った。
「はぁっ!」
ケトルは中空で剣を抜くと、一つ一つ流麗な剣さばきで椅子を叩き落としていった。その身のこなしは、魔法使いである2人を圧倒させるほど素早かった。あと数センチでスカイに手が届くという所で、異変に気付く。隣の棚に並んだ瓶やグラスがかたかたと震えているのだ。
「伏せろスカイ!」
コルクの怒号と共に、瓶やグラスが一斉にケトルへ襲いかかる。体をひねって着地したケトルは、抜き身のサーベルで必死に防御する。割れたガラスの破片が身に纏う衣服に突き刺さる。ガラスの雨が止むと、酒場は破片が蝋燭に照らされ輝きを放っていた。辺りはひっそりとして、人がいないような静けさに包まれた。
「どういう事だ?」
コルクが事の仔細を問いただすために、カウンター奥のケトルへ声を掛ける。
「どういう事だ……? それはこちらの台詞だ。これはどういう事だ!?」
のそりと立ち上がったケトルは、驚くことに傷一つ付いていなかった。咄嗟にコルクが怪我をしていない左手を前方へ向ける。と同時にケトルはカウンターを足場に軽々と跳躍した。
「止まれ! 質問に答えろ!」
コルクが『吹き飛ばし』の魔法を使った。前方に強烈な突風が発生し、ガラス片を弾き飛ばした。しかし、肝心のケトルは風になびく旗のようにひらりと受け流し、サーベルの柄でコルクの左手を下へ向けさせた。
「詳しくは調べさせてもらう。何を企んでいるかは知らないが、こちらの仕事はしっかりとしてもらうぞ」
ケトルはコルクの耳元でそう囁くと、サーベルを鞘に収め、まだ夜の闇の残る外へと消えていった。彼女らしくない、怒気の感じられる口調だった。
「……で、何を話してたんだい? 『ばあちゃん』」
コルクは煙草に火をつけると、カウンターの向こうで、腰を抜かしている老魔法使いへ問いかける。ややあって、ペッパーらしからぬおどおどした返答が帰ってくる。
「あ、お、王子を助けろと……王の手から。それで、そうしたら、息子に合わせてくれるって」
「息子さんに? そうか……まぁそれは餌だろうが」
煙草をしばし吸った後、ケトルの消えた方を眺めていたコルクが、扉を閉めてぼろぼろになった椅子に座る。
「それにしても、王から守るってのは……どうも腑に落ちないな。俺は王からの命令を受けていたつもりなんだが」
「あ、あんたは話していなかったけれども、どちらに付くつもりなんだい? 私はもうどうしたらいいか……」
いつに無く挙動不審なペッパーをコルクはさも可笑しいような目で見る。
「なんだ、『ばあちゃん』までそんな事を聞くのか……」
コルクはカウンターの奥へ入り、怖がるスカイの頭に手を置く。
「もう革命軍は俺が率いている訳じゃあない。といっても、『ばあちゃん』は革命軍ではないけどね。だから、好きにすればいいさ。俺を信じても、自分を信じても」
「コルク……私は、一体何なの?」
不安げな表情で先程からの会話を聞いていたスカイが口を開く。
「皆が私をフラットさんだ、お嬢様だって。私、私のことが良く分からなくなってきて……」
コルクはスカイの頭を手でぽんぽんと2回叩き、その後撫でた。
「君はスカイだ。スカイ=プレーン。ソレ以外の何物でもない。君がスカイだと思い続けいる限り、君はほかの何者でもないんだよ」
「コルク……」
スカイは戸惑ったような表情を見せたあと、泣き出した。無垢な子供のような泣き声が廃墟のような店内に響いた。
酒場の小さな窓に、ふと朝日が差し込んだ。不穏な朝が幕を開けた。