死臭の中の狂気 下
フリーです!最近更新ペースちょっと上げました。まぁ今までが遅かったっていう話もあるのですが汗
今回もまた過去の話です。つまらないかもです。
申し訳程度のお色家(?)シーン、激情家コルクさん、一人称僕コルクが見れるのが見どころかな笑
それではお楽しみください。
物言わぬ夜がプラヴィンを覆い、まるで精気を奪われた亡骸のような姿にさせた。といっても、プラヴィンは元々このような街だった。そこらに広がる血なまぐさい光景に反してそれを作り上げた狂人の姿はなく、何がこの死屍累々の街を作り上げたのか証拠すら残していない。
静寂は寂れたこの酒場にも入り込み、夜の冷たさを嫌でも感じさせた。しかし、この冷たい空気は外の静けさだけではなく、あらゆる音を拒むような見えない壁で外気をも防いでいるように思える。
コルクがゆったりと話し始めてから数十分が経過したが、スカイにはそれが数時間、もしくはそれ以上に感じさせられた。
「もともと、俺は英雄なんかじゃなかったんだ」
静寂のなかに割って入ったのは、この静寂を作り上げた張本人、コルクだった。
「なにかしらの上に立つものっていうのは、常日頃から下々の意見すべてを取り入れて立つことなんて出来ない。俺がそれを知ったのがレビリドの街での敗戦だ。レビリドの民のために立つか、対局を見据えて兵の意見に従い手を引くか。この決断は小さいものではなかった」
スカイは出されたスープに手をつけるのをやめていた。冷え込んだ空気は容赦なく酒場内にも忍び込む。暖炉を焚いているとはいえ、鋭い冷気にはかなわない。スープはすっかり冷めてしまった。それは、時間が長くすぎた為もあるだろうが。
「別に、あんたの選択が間違ったとは思っちゃいないよ。ただ、若かった。それだけじゃないか? あの狡猾な王のやることに気付けなかった。仕方のないことだったんだよ」
コルクはそれに対して何も言わず、暫く俯いていたが、やがて席を立ち、二人に背を向けて話し始めた。
「だが、その一時の感情に任せた選択によって無数の命が奪われた。未来ある者達の多くが。仕方ないなど到底言えない」
ペッパーが額を抑えて俯く。長く沈黙が続くのに耐えきれないと思ったのか、すかさずスカイが質問する。
「ちょっと待って。王様は、実の息子であるレイス王子を返して貰ったら手出しはしないっていう約束だったんじゃ。だって、言わば王子は人質でしょう?」
「連中の中では、口約束は絶対じゃないらしい。俺達はまんまと嵌められたんだ」
こんなにもあっさり騙されてしまうものか、とスカイが疑問に思っていると、その疑問を察したかのようにペッパーが話し始める。
「王政の中に自分たちの見方となる考えの人物をおいたら、自分たちにいいように動いてくれると思った、そうだろう?ボトル」
「ああ。奴らは約束のうちの一つは守ってくれた。レイスには手を出さない。今でもレイスが生きているのは、あの時俺達が取り引きに応じたからだ。ただ、その後がどうしても納得いかない」
「レイスがソアラに戻ったあと、即座に軍が動いた。裏切り者のレイスがすぐには政治に口出しできないのは分かるが、レイスは……奴は」
スカイはペッパーを気骨のある人物だと思っていたが、今しがた見せた表情と憎しみを噛み殺して耐えるような歯軋りは、性格の荒々しさとはまた違っているように見えた。
「……レイスが奴らの元に戻ったあと、攻めてきた軍を率いていたのが、レイスだったんだ」
コルクの次から次へと出る話に、スカイは驚きで目を丸くする。
「なんで? レイス王子が政治に口出しできないって言うのに、軍を率いるなんて……第一、もしコルクの味方なら断るでしょうに」
「裏切り者の名を払拭するためにはそれがいいと、王が判断したんだろうよ。それか、レイスが王になにか唆されたか。いずれにせよ、表向きは王政に従っているように見せないといけないからな。長くなったが、続けるぞ」
俺達は政府軍の第二波が押し寄せてきた時、ピンズの案内で地下道を通って別の街に出ようとした。しかし、大人数で狭い地下を通るわけにもいかず、やむを得ず残りの多くの兵士を囮にして、百人前後の兵と俺、フラー、それからピンズで逃避行を続けた。
地上に残る斥候からの話によると、街の殆どは政府軍によって監視が続けられているため、どこにも出られないらしかった。唯一出られそうなのが、革命軍へ参加してくれていた盗賊団、スピーカー族の根城であるタギル鉱山だった。彼らにはここを魔法使いのための補給に重要な場所として、護衛を命じていた。俺は盗賊団の団長、テレビ=スピーカーにフラーを預かってほしいと頼んだんだ。ここから先は俺ひとりでやる、とな。
ただ、気掛かりな事があった。この話をしている際、フラーが早口でテレビの妻に話し掛けていたのを覚えている。
タギル鉱山で、久しぶりに幹部と出会った俺は再開を喜ぶまもなく次の日の朝、スピーカーからの二千の騎馬兵、それから俺のところの五百の歩兵を合わせてゲリラ戦を挑む事にした。
「フラットさんは、テレビさんの奥さんに何を伝えていたんだろう」
「それは俺も分からない。ただ、その妻の方はどうなったか分かる。フラーを守って立派に死んだんだ。名前はイアフォン。鉱山の洞窟で、鎖に体を巻き付けて体を立たせ、盾として自分の体を最後まで使っていたらしい」
「フラットさんは?」
「何とか逃げ延びることが出来た。そしてその後、彼女はまた俺の元へ現れた」
スカイはまだ話を聞きたそうにしていたが、老婆が音を上げるように叫んだ。
「もう、結構だよ。はやくあの娘の最後を聞かせておくれ」
コルクはペッパーにちらと目線を送った。その顔には悲痛とも嫌悪ともとれる表情が浮かんでおり、それがコルクの心を痛めさせた。
「……奴らは各個撃破を目論んだのだろう。後日、俺はまたフラーをタギル鉱山に送り届けた。戦闘員になる盗賊団が残っていたからな。だが、奴らはそこを襲った。テレビも戦死して、彼女を守るものは何一つ無くなってしまった。そして、彼女は洞窟の中で」
「……そうかい、そうだったのかい……」
コルクの言葉を一つ一つ飲み込むようにして、ペッパーはゆっくりと数回頷いて、それから目を閉じた。干からびた顔を一筋の水が走った。蝋燭の火が隙間からの風にゆられていたが、風が弱くなったのか、徐々に本来の明るさを取り戻しつつあった。
「……ち、ちなみにコルクは……コルクはその後どうなったの?」
スカイが申し訳なさそうに質問する。コルクが哀しそうな瞳をスカイに向けると、ゆっくりと語り出した。
「俺はその後ピンズらと再合流して、投降したんだ。俺の軍には、俺に賛同する一般人もいたからな。何もすべて能力のある人たちばかりじゃなかった。できる限り能力を持つ人たちは隠して、それ以外の人間を連れて降伏した。ところがどうだ、あいつらはそれを!」
だん、とカウンターテーブルを拳が叩く音がする。コルクが怒りの形相で拳を握りしめていた。目は今の世界を見ているようでなく、過去の怨恨を浮かび上がらせている。
「あいつらは、攻撃したんだ! 無抵抗の彼らを! 逃げ出す人たちを追い回し殺して回る。まさに悪魔の所業だった。俺は1人ソアラの門の前に残り、城壁から俺を見下す奴らを睨みつけていたのを覚えている。そして、その中にはレイスもいた」
スカイがゴクリとつばを飲む音がする。先程と比べると平静を取り戻してきたコルクが、しかし熱の残る言葉で続ける。
「奴は門から降りてきて、なにを思ったか決闘をしろと言ってきた。なんでもこの勝負に勝ったならば自由にしてくれるらしい。負けたら相手の軍門を下れというわけだ。俺にも友人に振ってもらった剣があった。使ったことは一度もなかったがな。魔法は使わず対等にと言うので、俺もあの時はやけになっていたんだろう、それを受け入れた。奴に体力で叶うわけがなかった。俺は負け、そして傀儡として今日まで生かされた」
スカイはコルクの話にあった剣はカジノが作ったことを知っていたが、そこには触れずに話に集中した。
「ただ、俺はあの時確かに右手を斬られたはずなんだ。なのに何故……」
コルクはかすれた声で呟くと、右手の指を数える様に一本ずつ折り曲げた。カチカチと金属的な音が鳴る。
「ショックが強かったんじゃあないのかい。フラーを失って仲間も大勢死んだ。そんな後だからねぇ。幻覚が見えたのやもしれない」
「そうかもしれない」コルクは微笑を浮べながら静かに腰を下ろした。スカイはしばらく黙っていたが、不意に冷えたスープを飲み干し、椅子を滑らせ立ち上がった。
「わ、私、明日に備えて寝ます! 明日はなんでも、もっとひどい光景が待っているそうなので」
ペッパーがその若い娘の気持ちを察したのか、気難しい顔の皺を緩めて頷いた。それからカウンターの後ろの扉を指し示して彼女をそこに通した。
「ここで湯浴みをしてしまいな。すっきりするだろう。血の匂いもしっかりと落として、その髪を大事にするんだよ」
スカイは大きく一礼すると、浴室へ駆けて行った。
「ばあちゃん、本当にごめん。僕のせいでフラーが……」
「謝らなくてもいいよ。そういう世界に身を置いたんだ、あの娘はそれを覚悟していたんだろう?」
ペッパーは戦うためにフラーの魔法を鍛えた訳では無い。ただ、自分の身を守れる程度には強くなってほしいという、今まで隠遁の人生を歩んできたペッパーなりの気遣いだった。しかしフラーは行動でそれを拒むことを示した。
浴室から水をタイル床に打ち付ける音が響いてくる。恐らくスカイが湯を浴びているのだろう。その音がはっきり聞こえるほど、辺りを暫くの閑静な空気が包んだ。
「ばあちゃん、息子は育てられなかったからって言って、フラーだけはって躍起になってたから」
「私が間違えてたんだよ。あの子らだって私が上手く育てれば魔法が使えたかもしれない。今は何をしているんだろうねぇ。それだけが気がかりで、申し訳なくて」
「……僕は僕の用事があるけど、もしもばあちゃんの息子さんを見つけられたら、その時は連絡に戻るよ」
「いや、あんたはあんたの使命を果たしなさい。あんたは大義名分をかざしたり、なにかの為を思うとすぐに自分がいなくなっちまう。今度は、あんたの為の使命を果たしてみたらどうだい?」
「……ありがとう、ばあちゃん。ただ、僕は分からないんだ。人のためとかいうけれど、その人たちを殺された挙句、僕はこうして生き残っちまった。そんな僕が自分の為になんて」
「あんた、この街にはピンズの馬鹿を追って入ったんだろう? あの馬鹿もこの酒場に来たからね、あんたと同じで。と言うことはあんた、まだ必要とされているって事だろう? 詳しい事はよく分からないけど」
必要とされている、という言葉がコルクの耳を鋭く刺激する。コルクは目を閉じてその言葉を胸の奥に押し込む。
「だったらいいじゃないか。あんたがやりたいようにやっても。必要とするってことは、あんたが許されているってことだろう? なら後は、何に味方しようがあんたが何をしようが、誰の迷惑でも無いわけだ」
「ばあちゃん、これは責任なんだ。僕が始めちまったことの」
「責任? 馬鹿言うんじゃないよ。あんたが始めた? フン、一族に担ぎ挙げられただけじゃないの。あんたはもっとせこくていい。見た目によらずお硬くて真面目なんだよ、あんたは。姿形はそれっぽくても中身はごまかせていないね。少なくとも私には」
この人にはすべて見抜かれている。そう感じたコルクは大きくため息をつくと、笑顔で顔をペッパーに向けた。ペッパーは冷たい目線に口角を少し上げ、斜に構えているように見える。
「ありがとう、本当にありがとう。ほんの少しだけ、休まった気がしたよ」
「よしなさいよ、柄でも無い。どうせ本気でそう思っていないんだろう」
おどけた様に両肩を上げて眉毛を釣り上げると、ペッパーは鼻を鳴らしてコルクに背を向け、ウォッカ酒を棚からひったくった。手際よくグラスを二つ用意し、なみなみと注ぎ入れる。一つのグラスをコルクに手渡すと、顔の前でグラスを掲げる。
「冥福を祈って、フラーに」
「……フラーに」
コルクもペッパーを真似てグラスを掲げた。2人はその後、一言も発することなく酒を飲み干した。
スカイは湯浴みを終えると、酒場へ通じる扉の前で大きな溜息をつく。先程の話からか、顔を合わさるのも気まずい。意を決してドアノブに手をかけると、それを捻る前に大きな声が酒場から聞こえた。コルクの声だ。
「テルミン=ノイズが、ピンズに会うだと!?」