死臭の中の狂気 上
フリーてす!
永らくお待たせしました!というか待っている方はいるのだろうか汗
11話目ということで、いろんな場面でいろんなキャラを動かしてみました!飽きなくて楽しい笑
……真面目な話、こうすることで先の複線が貼れるので今回はうまくやれたと思います。戦闘シーンもあるしね!
それでは是非お楽しみください。
他の街への旅をする事自体が憧れであったスカイにとって、初めて訪れる街がプラヴィンなのは不運としか言いようがなかった。街に入る前までは朝露の残る草木の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、期待に目を輝かせていたスカイだが、街に入った途端、器官は酷い腐乱臭で満たされ、常に気を張っていないと嘔吐してしまいそうな倦怠感に襲われていた。
「ね、ねぇコルク……ここがプラヴィンの街なの?」
「まぁ、そうだが正確に言えばここは『偽りの街』って所かな。本来の姿はこの地下にある」
コルクはそう言って、目下の石畳を蹴った。足元で水音がする。スカイは鼻をつまみながらも、コルクの足元を見た。霧はまだ晴れておらず、視界はとても良好とは言いがたかったが、足元をつたるそれをスカイははっきりと確認できた。
「コルク……こ、これ、ち、血じゃ」
「スカイちゃん、帰るかい?」
途端に辛辣な口調になったコルクに反抗するように声を荒らげて気持ちを奮い立たせる。
「だ、大丈夫よ! これくらい、なんとも……」
ふと、スカイの目に民家の壁にかけてあるぼろの布切れの様なものが写る。それは幾つか引っ掛けてあったが、ほとんどと言っていいほど揺れてはいなかった。強い風は吹いていなかったが、これ程までに揺れないものか。しばらくして、スカイがそれの正体に気づくと限界がきたのか、近くの側溝に走っていった。
「お、おぇぇ」
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「はぁ、だ、大丈夫、大丈夫……」
胃の中のものを出し切ったスカイは、側溝の中から何かがこちらを見つめているのに気付く。その何かの目には光がなく、死んでいる事実をまじまじと突きつけてくる。ふらつく足取りでコルクの元に戻ったスカイは、コルクのフードローブに顔をうずめた。しゃくり上げるように短い声を上げるスカイの頭に、コルクは軽く手を乗せた。「だから言っただろう」の台詞を飲み込んで、暫く頭を撫でてやると、彼女は大きな声で泣き出した。いくら本人の意思とはいえ、十代半ばの少女にこの光景は余りにも酷だったか。
「大丈夫、大丈夫だから……」
「スカイちゃん、ここは昔から疫病の街として知られているんだ。みんな感染を恐れて、死体処理業者も死体に手をつけなくなっちまった。もっとも、特定の人しか掛からないから生活はできるんだけどね。だから俺たちは大丈夫。ただ、怖い光景はこれからももっと大きくなる。それでも大丈夫かい?」
「……スカイちゃんって呼ぶの、止めてよ。私だって、もう大人なんだから」
思えば、彼女もコルクをいつからか呼び捨てにしていた。憧れの人間が思い描いた人格者でなくて拍子抜けしているのだろうか。
「……よし、じゃあ行くぞ。スカイ」
スカイの頭から手を離すと、今度は肩に手を置き街の奥へと進んでいった。
タギル鉱山が既に採掘を中止しているのは周知の事実で、当然今日も人っ子1人辺りにはいない。しかし、到着してから数時間の間、ソルトとソイソースの2人は異様な空気を察知していた。2人は諜報班としての訓練を受け、辺りの音や匂い、空気の動きに敏感に反応できるようになっている。その2人が、鉱山内からのごく僅かではあるが物音を感じ取ったのである。それは水滴とも、石の動く音でも無く、明らかに人の足音、肉声のものである。
「聞こえるかソイソース」
「ああ。間違いない。最悪のタイミングで来ちまったな、俺達」
この鉱山を根城にしているのは、ラジオ=スピーカー率いる盗賊団である。彼らは過去の大戦、魔法武具の材料を至る所から盗み出して革命軍に貢献した経歴を持つ。その盗賊団が最近になり活動を再開したということは、革命軍に近々大きな動きがあるのは間違いなかった。
「ソルト、数の把握はできるか」
「……詳しくは厳しい。かなり最深部にアジトを作ってあるようだ。だが、これがすべての人数とは思えない」
「ビネガー隊長には入口付近の偵察を命じられたが、戻ってくる賊や出てくる賊に鉢合わせしたら話にもならん。元より、コルク=ボトルと革命軍の接触を防げばいいのだから、奴らを殺してしたその後に待ち伏せてもいいのではないのか」
「それでも構わんのだろうが、何しろ我々2人だけではなぁ。それに、賊の大将ラジオ=スピーカーは1人でも数100名の兵士を殺せる猛者らしい。そんな奴に2人で挑むなど」
「なんだソルト、敵に恐れをなしたのか。そんなことでは出世は出来んぞ。とはいえ、その通りだものな。いずれにせよ、用心するに越したことは無いな」
「そうだな……ん?」
ソルトが突然目を細めて喋るのをやめた。体を鉱山入口の壁に貼り付けるようにして、中の音を聞いている。それを見たソイソースも聞き耳を立てる。
「2人、3人……3人か、こちらに近づいてくる」
「会話から察するに、どうやらラジオ=スピーカーでは無いらしい。人数がこの程度だとすると、幹部級でも無い。幹部なら普通護衛がつくものだからな」
「どうする?ここで暴れるとかえって目立つか」
「いや、ここですべて仕留め切れれば相手に報告はできまい。我々も任務を続行できる」
「なるほど、ならばここで……」
二人の持つ手槍に力が入る。声の主たちが鉱山から足を一歩外に出した瞬間、入口の両脇に槍を構えて待っていた二人の兵士が端の盗賊2人を貫いた。
「馬鹿な、兵士だと! まさか俺達の計画が政府に筒抜けに」
「ふうっ!」
軽く息を吐くと、既に息絶えた賊から槍を引き抜き、2人同時に最後の1人を突き刺す。彼は叫び声をあげることもなく絶命し、槍を抜かれた後は起き上がることもなかった。
「ふぅ……上手くいったか。後はこれを処理して、と」
「どうやらその暇はないらしい。ソイソース、あれを見ろ」
死体を片付けようとするソイソースが、ソルトに諭され指し示している方角を見る。そこには、猛然とこちらに走ってくる馬の姿があった。人は乗っているが、黒いフードと体を深く倒しているため顔までは確認出来ない。ただ、2人は同じ嫌な予感をしていた。両手は槍を握る手に集中させると同時に、腰に指してある剣にも意識をおき、近接戦への備えをした。それでも不安感が拭えない。
「来るぞ!」
ソルトが叫ぶと、馬の乗り手は馬の上から大きな跳躍をした。2人を飛び越えるほどの高さに跳んだそれは、マントのためか布だけのように見える。
「一旦馬を確認しろ!もしかしたらフェイクかもしれん!」
「ソルト!俺が馬を確認する、2秒だけでいい!」
ソルトは既に頭上を飛ぶそれに槍を突き立てていた。槍の真っ直ぐに伸びる軌道は相手の抜いた剣によって捌かれ、逸らされた。
「ソイソース!こっちが本命だ!」
「抜剣! ふっ!」
ソイソースは振り向きざまに剣を抜き、一息に距離を詰め背後にたった男に切りかかる。ソルトも槍を捨て、剣の柄に手を掛け近接戦闘態勢をとる。瞬間、隣りにいたソイソースが何者かによってはるか前方に吹き飛ばされる。先程までソイソースが立っていたソルトの隣には大きな馬の体があった。ソイソースは状況が呑み込めないのか、声も挙げずに宙を舞っている。背中が蹄に蹴られたのか、ぎしりと軋む。
「くそっ、いっぱい食わされた! ソイソース! 無事か!?」
視線を中空に舞うソイソースに数秒ずらした途端、自分の足元に嫌な空気の塊を感じた。胸元に目線をやると、笑顔の男の顔がそこにあった。若く、端麗で、どこか狂気的なその笑顔は、次の瞬間自分の首元に突き刺さる剣で隠れ、見えなくなった。
「がっ!がぼっ……く、くそがぁ……」
ひとしきり悶えたあと、首から剣をずるりと抜かれたソルトはその場で大の字になり、心臓の動きを止めた。ソイソースは、自分がまだ生きていることを骨に響く痛みで知り、体を起こそうとする。しかし、頭を打ったのか目の前が歪んでみえる。
「くそっ、まずいな……おいソルト!大丈夫か?」
辺りを情けなくキョロキョロと見渡すと、足音がこちらに近づいてくるのが分かる。
「ソルト、終わったのか?」
足音の方向に訊ねるが、返答はない。構わず、呼び掛け続ける。
「ソルト! おいソルト、生きているなら返事をしろ……!」
足音が、目の前で止まった。その一瞬、空気が冷えた。
「畜生……!」
「おかしいですよね、ジャムゥ族は既に摘み取りの対象になっているはずなのに、こんな大きな傭兵団にまで成長しちゃって。まるで放し飼いされているライオンみたいですよ」
「静かにしないかタルタル。奴らは大人しいとはいえいずれは強大な敵になる相手だ」
傭兵団ジャムゥ・ギルド。その拠点であるビン遺跡に辿り着くまでの間、タルタルはひっきりなしにビネガーに話しかけている。恐らく緊張で喋り続けていないとどうにかなってしまうのだろう、タルタルは服装を鎧から麻布の服に着替えても心臓の鼓動が鳴り止まなかった。
「タルタル、お前は座学はからっきしのようだな。元からジャムゥは傭兵団だったんだ。現在の王政に目をつけられるまでは。その後はラジオ=スピーカーのような盗賊まがいのことをして生計を立て凌いできていた。近年また傭兵の活動を秘密裏に開始し、現在の大ギルドに至る」
「で、ですが、ここまで大きくなったらさすがに王様も放ってはおかないのでは無いでしょうか」
「迂闊に手が出せんのだろう。王は人一倍世論に敏感な方だからな。評判の良い傭兵団が王の独断で潰されたとあっては世論がひっくり返るやもしれん。それを恐れているんだと思う」
「……それは、コルク=ボトルにも言えることでしょうか? 奴の力を王様は恐れているから、奴を生かしているのでしょうか?」
「わからん。狡猾な王の考えることだ。ただ、搾り取れるだけ搾り取って、出涸らしになったら捨てるのだろう。王はそれだけの利用価値を奴から見出したのではないだろうか」
「はぁ。でも、それでしたら何故世の中はこの傭兵団を擁護して、魔法使いを憎むのでしょうか」
「シッ。座学はここまでだ。あれを見ろ」
人差し指でそれ以上の発言を制したビネガーは、親指で小さく遺跡の中心にある大きなキャンプの方を指さした。このビン遺跡は保存状態が良く、残る建造物には人が住めるほど快適なもので、現に住民がいる。そのため、ギルドの人間と民間人の区別はなかなか付きにくい。しかしビネガーが指し示す方向に立つ人物は、学のないタルタルもよく知っている人物だった。
「あれが、この傭兵団……ジャムゥ・ギルドの団長」
「そうだ。団長にして、最強の女傭兵、ジャム・ヴァレニエだ」
その女傭兵は背中に2本の炎筒を引っさげ、後に続いてわらわらと出てきた傭兵たちに支持を下しているように見える。2人は遺跡の入口の手前、少し小高い位置からその様子を眺めていたが、その女が他の男の傭兵どもの中に混じっても長身である事が良くわかる。小さなテントから数十人の傭兵たちが出てくるのが確認できる。
「恐らく……地下にアジトがあるな」
「奴は、ここに来るでしょうか」
「遅かれ早かれ、間違いなく来るな。どのような理由であれ、奴は来る」
「疲れたろう、スカイ。そろそろ寝床を見つけよう」
プラヴィンに着いてからの数時間、スカイの目からは涙が止まらず、体の震えは一向に止まらない。まるで病気にでもかかったかのように俯きながら、目はどこを見ているわけでとなく目の前の空間に視線をさまよわせている。今までの明るい彼女とは思えないほど不気味な様になっている。スカイはコルクの提案に無言で二つ頷く。
「ええと、たしかこの辺りに……あった。灯りが灯っているってことは、まだ営業しているな」
流石にピンズと同じ宿に止まるわけにもいかず、コルクは昔この街に世話になった時通っていた酒場を見つけ、一晩ここで過ごそうと考える。なにより、この状態のスカイを連れて地下のコルトラに向う事が危険でしかないと判断したためである。
「『ばあちゃん』いるかい?」
木製の扉を開け、中をちらと確認する。カウンターの奥に年老いた女性が腰掛けている。客はいないようだ(というより、元より客の入る店では無かったが)。
「その声は……ボトルかい?」
「『ばあちゃん』久しぶり。さっそくだけど一晩止めてもらえないかい」
「フラーはどうしたね」
「ああ、えぇと。『ばあちゃん』、フラーはね」
「その娘かね。こんなに若い娘だったかい」
老婆の目線はスカイの方に向いているようで、それに気付いたスカイがコルクの後ろに隠れて軽く会釈する。
「あぁ、うぅん。取り敢えず、中に入れてもらえないかな? 僕もこの娘も、疲れちゃってさ」
「構わないよ。どうせ客なんて来やしないんだ。ささ、入んな」