超えて行け 中
フリーです!はやかったでしょう(ドヤ)
…すみません、こんぐらいして当然ですよね泣
今回は戦闘たっぷりです。もっさりの。ただ、話もかなり進むので、前から読んでいただいていた方は楽しめるかも知れません。また、この話から読む方は、気になって1話等に手を出してくださるようになると幸いです。
それではお楽しみください!
「おい、どうした?」
コルクの呼びかけに、ピンズは己の拳を以て応じた。もともとピンズは戦いの前線には立たない男であったが、今コルクに相対するピンズの殴打は格闘家のそれのように素早い。
間一髪でその拳を避ける。ピンズは勢い余ってコルクが背にしていた壁に拳を叩きつける。瞬間、鈍い音とともに壁にひびが入る。
「お前、どうした?」
再度の呼びかけにも言葉は返さず、ただひたすらに手を振り回して追い掛けてくる。コルクは先程通ってきた狭い通路を、戻るしかなくなった。下水道に伸びる階段にたどり着いた時、コルクはふと来た道を振り返った。奥に広がる闇からは、人ならざるもののうめき声が聞こえる。コルクは既にピンズが正常ではないことを悟っていた。
「あいつ……あいつの匂い、この異臭はあいつからか」
ピンズのつま先が闇から現れ、階段を一段踏んだ瞬間を狙って、数段上に立っていたコルクは足元を軽く触れた。たちまち積み上げられたブロックが音をあげて崩れ落ち、ピンズの体を押し戻していく。しばらくの間、うめき声が壁を反射して響いていたが、コルクが瓦礫を飛び越え、進路を進み始めると静かになった。再び扉のあった位置へ戻ると、男性のあえぐ声がする。
「テルミン=ノイズ……」
「やぁ……ぜぇ、遅かったじゃあないか……はぁ……すまないね、上手くいくと思ったのだが、君に迷惑をかける形になるとは」
テルミンは灰色の髪を板張りの床に広げ、うつ伏せに倒れていた。薬品の色が残る白衣には、鮮血がこびり付いている。コルクが手を貸して、椅子に座らせようとすると、ひどく痛がった。見ると、腹部に大きな穴が空いている。コルクが手をかざし、治癒を行おうとすると、テルミンが弱々しく左手をかざし、それを制した。
「よせ、はは……内蔵が破壊されている。血液の無駄だ」
「ピンズがああなのも、お前のせいか?」
コルクが問うと、テルミンは渇いた笑いをあげた。ひとしきり笑うと、肩を抱くコルクに向き直った。
「げほっ、上手くいくと思ったんだがなぁ。人造の魔法使い」
「何を馬鹿なことを。もうこれ以上の戦いが俺達に不可能なことはよくわかっていたはずだろう」
「俺は戦争屋じゃあないから、お前達の兵力が以下ほどか、憎き政府軍の犬が何匹かなんて分からないさ。俺に出来ることは、いつだってお前達のサポートだけだった。今でもそう」
「時代は変わった。時が流れりゃ人も変わるさ。お前ももう休むんだ。お前や俺みたいなのが生きていける世の中じゃあないんだよ」
「休め、か」小さく呟くと、テルミンは口から血反吐を吐き出し、さらに白衣を汚した。その後、右側で自分を支えるコルクの両肩に手を置き、目を合わせようと試みた。焦点は合わなかったが、その目には力があった。
「なら、なぜお前は生きている? お前が……お前が本来なら……事の始末をつけるのなら、まず」
「話はあとだな」
コルクがテルミンの会話を中断したのは、うめき声がすぐ背後まで迫っていたためだった。扉の壊れた入り口からピンズだったそれが姿を現す頃には、コルクは部屋の奥の机の前に立ち、少しの距離を置いた。
「ぐおおっ」
言葉にならない喉の唸りをあげ、異形のものが右手を振り上げ距離を詰める。コルクは、その腕に本来あるはずの手のひらがないことを瞬時に目視した。
「なぁコルク、いくら時代が変わっても、俺達が変わろうとも、奴らは変わらず俺達を追ってくる。それを許せというのか?」
「おいテルミン、あいつの腕が、手がない! 俺が破壊したんじゃあないぞ、どうなってるんだ?」
質問には答えず、地面に伏せた彼は息を荒らげるばかりだった。今は目の前の敵に集中か。目と鼻の先に対峙するピンズが己の力以上の腕力をコルクに見せつけるように振り下ろした。その速さは炎筒のそれに近いものだった。コルクは一瞬の判断が遅れ、防御が間に合わない!
「くそったれめ!」
咄嗟に左手をかざして、振り下ろされる拳なき拳打を防ぐ。本来ならこれで事足りる防御であった。対人戦であったなら。
「ぐおおっ!」
コルクが防御の姿勢をとったことに気づいたのか、ピンズは呻き声を強めると、振り下ろした腕にさらに力を込めた。腕がコルクのグローブに激突した瞬間、コルクの肘が関節と逆方向に曲がった。コルクが腕の状態を察した時、遅れて鈍い音がした。
「ぐうう! 早く治療を……」
不自然に曲がった右腕は情けなく垂れ下がり、魔法など使えそうにない。現に、グローブにも大きな亀裂が複数箇所に見られる。
「そうだ……コルク、お前も知るといい。そして考え直してみろ……力を持つものが上に立つと、そう信じるのなら…お前こそが……」
テルミンが虚ろな瞳を見開き、コルクのグローブを指しながら戯言のように呟いている。当のコルクはそのような言葉に耳を傾ける余裕も無かったし、それどころでは無かった。治療のために左腕を右の肘にかざそうとするが、ピンズの第二波が襲いかかるのが速かった。
「ぐううっ!」
狂犬のように喉を鳴らし、今度は左腕を振り回して来る。水平に薙ぐつもりだ。先ほどの威力を見るに、下手をすると首をはねられかねない。かと言って左腕も失うわけには行かないコルクは、辺りをせわしなく見渡した。そして見つけた。机の上に鈍く光るそれを。
「うおおおおっ!」
コルクは右腕に添えていた左手を素早く机に伸ばすと、置いてあったナイフを向かってくる腕に向け差し出した。その時、今まで食屍鬼の形相だったピンズの目に、人間の恐怖の色が浮かぶ。気のせいか、腕の動きも鈍ったようだった。コルクもそれに気づき、そしてその気を逃さず左手の肘関節に突き刺した。
「ぎゃああああ!やめろ!もう……」
左腕を封じられたピンズはそのまま地面に転げると、左腕を抱えるようにして悶え始めた。支離滅裂ではあるが、人間の言葉で悶えている。
「ピンズ、正気に戻ったのか」
問いかけても、ひたすら悶え苦しむだけで返答はない。諦めて、テルミンの方に尋ねようとすると、こちらも先程までの呼吸音が途絶えている。コルクは大きなため息をついた。
「テルミン……お前は別段何もしないと思っていたんだが、お前も革命軍に手を貸したとなるとなぁ。この結果は仕方ないと思うし、結局は俺が手をかけていたと思うよ」
コルクは大きく見開いたテルミンの目を閉じてやると、今度はピンズの方へ向かった。そして、先程から気になっていたピンズの右手を調べようとして、手を伸ばす。
「コルクか? やめろ!」
コルクの手がピンズの右腕に触れるか否かの刹那、ピンズが叫び声とともにコルクの頬を右手で払い除けた。今までコルクを殴ってきた自身の右腕にも相当の激痛があるようで、吹き飛ばされたコルクが起き上がってもなお、呻き続けていた。
「やめろ……その手で触るな」
「どうしたピンズ、俺はただ、お前がそうなった理由を知りたいだけなんだが」
「理由などどうでもいい! まず俺を殺せ! なるべく早くだ」
意味深な台詞を吐く旧友の姿を、コルクは黙って見つめていた。状況が読み込めないというのもあるが、理由はもうひとつあった。ピンズの無くなったはずの右手のあたりが、変にぼやけているのだ。
「コルク、これに気づいたなら早くやれ! 俺が種になっちまったんだ、リスクも知らずによ! テルミンはお前を魔法使いだと信じて疑わなかった! けどそれは……」
「おい、ピンズ! 俺は魔法使いだ。それはどういう事だ……?」
コルクが一歩歩み寄ると、稲妻を受けたようにピンズが跳ね上がり、コルクの方に向き直った。その瞳の焦点は散らばり、口も痙攣している。コルクは、それが再びピンズではなくなったことを察した。
「俺達を……裏切ったな?」
その言葉が正気の状態から発せられているのか、コルクには理解出来なかったが、現在の脅威としてピンズが立ちふさがる以上、倒さなければならない。コルクは、まだ動く左腕を目の前にかざす。同時に、ピンズも右腕をかざした。瞬間、ピンズの腕の先端から、黒紫の色を纏った煙のようなものが溢れ出てきた。
「まさか、魔法か? テルミンめ、最後の最後で成功させやがったな」
コルクの曲がった右腕からは、少なくない出血がある。そのため、使える魔法に制限がかかるのは重々理解していた。一撃、それも集中した1点への攻撃を、コルクは模索していた。
『汝ニ、呪イアレ!』
それは人間の言葉であったが、ピンズ陽気な声とは違い、女性の声に近いものであった。それも、死に際に発する言葉に近かった。ピンズの腕からは、先ほどの煙が濁流のように放出されはじめた。それも、確実にコルクにめがけて流れ込んで来る。
「動きが機敏だなっ!」
その煙をくぐり抜けるように、コルクが前転でピンズの懐に潜り込み、煙の先端を避ける。当然のように、煙は大きく弧を描いてコルクの方へと戻ってきた。コルクは怪我をした右手を振るい、ピンズを払い除ける。ピンズは木偶人形のようにその場に崩れ落ちた。コルクはピンズの左腕に刺さるナイフを抜き、喉元、右腕、心臓と突き刺したが、煙は一向に止まる様子を見せず、コルクを執拗に追ってくる。
「おいおい、あれは本当に魔法なのか?」
ならば物理防御を、と考えを変え、今度はテルミンの死体へと身を転がせる。迫る煙を前に、素早くテルミンに左手で触れると、肉塊がぎこちなく起き上がり、頼りないながらも壁を作った。しかし、無情にも煙はいとも容易くテルミンを突き抜け、コルクの眼前に姿を現した。
「馬鹿な!?」
万策尽きたコルクは、恐怖からか左手を煙に向け掲げた。すると、どうした事か、煙はコルクを突き抜けることなく、左の手のひらの前で停止した。コルクはしばらく放心していたが、冷静な考えを取り戻すと、煙がテルミンを貫いた時のことを思い出した。思えばあの時も害は無かったではないか。ならば、触れても安全だったのでは。しかし、なぜこの煙は今、自分の目の前で停止している? コルクはしばらくそのままの姿勢でいると、耳朶に悪魔の様な声が響いた。
『怨メシイ……呪イハ、ナシエズ……』
声が響き終わると、煙は徐々にコルクの前から姿を消していった。
「な、何だってんだ? 一体……」
狭い酒場のどこにこんな空間があったのだろう、広々とした部屋の壁はすべてタギル鉱石で出来ており、魔法の力を高めるとともに、魔法があらぬところに暴発するのを防ぐ加工を施してある。コルクらが革命軍に属していた時の、カジノのアイデアだ。
「うぅん、なんだい、おかしいね。なんだかお前さんの魔法は基礎に忠実で綺麗なんだが、なんと言うかこれ以上の成長が見込めないというか」
「おばあちゃん、それは私が下手だからっていう意味ですか?」
不安げな表情で尋ねるスカイを安心させようと言葉を探すペッパーだが、どうも変に引っかかる。彼女の魔法は成長が『出来ない』ようになっているのではないか。まるで何者かがストッパーを付けたように。
「とりあえず、一旦休憩にしよう。お前さんもよくやっている方だよ。毛布みたいな盾の魔法が立派な城壁のようになった」
「そうですか……うぅん」
本人としてはいささか納得のいかない結果だったのだろう、早く攻撃的な魔法を覚えてコルクの元に駆けつける気でいたのだろうから、その気持ちもわかる。渋るスカイを連れて店に戻ると、一人の女性がカウンターに腰掛けていた。純白のマントに身を包んだ、いかにも身分の高そうな人物だ。その女性の目的が、酒場の利用でないと悟ったペッパーは、身振りでスカイに部屋にとどまるよう指示した。
「……店は夜からだよ、出直してきな」
「そうは言いますが、昼の内に店の掃除や準備もしないという店もありますまい」
「……なんのようだい?」
もとより、このような辺鄙な店に貴族など訪れるはずもない。ペッパーは女性が勘違いした客でないことにはとっくに気づいていた。
「レイス王子の使者、ケトル=ポッドと申します。以後お見知りおきを」
「ふん、私なんぞが会う機会なんてあるかね。まぁいい、そのケトルさんがなんの御用なんだい?」
ペッパーは王子直属の使者と知ると驚いたが、表情には出さなかった。ケトルは軽く息を吸うと、淡々と続けた。
「大魔法使い、ペッパー=スパイス様。貴女のお力をお貸しいただきたい。王子を、王の手から救うのにご協力願いたいのです」