死臭の中の狂気 中
ヒャッハー!つまらん話は即投稿だー!
……という訳で長々とした過去話を前話に続けて投稿いたします、どうもフリーです。
コルクさんの過去の話が出てきます。そしてやっと一話目の冒頭、フラーさんについて触れられます。これは私の悲願でもありました苦笑 覚えていらっしゃる方がいたらその方は恐らく私のファンです(嘘)
では、今回もどうぞお楽しみください!
「コルク、起きて」
微睡みの中、自分を呼ぶ声がする。女性の声だ。それも、どこか聞き覚えのある柔らかい声で、大人びた雰囲気を帯びている。コルクは、半目を開けてその姿を確認しようとしたが、日差しが差し込んでいるため、影になってその姿が見えない。寝ぼけているのか、未だ夢の中にいるような心地だ。
「フラー?」
「私はスカイよ、コルク。大丈夫? 昨日だいぶ辛そうだったから」
スカイ、ああそうか。俺は今プラヴィンにいるのだったな。スカイにしては随分おとなしい喋り方で、一瞬他人と見間違えてしまった。目を擦りながら壁掛け時計に目をやると、針は既に九時を指していた。
「朝食はどうしたんだい?」
「私はもう食べた。コルクの分も作ってあるから、早く下に降りてきて」
そう言うとスカイはコルクの顔も見ずにそそくさと階下へと駆け下りていった。無理もないだろう。昨日自分が話したことは彼女の中の自分のイメージからは余りにも掛け離れているのだから。コルクはハンガーに掛けてあるワイシャツと黒いズボン取り、寝間着を脱いでそれに着替えた。
「何だって!? フラーは死んでしまったのかい?」
「ああ、ばあちゃん。間違いないよ。僕はてっきりこっちの方まで情報が行き渡っているものだと」
「なんであんた、あんな立派な娘を! ああフラー、可哀想に」
「おいおい、ばあちゃん、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかい! ああ、神様。なんてことを。素敵なフラー、優しいフラー……」
コルクらとカウンターを挟んで座る『ばあちゃん』はコルクの言葉に耳も傾けずぶつぶつと何か言い続けている。コルクは大きなため息をつくと、自分の横に座るスカイに向き直り、目を合わせる。仄暗い蝋燭の明かりはあたりを照らすには不十分に思えたが、コルクのその目には、深い海のような暗い色が確認できた。
「スカイ、いい機会だ。俺の事を少し話しておこう。ばあちゃんも、聞いてくれるかわからないけど、話すよ」
コルクはもう1度『ばあちゃん』の方に首を回すと、珍しく大声をあげた。
「ばあちゃん! この娘にスープくらい出してやってくれないかな?」
ビクッと体を大きく一度震わせると、『ばあちゃん』はそれっきり喚くのをやめた。代わりに、大きく見開かれた乾いた両目が、コルクの横にちょこんと座る小さな娘をじっと見つめている。
「そちらの娘さんがフラーじゃないのない」
「この娘はスカイ。スカイ=プレーン。僕の専属の魔法技師だ」
専属、と聞いてスカイは嬉しいのか照れ隠しなのか、「どうも」とだけ呟いて俯いてしまった。コルクは、スカイが緊張でターバンを被っていることに気が付いた。そう言えばコルクはスカイに出会ってから1度も素顔を見た事がない。
「スカイ、いい加減ターバンを外していいんじゃないかな。ばあちゃんの誤解を解いてやってくれ」
「あ、そうだった、えへへ」
コルクに指摘されるとスカイは赤面して、スルスルとターバンを外し出した。ふわっと布の中から暗い紅色の髪がたなびくと、水気のない老婆の目が一層大きく開かれた。
「ボトル、冗談でも言っていいことと悪い事があるだろう。こんな老いぼれを騙して面白いかい?」
「ばあちゃん、僕は冗談も何も……」
ずっと一転を見つめ続けるばあちゃんを訝しむ様に見ていたコルクは、その瞳が釘付けにされている方向に目を動かすと、そこには。
「……フラー?」
十代前後のその少女は、丁寧に手入れのされた腰まである長髪を重力の方向に従って下ろし、夏の快晴の空のような色をした瞳を蝋燭の赤に煌めかせている。肌は活発な彼女らしく健康的な程度に焼けている。しかし、その姿は2人には見覚えのあるものだった。
「娘さんや、お前さんの御両親の名前はなんて言うんだい?」
「私の、ですか? 父の名前はフライで、母はいません」
「いない? どういうことだい、スカイ」
コルクが詳しく調べようとすると、鋭い手の動きで老婆が制した。厳しい目つきでコルクを睨んでいる。はっとしてコルクはスカイを見ると、少し悲しそうに目線をそらしている。コルクは一つ咳払いをして、背もたれに寄りかかる。
「……母さんは魔法使いっていうことで、『摘み取り』にあって私が物心付く前に死んじゃったんです。父は今ソアラで魔法技師として兵隊さんの装備を作ってます。2人とも私が小さい頃にいなくなっちゃって、父の友人が私を育ててくれました。だから、両親のことはあまり知らないんです。」
「すみません」とスカイが呟く。辺りをしばしの静寂が包んだ。口火を切ったのは老婆だった。
「魔法技師……するってぇと、お前さんも魔法使いなんだねえぇと、スカイさんや、お母様の旧姓はご存知かな」
「なぜ、そんな事を聞くんですか?えぇと」
「ペッパー=スパイス。『ばあちゃん』でいいよ」
「あ、すみません、ば、ばあちゃん……」
スカイが恥ずかしそうにスパイスと名乗った老婆を相性で呼ぶ。老婆は実の孫を見るように目尻を下げ、微笑んだ。体は小さく、皺だらけの顔の老婆だが、言葉や行動ははっきりとしており、スカイに安心感を与えた。
「エアポートです。何か、ご存じですか?」
「エアポート……聞かないな、ばあちゃんは?」
「私もさね。となるともしかしたら母親の方が」
「あ、あの、いいですか?」
緊張が薄れてきたのか、スカイが自ら切り出した。2人は同時に少女の顔を見た。スカイは大きく息を吸いこみ、深呼吸をした。
「あの、私も私の家族も二人に関係は無いと思うのですが、どうかしましたか?」
「ああ、済まないね。実は君が、俺たちが昔関わっていた女性にあまりにも似ていてね。勝手にこちらで話を進めてしまって申し訳ない」
「ボトル、念のためしっかりとこの娘にも説明するんだよ。なにか思い出すかもしれない。もちろん私にも、しっかりとフラーの最期を伝えておくれ」
「分かったよ、ばあちゃん。じゃあ、始めるよ」
大事なところだけ、掻い摘んで話すよ。話は七年前に遡る。スカイもいるから俺とフラーの出会いから話そうかな。
俺が革命軍のリーダーだったってのはスカイも知っているな。当時俺は、数十万の兵士、といっても民兵だが、と数名の幹部を連れて活動していたんだが、その幹部の中にフラー、本名フラット=ヴィバーチェの姿があった。俺たちの軍門に下ったのは結構後になったが、彼女も強力な魔法使いでね。参入後、即時に幹部になったよ。でも、魔法使いであるが故に政府の目の敵にされてしまって、だから彼女は自分の仲間のために立ちたいと、俺達の元へやってきたんだ。ばあちゃんのように誰にも気付かれず、隠居の道もあったが彼女は自らの足で立ち上がって、あくまで抗戦する道をとった。それほど世の中を憂いている女性だったということはわかってくれたかな。
「フラーはね、私が稽古をつけたんだよ。あんな物覚えのいい賢い娘、なかなかいないよ」
ペッパーが懐かしむように遠い目をしながら、顎を撫でている。スカイはそれに構わず、真剣な面持ちでコルクを見つめていたが、驚いて老婆の方を向き直る。
「ええっ、ばあちゃん、魔法が使えるんですか?」
「敬語なんてよしなよ、まだ若いんだから、本当のおばあちゃんみたいに接していいんだよ」
「そ、そうですか……な、慣れたら……」
「……ばあちゃんの稽古もあって、彼女の魔法は数倍に強くなったんだ。彼女も、ばあちゃんと同じ血液循環型だったからな」
「血液循環型……それなら、私と同じですね」
「お前さんもかい? それは後で詳しく聞きたいところだね。ところでボトル、続きをさっさと話さないかい!」
「遮ったのはばあちゃんだろ……まぁ続けるよ」
スカイはコルクがどうもこの老人には頭が上がらないのだと見ると、くすりと微笑した。コルクが皺がれた、歳に見合わない声で語りの続きを始める。
彼女の参入後、大きな戦いがあったんだ。その前に、政府の『摘み取り』について話す必要があるかな。
『摘み取り』には二種類あってね。政府のプロパガンダ用のものと、極秘裏に行われるもの。プロパガンダはまだ一回しか行われていないね。フラーが入ったあと起きた戦いは、後者を防ぐための戦いだった。
その時『摘み取り』の対象とされたのが、フラーの出身地だった。
俺達は必死に戦った。この戦いに勝てばより多くの魔法使いが仲間になってくれる。そう思ったんだ。実際、彼女の出身地であるこのレビリドの街からは、過去の歴史を見ても著名な魔法使いが数名出ていた。もしかしたら、他にも仲間になってくれるかもしれないという淡い期待があったんだ。何しろ政府が狙うくらいだからね。革命軍の兵力も落ちていた時期だから、みんな必死になるのは当然だった。でもそれは、甘い考えだった。
フラーとその家族以外、この街には魔法使いがいなかったんだ。希望を砕かれた兵士達は士気が落ち、幹部までもが撤退を考え出した。でも、そうだとしたらただの一般人が『摘み取り』にあうことになるだろう? そんな事があってはならない。力の無いものが力を振りかざす悪鬼に一方的に惨殺されるのをみすみす見逃すというのか。
俺もあの時は若かった。兵力の差も顧みず、俺の独断と偏見で兵隊を動かした。結果、十数万の命を血の沼に落としてしまった。俺の兵力は1万程度。その殆どが疲弊して、すぐに動かせる状態ではなかった。幹部は散り散りに、残りの兵隊を連れてこのプラヴィンに命からがら落ち延びた幹部は俺とフラー、そして、レイス=カーテン。
スカイが唖然としているのがよく分かる。空いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。目を開いたまま瞬きもせず、何も無い虚空を見つめて惚けている。このままにしていたら気絶してしまうのではないだろうかと思うくらいそのままでいた後、はっと我に帰り、コルクの方へ身を乗り出す。ペッパーは今まで神妙な顔つきで話を聞いていたが、スカイのその様子を見るとにやりとした。
「王子様……レイス=カーテン様はコルクの仲間だったの!?」
「大きな声をだすな。もうみんな寝ている頃だろう」
「ふん。こんな街で、誰が呑気に眠るっていうんだい」
「まぁ、それもそうだが……レイスの話はまた今度にするとして、今はフラーの話だけを優先させてもらうよ」
いつの間にかペッパーはジャガイモのスープを作っており、スカイの席の前に置いた。「あ、ありがとうございます」と落ち着きを取り戻したスカイが席につき、スープを一口すする。コルクがしっとりと話を再開する。
俺達は逃げ延びた先のプラヴィンであるひとりの男に出会う。それが、今や大革命家と呼ばれるピンズ=ナップだ。彼はプラヴィンの地下世界の頭領で、俺の熱狂的なファンだった。この地下世界は虐げられる者達の巣窟になっていて、そういった人達が自分達と同じような人のために戦う姿に憧れるのは至極当然とも言えるだろう。
ピンズは俺達がこの街に入ったと聞くと献身的に手当や隠れ家、兵力の援助をしてくれた。そして力も戻りつつある時、事態は動いた。
プラヴィンに来てから5日がたった朝、どこからか情報を聞きつけたのか、ここプラヴィンにも王政の軍がやってきた。ただ、今までとはうってかわり、街の中まで侵入はしてこなかった。奴らは街の外から、あることを要求してきた。投降しろだとか、そういった類かと思っていた俺達は、意表を突かれた。
内容は、レイスを返してほしいと言うものだった。俺達は、今更裏切ったレイスをただで済まさぬだろうと思い、それを断ったところ、レイスには危害を加えないし、これ以上の革命軍への侵攻は中止すると言った。
俺達幹部は話し合った。しかし、打って出るにも人数は足りない。かといって篭城するにも防衛設備などあるはずもない。妙案が見つからないまま時間だけが経過する。
その時だ。フラーが何かを悟ったように俺の方を向いて言ったんだ。
“リーダーはあなただ。全権をあなたに委ねる”と。
今思えば非情な決断だったかもしれない。先の失敗もあり、俺は王の言葉に呑まれてしまった。俺はレイスに向かってこう言った。
“革命派を応援したいというのなら、わかるな”。
数分後、身支度を整えたレイスは白旗を掲げプラヴィンの街を出ていった。